遥かなる場所
星明りを雲海が薄ぼんやりと反射している。
風に流されている雲の流れは拙い明りのせいで目を凝らさないとよく見えない。だがそれでも、夜の街を行くには十分でもあった。
柱の夜は静かだ。
昼の活気が嘘のような静かな街並みには、9番地からあがってきたもののけがこそこそと通り抜けるぐらいのもので、人通りはほとんどない。
逆にもののけたちの街になっている9番地は夜のほうが賑やかだった。既に人に捨てられた街である。
昔直上に存在した13番地の崩落の煽りを食らい、街ごと放棄された街。
今も微かな月明かりに目を凝らしてみれば、崩れ落ちた13番地の残骸の陰にもののけたちを見つけることができる。
「そういえば、今日来るって聞いたんだけどよ」
「なにが? なにがだ?」
「なにがって、ここに来るのつったら一つだろ」
崩落した13番地の残骸の上で、もののけが二匹向かい合って話していた。一匹は頭にアンテナをつけたオコジョのような姿で、もう一匹は歯車を二つつけた饅頭のような格好だった。
二匹とも月明かりに照らされながら身を寄せている。
「まじでか? くるのか? だって9番地なんてもう捨てるって言ってなかったか?」
「誰も信じちゃいないだろうよ。でも本当にここにきたら、さぞびっくりするだろうな」
「そりゃな? 先代から何も進んでないものな?」
嬉しそうに歯車をつけたもののけが体を揺らす。
「でも本当にきてくれるならよぉ」
「仕事しないとな? 義務ははたさないとな?」
「そうだよなぁ。少しでもやっとくか?」
「やっとくか? 少しぐらい――」
夜空に穴が開いたみたいなまん丸な月を、影が横切った。
「……おい、本当に」
「きたな? これは、ビックリな?」
影は、そのまま夜空を横切り、9番地の上へとやってくるとその場で風に乗りながらくるりと回りその場に留まる。
そして、しばらく9番地を見下ろすようにそうしていたと思うと、いきなりぐらりと揺れた。
「あ」
そしてそのまま枯れ葉のように落ちていく。
「……さて、少しでもやっておくか」
「……そうだな、すこしはしておかないとな?」
そういって、二人は楽しそうに瓦礫に潜っていった。
■
警告音は小さな甲高い音で、風を切る音に混じって上手く聞こえなかったのだ。
そんな言い訳をしながら、ユズは頭上に9番地を見た。
「あー、軽量の呪いって本当燃費わるいよねぇ」
腹に巻きつけてある電精槽をぽんぽんと叩きながら苦笑。腰にはまだ二つほど同じエリクシルを発生させる電精槽があったが、これは今使うわけにはいかない。
「メイルなら、もっと燃費いいんだろうけど。やっぱ私じゃだめだねぇ。うひひ。いや~、しかし絶景だぁ~」
墜落真っ最中の視界の中、巨大な十本の煙突のような物が見える。13番地の支柱に使われていた柱だ。
根元から引きちぎられるように折れた13番地はそのまま9番地に降ってきた。いまだその巨体を9番地にあずけながら、13番地はもうどこにもない街となった。
「それにしてもでっかくしすぎだよねぇ。おっきいのはいいことだけど、こうなったら意味ないし~」
土地を得るために必死で技術と資源をつぎ込んだ13番地は、90年ほど前にあった大停電によって崩落した。軽量や硬化の錬金術が停止し、いとも簡単に折れたのだ。
「そして、私も今落ちているわけですなぁ~。にゃはは」
見上げた先、もう眼前に瓦礫が迫っていた。
13番地にあった風車はそのまま俯くような形で今もなお林立している。それが――
まるで頭を垂れた死刑囚の列に見えた。
びょうびょうと耳に届く風の音の中に、向きを間違えた壊れた風車の軋む音が聞こえている。
斜めに立てかけられた13番地は今すぐにだって9番地ごと崩れたっておかしくないのだと、そう言われている気がする。
もののけは楽しいことが大好きだ。
楽しいことのためなら、それ以外はどうでもいい。
だから、13番地や9番地がどうなったって構わない。
崩れるならそれも面白いと思う。きっと大騒ぎだ。
だが、彼らはそれと同じように人が好きだ。
自分達の生態が人たちに受け入れられないものであることも知っている。
9番地は喫水線である。
ゆっくりともののけに蝕まれる、この世界の人ともののけを分ける境界だ。もののけは雲海の下に広がる下層区に住むもの、なんてのはとうに昔の話。すでにもののけは上層区に広がってきている。
ヘイズヘルヘブンの本社がある1番地はほとんど人が住んでおらず、もっと上の町の人々に水を送るための給水設備に成り下がっている。柱の外ではとっくに9番地までもののけが来ているというのに、それでも上層区が1番地であるというのは、きっと管理者達の住む風洞街1番地が未だ機能し続けているからかもしれない。ただそれだけの名称と認識だ。
実際なんてまるで違っていてもおかしくなんかないのだ。
月明かりに舞い上がった埃が照らし出されていた。
もうもうと上がったと思った埃は、すぐに風に流されて広がって薄まって消えた。
埃の煙幕が晴れて、ようやく正常に戻った視界をぼんやりとユズは眺めていた。廃屋にできた穴から覗く空は、随分とちっぽけで書き割りみたいに見える。
「腐りかけてて助かったねぇ……」
瓦礫に埋もれながら顔だけ出したユズはため息を吐き出す。
その動きでまた埃が舞い上がった。
数にして三つほど屋根と床をぶち抜いてようやく止まった結果が、頭上に開いた大きな穴だ。
「あーっと、さてさて仕事仕事……ん?」
起き上がろうと手を突いて、初めて自分の下に何かがあることに気がついた。掌に返ってくる感触は確かに瓦礫のそれだったが、そのさらに下に何かがある。
――やわらかい……。
御同族なら既に瓦礫から抜け出しているだろうし、もっと他の何かだ。廃墟に残ったクッションかとも思うが嫌な予感はなくならず、ユズは慌てて瓦礫をどかし始めた。
「あわわわ。人じゃありませんようにぃ。こんな場所に人なんていないよねぇ~」
涙目になりながらぽいぽいと山になった瓦礫を掻き分ける。随分と大量の瓦礫がクッションになってくれたのか、想像以上に目的の物は出てこない。
もしも、ありえないけれど、この瓦礫に生きていた人がいて今死に掛けている。そんなことを思うと、あまりの焦りに気が変になりそうになる。
「わわわわ、んもー! こらぁ、でてこい」
ぐに。
水風船のような感触に、一瞬悲鳴を上げそうになる。が、すぐに気を取り直してそこに手を突きこんだ。
――暖かい。
まだ生きてるかもしれない。ぐいと手に力をいれて、掴んだそれを引き上げた。
瓦礫の崩れる乾いた音の中、手を引かれて出てきたのは少年だった。
「……ん」
「おぉ、生きてたぁ」
見たところ埃まみれだが、傷はない。
「おはよう少年~」
「……あ、なたは?」
「私は――」
告げようとして、思わず口を噤んだ。自分の手の色。今ここにいる目的、その他もろもろを思い出す。
――あー……。
落ち着いて自分の姿を見下ろしてみる。いつもは着ることもないゆったりめのワンピース。そして見下ろして一番すぐに目に入る場所には、
――変装してたんだったぁ。
大きな胸。色黒の肌。金を薄めたような銀色にも似た長い髪の毛。そしていつもよりずいぶんと大きい身長。
今日の目的のために、大量のエリクシルがいるので電精槽以外にも体にエリクシルを溜め込んできているのだ。
ついでに知り合いに見咎められたくないため、姿形も変えた。
尻尾はワンピースの中に隠してあるし、耳も髪の毛にほとんど埋まっていて目立たない。メルでも一目ではわからないだろう。無論対峙してしまえば、生態錬金組織でばれてしまうだろうが。
あれだけはもののけの個々で違うものだ、変えられないし体の一部だから取り出すこともできない。
「あー、私はここに住んでるもののけさぁ。少年は人間さんだねぇ? ここは人なんか住んでるはずないんだけどなぁ……ん~家出かなぁ? 迷子かなぁ?」
「あぁ、いえ。僕は……」
「んんー。迷子じゃないならいいんだよぉ」
そういって掴んでいた手を離し、少年を瓦礫の山に降ろしてやる。丁度、月が昇りユズが開けた穴に、月明かりがまっすぐ差し込んできた。
埃で照らし出される月明かりの道。それ一直線に少年とユズを照らし出した。
「今日は十数年ぶりのめでたい日なんだ、折角だし見ていくかい? きっと面白い物がみれるよぉ」
面妖に笑うユズを、少年はただ静かに見上げていた。
とん、と飛び上がり一つ上の家へ穴を通る。ゆらりと揺れるワンピースの裾に、ほんの少しの開放感を得る。
「さ、おいでぇ」
上から手を伸ばすと、ゆっくりとだが少年が手を伸ばしてきた。それをしっかりと握りしめ、そして口元を引き上げる。
「そらぁっ!」
「わあああああぁぁぁぁ」
ぽんと、一番上まで一気に放り投げた。
月を背に、空に飛んだ少年を見上げて一人満足したように頷くと、
「よっ!」
追いかけるようにユズも、その穴を一気に飛び出した。
まるで音でも聞こえそうなほどに、一瞬で開ける視界。宙に放り出された少年を空中で抱きかかえた。
「わ、わわ」
「よっとぉ」
そして、そのまま二人は穴の近くに着地する。
「わははは。大丈夫ぅ?」
少年は驚きで固まっているのか、返事もせずユズを見上げている。そんな少年を抱きかかえたまま、彼女はくるりと一回りして屋根の上に降ろしてやった。
天地を見失いそうな街の斜めの屋根の上、二人は静かに立ち尽くしていた。
頭を垂れた風車が風に軋みをあげている。瓦礫の隙間を走り抜ける風が笛の音のような甲高い音を上げて流れていく。
「ささ、特等席だから。みんなに自慢できるよぉ」
「あのいったいなにを……」
「十年ちょっとの清算かなぁ」
そう言って空になった電精槽を投げ捨て、新たな電精槽を腹部のホルダーに差し込んだ。ゆらりと、電精槽がかすかな光を帯び、起動状態になったことを知らせる。
「んじゃちょっと、おねーさん仕事してくるからねぇ。気が向いたら帰るんだよ~。ここは危ないからさぁ」
「……」
彼は言葉は出さず、静かに頷いた。
それを見てユズは満足し高く飛び上がった。腰に付けてある電精槽が錬金術の起動に合わせてエリクシルを吐き出し始める。体がエリクシルでできているもののけ達は、確かに電精槽なんかなくても、自分を燃料に錬金術を起動させることができる。だがそれは命を削ることと同義だ。使いすぎれば、そのまま存在が消える。
今回の目的にはどうしても大量のエリクシルが必要だ。一歩間違えれば自分のエリクシルを自分で使い切るなんてバカなことになりかねない。だから電精槽を積んできた。
ぽんぽんと、腹の電精槽を叩いてユズは大きく息を吸う。
錬金術の起動を確認するまでもなく、体は風に流され視界の端にこちらを見上げている少年が見えた。
柱に立て掛けられたような姿をしている13番地の表面をなぞるように風と一緒に流れると、すぐに家にぶつかりそうになる。だが今のユズはほとんど重さがない状態だった。
風の流れに任せれば、床の方向を間違えたかのような街並みに、下方を向く風車の群れが見える。
軽く重量を操作して風の中を泳ぐように宙返りを一つ。伸ばした髪も、長い手足も、ひらひらの服も風の中を泳ぐためには都合がいい。渦巻く風に乗って体は上空へ。
――さてと、やることはやらないとねぇ。
風が吹いている。
もののけには、もののけの社会がある。
ゆえに、彼らにも彼らなりの義務と権利があった。昔の騒動で管理局から抜けた種族だが、それでも営みは続く。
ユズの根源錬金術が起動してから、十年とちょっとが経った。現在、彼女は最新のもののけで、そして義務があった。
月を背に拍手を一つ。
力強い音が、風を切り裂くように響く。
腹で既に起動している軽量の錬金術ではなく、背に用意していた別の錬金術が起動。電精槽の残量が一瞬にして半分に。
――帰りは徒歩かしらん……。
苦笑いしながら錬金術の起動手順を踏んでいく。軽量の呪いも、今起動している錬金術も数多ある錬金術の中では初歩に近い。だが、それでも起動させることは難しい。
耳長族だけが別格なのだ。たとえ錬金術でできてるもののけですら例外ではなかった。
背に用意していた錬金術の札に電精が流れ込む乾いた音が聞こえる。
風と痒みを繋げる絹糸。距離を使って重さを増やすルール。巻き取った月明かりと、歪んだ喫水域。傾いた双子でできた三角鉛筆。精霊遺伝子に隠してある聖者の誕生日。理解し得ない向こう側を、無理やりに翻訳して納得させる。
拍手の響きが風に流されていることに気が付いて、あわててユズは二度目の拍手を打つ。
人間型ということは、思考も同様に人間型ということだ。ユズの錬金術は人とたいして変わらない。
二度目の拍手が消えかかったとき、ようやく準備が整った。起動してしまえばこちらのものだ。
よし、と大きく息を吸って自分のいる場所を確認。13番地を見下ろす空中、先ほどより少しだけ高度が落ちた場所で風に煽られている自分を意識する。自分を認識した瞬間、背の錬金術が待っていたとばかりに吼えた。
体の表面どころか、内部にまで突き刺さる理の触手を心地よいとすら感じる一瞬だ。
起動した錬金術の効果は『絶叫』と呼ばれる。
無論ただの大声ではない。
「おぉぅい!」
空気を震わせるような大声。一瞬風すらも吹き飛ばしたのかというほどの衝撃でユズの声が響いた。
「おおおおおおお」
その声に答えたのは、もののけ達だった。斜めに傾いた13番地にいたもののけが一斉に顔を出したのだ。
月明かりに照らされる彼らは、あまりの数ゆえに隙間なく広がり、13番地を覆う白い絨毯のようにすら見える。それが、風と意思で揺れている。
「交代!!」
「五年もまったぜぇ!!」
「私は十年だ!」
声が聞こえる。屋根に上ってユズを見上げていた少年は、たじろぎ辺りを見回していた。
それを視界に納めて、ユズは満足そうに笑みを浮かべる。
――驚いてる、驚いてる。
「さぁ、道を!」
「道を!」
「我らに帰り道を!! 故郷への道を!!!」
人間型のもののけから、ただの塊まで、中には家一軒ぐらいある巨大な獣のようなもののけもいる。それらが皆ユズを見上げていた。
彼らは叫ぶ。口々に、己の出せる言葉で「帰り道を」と。
「お疲れさまぁ! さぁ、“帰ろう”!」
その言葉は『絶叫』の効果で真実になる。
月明かりがまるで凝固したかのように、風が、いや空気が乱れる。建物の後ろで渦巻く風のように、13番地に吹き続けていた風が、まるで役に立たない巻き風になっていく。
「おおおぉ!」
ゆっくりと見えない何か、しかしその存在だけはあまりにも明白に理解できる何かが、集まっていく。いや形作られていく。風の吹き続ける街で確かに分かる何かがある。その風の巻きを感じてユズは静かに頷く。エリクシルが見える彼らでも、それをしっかりと見ることはできない。
だが彼らは知っているし、理解している。
今ここに、かすかな光の粒を集め行けぬ道を行くための導ができたことを。ゆっくりとユズが、降り立ったあの場所。
足元、月光を寄せ集めて固めて作ったそれは――
「橋だ! 帰れる!」
「おおお! 橋だぁ!!」
まるで白い津波だった。いや見えない橋を駆けていくもののけたちの姿は、空中に飛び立つようにすら見える。
視界をいっぱいに埋め尽くす白が、低い足音をうねらせて見えない橋を渡っていく。
そして、先頭のもののけがようやくたどり着いた。
9番地と13番地でできた街から真下、5番地を通り抜けさらに1番地を通り抜ける。そして、雲海の下へと続く橋。
上層である人の街を離れた下層区。
そこはもののけ達の世界だ。
もののけ達の移動は一瞬のようだったが、実際は夜明け直前までかかった。
既に雲海の向こう側が日の光を受けて輝きだしている。人々も起き出してくる時間だ。
だが、この架け橋のことを知っている人間はいない。
知る必要もないし教える必要もない。目撃した人間はいないわけではないだろう。だが、もののけのすることに彼らが興味を持つことはない。
13番地に残してきた少年も同じように、何かをやってるぐらいしか認識していないだろう。だが、空を行くもののけの大群はなかなか見れるものじゃない。こんなところに一人でやってくるような夢見がちの少年は夢を見れただろうか。
ユズはゆっくりと消え始める架け橋を歩き13番地へ帰ってくる。辺りを見回してもやはり少年の姿はなかった。
もののけと一緒に下層に連れて行かれたということはないはずだ、下層に迷い込んだ人間を帰すなら分かるが、もののけが人間を下層に運ぶことは絶対にないから。
きっと、帰ったのだろう。そう結論したユズは背の錬金術の起動を止める。
「あちゃー。やっぱり足りなかったか……」
見れば電精槽の残量は完全に空になって、己の体に溜め込んだエリクシルもほとんど放出してしまった。
気がつけば少しぶかぶかのワンピースを着たいつもの姿の自分になっていた。
狐の尻尾服の中で動かしてみると、ワンピースの中に風が入ってきて随分と心地がいい。
いつもの服と違って、開放感があるので何だか落ち着かないところはあるが、これはこれで。そんなことを考えながらユズはもののけのいなくなった13番地を歩きだす。
仕事を終え帰る権利を与えられた彼らは、きっと下層でお祭り騒ぎだろう。暗く湿気てはいるが、あの世界はもののけにとって心地のいい場所である。生態上、どうしても上にのぼって人の生活を脅かしてしまうため、こうして下へ戻る道を作ってやる必要があるのだ。昔はもっと下で行われていたことだが、13番地が落ちてからはこの9番地がその場所になっていた。
足元に転がっている木片を拾い上げる。床の骨組みに使われていた木は、役目を終えただの木片になっている。
「まだまだ、かかりそうだねぇ。ま、これから。かなぁ」
――13番地の解体。
ぼりぼりと頭を掻きながらため息を一つ。長くした髪の毛が手に絡んで引っかかる。それを無理やり引き剥がしながら、まるでメルの寝起きみたいだと思い返し、咳払いを一つ。
明け方の冷え込む空気とは裏腹に、日の光は随分と暖かく辺りを照らしていた。
「さぁて、もののけの仕事も終わったし今度は修理のお仕事だねぇ……めんどくさいなぁ。うひひひ」
誰もいない、本当に誰もいない瓦礫の街に日が昇る。朝日に照らされたハイコントラストの小山を軽い足取りで真っ白なワンピース姿のユズが歩いていく。
調子っぱずれの鼻歌が、誰もいなくなった13番地に染み込んでいった。白み始めた空の真ん中に、かすかに明滅する星が浮かんでいた。
また程なくもののけだらけになるであろう13番地は、つかの間の静けさを謳歌するように日の光を受けて輝いている。
小さいが何度も繰り返していけばいつか13番地の解体も終わるだろう。そうすれば――
「会えるかなぁ?」
呟きは吹き続ける風に乗って柱に向かって流れていった。




