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防災に必要なこと

作者: ウォーカー

 これは、ある町役場の、防災課の話。


 大きくも無いが小さくもない町の町役場。

その町役場の会議室で、町役場の防災課の職員たちが会議をしている。

「調査の結果、町民の防災への意識は高くありません。」

議題は、「町民の防災意識を促すこと」だった。

「町民たちは防災の備えをあまりしていません。

 防災への意識を促す防災無線も、あまり聞いていないようです。」

「せっかく私達が防災情報を発信しても、

 町民たちが防災無線を聞いていなければ意味がないな。」

防災課の職員たちは、頭を抱えていた。


 その町役場の防災課では、

どのようにして町民を災害から守るかが連日話し合われていた。

防災課の職員たちが、町の防災無線で防災情報を発信していたが、

町民たちにあまり聞いて貰えていなかった。

「やはり防災のためには、早期の防災情報と一致団結した行動が欠かせません。」

「そのためには、防災無線を町民に聞かせる方法を考えるのが良いでしょう。」

町民の防災意識を促すためには、防災無線を聞かせるのが一番ということで、

目的が、「どのようにして町民を災害から守るか」ということから、

「町民に防災無線を聞かせる」に変わっていった。

そして、専門家を交えて後日改めて会議が行われることになった。


 数日後、町役場の会議室に防災課の職員たちが集まった。

町民たちに防災無線を聞かせる方法を考えるために、

無線の専門家だという男がその会議に呼ばれていた。

「こちらが、防災無線に詳しい企業の方らしいのですが・・・。」

その専門家を見て、防災課の職員たちは顔を見合わせた。

防災無線の専門家だというその男は、全身真っ黒な作業服を着ていた。

うつむき加減の顔には影が差し、表情が見えない。

「あの、自己紹介を・・・。」

「町民に防災無線を聞かせたいんだろう?あるよ、すごくいいのが・・。」

そう言ってその黒い作業服の男は、真っ黒な機械を取り出した。

その真っ黒な機械は、防災無線に使うスピーカーのようだった。

「これを使って防災無線を流せば、聞こえる人は必ず聞くようになるよ。

 それだけじゃない、

 防災無線を聞いた人は、必ずその内容通りに行動するよ・・。」

黒い作業服の男の話を聞いて、防災課の職員が質問する。

「防災無線を必ず聞くようになるんですか?必ず?」

「そう、必ず。」

「防災無線の内容通りに行動って、どういうことです?」

「そのままの意味だよ・・。」

「その黒いスピーカーを使うだけで、町民が指示に従うと?」

「そうだよ。」

防災課の職員たちは、その黒い作業服の男の話を信じられなかった。

しかし、何らかの対策をとらなければいけない状況だった。

さらに、設置するだけなら無料だと言われたこともあって、

試しにその黒いスピーカーを設置することにした。

そして、その黒いスピーカーを設置して間を置かずに、

防災無線を実際に使う場面がやってきた。

天気予報で、町に台風が接近してくることが発表されたのだ。


 台風が接近中という天気予報を受けて、その町では早速、

その黒いスピーカーを使って防災無線による警報が出された。

「町民のみなさん、台風がこの町に接近中です。

 台風が通り過ぎるまで、不要不急の外出は控えてください。

 学校や会社は、休みにしてください。

 全ての活動は休止して、命を守る行動を取ってください。」

その防災無線が町に流れると、町民たちは作業を止めて聞いていた。

町役場からもその様子が見えたので、

防災課の職員たちは、喜んでお互いを称え合った。

「あの黒いスピーカーのせいかはわかりませんが、

 どうやら町民たちは防災無線を聞いてくれているようです。」

「よし、これで台風の被害が少しでも減るはずだ。」

こうしてその町は、町民が一致団結して台風の対策をしていくことになった。


 町民が一致団結して台風の対策を始めて、一週間以上が過ぎた。

当初の天気予報が外れ、台風はなかなかその町までたどり着かず、

その間に勢力はどんどん弱まっていった。

そして台風がその町にやってきた頃には、

雨は小雨程度、時折やや強い突風が吹く程度にまで勢力は弱くなっていた。

防災課の職員たちは、町役場の窓から外を眺めながら胸を撫で下ろした。

「この程度の規模の台風なら、町の被害は大きくならずに済みそうですね。」

「町民たちが防災無線を真剣に聞いて、

 一致団結して早めに行動してくれたおかげだろう。」

しかしそこに、血相を変えた職員が走り込んできた。

「大変です!」

「どうした?」

「町が・・・町が大変なことになっています!」

防災課の職員たちは、思いもよらない報告を聞くことになった。


 報告によれば、町の様子はこうだ。

黒いスピーカーから流れる防災無線を聞いた町民たちは、

台風が町にやってくるずっと前から、防災無線の指示通りに行動していた。

つまり町民たちは外出せず、学校や会社は休みになり、町の活動は停止していた。

その結果。

町はゴーストタウンのようになって、窃盗や器物破損など犯罪が多発した。

避難所には自主避難した人たちが殺到して、パニックが起こった。

修理業者が休みなので、信号機や電線など壊れたものの修理が出来なくなった。

休業している病院が増えて、治療が出来ない患者がたくさんいた。

持病が悪化するなどして、家の中で倒れる人が相次いだ。

警察消防救急の負担が増えて、事故や事件が発生しても対応出来なくなった。

商店が休みで物資が尽きてしまい、あらゆるものが不足した。

物流が滞って、傷んだり使えなくなったものがあふれかえった。

それらの被害を総合すると、

台風の被害は少なく済んだが、それ以外を含めた被害は増えてしまったのだった。

報告を聞いた防災課の職員たちは、目の前が真っ暗になった。


 そうして、台風が町を通り過ぎてからしばらく。

台風の勢力は衰えていたはずだったのに、

その町はまだ被害から復旧していなかった。

町役場の会議室では、防災課の職員たちが集まって会議をしている。

議題は、「今回の台風に関連した災害について」だった。

台風が収まって冷静になった町民たちの間で、

今回の災害の原因は台風ではなく、

町役場の対応が問題なのではないかと指摘されるようになっていた。

そしてその町役場の中では、防災課に責任があると言われるようになっていた。

今回の会議は、台風被害を名目にしているが、

実際は防災課の責任について対策を話し合うための会議だった。

責任者らしき男が、会議の冒頭で不平を口にする。

「今回の台風対策について、何か問題があるのか?

 予報が外れて台風の勢力は想定より弱くなっていたが、

 台風が弱まっていたのは良いことじゃないか。」

それに対して、報告する職員は首を横に振って応える。

「台風が弱くて良かったとばかり言えません。」

その職員は、資料を見ながら報告を続ける。

「治安悪化、パニック発生、復旧作業の遅れ、治療体制の不備、

 事故対応の遅れ、物資の不足、物流の障害、その他。

 今回の台風では、確認されているだけでこれだけの問題が発生しました。」

「そのことについて、

 原因は台風以外にあるのではないかと、問題にされています。」

「原因は台風以外?どういうことだ。」

「つまり、災害の原因は我々防災課の対応にあった、人災ではないかという・・」

報告をしている防災課の職員は、口ごもって汗を拭いた。

「我々防災課の責任になるのはおかしいだろう。

 我々は天気予報の台風情報を元に、情報提供をしていただけなんだぞ。」

「ですが、防災無線では町民の誘導などもしていて、

 天気予報や台風情報の範囲を超えていたのではないかと・・」

会議室に集まった防災課の職員の間で、気まずい沈黙が流れた。

気まずそうにうつむいた職員のひとりが発言する。

「あの黒いスピーカーが原因で起きたことじゃないのか?」

しかし、それはすぐに否定される。

「いえ、あの黒いスピーカーには、

 防災無線で放送した内容を聞かせて従わせる機能しかありません。

 むしろ、誤った指示に強制的に従わせた可能性が・・。」

さらに気まずい沈黙が流れる。

「・・・町民全員が、防災無線の指示に従ったわけではないんだな?」

「それは・・確認は出来ませんが、おそらくは。

 防災無線の指示に従わなかった町民たちもいたと思います。」

「では、そいつらのせいだ。」

「と、言いますと?」

「災害対策には一致団結することが欠かせない。

 今回の台風で被害が拡大したのは、

 防災無線の指示に従わず、一致団結しなかった連中の責任だ。」

重苦しい会議の中で、防災課の職員たちにはその意見が救いのように聞こえた。

「・・・その通りですよ!」

「防災無線の指示に従わなかった町民がいたから、

 事件や事故が起きて被害が拡大したんだ。」

会議室に集まった防災課の職員たちは、

被害を拡大させた責任を認めたくない一心で、

防災無線の指示に従わなかった人が悪い、という意見に賛成していった。

そうして会議は進められ、結論が出された。

「では、今後の災害対策として、防災無線を聞くことを義務化すること。

 防災無線を聞いた町民が指示に従うよう、あの黒いスピーカーを増やすこと。

 以上のことを決定したいと思います。」

こうしてその町では、町役場の防災無線を聞くことが義務化され、

町のあらゆる場所に、あの黒いスピーカーが設置されることになった。


 町に防災無線の黒いスピーカーが増やされて数年。

防災無線を聞くことが義務化されたことで、

町民のほとんどが防災無線の指示に従って強制的に行動させられ、

結果としてその町の災害被害は減るどころか増えてしまっていた。

災害対策として町の活動を停止させても、

そこで人が生活するために必要なものが不足するだけだったからだ。

黒いスピーカーのせいで、防災無線の指示が間違っていた場合でも、

町民が自分で判断することが許されなくなってしまったのも影響した。


 そうしてその町では今日も、負担が増やされた町民たちは、

「町役場の指示に従って一生懸命に災害対策をしているのに、

 どうして災害被害が減らないんだろう。」

と、首を傾げるのだった。



終わり。


 この話は、特定の出来事について書いたものではなく、

人に指示通りの行動を強制した場合を空想して、

その結果を考えてみたものです。


 天災は恐ろしいものですが、人災も同じくらい恐ろしいものだと思います。

科学技術が進歩すれば、いずれ天災は対策出来るようになるかもしれませんが、

人災は科学技術と一緒に進歩するので、いつになっても対策は難しいままです。

善意か悪意かに関係なく、人を動かす事を目的にした活動には、

注意する必要があると思います。


お読み頂きありがとうございました。


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