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思春期フットボーラー  作者: kasic
3章 前進する少女
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キーパーソン

「メイ、おはよ、よく眠れた?」


 最寄り駅の改札前のベンチに腰掛けていると、我らがエースストライカーで親友の藤堂恵が後ろから声を掛けてきた。


「おはよう。なんとか気合いで8時間寝たよ。興奮してなかなか寝付けなくて」

「今日は事前にスタメンが分かってたからね。それ用の練習もたくさんしたし、私もちょっと違う緊張感があったわ」


 今回は週の前半にはスタメンが発表され、珍しく相手に合わせたシミュレーションもたくさんした。これまでのサッカー人生でもかなり異例なことで、さすがのケイも意表を突かれたようだ。

 だが、私にとっては逆にこの方式で助かったこともある。


「でも、私はいきなり今日言われるよりは良かった気がする。SBなんて久しぶりで、高校入ってからは全然やってなかったから。おかげで今日何を期待されてるかも分かったしね」


 自信満々に話す私をケイは優しく微笑みながら見て、座っている私に手を差し伸べてくれる。


「気合い十分って感じね。じゃあ、行きましょうか。細川さん目当てで来る全ての観客を私達の虜にしましょう」

「うん!」


 ケイの手をしっかりと取り、改札をくぐった。

 今日の観客の目には、私などプロ内定選手の踏み台となるモブ選手にしか映らないだろう。食らいついて私の名前を認識させることができればこれほど嬉しいことはない。


 電車に揺られ、乗り換えの経由地となる駅に停車すると、男性と並んでも目立つ長身であるココアちゃんが入ってきた。心なしか顔が強張ってる気がする。


(緊張してんのかな。声かけてみよう」


「ココアちゃん、おはよう」


 手を挙げて彼女に声を掛けると、彼女は柔らかい笑顔になり、こちらに小走りで駆け寄ってきた。


「メイちゃん、ケイちゃん、おはようございます。いよいよですね」

「ココアちゃん、おはよ、なんか緊張してる?」

「そう見えちゃいました?自分ではそう思ってなかったのですが、ちょっとしてるのかもしれません。今日の相手は攻撃力がパワフルな相手なので。この前は最後にミスもありましたし、メイちゃんとも何度も練習してイヤな感覚は無くなったと思うのですが……」


 彼女は準々決勝の最後で飛び出してボールを触れなかったことを随分と気にしていたようで、練習が終わった後には居残りでクロス対応の確認を入念に行っていた。私もクロスの練習は久しくやっていなかったので、ココアちゃんの居残り練習には喜んで付き合った。にも関わらず、まだココアちゃんの不安は完全には拭えないようだ。


(キーパーってミスしたら即失点だもんね。大変なポジションだなあ)


 一つの得失点が大きく勝ち負けに直結するサッカーにおいて、自分では得点を生み出せないが失点は簡単に生み出すことができるキーパーの負担は大きい。私達がなんとか支えなければ。


「ココアちゃんなら大丈夫よ。気楽に行きましょう。今日はメイがディフェンスラインに居るんだし。ココアちゃんがミスしても前みたいにメイが守ってくれるわ。私も何点だって取り返してみせる」


 ココアちゃんの様子を見たケイがなんと元気づけようとフォローをした。ミスをする前提に聞こえる所がフォローとしてはズレている気がしないでもないが、味方を元気づけようとしていることは嬉しい。


「ケイの言う通りだよ。ココアちゃんにはいつも助けられてるからさ。あれだけ練習したんだし、みんなで声かけ合っていつも通りがんばろ?」

「……はい、ありがとうございます。二人と話してたら緊張も解れました。今日も楽しみです」


 ココアちゃんは照れくさそうに笑い、いつも通りの自信満々な言葉を紡いでくれた。この頼もしい守護神がいてくれれば私も強力な相手と戦う勇気が湧いてくる。




「はい、スタメン組は今からクロス練習!ケイと五十鈴が中に入って、今日サイドの四人がクロス入れて!」


 学校から会場でバス移動し、現在はピッチに入ってウォーミングアップ中だ。準々決勝の時は無我夢中で気がついていなかったが、やはりプロも使用する会場は観客席もあって広く感じる。身が引き締まる環境だ。


「メイちゃん行くよ!」

「はい!」


 ボーッとしていてはいけない。ウォーミングアップの段階から試合は始まっているのだ。

 綾乃先輩からスペースに出されたボールをダイレクトでキーパーと前線二人の間に流し込んだ。

 そのボールにケイが反応し、冷静にコースを変えてネットに流し込む。


「ナイスクロス!」


 ケイは親指を立てて私のダイレクトクロスを称えてくれた。

 確かに逆足のクロスだったが、ある程度速いボールを狙い通りのコースで転がすことができた。


(フィーリングは今日も悪くない。今までの中でも調子は良い方だ)


「メイちゃんナイス!今日も良い感じだね!」

「はい!ありがとうございます!」


 二試合連続で今日も左サイドハーフに入る仁美さんと軽くハイタッチを交わし、次の私の番に向かって待機する。相手の強力な右サイドを封じ、逆襲するにはサイドハーフとの協働がマストになる。左サイドの相方がある程度気心の知れた相方である仁美さんであることは私にとっても嬉しい。


『両校、ウォーミングアップ終了してください』


「よし、最後はキーパーの飛び出しの確認ね!」

「はい、お願いします!」


 私は左サイドから切り返して右足でクロスを上げた。ゴールに向かっていくボールにココアちゃんが素早く飛び出し、タイミングよくジャンプしてボールを抑えた。


「おっけ、完璧!ロッカー戻るよ!」

「分かりました!みんな、ピッチに一礼を忘れないように!」

「はい!」


 ウォーミングアップもいよいよ終わりだ。気がつけばスタンドも八割ほどは埋まってきた。予想通りトーナメントも佳境となり、しかもプロ内定選手の試合となれば注目度も高いようだ。


(考えてみたら準決勝なんて大舞台でスタメンで出るなんて初めてだ。緊張してきたなあ)

「みんな頑張れ!」

「今日も勝てるからな!」


 少しイヤな緊張感を覚え、通用口からロッカールームに戻ろうとすると、応援席から皆さんの声援が聞こえた。その声に私はふと我に返る。


(そうだ、私は一人じゃない。みんなが一緒にいるんだ。ごちゃごちゃ考えないで今日も私の力を出せばいい)


 気持ちを引き締め直し、ロッカールームに戻る。すると、皆さんも次々と戻り、各自で準決勝に向けての最終確認を始めた。


「メイちゃん、今日は頑張ろうね。ウチら二人で相手の右サイドを上回ろう!」


 背番号の関係で隣のロッカーになった仁美さんが私の方に腕を回し、気合いを入れるように呟く。


「はい、やってやりましょう!後ろは何とか守るので、仁美さんはサイドをぶち破ってください!」


 仁美さんは私の言葉に頷き、そして自分に言い聞かせるように更に続ける。


「正直、ヤバいぐらい緊張しててさ。だって、プロ選手の守備をDF陣に任せるんだよ?私が結果残せなかったら特にメイちゃんの頑張りをムダにすることになるんだからさ。でも、嬉しいんだ。そんな重要な役割を私に任せてくれたことが」

「はい、それは私も同じです」


 そう、前半のゲームプランは、なんとプロ内定選手である右ウイングの細川さんの守備を私に任せ、仁美さんは守備に戻らずにほぼウイングとしてプレーする、その代わりに私も前線へのオーバーラップは考えなくても良い、という物だった。


『相手の弱点はボールを奪われた時の反応の遅さだからね。仁美が前線に残ればカウンターも効果的になるよ』


 との監督の弁だが、最初に話を聞いた時は正気を疑った物だ。何しろ高校に入って一度としてSBとしてプレーしていない私にそんな役割を任せるのだから。


「はい、そろそろ入場だよ!みんな最後に聞いて!」


 噂をすれば何とやら、監督が私達の前に立ち、最後の話を始める。


「ゲームプランは昨日まで散々伝えた通りだよ。相手は確かに強力な個でぶつかってくる。だけど、その分脆い部分もハッキリしてる。ビビらずにぶつかっていくこと、いい?」

「はい!」

「前半は我慢だよ。二点差以内なら全然チャンスあるから、多少やられても慌てずやっていこう!」

「はい!」

「よし、円陣組もう!」


 監督から最後の戦術確認が行われ、整列を促した。それ皮切りに各々が手を叩き、選手とスタッフが全員で輪になる。するとどこからか声が上がった。


「よし、今日のかけ声は誰?」

「メイちゃんでしょ!久しぶりのスタメンで今日のキーパーソンだし!」

「わ、私ですか?」

「そうだね、お願いできる?」


 不意に投げかけられた綾乃先輩の一言でみんなの視線が私に集まる。意表はつかれたが、時間も迫っているし、何か話すしかない。


「えっと、ご指名に預かりました沢渡です」

「真面目か!」

「乾杯じゃないんだぞ!」


 妙な言葉が出てしまったが、周囲がヤジを飛ばしてくれたおかげで思考もまとまってきた。改めて一つ息をついて話し始める。


「今日、SBでスタメンなことは最初ビックリして、正直言うと、細川さんを完璧に抑える自信は今もないです。けど、同時にワクワクもしてます」


 皆さんが私の言葉を静かに聞いてくれている。経験の浅い一年が大事な試合で先発でもこんな風に受け入れてくれる学校がいくつあっただろうか。


「総体では一回戦負けの状態からみんなで難しい試合も乗り越えて、三強の一つにだって勝てました。そんな中、今日の試合スタメンに選んでもらって皆さんと戦える、そのことが本当に嬉しい。そんでもって、また皆さんと勝って、この前みたいな喜びを分かち合いたい、皆さんはどうですか?」

「うん、全く同じ!」

「当たり前だろ!」


 私の言葉に皆さんが次々と反応を返してくれ、盛り上がったタイミングで丁度整列の時間を知らせるブザーが鳴った。


「ありがとうございます、あと二つです、今日も勝って決勝行くぞ!!」

「はい!!」

「では行きます……芳都野高校、ファイト!!!」

「おお!!!」


 私の掛け声で円陣が解かれ、先発メンバーは勢いよく控え組とハイタッチをしながら入場ゲートに向かっていく。何とか大役をまず一つ果たせたようだ。


「行くよ、メイ」

「うん!」


 私が一つ安堵して息をついていると、ケイが背中をポンと叩いて話しかけてきた。いかんいかん、今からが本番だった。


 通用口から入場列に進み、審判の方のチェックを受ける。そこには既に相手チームの方々もスタンバイしていた。


「ヘイ!サワディー!!」

(サワディー?誰のことだ?)


 後ろからよく通るハスキーな声が聞こえ、思わず辺りを確認する。すると、後ろから肩をポンと優しく叩かれた。


「キミだよ!沢渡さんだよね?」

「え、あ、はい!沢渡です」

(細川さん、本物だ)


 赤みがかった茶髪に外国人のような大きな目、写真で見たことのある細川アリシアさんが笑顔で立っていた。そのことに少し硬直してしまう。


「良かった、沢渡さんだから、サワディーだよ、イヤだった?」

「イヤではないですが……」

「良かった、大したことじゃなくて、挨拶したかったんだ。今日、サワディーが左SBで合ってる?」

「えっと、はい、そうです」


 私の言葉を聞き、ホッとしたように息をつき、さらに続ける。


「良かった、合ってて。じゃあ、今日はサワディーとマッチアップするんだね」

「は、はい。よろしくお願いします」

「うん、準々決勝の映像見て対戦楽しみにしてたんだ。マッチアップまでできて嬉しいよ。今日はよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「うん、じゃ、お互い良いプレーしようね!!!バーイ!」


 それだけ話し、細川さんは手を振って最前列へ向かっていった。なんだか初対面なのに嵐のような人だった。あれがハーフの方の特性なのか?

 

「あの人、メイがSBに入ること分かってたみたいね」


 ケイが少し警戒をするように険しい顔で話しかけてきた。

 確かに、昨日まで私が左SBに入ることなど想定をしていなかっただろうに、私とマッチアップするのが分かっていたかのように話しかけてきた。


(こっちのウォーミングアップ見てた?直感的にプレーする人なのかと思ってたけど、相手選手もちゃんと気にしてプレーするタイプなのかな……)


 細川さんがこちらのウォーミングアップまで確認していたことが少し気にはなるが、そうこうしているウチに、女子高校サッカーのテーマ曲が流れ始め、入場の合図が出た。


「みんな行くよ!」

(考えても仕方ないか)


 余計な思考は片隅に追いやり、私は前に続いてピッチの中に入っていった。

次回から試合です!

熱い試合にするので、楽しんでお読みください!

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