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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
48/54

私のサッカー

「スローイン、スライドしっかりね!」

「はい!」


 同点になりはしたが、相手の姿勢もこれまでと変わらない。相も変わらず前線は流動的に動き、むしろ前に出て行く強度はこれまで以上だ。


 今も日吉さんを狙ったロングボールを何とかクリアし、相手のスローインの守備をセットしている所だ。私は逆サイドの右インサイドハーフの飛び出しを監視している。

 ところが、近くの選手を私達がマークしているのを見て、相手の選手は自陣奥深くからハーフウェイライン付近まで下りてきた日吉さんにロングスローを送り、日吉さんはヘディングで後ろに逸らす。相手の左ウイングの選手がボールを背負った所で、この一連の中マークを外れた左インサイドハーフの選手が飛び出してくる。


(ヤバ、なんでそんなに息ピッタリなんだ!)


 すでに競り勝つことが分かっていたかのように飛び出し、それに応えるように胸トラップで走路上に落とされ、そのまま抜け出された。私も急いで足を出したが間に合わず、中盤を突破されてしまう。


(クソ、最終ラインの先輩方、お願いします!)


 祈りをこめながら戻り、状況を見ると、長瀬キャプテンがズルズル下がることなく、走路上に立ちふさがって相手と対峙していた。


「ナイス!」


 フェイントで左右に振られながらも重心をずらさず、相手のシュートを足に当てた。しかし、ボールはルーズボールになって転がっている。


「まだよ!沙織!」

「はいよ!」

「よし!ナイスクリア!」


 途中から左SBに入った松平先輩が詰めてきた相手ウイングよりも先にボールを掻き出し、なんとかこのピンチを乗り切ることに成功した。


(松平先輩、出足鋭かったなあ。途中出場なのに試合に入れてる)


 私の無残だった試合の入りに比べると雲泥の差だ。ここまで出場機会が少なかった三年生だけに気合いの入ったプレーを見せている。


 しかし、まだ相手の時間は続く。先程の流れからのスローインを今度は高い位置まで来た右SBに渡り、そのボールをスロワーのウイングに戻した。そしてそのままインナーラップで裏に抜けようとした。


(させるか、着いて行ってやる!)


 私が相手のSBに着いて行くが、それを見たボールホルダーはそこを使わず、スライドして私のスペースを埋めていた綾乃先輩の外側に陣取っていたインサイドハーフの選手に鋭いパスを送る。


「うおっと!」


 それを鋭い出足で出てきた渥美先輩が足に当ててクリアするが、こぼれ球は相手の左ウイングの選手が拾い、そのまま高い位置までオーバーラップをしていたSBの選手まで送られてしまった。


(また自陣まで進入された。ペナルティエリアはしっかり埋めて、……ってそっち?あ!九条さんが来てるのか!)


 縦に突破を仕掛ける素振りを見せながらカットインを仕掛け、縦ではなく横パスを出した。その先にはアンカーの位置から高い所まで上がってきた九条さんがいる。


(中は締めて……ってダイレクト!?)


 なんとかパスコースを消そうと動き出したが、九条さんはダイレクトで真ん中にボールを送り、こちら側のディフェンスは混乱に陥ってしまう。

 ボールを受けたインサイドハーフの選手は更にフリックで日吉さんにボールを落とし、振り向きざまにシュートを撃つが、そこは渥美先輩がブロックする。


「まだだ!」


 私の前を横切るこぼれ球の先にはペナルティエリアまで駆け込んでくる九条さんの姿があった。


(クリア間に合わない!下手に足出すとまたPKだし、どうしたら……)

「ニア切って!!!」


 ココアちゃんの切羽詰まったコーチングを聞き、私は咄嗟にニアのシュートコースを隠すように足を出した。


 鈍いシュート音が響き、ボールの行方を追うと、ココアちゃんが横っ飛びして手を伸ばし、右手一本でボールを外まで弾き出していた。


「ナイスココアちゃん!!」

「はい!メイちゃんもナイスディフェンスです!」


 観客からも歓声が沸き上がるぐらいのビッグセーブに私も思わず大きな声を出してしまう。ココアちゃんはそれに対して親指を立てて返してくれた。なんと頼りになるキーパーだ。


(しかし、同点にされただけで九条さんまで前に来るのか。どうする、このままじゃ失点も時間の問題だぞ)


 さすがに強豪校、私達と比べると組織力が段違いだ。私達ときたら今更になって気持ちの上では一丸となっているぐらいで、コンビネーションも個人間にとどまっている。


「メイ!」


 思考に耽っていた所、コーナーキックの守備に戻ってきたケイに声を掛けられた。


「どうしたの?」


 顔つきは厳しいが、声色はそこまでではないため、私も安心して応対することができた。


「この状況、見てられないわ。私が中盤まで下りてポストプレーするから、その時は私のスペース使って裏返して。相手は意識が前に行ってるし、それでチャンスは作れる」


 なんと、ケイは今もセカンドトップの位置でプレーしており、不満タラタラだったが、更に中盤までポジションを落としてプレーするという。確かにケイは室谷のDF陣相手にも優位に立っており、そのポストプレーで発生したスペースを別の選手でつけば前掛かりの選手達に対して優位に立てるだろうが……


「けど、もしロストしたらカウンターが……」

「私が失敗するっての?」

「もしもの話だよ」

「そんなの気にしてサッカーできたら苦労しないわ。私は失敗しない。だからメイも私を信じて?」

「……分かった。それでやってみる」


 彼女がそこまで言うなら私もそれでやってみるしかない。私がようやく同意すると、彼女は満足したように頷き、コーナーキックのこぼれに備えて守備についた。


「メイちゃんクリア!」

「はい!」


 すると、コーナーキックのクリアボールが私の所までこぼれてきて、私はなんとかバックヘッドで後ろに掻き出した。


「キープします!」


 すると、ルーズボールに反応したケイが体を張ってボールをキープし、相手に倒されてファールをもらった。


「ケイ!ナイス!」

「ん、ごめん、ファールされちゃってメイが上がる時間作れなかった。次はもっと上手くやるわ」


 若干悔しさを滲ませながらポジションに戻っていく。しかし、今のケイのプレーは大きい。これまではクリアしてもラインを上げてきている相手に拾われていたが、セットプレーの崩れとは言え、ケイがボールをキープしてマイボールにするパターンを確立できた。

 彼女の得意なプレーは前掛かりにゴールを狙っていくプレーで、今のとは違うのだが、その彼女がこのような献身的なプレーを見せてくれると、こちらも勇気が出てくる。


(私もケイのプレーを活かさなきゃ!)


 やっとこちらの最終ラインがボールを持ち、左SBの松平先輩にボールが渡った瞬間、ケイが中盤まで下りて九条さんを引き連れてきた。SBも仁美さんのマークについていて左のハーフスペースが空いている。


(迷うな!条件反射で行っちゃえ!!)


「へい!裏!」


 私の声かけに反応して松平先輩がロングパスを送ってくれる。ボールは私の走路上に弾んで転がっている。


(長い!でも追いついてやる!)


「慌てないで!人数足りてるから落ち着いてスライドして!」


 何とかボールを残そうとボールを追いかけ、ライン際で滑って足を伸ばすが、ボールには届かず、ゴールラインを割ってしまう。


「クソ!!」


 思わず芝生を叩いて叫んだ。私の足の遅さが恨めしい。厳しいプレッシャーもなかったし、追いつけていたら選択肢は色々ありそうだった。


「ナイスラン!」

「……ありがと」


 私と並走してきていた華音ちゃんに起こされた。しかし、追いかけていた華音ちゃんのプレッシャーは弱く、自由にプレーさせないというよりも、守備ゾーンを乱さないという考えだろうか。


(確かに二点目は私に釣られてケイを自由にさせたっていうのが原因なんだけど、それなら私も自由に動ける)


 高い位置をとっていた右SBの木村先輩が姫花さんにボールを渡し、相手と対峙しながら駆け引きをしている。


(真ん中の九条さんを引き出せば点を獲れる!)

「姫花さん!」


 オーバーなぐらいに声を出してボールを要求し、トラップする瞬間に周りを確認し、ケイがインサイドハーフを引き連れて中盤に下りてくる姿が見えた。それを見てシュートまでの最短経路をイメージする。

 九条さんと相対しながら前進し、少し食いついたタイミングでケイにパスを出す。


(お願い、すぐ出して!)


 パスを出して止まらず九条さんの出た脇のスペースを狙って走り出した。ケイも意図を察してすぐに私のスピードを落とさない絶妙な場所に落としてくれた。


(ナイス!それに、やっぱり私へのマークは薄い。ぶっちぎってやる!)


 九条さんは私と並走するが、真ん中へのドリブルコースこそ消してきているものの、ドリブルを止めようとする気配はない。これなら突破できる。


(シュート撃てる!ぶち抜く!)


 ペナルティエリア左45度に侵入し、ニアを抜くシュートコースが見える。その感覚のまま左足を振り抜くが、寸前に足を出され、シュートを弾き出されてしまった。


(華音ちゃん!?)

「よっしゃ!」


 華音ちゃんが私の動きを見て寸前で戻り、スライディングでシュートブロックに入ったらしい。ボールはゴールラインの外まで転がり、ラストタッチは私だと見なされてゴールキックの判定になった。

 華音ちゃんが一つ吠えて私を睨みながらポジションに戻る。


(こんちくしょう、やっぱり私程度じゃだめなのか……)


 思えば九条さんも私を自由にさせてるように見えてドリブルコースを限定させていた。華音ちゃんも高城先輩のマークに入っていたはずなのに、素早く戻ってきた。最初から相手の掌の上だったようにしか見えない。

 静心館戦のラストプレーの抜け出しも最後は相手にブロックされた。高校レベル相手には私の能力では通用しないのか……


「ナイスプレー!続けるわよ!」

「ケイ……」


 しばらく呆然として座り込んでいたが、ケイに後ろから脇を抱えられ、抱き起こされた。


「何度だって続けるわよ。あなたのサッカーは通用してる。惑わされないで、メイのサッカーで逆転しましょう!」

「私のサッカー……」


 ケイは私の返事も聞かず、言い終わったことに満足したようにポジションについた。


(私のサッカーって何だ?前に出ること?それだって今はそれしかできないからやってるだけだし……)


「メイ!今のだよ!ちゃんと相手はイヤがってるから、積極的にね!」

「監督……」


 少し考え込みながら戻っていると、監督から声を掛けられた。すると、他の先輩方も笑顔で出迎えてくれる。


「メイちゃんナイス!後ろは守ってるから心配しないで!」

「ナイスシュート!もうちょっとだったよ!」

「みんな、まずは守備からね!今の沢渡さんみたいに出足速く行こう!」

「はい!!」


 綾乃先輩の声かけを皮切りにみなさんが声を掛けてくれた。前半あのような姿を見せても、監督や先輩方も変わらず私を信頼してくれている。


(通用するしない、じゃないよね。また勝手に暗黒面に落ちる所だった)


 私の実力がどうであろうと、私は私ができるプレーしかできない。

 ゴールキックからキャプテンが何とか競り勝ったボールを渥美先輩が蹴り出し、そのボールが姫花さんに渡った。周りを見るとケイが今度は九条さんの近くでボールを受けようとポジションを取っている。


「姫花さん!」


 それを見て私は姫花さんとケイの直線上に位置取り、また声を張り上げてボールを呼んだ。しかし、狙いは別にある。

 

(姫花さんならもう一つ奥が見えるはず!)


 予想通り、姫花さんはマークが付いてきている私を横切るパスを選択し、頭上を越した瞬間に私はまたゴールに向かって走り出した。


(ケイなら勝つ!私にちょうだい!)


 九条さんのプレッシャーを受けているが、うまく押し返したケイがまたしても私のドリブルコースにボールを落としてくれた。

 さきほどのプレーを見て九条さんを引きつけるプレーをしてくれたのだろう。あんなにゴールに拘ってる子がなんて気の利いたプレーをしてくれるんだ。


「メイちゃん!私にちょうだい!」


 中盤のプレッシャーは既に無く、視界には華音ちゃん、もう一人のCB、高城さんが見える。CBの一人は高城先輩が引き連れているため、華音ちゃんさえ振り切ればシュートが撃てる。


(完全に抜かなくても少しズラせばいい!)


 最初は真ん中を割るようにドリブルを開始したが、真ん中を切るように対峙してきた華音ちゃんに乗るようにサイドに向きを変えて走る。そうして真ん中への警戒が薄れるのを待った。


(焦るな……もうちょっとサイドに引きつけて、距離が近づくのも待って……ここ!!)


 重心がサイドに傾いた瞬間、左足でボールを蹴って一瞬だけ華音ちゃんを振り切った。目の前にはキーパーとゴールネットが広がり、ボールを蹴った左足で芝生を踏みしめた。


「後ろ来てる!」

(分かってる。ケイが競り合った位置からして、九条さんがくる方向は右斜め。いち、にの、さん!!)


 私はタイミングを取り、シュートを撃たずにアウトサイドでボールを少し横に流した。


「え!?」


 股を抜いた瞬間、九条さんの思わずこぼれ出た声が聞こえた。そして、今度こそシュートを撃つべく軸足をファー側に向かって突き立てる。


『分かってるよね?華音ちゃんも来るよ!!』

(うん、分かってる。そんな頼りになるDFだから、私はレギュラーなんか獲れないって思っちゃったんだよ!!)


 体をねじり、軸足とは逆の方向にボールを押し出した。すると、華音ちゃんの股を通り抜けてボールはゴール方向に転がっていく。キーパーは反応できていない。


(コース狙う余裕はなかったけど足には乗った。頼む、枠に行ってくれ!)


 ボールが転がっていくのがゆっくりだ。それでもボールは転がっていき、内側のポストに当たる。


(お願い!)


 その瞬間、なぜか中学時代にベンチからみんなの頑張っている姿を苦々しく見ていた光景がフラッシュバックした。

 しかし、ゴールの中にボールが転がり、審判の長いホイッスルを聞いた瞬間、その光景はゆっくりと消えていった。




「メイ!!!すごい!!!やった!!!!」

「え?」


 今、私はどこにいる?いつの間にか陸上トラックまで出て、握り拳を振り下ろした体勢になっており、ケイが後ろから覆い被さるように飛びついてきた衝撃で我に返った。

 そしてそれを皮切りに高城先輩や仁美さんや姫花さん、ベンチメンバーも次々に飛びついてくる。


「メイちゃんヤバい!なにあの股抜き二連発!」

「ホント凄い!絶対勝とうね!」

「沢ちゃんすごい!みんな最高!」


 なんだか実感が湧かないまま人の波で揉みくちゃになってしまった。審判がホイッスルを吹いて戻るように促し、やっと息苦しさから解放された。


「メイ!」


 すると、またケイから名前を呼ばれ、振り向いた瞬間に改めて強く抱きしめられた。


「私、やっぱりあなたと勝ちたい。一緒にプロになりたいよ。だから、今日勝とう。全国行こうね!」

「……うん、うん!」


 色んな感情がごちゃ混ぜのままだが、ハッキリ返事ができた。スコアボード上でも3点目の文字が点灯している。


「メイ!」


 戻り際に監督にも声がかけられた。駆け寄ると軽く抱きしめられ、そのまま囁かれる。


「メイ、ナイスゴール。気は抜かないよ」

「はい、勝ちきって帰ってきます」


 驚くほど堂々と声が出て、自分でもビックリだが、監督も少し目を丸くして、すぐに微笑み、返事をしてくれる。


「……ふふっ、頼もしい、行っておいで!」

「はい!」


『ただいまの得点は、芳都野高校27番、沢渡鳴さんの得点でした』

(……やっぱり、私のゴールなんだ……)


 軽く手を叩いてスタンドの皆さんに一つ手を突き上げてピッチに戻っていると、私のゴールを告げるアナウンスが聞こえる。それを聞いてやっと実感が湧いてきた。


「メイ!」

「綾乃さん!!」


 センターサークルで待機してくれていた綾乃先輩も手を広げて出迎えてくれる。私もそれを見て思わず勢いよく飛びついてしまった。


「すごいじゃん、よくやったね!」

「ありがとうございます!このまま勝ちましょう!」

「当たり前!まだまだメイちゃんとサッカーしたいもん!」


 声をかけ合ってポジションに戻っていると、ココアちゃんと目が合い、目を潤ませながらこちらにガッツポーズを見せてくれた。


(ありがとう、ココアちゃん)


 ハーフタイムにあんな失態を見せてしまったのに、自分のことのようにゴールを喜んでくれる。一点獲ったぐらいでまだこの恩は返せていない。


(まだこのチームでやり残したことが沢山ある。この試合絶対勝つんだ!)


 頬を叩いて気合いを入れ直し、私はリスタートの笛を待った。

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