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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
44/54

刹那

______ピーッ______


 いよいよ準々決勝が始まった。前半は室谷高校のキックオフで、日吉さんが蹴ったボールを九条さんが受け取った。今年度の室谷高校は4-1-2-3のフォーメーションを採用しており、ウチの4-4-2のフォーメーションとはギャップが出てくる形となっている。


「ケイちゃんゴー!」


 アンカーの日吉先輩から相手の右CBにボールが出た瞬間に今日もFWで先発の藤堂恵が猛然とプレスをかけに行った。それを見て相手CBはGKまで戻す。


「スズさん!」


 相手キーパーに向けて今度は高城先輩が迫っていき、そのプレッシャーにキーパーもたまらずロングキックでプレスから逃れる。


「任せろ!」

「キャプテンクリア!」


 しかし、流石は強豪の正GK、闇雲に逃れたわけではなく、ロングキックのターゲットで競り合いに強いワントップの日吉さんに当ててきた。しかし、そこにはウチでもトップクラスの空中戦勝率を持つキャプテンが着いていく。


「はい!」

「ナイスキャプテン!」


 前向きに競り合えたキャプテンはしっかりと頭に当て、ボールはこぼれ球を待ち構えていた綾乃先輩に渡った。


(よし、五分のボールなら競り勝てる!)


 私達の守備時の変更点として、これまではケイの攻撃力を活かすため、ツートップの中でもケイが前で高城先輩が下がり目にプレーすることとしていたが、今日の試合は守備時に限って二人が並び立ってプレスを行う可変システムを取り入れた。

 これによりケイが試合中盤でバテてしまう事象を改善しようと試みている。


(だけど、良いことばっかりじゃないんだよね……)


 前線の二人が揃ってファーストディフェンスに行くということは、その下のボランチの二人がプレスを躱された時に備えて着いていかなくてはいけないし、それも躱されると相手は攻撃に人数を割くフォーメーションを敷いているため、大ピンチだ。


(相手の厄介な所はまだある。……ほら、来た!)


 同じようにプレスに嵌めようとした所、同じようにキーパーがロングパスをしたのだが、今度は中盤寄りの浅い位置に蹴ってきた。そこには落下点に近いボランチの彩音先輩と同じように日吉さんに競りに行った長瀬キャプテンが同時に落下点に入って行った。


「オーライ!」

「私!」


(ヤバい、位置が被ってる!)


 ぶつかりそうな所で彩音先輩とキャプテンが若干の躊躇いを見せたところで動きを止めなかった日吉さんがボールを逸らし、ボールは後ろから飛び出してきた中盤の選手に渡った。


「人数足りてるよ!」

(そうそう、慌てるな!)


 中盤を突破されたとはいえ、人数はCB一人とSB二人とウィングの二人と飛び出してきた中盤の一人、つまり三対三の同数だ。慌てなければ破られることはない。


「私が着いていくぞ!」


 突破してきた中盤には渥美先輩が対応し、右ウイングにボールが渡った。その選手はカットインしてシュートを試みたが、そこは戻ってきた綾乃先輩がスライディングでコースを消した。


「はい、大丈夫です!」

「ナイスキーパー!」


 シュートは撃たれたが、コースはココアちゃんの正面で、しっかりとボールをキャッチした。


(だけど、危なかったなあ)


 ワントップの日吉さんはポジションに囚われずに自由に動き回るゼロトップに近いような動きをしており、捕まえづらい。FWとしての総合力も高く、今までで一番やりづらい相手かもしれない。


「オッケー!最終ライン良いフォローだったよ!彩音と富美子も声をかけ合うことは意識して、姿勢は変えずにね!」


 監督からフォローの言葉が入り、プレーが途切れている間にCBとボランチの四人は何やら話をしている。これで声かけの連携はこの試合中は問題ないだろう。

 それよりも、中盤を破られた後のディフェンスが称賛されるべきだ。中盤のフィルターが破れた後も無闇に飛び込まずに攻撃を遅らせて綾乃先輩が戻る時間を作り、シュートコースを限定させた。


(こういう守備連携は学年が同じなのが活きるんだよなあ。私がボランチ転向になった理由もこれなんだろうか。……いかんいかん。今は味方の応援だ)


「ココアちゃんナイスキック!セカンドボール!」


 ついつい私だったらどう対応しただろうかと考えてしまうが、頭の片隅にやって声を張り上げた。出番が来るまではベンチ入りメンバーの仕事を全うしよう。





 立ち上がりは少しバタバタしたものの、こちらの中盤とディフェンスラインの連携が確認された後はお互い集中を切らさない固い展開となった。

 相も変わらずケイは徹底マークされており、相手のディフェンスはCBの二人でケイを見るという徹底ぶりであった。


(でも、クロス練習の成果を見せるなら今が最適!)


「あら!?」


 中盤からの勢いのある縦パスに日吉さんのトラップが少し乱れた。その隙を狙って彩音先輩がボールを突き、こぼれ球が右サイドバックの木村先輩に渡った。


「カウンターいける!」


 木村先輩はすぐにボールを運び、併走していた綾乃先輩に渡す。綾乃先輩は縦へのパスを伺うが、さすがは室谷高校の守備、インサイドハーフの一人がすぐに後ろからボールを奪おうとした。そこで綾乃先輩は速攻をあきらめ、くるっと一回転してプレスをいなす。


「はやくボール動かして!」


 言われなくてもそんなことは分かっているだろうが、綾乃先輩はそれを聞いたかのように上がってきていた左SBの赤村先輩にボールを流す。


「裏!スペースに!」


 ここで赤村先輩にボールが渡る前からハーフスペースに向かって走り込んでいた仁美さんがボールを呼び、赤村先輩もスペースに向かってボールを出した。気付いた相手のSBもボールを奪うべく動き出す。


(際どい!けど、仁美さんなら!!)


 仁美さんはボールに追いつく時に右足を目いっぱい伸ばし、後ろ足でボールをブロックするようにトラップした。そのおかげか体で止めに来ていた相手をその際に弾き飛ばし、フリーでクロスを上げられる形となった。


(来た!中の状況は?)


「へい!中!」


 言われずともニア側のCB、華音ちゃんから離れるように膨らみながらケイがボールを要求していた。しかし、ファー側のCBも体を寄せてきており、クロスを上げても完璧に合わなければゴールは難しい。だが、私達の狙いもこの守備にあった。


(よし、かかった!)


「高城先輩!」


 ここでケイの動きに釣られて少しファー側にポジションを動かした華音ちゃんの内側に飛び込んでくるのが高城先輩だった。仁美さんは待ってましたとばかりに早いクロスを送り、高城先輩は早いボールに逆らわず、角度だけを変えるようにボールを反らした。

 ボールはバーに当たり、ライン上に落ちて跳ねるが、そのままゴールネットに向かってバウンドしていった。


「五十鈴先輩、やったああああああ!!!」

「うげ!!」


 主審がこちらの陣地を指しながら笛を鳴らした瞬間、隣にいた高野先輩が興奮しながらヘッドロックをかましてきた。まさに練習の成果が出た先制点にベンチメンバーも総立ちで大盛り上がりだ。


「く、苦しい」

「ほら、落ち着きなさいって。沢ちゃん死んじゃうわよ?」

「あ、ごめん。興奮しちゃって。けど、あの完璧なヘディングシュート。あれこそ五十鈴先輩よね。仁美のクロスも完璧だし、ケイの動きもまあまあ良かったし、あの練習してホントに良かったわね!」


 ナツさんの冷静な声かけに救われ、何とか私は解放された。しかし、確かに高野先輩が興奮するのも分かる良い得点だった。この得点はサイドにボールを渡す時、中のポジション取り、どんなクロスを送るか、どんなシュートでネットを揺らせるか、全ての共通認識がチーム全体になければ生まれない得点だ。バリエーションは少ないかもしれないが、この一週間でやっていたことを出せた瞬間で間違いない。


「みんな、やったよ!」


 ケイと仁美さん、高城先輩が肩を組みながらベンチに向かってガッツポーズをしてきた。動き出しを無視されたケイがどのような表情をしているか少し不安だったが、杞憂だったようだ。これでケイへのマークが減って動きやすくなれば追加点のチャンスが広がる。


(よーし、これからどんどん勢いに乗って)

「すみません、私が目を離しちゃって」

「気にするな!一点ビハインドなど想定内だ!この天才日吉がすぐに取り返してみせるから、安心したまえ!はっはっは」

「元はといえばキャプテンのボールロストからだろ!」

「そうよ!偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」

「マジで反省しなさいよ。これやるの何度目よ!」

「……えっと、皆さん、ホントに反省してるのでそれ以上は勘弁してくださいませんか。泣きそうになっちゃう……」


 円陣を組み、手を叩きながらキャプテンの日吉さんが相手イレブンを鼓舞する声が聞こえたが、何やら逆に皆さんから責められて身を小さくしている様子だ。


(……あの人、ホントにキャプテンなんだよね?)


「はい、一人を責めたって仕方ないでしょ?高城(11番)を甘く見てた私達も悪いんだし、次からクロス対応を気をつけましょう」

「はい!!」

「よし、切り替えて行くわよ!」

「あの、キャプテンは私なんですけど……」


 副キャプテンの九条さんの声かけには何やらすぐに頷き、呆然とする日吉さんを残して相手イレブンは散っていった。あちらもあちらでよく分からない集団である。


(けど、相手チームに先制点を引きずってる様子はない。道化師の役割をわざと演じている所もあるのかな?)


 リスタートの笛が鳴る頃には日吉さんも気持ちを入れ直し、心なしか鋭い目つきでこちらのゴールを睨んでいるように見えた。


(これはこのままじゃ終わらない……)


 まだ試合は前半の序盤が終わったばかり。勝負はここからだ。




「みんな落ち着いて!ロングキックもある程度コースを狙わないと!」


 先制をされてからというのもいよいよ相手チームも本気を出してきたのか、ウチのダブルボランチを相手のインサイドハーフの二人をマンマークする方式を取ってきた。おかげでウチのディフェンスラインはスリートップの激しいプレスに遭う上に前へのパスコースがなくなるという悪循環に陥っており、サイドに追い詰められては蹴らされ、ボールを拾われてしまっている。


(こうなっちゃったら押し込まれるのも無理はないけど、これがずっとは続けられないはず)


 前半も残りは15分ぐらい。ここを凌げれば相手にも焦りと疲れが溜まってくるはずだ。


「戻してください!」


 また同じような形で左サイドに追い詰められ、赤村先輩は必死にボールを隠しながらココアちゃんまでボールを戻した。それをまた日吉先輩が狙っていたのだが、ココアちゃんがなんとか仁美さんに向かってボールを蹴った。


「ぐっ!」


 しかし、ターゲットとしてはあまり身長がない仁美さんでは相手に競り勝てない。相手SBが先にボールに触り、そのまま赤村先輩と相手ウィングの間に転がる。

 

「クリア!」


 赤村先輩は相手より先にボールに触るべく、足を伸ばす。そこに相手選手も足を伸ばし、足が絡まる形になった。


(危ない!)

「うぁっ!」


 その結果、赤村先輩は不自然な足首の傾きで着地することになり、少し大きな声を上げてピッチに倒れ込む。そのまま暫く足首を抱えて動かない。


「監督!行ってくる!」

「うん!お願い!」


 監督の指示を待たずに末広コーチはピッチに飛び出していった。その先では立ち上がろうとした赤村先輩が制止されている。


(捻挫だ。変な方向に曲がってたかも。この試合は厳しいのかな)


「メイ!体動かしといて!」

「え、はい!」

(わ、私なの?)


 思いがけない時に私の名前を呼ばれてしまった。赤村先輩のポジションは左SB。高校に入ってからは練習でもほとんど入ったことはないが、もし赤村先輩がダメならどこで使われるのか。急に心臓の鼓動が速くなってしまう。

 急ピッチで体を動かしていると、末広コーチが手を交差させて試合続行不可能のサインを出した。


(ま、マジ?これ、ホントに出なきゃなの?)

「沢渡さん!行きますよ!」

「はい!」

(こんな急に出番が来るなんて……)


 そのサインを見るや宮本コーチは私を呼んだ。私もダッシュでベンチへと戻る。


「ファイト!」

「頼むよ!」

「見せてやれ!」


 皆さんが次々に激励してくださるが、急な交代のため、私も軽く会釈にとどめて急ピッチでユニフォーム姿に変え、準備を進める。


「左SBに渥美さんを移して、右のCBに入ってもらいます。ワントップのポストプレーと中盤の飛び出しへの対応は長瀬さんと声をかけ合って対応するようにしてください」

「は、はい」


 準備をしながら宮本コーチの指示を受けるが、正直言われたことの半分は頭に入っていないような気がする。しかし、取り合えずはCBで出場するということらしい。試合前のミーティングで話した通り、仕事は日吉さんを抑えること。ボランチで入るよりやることは単純だ。


(中学時代はどのぐらい差があったのかも分からないぐらい雲の上だった。抑えれば、私がサッカー選手として成長した証になるよね)


 元々どんな形であれ出場したいと思っていた。むしろ早々に出番が来てラッキーじゃないか。


「メイ!慌てなくて良いからね。味方と協力しながら力を出し切ること。良いね?」

「はい!やってやります!」

 

 監督とがっちり握手を交わし、背中を叩かれながら送り出された。この途中出場の感じも何だか久しぶりだが、感慨に耽る暇もない。

 ピッチサイドに出て、ボールが外に出るとすぐさま気持ちを整え、芝生に手を当ててピッチに入った。


「メイちゃん、セットプレー!すぐ入って!」

「はい!」

「マーク確認!」

「メイちゃんは23番です!」

(23番……華音ちゃんか!)


 相手はコーナーフラッグの5メートルほど前でスローインとなり、ロングスローを試みるようだ。私のマークは身長が近い華音ちゃんらしい。


(絶対抑えてやる)


 闘志を燃やしながら華音ちゃんの隣に立つと、試合前の笑顔はなく、鋭い目つきでこちらに目を寄こした。失点にも絡んでおり、取り返そうと気合いが入っているのだろう。


 相手スロワーが助走をつけ始めると、華音ちゃんはこちらの体を肩で押し、ポジション争いが始まった。


(私だって!)


 私も両足を踏み込み、不用意に手を使わないように両手を上げながら華音ちゃんの体を押し返す。

 このまま駆け引きが続くかと思われたが、ライナー性のボールが入った途端ポジションを少し前にずらされた。


(ニアで逸らされる!でも撃たせない!)


 気付いた時はニアでボールを触られ、華音ちゃんがボールをトラップする時だったが、私もすんでの所でブロックに入った。


「ぐっ!」


 華音ちゃんもトラップ際にすぐさまボレーシュートを放つが、ボールに当たりきらず私の胸に当たり、高くボールが浮いた。


「もう一回!」


 なんとか頭にボールを当て、前に飛ばしたがクリアはまだ不十分だ。


「クリア!!」


 セカンドボールもケイが先に入り、何とかペナルティエリア外にボールを蹴り出してくれた。


(よし、まずは守り切れた!)


 しかし、クリアしたボールにはまだ九条さんが反応しており、チャンスは未だ室谷高校だ。


「ライン上げよう!」

(そうだ、ライン上げなきゃ……)


 少し呆けていた所にキャプテンの声がかかる。気を取り直して九条さんにボールをサイドに回される前にラインを上げようと前進を始める。


(え……)


 だが、顔を上げるとそこにはダイレクトでボールをペナルティエリアに蹴り込む九条さんの姿があった。

 ボールの行方を追うと、サイドでボールを受けるかと思っていたウイングの選手がフリーで抜け出し、ボールの落ち際をすくい上げ、ココアちゃんの頭を抜いていた。


「うわあああああああああああああああ!」


 相手側の応援席から歓声が聞こえた。副審も主審も相手陣地を指し、相手選手も輪になって喜んでいる。電光掲示板を見ると、相手側の得点に1が入り、同点となるのが見えた。


「……何だよこれ……」


 ファーストプレーの一連で起きた流れに着いて行けず、呆然と一言つぶやくのが精一杯だった。

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