結束
「ニアに!」
「高城先輩まだ遅いです!」
準々決勝の室谷高校戦まで残り二日となり、全体練習後の自主練習では恒例となったクロス練習が行われ、今はツートップの一人がニアに入っていった時のもう一人の動きを確認している所だった。
ファーサイドに入っていったセカンドトップ役の高城先輩であったが、ニアの選手に釣られかけていたDF役の選手にぎりぎりクリアされてしまった。
ちなみに私も中盤役の選手としてサイド役の仁美先輩に向けてサイドチェンジのパスを出していた。
「高城先輩、それだとまだマークに付かれちゃいましたよね。もっと最短距離を走らないと。ちゃんとサイドにボールが渡る前からペナルティエリアに入るコースをイメージしてますか?あと、もっとDFの視界から外れるように膨らみながら走るのが理想です」
「分かった。次は最低限コースだけは改善する」
「はい、工藤先輩もニアに入る時はもうちょっとファー側から斜めに入ってください。その方が相手もマークに付きづらいですし、釣りやすいです」
「了解」
「あと、神崎先輩も遅いクロスを上げるならもっと弾道高く蹴れませんか?せめて相手がスタンディングでクリアできないぐらいの高さです」
「お、遅いつもりはなかったんだけどな」
「む、そうでしたか。なら、コースを工夫しましょう。例えば、キーパーとDFの間に蹴れば……」
このように先輩であろうと結構なダメ出しを行っており、反感を買いそうな所ではあるが、それでもチームのために精一杯尽くしていることは伝わっているようだ。
「それと、メイも!今のサイドチェンジは手前すぎ!もっと深い所に蹴らないと実際の試合だと簡単に寄せられてチャンスにならないよ!」
「ごめん!もう一回やらせて!」
「次は頼むわよ!」
(なんで私にだけ口調がキツいんだよ。でも、先輩達にはこれでも大分気を遣ってるよね、偉いぞ)
敬語が崩れないようにして相手が素直に聞き入れられるように彼女なりの工夫を行っている。中学時代は先輩達の実力を否定するようなことも散々口走って何度フォローしたか。それに比べると彼女も大人になった物だ。
「皆さん、完全撤収時間まで10分前です!終了してください!」
「了解です!ラスト一本決めましょう!」
「了解!高城先輩!」
「オッケー!」
ラスト一本、中盤役は私だ。高城先輩に縦パスを送り、そのボールをダイレクトで返してくれた。
「メイちゃん!」
右サイド想定の姫花先輩が手を挙げて呼ぶのを確認し、一度トラップして狙いを定めた。
(トラップしたらすぐクロスに移れるように、深めの場所に)
「ナイスパス!」
狙いすまして蹴ったボールは思い描いたコースに行き、姫花先輩は利き足側にトラップしてそのままクロス体勢に入った。
「ニア!」
FW役のケイがボールを要求し、相手DFを引きつけた。そこで斜めに走り込む動きを見せていた高城先輩がDFの目が逸れた瞬間にバックステップを踏んでポジションをずらす。
「高城先輩!」
その動きを見て姫花先輩が高い弾道のクロスを上げ、フリーになっていた高城先輩のピンポイントでボールが合わさり、ヘディングシュートでネットを揺らした。
一連の動きには外にいた他のメンバーも大喜びだ。
「すごい!みんな完璧!」
「今のは試合でもゴールじゃない?」
「ケイちゃん、どうかな?」
「まあ、及第点ですね」
高城先輩の問いに対して、素直な返事ではないが、ケイも少し笑みを浮かべ、親指を立てて返した。この一週間では一番の出来で、なんだかチーム全体の結束が高まった気がした。
「ふう、疲れたなあ。今週は練習後はずっとこれやってたね。明日は試合前日だし、さすがに今日までだよね」
「そうね、まだまだ正確性が足りないけど、何もやらないよりはマシだったと思うわ」
「いえ、キーパーから見ても一日ごとに動きが変わっているのが分かりました!やれるだけのことはやったと思います!自信持って室谷とぶつかりましょう!」
(室谷か……やっぱ思い出しちゃうなあ)
『CB、鳥羽、松永』『はい!』
『控えは石川、下川、沢渡』『……はい!』
『メイ、限界まで走ってくるから。私に何かあったらお願いね!』
『うん、ベンチで一緒に戦ってるからね!』
松永華音ちゃん、私達の代のキャプテンで、CBの正レギュラー。対人と空中戦に長けた一学年下の鳥羽ちゃんを支えるように堅実な守備とラインコントロールが武器の選手で、当時の私はそんな彼女に全く敵わなかった。
そんな彼女は強豪校の室谷高校に進学し、この選手権からはレギュラーを掴んでいる。
(ビデオで見てても体が強くなってるし、中学時代と比べて伸び伸びとディフェンスしてる。……やっぱ意識しちゃうなあ。私はあの子と対戦できるのが楽しみなのか怖いのか。……多分ベンチスタートの可能性が高いんだけど)
「ケイちゃん!今日はこのあと私とご飯でも行かない?」
「……え、えっと」
少し複雑な思考に沈んでいると、勢いよく私達の会話に割り込んできた高城先輩の言葉に意識を戻された。
「そういえば、まだちゃんと話したことなかったって思ってさ、結衣も由香ちゃんもいるし、どうかな?」
「……あの、えと……この子も一緒なら!!」
「へ?」
ケイは練習中の勢いはどこへやら、辺りをせわしなく見渡し、私と目が合うやいなや腕をつかみながら話した。
(何が悲しくて違うポジションの集まりに一人ポツンと参加しなければいけないんだ)
「うん、もちろん。沢渡さんともゆっくり話したかったしね。大家さんもどう?」
「あまり大人数でもお店に迷惑でしょうし、私は又の機会に誘ってください」
ココアちゃんの方は何時にも増して爽やかな笑顔で断ってきやがった。ケイの方もご飯に誘われたぐらいで何をそんなに恥ずかしがってるんだ。二重人格も大概にしてほしい。
「いや、FW陣の集まりに私が行くのも迷惑じゃ……」
「メイ……」
(ぬお、眩しい!)
腕を掴みながら弱々しい眼差しをして上目遣いで見つめられた。負けるな私、ケイだって一人で先輩と話すぐらい経験した方が良いはずだ。
「い、行きます」
よく考えれば断る理由も薄く、ケイが困っているなら助けてやる以外の選択肢はなかった。
「で、なんで私まで連れて来られてるわけ?FWだけの集まりなのに」
「だって、沢渡さん一人だと可哀相でしょ?」
学生の味方、イタリアファミレスに移動し、ドリンクバーで乾杯をすると、なぜかメンバーに追加されていた綾乃先輩が愚痴をこぼした。
「ご、ごめんなさい、なんか巻き込んじゃったみたいで」
「いや、まあイヤなわけじゃないし良いんだけど。で、藤堂さんに話があったんじゃないの?」
「うん、そうだった。ケイちゃんに限らずみんなに謝らなくちゃって。思ってたこと話さず、私のために時間取らせちゃった」
「そんな!謝らなくってもいいんです!ケイもそうでしょ?」
頭を下げる高城先輩に向かって高野先輩が慌てて声を掛ける。ケイに同意を求めるように顔を向けると、彼女はじっと高城先輩に向けて話す。
「まあ、謝る必要はないですけど、ただ、早めに話してくれた方がもっとうまく連携が取れてたとは思います」
「うん、それで、お礼を言いたかったの。私のためにクロス練習の時間を提案してくれたこと。おかげで試合に向けて迷いが消えた」
「私のためでもあったので、それは別に……」
「それだけじゃない。私ね、正直言うと、ケイちゃんのこと、あんまり良く思ってなかった」
ここに来て大きなカミングアウトが来た。確かになんとなく対抗心は匂わせてきていたが、ここまで直接的な言葉が出たのは初めてで、さすがのケイも目を見開いて驚いている。
「ケイちゃんが悪いわけじゃない。私達って、去年まではメンバー選考もよほどの差がない限りは年功序列で、私も去年までは控えだった。だけど、それって裏を返せば上級生になればほぼスタメン確定ってことじゃない?」
「まあ、確かに」
「それで、先輩達が引退して私達の時代になって、今まで冷遇された私達で名門を復活させよう、なんて考えてたんだよね。それが、監督も替わってケイちゃんが入ってきて、なんか私達を乗っ取りに来た敵みたいに思ってた時期もあってさ」
「でも……それって……」
気持ちは分からないでもないが、それをケイに向けてしまうのはあまりに勝手すぎないだろうか。彼女も良く思われていないのは感じていただろうし、よくぞ夏まで一年生一人で過ごしてきた物だ。
「うん、分かってる。そんな気持ちはすぐに無くなったよ。でも、少ししたらその気持ちが怖さみたいな物に変わってきてたんだと思う」
「怖い、ですか?」
「うん、ちょっと一緒にプレーするだけで、すぐにケイちゃんは私より断然上の選手だって分かった。身体能力やポジション取りとかもそうなんだけど、何よりサッカー選手としてのオーラって言うのかな、色んな経験を積んでるのが姿勢からも伝わってきた」
「高城先輩……」
高城先輩の抱えていた気持ちは私にも分かる。ケイはサッカーがうまいだけでなく、どこまでも真っ直ぐで、中学時代の私はそれが眩しく見えすぎてしまっていた。
「あの、高城先輩」
ここまで黙っていたケイがいよいよ口を開いた。その顔はボールを蹴っている時には見られない年相応の少女のようにしおらしく、高城先輩や他の先輩方も小さく口を開けて戸惑っている。
「あの、先輩がそう思うのも、仕方ないんだと思うんです。私って言い方も性格もキツいし、それに、入学したての時なんかは、先輩達を下手くそだって見下して、私だけが活躍できればいいって思ってた時期も正直あって。でも……」
彼女は恥ずかしそうに視線を彷徨わせながらも、なんとか言葉を繋いでいる。閉じたり開いたりしていた彼女の掌を握ってやると、真っ直ぐと先輩達を見据えて続ける。
「先輩達に温かく接してもらって、一緒にきつい練習に耐えて、大会を勝ち進んでいって、今は先輩達の努力を無駄にしたくない、一緒に全国に行って、少しでも長くサッカーをしてからプロになりたい、そう思ってるんです。だから、今回のクロス練習も提案したんです」
(最初からこう言えば良いのに、不器用だなあ)
思いを一通り話すと、大きな息を一息ついた。ケイのこれまでの気持ちの告白には他の皆さんもどう返したら良いか分からないようで、場が少しのあいだ静寂に静寂に包まれる。
「ほら、後輩が勇気出したんだから、あんたらも何か言ってあげなさいよ」
ここでこの場では第三者に近い綾乃先輩がFWの皆さんに発言を促した。さすがは頼れる副キャプテンだ。そこで呆けていた高城先輩も気を取り直してまた話し始める。
「あ、うん、私の方もさ、実力主義に変わって学年関係なく競争するウチに、ここまで日の目を見なかった上級生で試合に出たいって思いから、一年生、二年生も含めたみんなで全国に出たいって思うようになってきたんだ。だから私も一緒だよ。ケイちゃんと、さわ……メイちゃんと、みんなと一緒に長くサッカーをしたいんだ」
「はい、明日も絶対勝てます」
そこで高城先輩は机の真ん中に手を差し伸べ、ケイもそれを握って応えた。
「ちょっと、二人だけで完結しないでくれる?」
「由香先輩……」
「私だってみんなで勝ちたい。昔は五十鈴先輩とか、三年生達が報われる所が見たいって気持ちが強かった。けど、最近は私だって試合に出て、ゴールを決めたいんです。ケイや五十鈴先輩とも競争して、チーム力を高めて試合に勝って、それでみんなと喜びを分かち合いたいんです」
ここで高野先輩が割って入り、手を重ねながら熱い思いを伝えてくれた。なんだか初めてバラバラだったFW陣がまとまってきた気がする。
「みんな同じ思いなんだね。じゃあ、綾乃も沢ちゃんも手出して」
「仕方ないなあ、ほら、メイちゃんも」
「はい!」
ここまで黙っていた工藤先輩の呼びかけで、私達六人全員の手が合わさった。思えばこの6人はチームやサッカーへの想いが全員バラバラであった。その六人がいまこうして同じ気持ちで手を合わせている。
「よし、じゃあスズ、何か一言」
「え?私なの?」
「当然じゃない。言い出しっぺでしょ?」
「じゃあ、……こほん、今日は来てくれてありがとう。ここにいるメンバー、みんなプレースタイルも性格も違って、相性的にはそんなに良くない人も居ると思う。けど、そんな人達が一致団結できるのがサッカーなんだよね」
高城先輩が顔を紅潮させながら熱く語る。普段あまり前に出るタイプには見えない先輩がここまで熱くなっている所を初めて見た。そんな姿を見るとこちらも気合いが入る。
「だから明日もこの先も、チーム皆で力を合わせて、最大限の力を発揮しましょう!」
「はい!」
「じゃあ、お店の中だから声は小さくね、芳都野ファイト!」
「おお!!」
思ったよりも声が大きくなってしまい、周りからは少し注目されてしまったが、ケイの方も嬉しそうにはにかんで笑っており、恥ずかしがりで気難しそうな彼女がやっとチームに溶け込んだようで、私の方も嬉しくなった。
「そういえばさ、なんでずっとクロス練習だったの?」
帰り道、皆さんと別れ、ケイと二人で最寄り駅の改札から歩く際、ふと気になったことを話してみた。
彼女はそれを聞き、首を少し傾けながら少し考え込んだ。
「なんでって、この前も話したと思うけど」
「まあ、そうなんだけどさ、シュート練習とか多対多の練習とか、コンビネーションを高めるなら色んな練習あるし、それに、この前も何か言いかけてなかった?」
「あー、理由は確かにもう一個あるんだけど、あなたに言うのが少し恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「うん、……中一の頃、私もスズさんと同じ悩みがあったの。私の入りたい所に先輩がいて、ボールを呼んでも出してくれないとか」
「え、そうなんだ」
なんと、ケイの方もそんな悩みがあったとは。一年生からレギュラーを奪い、涼しい顔をして試合をこなしていたため、気付かなかった。
「それで、悩んでた時に先輩とのクロス練習に誘ってくれたのが、メイだった。当時サイドに転向したばかりで、私のタメじゃないってことは分かってたけど、それでうまい入り方とか、周りに気付いてもらえる呼び方とかが分かったし、ほとんど接点がない先輩達に居残り練習を頼みに行くメイを凄いなって尊敬するようになった」
「そっか、あれか」
当時サイドに転向したばかりの私にとって、クロス精度は一番の課題であった。そこで、レギュラーの選手の技術を盗む意味で三年生の先輩達に頼み込んだのだ。そこで当時まだ仲の良かったケイも誘ったのだが、それが今日に活きたのなら嬉しい。
「日吉さん、九条さんに、……松永さん、いよいよね」
「……そうだね、やっぱ意識しちゃうなあ」
今は室谷高校に在籍している三人、そういえばあのクロス練習も一緒にやっていた気がする。
「私、あなたと勝ちたい。絶対に」
彼女は先程までの初々しい表情はどこへやら、力強い眼差しで訴えかけてきた。その目を見ていると、私も勇気が出てくる。




