仲間
「おつかれ!」
「ええ、ありがとう」
先制点からしばらくして、いよいよ疲労がピークに達したケイがベンチに戻ってきた。不満タラタラな表情ではあるが、息は荒く、顔を上げるのもキツそうだ。
「途中交代なんて中二以来よ。FWとして情けない。少しマンマークを付けられたぐらいで、こんな醜態を晒すなんて。」
「だけど、一点目のプレスは凄かったよ。まるでチーターって感じ?」
「あれはホントに最後の力よ。貴方のおかげ。ああいう風に言われなかったら絶対無理だった」
精一杯褒めてみせるとやっと得意気な笑顔を見せてくれた。苦戦はしていても、一回のチャンスを得点に結びつけられることも彼女の武器の一つだろう。
「じゃあ、まだ試合は続いてるし、私達も応援しよっか」
「ええ、こんな出来でこの大会を終われないわ。何としてでも勝ってもらわないと」
ピッチに目を戻すと、いよいよ時間が少なくなり、追い詰められた鴨川高校はCBの一人を前線に上げ、ボールを持つとすぐにロングボールで攻めるパワープレーをしてくるようになっていた。引き分けでも敗退となってしまうこちらとしては何とか追加点がほしい所ではあるが、ロングボールをまともに受けてディフェンスラインが下がってしまっている。
そこで、本来ボランチの新谷夏美先輩をサイドハーフに入れ、ロングボールの出し所へのプレッシャーの強化を試みるようだ。
「ナツさん、頑張ってください!」
「うーっす、ほとんどぶっつけ本番なのが不安なんだけどね」
「大丈夫です!ポジションがどこでもいつものプレーですよ!ナツさんならやれます!」
「沢ちゃんに言われたら元気出るなあ。分かった、やるだけやってくるよ」
「ファーストプレーですよ!思い切って!」
コーチから指示を受け、試合に向かおうとする先輩の背中を叩いて送り出した。現在は相手の決死のパワープレーにサンドバッグ状態になっているが、これで少しは改善するだろうか。
「大丈夫かしら。美沙さんの采配は信じたいけど、こんな所で未経験の選手にやらせるなんて」
「ナツさんなら大丈夫。もうパワープレーでポジションなんてあったもんじゃないし、ディフェンスの強度と速さはウチのボランチでは一番だもん」
相手のコーナーキックになった所で疲れが見えた姫花先輩に替わり、ナツさんがそのまま入った。華奢な彼女は今にも倒れ込みそうに足をもつれさせながら歩いていた。私は慌ててそんな先輩を抱き留めた。
「姫花さん、大丈夫ですか!?」
「うん、ごめんね、ちょっと疲れちゃって」
「ちょっとってレベルじゃないですよ、ゆっくり休んでください」
交代で両チームとも死力を尽くした戦いで、相手チームも足をつる選手が何人も出てきている。交代で出てきたフレッシュな選手がどれだけ違いを見せれられるかで勝敗が分かれてきそうだ。
「ナツさん!強く!」
コーナーキックを掻き出した流れでルーズになったボールを拾おうと相手選手と競争になっている。いち早くボールに反応したナツさんがスライディングでボールを出し、相手ボールのスローインとなったが、二次攻撃を防ぐことに成功した。
「みんな!球際もっと走って行こう!」
「はい!!」
そこから間髪を入れずに手を叩きながら叫び、イレブンを沸き立たせた。
「新谷先輩、いいわね」
「うん、さすが、自分が入った意図が分かってる」
もともと姉御肌でプレーも闘志あふれるプレースタイルである。その彼女が球際に激しく行けばチーム全体が盛り上がる。それ以降は疲労が吹き飛んだかのように守備の出足も早くなり、パワープレーの脅威を緩和することに成功していた。
(あとは追加点がとれれば、カウンターでも何でもいい)
自陣深い所で相手のスローインとなり、キーパーまでも上がってロングスローで決死のパワープレーを行うようだ。
「こぼれ拾うよ!集中して!」
ケイもベンチを出てきて逆サイドへ必死に声援を送っている。彼女だけでなく、ベンチメンバー全員が食い入るようにピッチを見て声を張り上げていた。届いているかは分からないが、私達の方も全力で戦っている。
相手のロングスローをココアちゃんがパンチングでクリアした。それを唯一前に残っていた高城先輩が落ちてくるボールを技術のあるトラップで止めた。そのボールを相手にぶつかられるより前に横に走ってくる選手に流した。
「綾乃!」
受け取った選手は背番号10の最も頼りになる先輩だった。高城先輩はボールを出した直後に相手に倒されているが、審判はアドバンテージを適用し、プレーを止めていない。更にキーパーがゴール前に上がっており、相手ゴールはガラ空きだった。
「綾乃!撃てる!!」
ボールを持った彼女は迷うことなく軸足を踏みしめ、ボールを高く蹴り上げた。その瞬間、会場の空気が固まる。
(お願い!入れ!)
メンバー全員が祈りを捧げる中、ボールは綺麗な放物線を描き、無人のゴールに転々と転がっていった。
「いやったあああああああああああ!!」
誰かの叫び声を皮切りにベンチメンバー全員が拳を突き上げ、歓声を上げてゴールを喜んだ。
「メイ!やった!」
「げはっ」
ケイに抱きつかれ、私は少し咳き込みなが息を吐き出した。どうやらゴールが確定するまでの瞬間息を止めていたらしい。
「大丈夫!?」
「……うん。それより、綾乃先輩すごいなあ。やっぱ私とは全然違う」
「何言ってんのよ、メイのおかげじゃない。相手の中盤は全然プレッシャーをかけれてなかった。メイが前半から仕掛けて疲れを溜めさせた結果でしょ?」
「……そっか、そういうことにしとこう!」
個人的な反省点は多々あるが、今の所はチームの追加点を喜ぼう。そんな気持ちになった中、ベンチメンバーも私に雪崩れ込んできた。
「お前ら!最高だ!!」
他のベンチメンバーもやってきて円陣を組むようにみんなで抱き合った。わけも分からずもみくちゃになっている中、ピッチに目を向けると、同じくピッチ内での手荒い祝福から解放された綾乃先輩と目が合った。
彼女は無言で私に向かって二度、三度と天に向かって拳を突き上げた。
(やりましたね!先輩!)
(うん!)
その意味をこめて、私も拳を力強く上げて返した。心なしか少し先輩も涙ぐんでいるように見える。
「最後まで!足出して!球際負けるな!」
相手選手も諦めず、その後もゴールを奪うべく攻撃を続けるが、私達の方も最後まで集中を切らすことなく戦い続けた。
そして、いよいよタイムアップを迎え、審判がホイッスルを三度鳴らした。
「よっしゃ!大逆転で二次リーグ突破だ!!」
「みんな!最高だよ!!」
ベンチメンバー全員で喜び合っていると、監督までもが興奮して輪に加わってきて、監督、コーチも含めて全員で輪になって勝利を喜んだ。前半苦しい戦いの中で我慢強く試合を進め、後半に交代選手が試合を動かすという最も勢いがつく勝ち方でこのリーグを突破できた。チームにとっても大きい勝利になったはずだ。
ピッチでは立役者の綾乃先輩が他のメンバー全員から頭を叩かれており、頭を抑えながらも今までに無かったような心からの笑顔でそれを受けられているように見える。
(今日の所は綾乃先輩に譲ってもいいかな)
中学時代の話を聞いていても、何でも出来て責任感のある彼女は周りから頼られるが故に、プレッシャーや責任という、全員で抱えるべき負担を一人で抱えてしまったのかもしれない。今の彼女は憑き物が取れたような笑顔で喜びを分かち合っている。今日の所はそれが自分のことのように嬉しかった。
「はい、みんな少し聞いて」
次のチームの試合もあるため、喜ぶのも程々に手早く整列、撤収、着替えを済ませた。帰りのバスの到着を待つ間、みんなで輪になり、今日の振り返りを軽く行うようだ。監督が私達に向かって優しい声で語りかけた。
「まずは、ベスト16だね、みんなおめでとう!」
「よっしゃああああああああ!!!!」
まずは監督の言葉にチーム全員が歓声を上げた。二次リーグを突破してベスト16というのは随分h差しぶりのことらしく、しかもこの勝ち方となれば盛り上がるのも当然だ。
「反省点は学校に戻ってから振り返るけど、キャプテン、まずは今日勝てた理由は分かる?」
「はい、みんなが走って、最後まで勇気持ってプレーしたからだと思います」
監督からの問いかけに、キャプテンが迷うことなく答えた。他のメンバーもその答えに頷き、同意しているようだ。
「そうだね、まず今日の二点目はまずキーパーがロングスローに勇気持って前に出てクリアした。FWの五十鈴もすぐ前にクリアしたくなるけど、怖がらずにキープして綾乃に渡して、綾乃も迷わずそこからロングシュートを選べた。一人だけじゃなくて、みんなが勇気持ってプレーした結果だよ」
みんな食い入るように監督の言葉に聞き入っている。その様子を見て、監督は満足げに全員を見渡して続けた。
「今日はまず交代で入った選手が良かったね。二点入れた綾乃はもちろんだけど、ぶっつけ本番でサイドに入ったナツだって相手に強くプレッシャーに行って、しっかり役割を果たしてくれた。……そして、途中交代した選手も同じように頑張ってくれた」
監督はそう話して、私やケイ、姫花先輩の方にも目を向けた。いきなりで注目を浴びて少し肩が竦んだ。
「例えばメイが相手の中盤に激しくマークにつかれても粘り強く仕掛けたり、ケイがマンマークにつかれても動き続けて勝負してくれたおかげで、後半相手に疲れが出て得点に繋がった。交代選手にも拍手を送ろう!」
「サンキュー!!」
「あ、ありがとうございます!」
メンバー全員からの想定していなかった拍手を受け、少しこそばゆい気持ちになった。途中交代で悔しい気持ちもあったが、こんな風に頑張りが認められると、少し報われた気持ちになる。
「今日みたいなプレーがまず土台だからね。決勝トーナメントは確かに強い相手ばっかりだけど、まずは今日みたいなプレーを忘れずに、みんなが勇気持って前向きに戦うこと。それができれば、静心館にだって高科女子にだって、どことやってもいい勝負が出来るからね。これを続けていきましょう!」
「はい!!」
監督はみんなの力強い返事に満足したように目を細めると、今度は綾乃先輩の方に目を向けた。
「じゃあ、副キャプテンから少し話があるみたいだから、その話を聞こう。綾乃、大丈夫?」
「はい」
監督から指名を受けた綾乃先輩はチーム全員に目を向け、言葉を発しようとした。
「あの、えっと……その……」
しかし、先輩は言葉を詰まらせ、うまく話せないようで少し固まっていた。そこで私と目が合い、縋るような目線を私に向けた。
(先輩、頑張って!大丈夫です!)
その意味をこめて大きく二回頷くと、先輩は意を決したように一つ大きく息をつき、話し始めた。
「まずは、これまでの副キャプテンらしからぬ振る舞いについて、みんなに謝ります。本当にごめんなさい!!」
綾乃先輩はチーム全員に向かって頭を下げ、経緯を声を震わせながらも話し続ける。大会が始まってからずっとプレッシャーを感じていたこと、それが原因で思ったように体が動かなくなったこと、そして自分から前の試合で交代を申し出て、今日の試合も自分からスタメンを外すように監督に頼んだことを、言葉を詰まらせながらも精一杯自分の言葉で話していた。
「みんなに迷惑かけたのは自覚してる。こんな情けない副キャプテンで、本当にごめん」
「情けなくなんかない!そんなの当たり前じゃん!」
頭を下げる綾乃先輩に対して、怒りを滲ませながら、長瀬キャプテンが言葉を投げかけた。
「私も毎試合怖いよ。私なんかがキャプテンで大丈夫かなって、私の守備が原因で負けるんじゃないかって毎日怯えてる。けど、みんなが怖がる私を支えてくれるからここまで来れた。怖いなら教えてくれればいいのに、なんで教えてくれないのよお」
「富美子…………」
長瀬キャプテンはそこまで話すと泣き崩れてしまった。何も言ってくれない綾乃先輩への怒りと苦しみに気づけなかった申し訳なさという複雑な気持ちが混じり合っているのだろうか。すると、見かねたムードメーカーの渥美先輩が手を叩いて流れを断ち切る。
「あーあ、もう、どっちのキャプテンも情けねえなあ。綾乃、確かにお前の行動は褒められたもんじゃなかったが、それはお前に頼りすぎた私達にも原因がある。それに、お前は今日の試合で二点も獲ってチームを助けてくれた。もうそれで十分だろう?みんなはどうだ?」
「うん、気にすることないよ!」
「今日のプレー、めっちゃ格好良かったです!」
「……みんな、ありがとう」
渥美先輩の呼びかけを皮切りにチーム全員が綾乃先輩に向かって励ましの言葉をかけた。その言葉を受けて綾乃先輩は涙ぐみながらもう一度頭を下げた。
「綾乃、もう大丈夫なんだよね?」
良い雰囲気を取り戻した所で、高城先輩が確認するように問いかけた。綾乃先輩は顔を上げ、今度はいつもの自信たっぷりな顔を取り戻し、みんなに語りかける。
「うん、みんなが情けない私の分まで走ってくれた。今度は私の番。ここから強い相手が続くけど、誰かがミスしても私がその分をカバーしてみせるから。みんな、改めてこれからもよろしくね!」
「はい!!」
調子を取り戻した綾乃先輩の一言でもう一度チームが沸き立った。ここまで来たらもう彼女も問題ないだろう。
「よし、じゃあ良い雰囲気になった所で、キャプテン!締めの言葉お願い!」
「ええ!?私ですかあ?」
「もう、泣いてないでしっかりしてよ、キャプテン!」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
監督の振りに驚くキャプテンに向かって、すっかりいつも通りの綾乃先輩が茶々を入れた。この通常運転に安心したようにチームが笑いに包まれた。
長瀬キャプテンも一つ咳払いの後、肩を組んだ全員に向かって話しかける。
「みんな、今日はありがとう。監督が言ったように、今日はみんなが全力で走り抜いたからこその結果だよ。ベンチ含めて、誰が欠けても勝てなかった。……だけど、ここで満足はしないよ。次は決勝トーナメント、相手がどこでも、今日みたいにみんな一つになって、毎試合全力で戦い抜こう!」
「はい!!」
「よし、みんなで全国に行こう!!」
「おお!!!」
そのかけ声で円陣が解かれ、最高の雰囲気で二次リーグを終えることができた。ちょうど良くバスも到着し、みんな意気揚々と乗り込んでいく。
そんな中、綾乃先輩が一人感慨深そうに佇んでいた。
「綾乃先輩、お疲れ様です」
「メイちゃん、……色々とありがとね。こんな情けない先輩のために」
彼女は私の言葉にプレッシャーから解放されたような穏やかな声で返してくれた。その姿を見て、私は一つの質問を問いかけてみたくなった。
「先輩、これがチームスポーツですよ。どうでしたか?」
その問いかけに先輩は一度目を丸くして、しかし、高校生の少女らしく自然にはにかみ、目を細め、綺麗な歯を少し見せながら答えた。
「最っ高に楽しかった。こんなの知らなかったよ」
対戦相手がいる限り、どれだけ練習してもうまく行かないことはある。それを全員で助け合えるのがチームスポーツの醍醐味の一つだろう。しかし、何でも出来てしまう綾乃先輩はそれだけが苦手だったのかもしれない。
(良かったね、先輩)
中学時代を辛い記憶で終えてしまった彼女が最後にそれを知ることができたのは、神様がくれた、努力を続けてきたことへのご褒美だろう。綾乃先輩の笑顔を見ていると、そう思わずにはいられなかった。




