背中を押されて 後編
『ボランチのポジションには沢渡鳴っていうサッカー選手に居てほしい』
『そこを未経験の選手に任せるのは我々なりの評価と信頼の証です』
『私達はあなたを信じてる。そんな自分だけは、信じてあげても良いんじゃないかな?』
何だか分からなくなってきた。監督、コーチ陣にここまで言われて、ここまで選手冥利に尽きることは無いのだろう。だが、ここまで言われてなお、私はボランチをやることに抵抗を覚える。中学時代は散々ポジションを変えられて、その度に苦しんだ。何のためにサッカーをやってるのか分からなくなったこともあった。
(……今、声聞きたいな)
私はベッドに寝転がりながらメッセージアプリを開いた。目的の友だちのトーク履歴を開き、じっと見つめる。すると、その人から新たなメッセージが届いた。
『まだ起きてるよね?今から、会えない?』
それを見た瞬間、私はすぐに電話のアイコンをタップした。すると、呼び出し音が鳴る間もなく、すぐに通話に出てくれた。
『何?どうしたの?』
「……私も、今すぐに会いたい」
『そう。場所は、あの公園で良い?』
「うん、ありがと」
行き先を尋ねる両親にすぐ戻るとだけ告げ、私は自転車を飛ばし、目的地まで向かった。そこに着くと、会いたかった人はもう既に到着して、柵に寄りかかって立っていた。
「ケイ!ごめん、遅くなった」
「大丈夫、そんなに待ってないわ。そんなに急がなくても良かったのに」
「早く会いたかったから。それでさ、あの……」
私は抱えている悩みを話そうとしたが、うまく言葉が出ない。私が困っていると、ケイの方が助け船を出してくれた。
「ねえ、もうボール蹴れる?」
「うん、少しならって、お医者さんの許可が出た」
「良かった、ボールも持ってきたの。一緒に蹴らない?」
「別にいいけど……」
彼女は嬉しそうに地面に置いてあったサッカーボールを拾い上げた。なんだかサッカーボールすらも懐かしく感じる。
「まずはインサイドキックからね。まずは私が投げるから」
ケイがそう言って私にボールを投げた。ボールは正確に私の足に向かってきた。私はしっかりと左足をケイの方に向け、右足の内側でボールを返した。蹴ったボールはケイの胸の辺りにしっかりと返った。二、三球それを繰り返し、ケイが嬉しそうに話す。
「さすがね、一月もボールを蹴ってないのに。全然下手になってない」
「む、舐めないでよね。インサイドキックなんて小さい頃からずっとやってるんだから。もう体に染みついてるっての」
「そう、じゃあテンポ上げて行きましょう」
「臨むところ」
私達はテンポを良く基礎のキック練習を続けていった。インサイドキックの回数をこなすと、次は私がケイにボールを投げる番だ。それが終わると、次はインステップキックに移る。小学生の頃から飽きるほどやっている練習なのに、一月も離れるとボールの感触が懐かしく、それすらも新鮮だった。最後のヘディングが終わると、私達は軽く息を切らし、二人して柵にもたらかかった。
「ふう、意外と疲れたわね」
「うん、だけど、忘れてたな。ボールを蹴る感触って、ホントに気持ちいい」
私が感慨深くしみじみとそう話すと、ケイは優しく微笑み、手を握ってくれた。その手のひらは少し温かい。
「ねえ、何があったか、教えてくれない?」
「有希達から聞いた?」
「うん、二人とも、すごく心配してた。それに、なんで話してくれないんだろうって落ち込んでたわ」
「そっか、それなら申し訳ないな」
「私にも、話せない?」
私はその質問に答えることができずに、顔を背けてしまった。するとすぐに体の向きをケイの方に向けられ、肩を掴まれた。間近で見ると、彼女の長い睫毛がはっきりと見える。
「一人で悩まないでって前に言ったでしょ?そりゃあ、私が聞いたって何も解決しないのかもしれないけど、私には……教えてほしい」
この力強い意志をこめた瞳が私にはいつも眩しい。そんな瞳で見つめられると、私も自分と向き合う勇気が出てくる。
「……分かったよ。きっかけは、今日の昼休み」
私が今日の出来事をポツポツと話すと、ケイは時折、私の話を咀嚼するように頷きながら、話を静かに聞いてくれた。
「なるほど、メイがボランチ……か」
「うん、ケイには悪いんだけど、私はどうしても監督やコーチ達の言うことを信じ切れない。せっかくCBで良くなってきたのに、今さらまたコンバートなんて。しかもボランチなんて、私には無理」
「気持ちが分かる、なんて、私には軽々しく言えない。だけど、そう思うのも仕方の無いことだと思う。私だって、いきなりボランチになれって言われたら、きっと同じぐらいイヤだって言うわ」
「そう言ってくれたら嬉しいよ。だけど、今は別のことで落ち込んでる」
「別のこと?」
「監督やコーチが選手達のためにいっつも頑張ってくれてるのは分かってるのに、このコンバートだって私のために提案してくれてるのも分かってるのに、私は自分の感情だけでイヤだって駄々こねて、私って何も成長してないんだなって」
「え、そんなことないって私にははっきりと言えるけど。むしろ私はメイがイヤだって言ったこと、良い傾向だって思ったわ」
何を馬鹿なことを言ってるんだとばかりにケイは首をかしげた。その態度に納得いかず私は言い返した。
「何でそんなこと言えるんだよ」
「だって、コンバートがイヤだって言えたじゃない。しかも、スタッフ三人からあれだけ言われて、それでもイヤなんでしょ?」
「それが?」
「それだけ、メイが自分のCBに自信を持ってるってこと。そうでしょ?だって、昔のメイは、あれだけやりたがってたFWを辞めろって言われてすぐに頷いてたわ」
「あ……」
確かにそうだ。昔はどこをやっても自分の思い描くプレーが出来ず、藁にもすがる思いでコンバートを受け入れていた。
「それで、逆を考えてみない?」
「逆?」
「そう、最近のメイは私から見ても、CBに拘るだけのプレーができてたし、そんなメイを見てる美沙さん達が、イヤがっているメイを総出で説得してでもボランチをやらせたい。あなたはそれだけボランチとしてのポテンシャルがある選手ってことじゃない?」
「そうかなあ」
その考えは少し少し短絡的過ぎるとは思うが、ケイがなぜか迷い無く話しているのを見ると、何となくそう思えてくる。
「そうよ、こういうことは良い方向に考えましょう?ちょっと想像してみない?宮本コーチが言う二年後のチーム」
「私がボランチで、攻守の要がケイとココアちゃん」
「そう、もっと頑張らないといけないけど、有希ちゃんがSB。他のポジションは……考えてみたら、私、他の一年生のこと、よく知らないわ」
「え、マジ?ああ、そういえばケイはずっとAチームに居たね。それにしたって、同じポジションの人ぐらいは知っててもいいとは思うけど」
「人と話すの、あまり得意じゃないのよ。まあ、今はそれはいいじゃない」
ケイが辺りの木の枝を手に持ち、地面にフォメーションを書き始めた。そして線を引きながらシミュレーションをしていく。
「ボランチの仕事か、難しいけど、パッと思いつくのはこぼれ球をいち早く回収することかな?」
「そうね、例えばゴールキックの時も飛んでいった先から、どこにこぼれてくるか予想して、例えばここで競り合ってたら、ボールが来そうなのは、この範囲かな?」
「私の近くにこぼれてくれたらいいけど、相手選手との間にこぼれたら面倒だなあ」
「でも、そういうの、メイの得意分野じゃない?CBでもよく微妙な所に突っ込んでいってインターセプトしてるし」
確かに、そう考えるとそこはいつも通りのプレーをすれば問題無いのか。その辺りは、周りとも声を掛け合って状況判断が必要だろう。
「もしボールを保持できたら、チャンスになるわね。私はこんな風にゴール前に走るわ。ちゃんとパス出してよ?そしたら絶対決めるから」
頼もしいと取るか、自意識過剰と取るか、何とも彼女らしい発言だ。私ぐらいは彼女の発言を全面的に信頼してあげないと。
「SBに有希か。何となく不安だなあ。突っ込んでいってボールを取られそう」
「何となく、そういうイメージが確かにあるわね」
「それを予期して、私はすぐにカバーに動ける位置……この辺かな?それで、ボールを奪われたら、すぐにカバーに行って、この辺りであわよくばボールを奪う。最低でも攻撃を遅らせる」
「ボールを奪い切れたら?多分相手も前掛かりに動くから、ロングカウンター狙えるかも」
「前に居る人数も少ないだろうし、勝ってたら、リスクは負わずに後ろに戻して体勢を立て直すよ。同点や負けてる時だったら、有希に取り返してこいって、もう一回走らせるかな?」
「有希ちゃんなら、めげずにもう一回仕掛けていきそうね」
最近の有希は、徐々にボールを扱うことに慣れ始めているようだ。多少ミスもあるが、元陸上部の持久力を活かした上下動は周囲からも高評価を受けている。
「一列前に上がると、私達も絡みやすくなるわね」
「確かに、例えばFWがDFを背中に背負ってボールをキープしてたら、私がボールを受けてもう一度サイドに展開して……」
「むしろ、状況によってはゴール前に飛び出してきたら?所謂三人目の動きってやつね。私もあなたにアシストしてみたいかも」
サッカー好きの性だろうか、机上の空論かもしれないが、このようなシミュレーションをしていると、時間を忘れて盛り上がってしまう。
(こんな風に出来たら、きっと楽しいんだろうなあ)
私達はそれからも様々な状況を想定してシミュレーションを続けた。サイドを破られた時の動き、相手の選手がパスミスをしてボールが私の所の転がってきた時、それらを語り合っていくウチにいつの間にか時間は過ぎていった。
「もうこんな時間ね。そろそろ帰らないと、明日起きれないかも。ちょっと盛り上がり過ぎちゃったわね」
「楽しい時間って過ぎるの早いよね。サッカーって、こういうシミュレーションしてる時が、一番楽しいのかも」
「多分、そうじゃないわ」
「え?」
「楽しかったのは、多分話してたことが実際に試合で再現できそうだったから。メイのボランチ、考えたことも無かったけど、実際に考えてみると、確かにメイならそうするんだろうなって、私には映像が頭に浮かんできた」
「……そうかな」
「多分だけど、美沙さん達も何度もシミュレーションして、ボランチにはメイが入るのが一番、こんな風にしっくり来たんだと思う」
ケイの言う通りだとしたら、監督達はたくさんのシミュレーションをしたはずだ、その中で、私のボランチがしっくり来たと言うのなら、もしかしたら、それを信じてみても……。私も、こんなにも自分がうまくプレーしている姿が想像できることは無かったかもしれない。
「どういう判断をするのかは、あなたが自由に決めれば良いと思う。私はどういう判断でも支持するわ。美沙さん達が反対したら、私もメイと一緒に話をするわ。だけど」
ケイは少し下を向いて言葉を選び、しっかりと私の顔を見て話す。
「メイのボランチ、私は凄く面白そうだって思った」
私がその言葉を受けて少し立ち尽くしていると、ケイは一度私に微笑みかけ、ボールを手に取った。
「ねえ、最後にもう一回、ちょっとだけボール蹴らない?今度は距離長くしましょう」
「良いね。なんか、体がウズウズしてきちゃったかも」
私にボランチが勤まるかどうか、一日散々悩んだが、答えなんて出ない。だけど、ケイと一緒に想像した試合は確かに楽しく、家に帰ってみると、頭はスッキリとしていて、今日はグッスリと眠れそうな気がしてきた。
「はあ、昨日はやっちゃったなあ」
「まだ言ってるんですか?先輩」
大事な生徒と一悶着あってから一夜明け、私は散々落ち込んだが、まだ気分は晴れなかった。
「だってさ、メイが試合に出ることに拘ってるのは分かってたはずなのに、あんな責め方しちゃって。結局イライラしてたんだろうなあ。生徒達が自分の思う通りに動かなくて」
「まあ、私も含めてその反省も重要ですけど、まずは目先の試合ですよ。静心館戦、選手をどのように使うかです」
「そうだよね。……メイがボランチを引き受けてくれなかったら、どこで使おう。確かに今はCBとしても頼もしいし、ボランチになっても別のポジションでも使うつもりではあったけど」
「いえ、そうではなくてですね」
どうしても思考が彼女に寄りがちになってくる。いいかげん気を取り直さなければ。あの子ならば、待っていれば、あの子なりの答えは出してくれるはずだ。二度ほど頬を叩くと、ドアをノックする音が聞こえてきた。そろそろ栞が到着する時間だろうか。
「おはよう、二人とも。あと、お客さん。入っていいわよ」
入ってきたのは予想通り栞だったが、後ろに続いて、おっかなびっくりと入ってきたのは、なんとメイだ。私は少し言葉を失ってしまった。
「なるほど、それでは私は席を外します」
「え?」
「そろそろ生徒も来るでしょうし、私は指導に行きます。監督は面談希望の生徒と話すべきでしょう」
「そういうこと。それでは監督、後はお願いします」
そう言い残して、二人は出て行ってしまった。くっ、二人ともなかなか鬼である。
「あの、えっと」
いかんいかん、何をボーッとしてるのだ。あれだけのことがあって、顔を合わせづらいのは選手の方だろう。私はスマイル、スマイル。
「メイ、そこ座っていいよ」
「あ、はい。失礼します」
「今日は朝早くにありがとね。……それで、どうしたの?」
「あの、昨日、色々考えました」
意を決したように、私の目を凜々しく見て、話しかけてくる。昨日も思ったが、普段は穏やかなのに、この子の一度決めた時の意思の強さは大した物だ。それにこの面構え、私の方がたじろいでしまいそうである。だからこそケイとも気が合うのかもしれないが。
「ケガする前、私、楽しかったんです。久しぶりに良いプレーが出来てるって実感があって。だから、復帰が近づいてきて、その時に監督に昨日の提案をされて、また良いプレーが出来なくなることが怖かった」
メイがゆっくりと自分の気持ちを吐露した。確かに、そのタイミングで今回の提案を告げてしまったのは私のミスかもしれない。そして、メイはまた自分の気持ちを整理するように下を向いた。
「だけど、昨日、色々な人と話して、自分がボランチでプレーしてる所を想像して、そしたら、楽しかったんです。変わることは確かに怖い。だけど、挑戦してみることは、例え怖くても、大事なことなのかもしれないって思いました。だから、私は……」
すると、メイはまた顔を上げ、少し目を潤ませつつもしっかりと私を見据え、言い放つ。
「ボランチ、やりたいです。やらせてください」
この結論に辿り着くまで、相当な葛藤があったことが見て取れる。中学時代の監督さんにも連絡したりして、メイのこれまでの経験も、どれだけ苦しい思いをしてきたかも、分かっていたつもりだったのに、私としたことがまだ一年生だから、CBからボランチになるのは名誉なことだ、そんな軽い気持ちでメイほど重大にコンバートのことを考えていなかった。
(こんなんじゃ、ダメだな。……よし)
「うん、分かりました。今は確かに怖いかもしれない。実際に、練習や試合でたくさん失敗すると思う。だけど、私が全力でサポートする。コーチ陣だってそうだし、周りの選手だってそう。だから、メイは安心して全力で挑戦して。私が、その挑戦を無駄にさせないから。分かった?」
「……はい!!」
私がこう思うからこうしようではいけない、きちんと、本気で生徒のことを考えて、安心してチャレンジできる環境を整えてやらないといけない。この出来事が、私に監督の仕事の認識を改めさせた。




