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思春期フットボーラー  作者: kasic
2章 足掻く少女
30/54

背中を押されて 前編

少し長くなったので2話構成です。

「あ、おかえりー。面談お疲れ」

「何の話でしたか?」


 重い足取りで教室に戻り、自分の席に戻る。すると、その近くで談笑していた有希とココアちゃんが私に気付き、声をかけてきた。今の私にとっては何とも答えにくい話だ。


「大した話じゃなかったよ。ケガの具合はどうかってだけだった」


 精一杯の強がりなのか、私はそんな風に嘘をついてしまった。高校に入ってから一番と言ってもいいほど仲の良い友達に嘘をつくのが少し後ろめたく、なるべく目を合わせないように弁当を取り出し、それを食べることに集中するフリをした。


「……ふーん、ま、話したくなかったら、無理に話さなくても良いんだけどさ」

「ぐっ、ぅん、ごほっ」


 有希がそう話すのを聞き、私は驚いて食べ物を気管に詰まらせてしまったようで、むせるような咳を出してしまった。


「ごほっごほっ、な、何言ってるの?」

「そのリアクション、やはり何かありましたね?」


 ココアちゃんもあごに手を当て、少し目を細めながら尋ねてきた。


「別に、何もないよ」


 私はなおも往生際悪くそう言い続けたが、二人がそんな私をジトッと見つめること数秒、私はその目線に耐えられなくなった。


「ごめん、嘘ついた。何でもないことは無いよ。怒られたとかじゃないんだけど、ちょっと落ち込んでる。だけど、自分でも整理がついてないから、二人にも何も話せない」


 それを聞くと二人は幼い子供を見るように目尻を下げ、目を合わせて一つ苦笑した。


「メイはね、たぶん自分が思ってるより顔に出るんだよ。焦ってたり、困ってたり、落ち込んでたり、悩んでたりするとさ」

「そうかな?」

「その通りです、私達なら一発で分かります。大事な友達がそんな顔してると、私達は心配になりますし、何か力になりたいって思うんですよ」


 二人は静かに私の目をじっと見て話してくる。その温かな心遣いに私はいつも助けられている。監督と話した後すぐに彼女たちと話せたことは私にとっては良かった。


「ありがと、二人にはいつも助けられてるなあ。何かお返ししないと」

「そんな、当然でしょ?そんなのいらないって。私達だってメイにはいつも助けられてるし」


 そんなわけにはいかない。貰いっぱなしは私のプライドにも関わることだ。


「そうだ、今度の中間テストも、私が勉強を教えるよ。前は二人にハンバーガー奢ってもらったけど、今回は励ましてくれたお礼ってことでさ」

「「え?」」

「よし、そうと決まれば今から対策を始めようか。うーん、何からやってもらおうかな?」


 私のその言葉を聞いた瞬間、なぜか二人が同時に硬直してしまった。まあそんなことはどうでもいい。まずはこれまでの復習を兼ねて、前回の範囲の基本問題をやってきてもらおうか。もし忘れていた場合は全てを答えを見ずにできるようになるまでやり直させよう。


 私がウンウン唸っていると、二人が後ろを向いて肩を組み、小さな声で何かを話し始めた。しばらくすると、二人は笑顔だが、どこか切羽詰まったような声で話し始めた。


「い、いや、大丈夫だよ。ホントにお返しなんていらないからさ」

「え、でも…………」

「そ、そもそも、そう何度も勉強面で同級生を頼るわけにはいきませんから」

「そうそう……ってあ!もうすぐ昼休み終わっちゃうよ。早くお弁当食べなきゃ」


 確かに気がついてみれば昼休み終了まであと10分だ。食べなければ午後のリハビリで力が出ない。


「ホントだ、ごめんね、二人とも。お返しはまた今度考えるから」

「う、うん、ごゆっくり」

「ホントにお、お返しなんて大丈夫ですからね?」


 先程から二人にどこか余所余所しさを感じるのだが、気のせいだろうか。まあ何にせよ、若干沈んでいた気持ちが少し軽くなったのは確かだった。








 放課後となり、運動着に着替えながら、私は今回の監督の提案について考え続けた。


 今まで様々なポジションをやってきたが、ボランチはほとんどやったことがない。一度だけ中盤の底の位置に入ったことがあるが、その時は時間も短く、相手がパワープレーを仕掛けてきた時にハイボールの跳ね返し要員として入っただけで、ボランチの役割をこなしてはいなかった。イメージとしては、攻撃のスイッチを入れ、守備ではいち早くボールホルダーに体を寄せ、相手の攻撃を未然に防ぐ役割をしている、という感じだろうか?後ろからのプレッシャーに対する対処が大変だ、というのも聞いたことがある。


(運動量も多いし、360度全部見なきゃいけないし、難しそうだよなあ。……やっぱり私には無理だよ……)


「沢渡さん」

「はい!……宮本コーチですか」


 リハビリを行うグラウンドに向かっていると、戦術参謀かつBチームの監督でもある宮本コーチに後ろから声を掛けられた。


「どうですか?リハビリの調子は」

「はい、良くなってきてます。今日病院に行って、経過が良ければ部分的に全体練習にも復帰できるそうです。次の試合もちゃんと出られそうです」

「それは良かった。沢渡さんが復帰してくれることは、我々としても大きいことです」


 そうだ、宮本コーチはいつも冷静に選手を観察しているコーチだ。宮本コーチにも今回のことを聞いてみるか。


「あの、少しお話いいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。何でしょう?」

「監督から聞いてるかもしれないんですけど、私、監督にボランチをやってみないかって言われて…………」


 私は今日の昼休みの出来事をかいつまんで話した。宮本コーチは腕を組みながら静かに話を聞き、私にこう切り出した。


「それで、沢渡さんとしては、どう考えてるのですか?」

「……色々考えたんですけど、やっぱりイヤです。さっき言ったように、CBでのプレーに手応えがありますし、私にはボランチをこなせるだけの実力があるとは思ってません」

「……そうですか、強制することは無いですし、沢渡さんがそう思うのであれば、その話は断っても良いと思います。ですが、自分の考えだけで結論を出してしまうのは、やめておいた方が良いでしょう」


 コーチは眼鏡の位置を直しながら、いつも通り理詰めで冷静に話を進めていく。


「私や沢渡さんみたいな人が、一人で物事を考えてしまうと、どうしても保守的な考えに陥りがちです。まずは周りの人に相談して、意見を聞くというのも一つの手ですよ」

「周りの人に、ですか」

「はい、例えば、私の考えでは、沢渡さんはボランチに非常に向いていると思います」

「それはどういう所ですか?」


 私が不満げに聞き返すと、コーチは私に一つ微笑み、続けた。


「例えば、沢渡さんは、普段はミスが少なく、無難な対応をする選手です。ですが、安全なプレーを好むのかと思えば、時には状況を見てサイドチェンジやインターセプトも果敢に狙っていきますよね。見ている側からすれば、少々ヒヤヒヤするのですが、その判断もミスが少なくて、うまく行くだけの技術があるんです。私は、ボランチはその判断能力とそれに見合った技術が一番重要だと思ってます」


 いつも理知的に話す宮本コーチが、少し熱っぽくボランチについて語っている。


「相手が全方位からプレッシャーをかけてくる中、前を向くのか後ろに戻すか、ロングパスかショートパスか、前に出るのか後ろに下がるか、常に瞬時に判断しなければいけません。そう考えると、今のウチで、一番それができそうなのは、沢渡さんだったりするんですよ」

「そうですかね?」

「信じられませんか?私達を……いえ、沢渡さんの場合は、自分自身を、かもしれません」


 そう言う宮本コーチの顔は、私には少し悲しげに見えた。そんなことを言いながらそんな顔をするのは若干卑怯ではないか。


「……少し、意地悪な質問でしたね。沢渡さんの中学時代のことは、私もデータとしては頭に入れていますが、実際に見たわけじゃない。それを承知で言わせてもらいますが、私は過去のことで、自分の可能性を潰してしまうことほど馬鹿なことは無いと思ってます。ボランチはとても大変で、重要なポジションです。そこを未経験の選手に任せようとするのは、我々なりの評価と信頼の証です。それだけは、理解しておいてください」

「……それは、分かりました」


 私がそう返すと、コーチは少し微笑んだ後にいつもの真剣な顔に戻り、Bチームの指導の方に向かっていった。ボランチを任せるのは信頼の証……か。


(信じていいのかな?監督と、コーチと……自分の可能性も)


 そのことについては随分前から考え続けているが、未だに答えは出ない。






「良かったわね。痛みが無い範囲なら、ボールを蹴っても良いって言われて」


 私は現在、リハビリメニューを終え、病院で診断を受け、末広フィジカルコーチの車に乗せられ、学校へと戻っている途中だった。


「……それは、まあ、はい」

「沢渡さん、何だか今日は元気が無いわね」

「コーチはその理由、知ってるんじゃないですか?っていうか、知ってましたよね?」


 末広コーチが朝少し様子がおかしかったのは恐らく今回の提案の内容を知っていただろう。そう考えると今のコーチの態度は白々しいにも程がある。


「えーっと、まあ、ごまかせないか。最初に話すのは、監督が良いと思って、話せなかった。……ごめんね、大会中だったし、混乱しちゃったよね」

「混乱っていうか、私にボランチなんかできませんよ。少なくとも、それは今じゃなくていいはずです」

「そうね、そういう考え方もできるかも。でも、私達はできると思ったし、今ボランチの経験をしておくことは悪くないって判断した。それは分かってほしいな」

「……結局コーチって、監督の味方なんですね。私がこんなにイヤがっても、結局はボランチを奨めてきます。まあ、当然ですよね。高校時代はチームメイトで、末広コーチと監督は確か同級生ですし」


 ついこんな言葉が出てしまった。なんと小憎たらしい選手だろうか。私であれば絶対に指導したくない。だが、だが、ミラー越しに見えるコーチは心底申し訳なさそうに眉を下げている。


「そんな風に思わせてしまったのなら、ごめんなさい。私達はコーチの仕事ができていないわ」


 私に合わせたリハビリメニューを用意して、毎日夜までリハビリに付き合ってくれるコーチにこんなことを言わせてしまった私の方が申し訳ないし、自分がイヤになる。そう思って顔を伏せた私に末広コーチは優しく声をかけた。


「監督は、沢渡さんをこの選手権を戦う上での戦力ってこともあるけど、二年後、沢渡さんが三年生になった時、どういう選手になってほしいかっていう観点で見てるみたい」


「二年後、ですか?」


「うん、二年後を考えた時、チームの中心になってるのが、多分、藤堂さん」


「それは分かります。ケイみたいな選手、そう居ませんし」


 豪快なシュート、ゴール前での冷静さなど、ストライカーとしての能力をすべて兼ね備えている彼女はチームの中心はふさわしく、私は迷いなく頷いた。


「ふふっ、そうよね。それで、守備の要は大家さん。あんなに能力の高いキーパーが来て、監督やコーチ陣は驚いてたわね」

「はい、それも分かります」


 彼女もシュートストップ能力も高く、ハイボールの処理も安定感がある。意外と血が上りやすく、緊迫した時の判断能力は改善すべき点だが、私が一緒にプレーした中では最高レベルのキーパーだ。


「攻守の要は揃った。だけど、FWやGKは、流れを変えることはできても、コントロールすることはできない。流れをコントロールするボランチ、中盤の要が必要。つまり、中盤の要が居れば、二年後は相当良いチームになる。それで出てきた名前が…………沢渡さん、あなたよ」

 

 中盤の要が私。なんだかしっくりと来ない響きだ。


「監督の考えでは、一年生のウチから、公式戦でボランチの経験を積ませたいみたいね。私達もそれに同意した」

「……それは……分かりません」

「キツい練習は素直に頑張るのに、こういう時の沢渡さんは強情なのね」


 コーチに苦笑いされてしまった。こんな性格だから、たまに他の人とぶつかってしまうのだ。自分ながら面倒くさい性格をしている。


「監督はどういう戦術が選手の実力を最大限に出せるのか探して、それで、選手目線に立って監督の考えた戦術に意見したり、選手に分かりやすく伝えたりするのがコーチ。共通してるのは、私達は常にあなたたち選手の味方だってこと」


 信号が赤となり、車は一時停止した。その瞬間、コーチは後ろを振り返り、私に微笑んだ。


「私達を信じて、なんて言わない。だけど、私達はあなたを信じてる。そんな自分だけは、信じてあげても良いんじゃないかな?」


 その表情と言葉が、私に強い印象を与えたことは間違いなかった。だが…………


(そんなこと言われたって、信じられるわけない)


 今まで同じようなシチュエーションで自分を信じて、結局はレギュラーにすらなれず、何度裏切られたか分からない。それなのに、もう一度自分を信じろと言われても、それを強く拒絶する自分が居た。



後編は日曜日の0時に投稿いたします。

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