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思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
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初心

 桜が既に散り始めている四月の某日、学習塾で根を詰めて勉強した成果が実ったのか、私はそこそこの進学校である芳都野よしつの高校に進学を果たした。満員電車という電車通学の洗礼を浴びながらもどうにか入学式を終え、いよいよ部活動の見学期間と仮入部期間が始まろうとしており、それに先立ち、部活動紹介が行われていた。


「私たち吹奏楽部です。吹奏楽はたくさんの楽器や音が一つになって音楽を作っていくのが魅力で…………」

「女子野球部です。私たちと青春しましょう!」


 何か良さそうな部活があればと思ったのだが、残念ながら心を揺さぶられるような部活は出てきていない。


「私たち、女子サッカー部です」


 そうしていると、青を基調としたユニフォームを着た高校三年生二人が出てきた。主将と副主将だろうか。


「私たちは全国大会を目指して日々練習をしています。当然練習は厳しいですが、一緒に全国大会を目指す気があるなら、もちろん初心者でも大歓迎です」

「ちょっとちょっとキャプテン、堅すぎでしょ」

「堅すぎって、部活紹介なんだからちゃんと紹介しなきゃ」

「はぁ。これだからキャプテンはモテないんだよ」

「それ今関係ないでしょ!」


 二人の漫才のようなやりとりに新入生から笑いの声が出る。その後も副主将らしき生徒がリフティングを披露するなどして部活紹介が進んでいく。


「というわけで、私たち女子サッカー部は基本的に毎日サッカーグラウンドで練習しています。見学、練習参加大歓迎です。きちんと運動できる格好に着替えて是非一度お越しください」


 拍手の中サッカー部の二人は降壇していく。

 結局、サッカーを押しのけてまで入りたい部活動があるわけではなかった。


(そもそも古豪のサッカー部があるここに来た時点でサッカーを諦め切れてないってことだしなあ)





「ねえ、お昼、一緒にどう?」


 部活動紹介も終わり、昼食の弁当を広げようとしていると、前の席の斉藤さいとう 有希ゆきが声をかけてきた。中学時代陸上部だったという彼女は、出席番号の関係上私の前の席であることから、ぽつぽつと話すようになっていた。知り合いもほとんどいない高校生活に少なからず不安を感じていた私にとって、話しやすく、ある程度気の合う友達ができたことはありがたかった。


「うん、いいよ」


 やった、と声を弾ませ、彼女はいすを後ろに向け、弁当を広げた。中学時代の話をしていると、その流れで当然のごとく部活の話題になる。


「メイって、中学時代はサッカー部だったんだよね?」

「あ、違うよ。私は中学のサッカー部には入らずに地域のサッカーのクラブチームに入ってたんだ」

「へー、よくわかんないけど、なんかすごそうだね。じゃあ、やっぱりサッカー部に入るの?」


 少し返答につまる。私は未だにサッカー部に入部するか別の部活をするか決めかねていた。入学式の翌日にあったクラブ紹介を聞いても、配られるチラシを見てもサッカーばかりやってきた私には野球部でバットを振っている姿やましてや吹奏楽部でトランペットだかトロンボーンだかを吹いている姿は想像できなかった。

 

 気がつくと斉藤さんが返答につまる私を不思議そうに見ていた。


「ああ、いや、まだ決めてなくて。ここのサッカー部って昔は強かったらしいし、試合に出れないなら別の部活に入っていいかもって思ってたんだけど、正直あまりどこもピンと来なくて」

「それすっごい分かる。私も陸上部だったんだけどさ、陸上はもういいかなって思うんだけど、部活いっぱいありすぎてよく分かんないんだよね。私、中距離だったから体力と根性には自信あるんだけど」


 続いていく話に時折相づちを打ちながら話を聞いていると、あ、そうだ、と斉藤さんが妙案を思いついたように手をポンと叩き言った。


「今日から体験入部期間でしょ?私、サッカー部もいいなって思ってたんだ。一緒に行こうよ」


 どちらにせよ、一度練習に参加してみようと考えていた私にとって、断る理由はなかった。



「姿勢、礼」

「「「「「「「ありがとうございました」」」」」」」

「ね、サッカーグラウンド行こうよ」

「うん」


 帰りのホームルームも終わり、私たちはサッカー部の練習場であるグラウンドに向かおうとしていた。さすが全国大会優勝経験校というべきか、最近の成績がふるわないにもかかわらず、専用のグラウンドがあるようだ。私達が席を立ち、教室を出ようとすると、背の高い女の子が声をかけてくる。


「あの、サッカー部に体験入部に行くんですか?」

「うん、そうだけど。確か、大家おおや 心愛ここあちゃんだよね」

(ってかでか!!百八十は超えてるよね。自己紹介のときから思ってたけど、間近でみると圧倒されるなあ)


 私も百六十五センチとこの歳の女子と比べるとかなり高い方ではあるのだが、大家さんはそんな私よりも頭一つ分は抜き出ていた。百五十センチ程度の斉藤さんと比べると正に巨人と小人のようだ。しかし、そんな身長とは打って変わって顔はほんわかとしてかわいらしく、どこか力が抜けてしまいそうな話し方をしていた。


「はい、大家と申します。私もサッカー部に行こうと思ってたので、一緒に行っていいですか?」

「うん、全然いいよ。私が斉藤で、この子はめいね」

「なんで私は下の名前で紹介するんだよ」

「えー、だって沢渡ってちょっと呼びにくくない?」


 確かにそのせいか確かに私は下の名前か、沢渡を文字って呼ばれることが多かった。


「けど、メイって可愛らしい名前ですね。うらやましいです。心愛って、なんか恥ずかしくて…………。それでは沢渡さんのことはメイちゃんって呼んでいいですか?」

「もちろん。大家さんのことは、ココアちゃんって呼んでいい?」

「はい、よろしくお願いします」


 うお、なんか笑顔がまぶしい。私は日向やココアちゃんのようなほんわかするような笑顔に弱いのかもしれない。


 二人と話をしながらグラウンドへ向かう。


「メイちゃんの居たところは超強豪じゃないですか!すごいです!」


 ココアちゃんが目を輝かせて言ってくる。これ、ハードル上がっちゃう流れ?


「ポジションはどこをやってたんですか?」

「いろいろやったけど、最終的にはCBセンターバックがメインだったよ。まあ、控えだったんだけど」

「なになに?メイってすごいの?」


 有希までも話に入ってくる。なんとか話題を逸らさなければ…………


「別に、入ってたクラブが強かったってだけだよ。私はそんなにうまかった訳じゃないんだけどね。それより、ココアちゃんはどこやってたの?」

「私は、GKゴールキーパーやってました。昔から背が高かったので、いつの間にかキーパーになってました。クラブチームに居たメイちゃんは知らなかったかもしれませんが、これでもそこそこ有名だったんですよ?」


 ココアちゃんが小ぶりな胸を張りながら自慢げに話す。そこで、サッカー初心者の有希が疑問を投げかける。


「キーパーは分かるんだけど、せんたーばっくってどこのポジションなの?」

「あ、ディフェンダーだよ。大抵のチームはDFを四枚並べるんだけど、真ん中の二人のDFのことをセンターバックって言うの」

「へえ、なんかサッカーって野球とかとは違って、なんかポジションが分かりにくいよね」

「サッカーは人が流動的に動きますからね。例えば、SBサイドバックって言うディフェンダーの端に居る選手は相手陣地まで攻め上がることも仕事の一つですし、攻め上がったSBのポジションには他の誰かがカバーに入らなければいけません。とっても運動量が多いスポーツなので、陸上部でたくさん走ってきた有希ちゃんには向いてるスポーツかもしれませんね」

「えー、そうかな?」


 良かった、話が逸れてくれて。勝手にハードル上げられて勝手にがっかりされるのはなんとなくイヤな気持ちがした。


「そういえば、ここのサッカー部って強いの?全国大会目指すって言ってたよね?」

「あー、昔はめっちゃ強かったらしいけど、確か二十年くらい前に選手権で全国制覇したんだっけ?」

「え!?全国制覇?けど、二十年ってだいぶ昔だね」

「正確には、二十三年前に選手権大会制覇ですね。もっとも、当時は今と比べて女子サッカー人気はなかったらしく、参加校は今の半分でしたが。ですが、ここ最近は低迷が続いていて、全国大会出場も十三年前の総体を境に遠ざかっています。しかもここ五年間は県予選のベスト八にも顔を出していない状態で、去年の選手権大会は一次トーナメントの一回戦で敗退しています」


 総体というのは夏に行われるサッカーの大会のことで、インターハイとも呼ばれる。選手権大会は、冬に行われる大会で、テレビで大きく取り上げられるのはこっちだ。


「けど、なんでそんなに弱くなっちゃったのかな?」


 腕を組み、首をかしげながら、有希が言った。確かに、全国制覇まで果たしたチームが二十年で県大会のベスト八にも入れなくなり、ましてや一回戦で敗退するのはちょっと異常だ。


「詳しいことは分かりませんけど、なんでも学校の方針で勉強を重視するようになったからだとか。芳都野高校は進学校ですし、合格実績で入学者を増やしたいんでしょうね。けど、今年から方針を変えたみたいで、最後の全国大会出場の時のOGさんが監督になるみたいですよ」

「詳しいね。もしかして、ここ最近の低迷と監督交代を知ってここに来たの?」

「もちろんです。弱くなっていたなら、各ポジションの層は薄いはずですし、ましてやGKなんてそれが顕著なはずです。私は下級生の時から試合に出て全国のチャンスを増やしたいですし。名門復活なんてかっこいいじゃないですか!」


 ココアちゃんは拳を突き上げ、熱く語る。有紀はその様子を見て口を開けながら拍手をしている。


(見た目はぽわぽわしてるけど熱い子だな。そんな考え、私は持てないや)


 私はしっかりとした目標を持っているココアちゃんがうらやましかった。私はここのサッカー部に入ったとして何がしたいのか分からない。ただ試合に出たいのか、全国大会に出たいのか、はたまた選手としてレベルアップしてもっと先の世界に行きたいのか、こんな中途半端な気持ちでサッカー部に入ってもいいのだろうか。


(昔なら胸を張ってサッカー選手になるのが目標だって言えたんだけどなあ)


 今の私はそんなこと口が裂けても言えない。じゃあ私はその夢を諦めてしまったのか。


(諦めきれてないから毎日飽きもせずランニングとかキックの練習とかやってるんだろうなあ)

 

 そんな何度目かも分からない思考の地獄にはまっているとサッカー部のグラウンドの前までやってきた。グラウンドには人工芝が張り巡らされ、プレーをするには最高のピッチ状態だ。


「やっぱり芝生のグラウンドっていいですよね。私の中学は土のグラウンドだったのでホントに芝生の学校って羨ましかったんですよ」


(ホント、やっぱここにはもったいないよなあ)


 そんな失礼なことを考えていると、不意に背中をポンと叩かれた。急なことだったので私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「はは、そんなにびっくりしなくていいじゃない」

「もう綾乃、いきなり肩を叩いたらびっくりしちゃうでしょ。それで、君たちは一年生かな?」


 話しかけてきたのは部活動紹介の時に壇上に上がっていた主将と副主将と思わしき二人組だった。


「はい!今日は体験入部に来ました!」


 有希はいきなり声をかけてきた上級生にも動じず、元気いっぱいに答えた。


「お、そっちの子は元気がいいね。君もごめんね、びっくりさせちゃって。更衣室はあっちだから好きに着替えていいよ。それじゃ、しっかり見てってね」


 私達に手を振りながら先輩二人組は更衣室に入っていった。


「今の二人ってさ、部活紹介で話してた人だよね?」

「はい、多分キャプテンと副キャプテンだと思いますけど、二人とも背が高くて雰囲気がありましたね」

 それお前が言うことじゃないだろ、と内心ココアちゃんにツッコミを入れつつ私達は更衣室に入った。


 

 上級生の部員や一年生と思わしき人たちが居る中、私達は手早く着替えをすませ、グラウンドに足を踏み入れた。部員の皆さんは思い思いにウォーミングアップを始めている。


(芝生の感触、なんか懐かしいな)


「はーい、それでは一年生はこっちに集まってください!!」


 キャプテンが一年生を集める。その声を聞き、ぞろぞろと一年生が集まった。


(仮入部だけど、結構多いな。二十人はいる?)


 私が辺りを見回していると、監督さんらしき女性と二人のコーチと見られる人が私達の前に立った。監督さんは身長は百六十程度だろうか、美人だがガタイが良く、豪快そうな女性だ。


(この人が最後に全国に行った人か。確かにオーラあるね)


「なるほど、そこそこ集まってるね。皆さん初めまして、私はサッカー部の監督の藤堂とうどう 美沙みさです。一応体育の授業もやってるから、もし会ったらよろしくね。ちなみに、私の兄は元日本代表で解説者やってるあの人だよ」


 そう言った瞬間、みんなが驚き、少し騒然とする。


「すごいね、身内に元日本代表がいるなんて」

(ま、私もお姉ちゃんが日本代表なんだけど。ん?ちょっと待てよ、お兄さんが日本代表で藤堂ってどっかで聞いたことが)

「あと、その兄の子供、私にとっては姪っ子だね。その子は今年ここに入学してもう春休みからここで練習してるから、同級生同士、仲良くしてあげてね」


 私はシュート練習を始めている部員の皆さんの方を見た。皆さん指定のジャージを着ている所一人違う服装をしている女子が一人いた。強烈なシュートを決めるシルエットには見覚えがあった。


「あーーーーーー!!!!!」


 間違いない、私のいたクラブチームの元エースストライカーだった藤堂とうどう けいだ。

 私は驚き、つい大声を出してしまい、周りのみんなが一斉にこちらを向く。


「す、すみません…………」


 これはおずおずと頭を下げるしかできない。


「それじゃ、話を続けるね。みんなにはこれからサッカー部の練習を見てもらったり、実際に体験してもらったりするけど、このサッカー部がみんなに求めることは一つ。本気で全国大会を目指すこと」


 監督は目を細めて話した瞬間、場の空気が凍った。この監督はフレンドリーだけど、練習中は厳しそうだ。


「もちろん練習は厳しいし、ときには血反吐を吐くぐらい辛いことだってあるかもしれない。実際に入部するなら、その覚悟を持って入部してほしい。それができるなら、サッカーの上手い下手は私は問わない。未経験者だって必死に練習すれば経験者も抜かせるんだから。逆にそれができない人は、厳しいこと言うけど入部しないでほしい。居てもいいことなんか一つもないだろうしね」


 監督の冷淡とも言える言葉に一年生全員が息を飲む。この人の鋭い目つきはアスリート特有の威圧感があった。

 しかし、少し間を置くと、鋭い目つきをゆるめ、声を穏やかにして言う。


「ま、今すぐに決めなくてもいいよ。体験入部期間は二週間あるし、しっかりサッカー部だけじゃなくて他の部活の練習を見たり体験したりして、後悔のないような高校生活を送るように。みんな、分かった?」

「「「「「「「はい!!」」」」」」

「よろしい。それじゃ、練習参加する人はまず軽くランニングするのであそこのコーチについて走ってください」



 コーチの方の一人が走り始め、一年生たちがそれに続く。ランニングとは言っても、ほとんどジョギングのようなもので、ペースは緩かった。


「それにしても、厳しそうな監督だよね。けど、私はちょっとスパルタすぎるぐらいの方がやる気でるかな?」


 走りながら有希が涼しい顔で話す。どうやら有希にはこの部活は好意的に写ったらしい。それにしてもさすが元陸上部というべきか、全く息を切らしていない。


「そうですね、私も練習が厳しいのは全国を目指すなら望む所ですし、練習以外では優しそうなのもいいですよね」 


 GKながらココアちゃんも走ることには慣れているようだ。クラブチームではそこまで走るメニューは多くなかったのだが、やはり部活動は走るメニューが多いのだろうか。


「そういえばメイ、なんか途中で大声出してたけど、どうしたの?」


 う、やっぱそこ突っ込まれるか。


「確か、春休みから練習参加している一年生の話の時ですよね?」

「あ、大したことじゃないんだけど、その子、中学の時の元チームメイトで、ちょっとびっくりしちゃった」

「なるほどね~。そりゃびっくりするわ」

「もしかして、その藤堂さんって年代別代表に入ってる藤堂恵さんですか?」

「あ、うんそうだよ。チームでも一枚抜けてた」

「へー、確かにさっきのシュート練習も凄かったかも」


 しかし、藤堂さんと一緒のチームになってしまうとは。最後の試合の時にちょっといざこざがあっただけに顔を合わせるのは少し気まずい。まさかこんなことになるなんて…………


(ていうか、なんでサッカー部に入る前提みたいになってんの?まだ入るか分かんないじゃん)


 自分の心の中に対してツッコミを入れるというのもおかしな話である。

 


 そうこうしているうちにランニングが終わり、今度は一年生が経験者と未経験者に分けられた。ここで有希と別れ、経験者組はパス練習を始めた。私はココアちゃんとペアを組み、ボールを蹴り始めた。足の内側を使うインサイドキックで丁寧にボールを出し合う。


「パスうまいんだね。ココアちゃんの高校ではGKも結構パス回しに参加してたの?」

「はい、うちの中学、パスサッカーを目指してましたから。そのせいで高い位置でボールを奪われて失点とか結構あったんですけど」

「パスサッカーはそれがあるから怖いよね」

「メイちゃんも全然キックが狂いませんよね。よく練習してるのが分かります」

「まあ、小さい時からインサイドキックって飽きるほどやらされたから」


 そんな取り止めのない話をしながら私達はパス練習をした。ショートパスやロングパスなど様々な種類のパス練習を終えると先輩方のおそらく控え組と合流し、何組かのグループに分けられ、その中で二色のビブスを配られてチーム分けをされ、時にはツータッチまでなどの制限をつけながら練習する。ここまではまあ普通なのだが、練習中、平凡なミスをすると一年生であろうとプレーを中断させられるのだ。例えば、パスミスをして相手にボールが渡ったりすると、


「ちょっとプレー止めてください。今のは何をどう考えてそこに蹴りましたか?」

「え、いや、相手がすぐそこに居たので、どこかに蹴らないとって」

「それは深く考えずに適当に蹴ったということでいいですか?」

「はい、すいません」

「これが実際の試合だとすれば、さっきみたいに相手にパスをすると味方は攻撃に向かってますから、確実にカウンターを受けてピンチになります。その時に適当にボールを蹴って相手にパスをしてしまいましたって言われたらあなたは納得できますか?」

「いや、多分できません」

「それなら、次からはこんなプレーしないようにしてください。周りのみなさんも、なぜもっと走ってパスコースを作ってあげないのですか?相手にマークされてても、きちんとマークを外してボールを受けにいってあげることを意識してください」


 このように穏やかな口調ながらもネチネチと指導をされるのだ。しかもしっかりと理論づけて怒られるからぐうの音も出ない。


 このボール回しの練習が終わるとここで一年生の練習は終了となった。後は先輩方の走り込みの見学らしい。


「初日にしては結構ハードでしたね」

「うん、まだ仮入部なのに結構走らされたし、頭も使わされたよね。けど、本来はここから走り込みの練習があるんだよね…………。それ考えたら一年生は気を遣われてる方だよ」

「は~、終わった~」


 疲れた様子の有希がこちらへと戻ってきた。


「あ、有希ちゃん、お疲れ様です。未経験組は何やってたんですか?」

「リフティングの練習とか、インサイド?キックとか、インステップキックの練習。延々とボール蹴ってて頭痛くなってきたよ」

「全ての基本だからね。その辺完璧になるまでしつこくやらされるのかもね」

 

 私たちが今日の練習について話していると監督がホイッスルを鳴らし、休憩の終わりを告げる。


「はい、休憩終了。こっちに十人ずつ並んで。まずは三十メートルダッシュからね」


 走りのメニューは最初に三十メートルダッシュなどの短距離走から千メートル走など長距離走など様々な距離を走らされており、しかも回数が決められておらず、監督が終了と言うまで走り続けなければいけないらしい。いかにも辛そうだ。


「はい、そこ顔下げない!余計辛くなるよ!上体あげて!」


 しかも動きが悪くなると監督が笑顔で叱咤の声を飛ばすのだ。ようやく終了が言い渡された時には先輩方の大半が肩で息をし、座り込んでいた。


「なんか陸上部みたいな光景だったね。サッカー部って超大変じゃん。てか入部したら私たちもあれ、やるんだよね」

「まあサッカーは走るスポーツだからああいう練習も多いけど、それにしてもこれが高校サッカーなのかな?あそこまで走らされたことはないよ」


 これからの未来について考えると身の毛がよだつ思いだ。




 先輩方が息を整え終えると今日の練習は終了のようだ。全体練習は七時には終了するが、八時三十分まではグラウンドで自主練習が可能らしい。


「ねえ、練習終わったんだけどさ、二人ともちょっと居残り練習に付き合ってくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「今日、リフティングやったんだけど、コーチに最低でも三十回はできないと、皆と同じ練習ができないって言われてさ、結構練習したんだけど、最高でも十回ぐらいしか出来ないんだよね。せめて半分の十五回ぐらいできるようになりたいんだけど」

「わかりました、私たちのアドバイスがほしいんですね。いくらでも付き合いますよ。ね、メイちゃん」

「うん、もちろんだよ」


 リフティングはみんなご存じ、ボールを地面に落とさず蹴り続けるテクニックだ。もちろん、試合中にリフティングをする場面なんてほとんどないが、ボールをコントロールするという観点から見れば、初心者が一番に練習するべきテクニックである。初心者は単調であるリフティングのような基礎練習を嫌がることが多いのだが、有希は積極的に練習しようとしている。究極を言えば、回数をこなすしかないというのはあるのだが、リフティングができないっていうのは私も通った道だ。是非とも助けになりたい。


 有希はボールをお腹の高さから落とし、足の甲を使ってボールを空中に浮かせようとした。数回はうまく行くものの、次の瞬間、蹴る場所を間違えたのかボールが少し横の方向にずれてしまい、そこから体勢が崩れてボールを地面に落としてしまった。


「ずっとこんな感じなんだよ。どうしたらいいかな?」


 顔を俯かせ、目を少し潤ませながら彼女は言った。


(なんか、昔の私みたいだな。そういやお姉ちゃんに散々泣きついたっけ。確か、あの時は…………)





『お姉ちゃん、私、お姉ちゃんみたいに全然うまくできない』

『メイ、リフティングってのはね、ボールの真ん中を足のちゃんとした所で蹴る練習なのよ。ちょっとボール貸して』


 お姉ちゃんはその後私にレクチャーをしながらホントにきれいなリフティングをしていた。そうだ、その後私はこう言ったんだっけ。


『お姉ちゃん、すごい!ボール蹴る場所、全然変わんなかった!』

『えっへん、すごいでしょ。けど、メイだって練習すればこのくらいできるようになるよ。リフティングに才能なんて関係ない。だから、うまくできなくても、絶対に諦めちゃだめよ』

『うん、絶対に諦めないよ』





「有希、リフティングって、ボールの真ん中を足のちゃんとした所で蹴る練習なんだよ。ちょっとボール貸して」


 私は録音を再生するように話し、実際にリフティングをして見せた。


(私もリフティングくらいは、お姉ちゃんぐらいうまくなれたのかな?)


「こんな感じ。大事なのは、どこで蹴ったらボールがうまく跳ぶのか、感覚で理解することだよ」


 私がリフティングをやめ、二人の方を見ると、口を半開きにしてこっちを見ていた。


「……メイ、すごい!なんかプロみたいだった!」

「え、そうかな?まあ、毎日練習してたし」

「メイちゃん、サッカー好きなんですね」

「え?」


 ココアちゃんが優しくいうと、私は虚をつかれたような気持ちになった。


「そうそう!それ私も思った!なんかすっごく楽しそうにリフティングしててさ、こんなに楽しめることがあるってちょっと羨ましいって思った」


(そっか、私、楽しそうにリフティングしてたのか)


 有希は私も頑張るぞ、などと言い、再び練習を始めた。その挫けずに練習を続ける姿は何度失敗しても挑戦をやめなかった私の昔の姿のようだった。





 家に戻り、私は日向に電話をかけた。


「夜にごめんね、今、大丈夫?」

『メイ?どうしたの?』

「大した用じゃないんだけどさ、私、サッカー部に入ることにした」

『そっか』

「うん」


 しばらくお互い何も言わなかった。今、日向はどんな顔をしてるのだろう。


『芳都野高校だったら、選手権で対戦する時は、全国?』

「多分、そう」

『絶対対戦しようね。その時は負けないから』

「全国なんか、行けるかな?」

『行けるよ、メイがいたら、絶対大丈夫』


 その後、同じ高校に藤堂さんがいたことなど、お互いの話を続け、電話を切った。


(そっか、私、やっぱりサッカーが好きなのか)


 認めよう、私はサッカーが嫌いにはなれていない。どれだけ苦しくても、どれだけイヤな自分を見せつけられても。ゴールを決めた時の爽快や勝ったときにみんなと喜び合う瞬間、そして、できなかったことができるようになった達成感、それを忘れることなんて、できるはずがない。


(もう少しだけ、頑張ってみようか。新しい舞台で)

 

 決意を新たにし、明日の学校に備えて布団をかぶった。

 


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