煩わしい愛情
「…………うーん、やっぱ厳しいなあ」
モニターの中の次の対戦相手は統率の取れた動きで次々とゴールを奪っていった。私は頬杖をつきながらパソコンのモニターを見つめ、頭の中をフル回転させる。だが、その何回それを繰り返しても出てくる言葉はそれだけだった。
「先輩……先輩!」
「うわ!」
不意に大きな声で呼びかけられ、驚いて振りかえると、そこには眼鏡をかけた、いつも落ち着いている頼れる後輩が缶コーヒーを持って立っていた。
「なんだ、すみれちゃんか。ビックリさせないでよ。いつから居たの?」
彼女は私の務めている芳都野高校サッカー部でコーチをやってくれている、宮本 すみれちゃんだ。私だけでは、60人以上の部員を全て面倒を見きるのは難しい。彼女がコーチを引き受けてくれたのは本当に大きかった。
「10分くらい前には居ましたよ。これ、どうぞ。その様子だと、今日も随分早くから居たみたいですね」
「わあ、ありがとう。まあ、私は監督だからね。次は相手も相手だからね。何せ去年の優勝校だし」
「静心館ですか。私達の時から手強かったですよね。シード校と当たると決まっているとはいえ、よりにもよって一番やりにくい相手と当たるなんて」
三強と呼ばれる三校の中でも、静心館は最も総合力の高いチームだ。守備ではしっかりとブロックを敷き、相手を封殺してカウンターのチャンスは逃さない。正直、二次リーグで戦うには厳しい相手だ。
「今の私達にとっては一番当たりたくなかった相手だよね。まあ、籤に文句を言っても仕方ないんだけどさ」
「正直、客観的に見て、今のウチでは勝つのは極めて厳しいです。次の試合も見据えて、なるべく得点を許さない方針で行っても良いのかもしれませんが」
「うーん、高校生、しかも今のあの子達にそんな器用なマネは出来ないでしょ」
「まずは選手達の意識改革ですか。どうするつもりですか?」
正直な話、今の選手達のサッカーへの意識はとても全国を目指すチームのそれでは無い。その上、一部の部員はその姿勢に不満を持っているというのも問題だ。結果が出ている今は見かけ上チームは結束しているように見えるが、一度負けると組織として機能しなくなる可能性もある。そういう意味でも、二次リーグの初戦で静心館に当たってしまうのは二重の意味で痛い。
「プレーと関係ない部分に私達がどの程度介入してもいいのか、難しい所だよ。最終的には痛い目を見て自分達で気付くしか無い気もする。全てが終わって気付くのか、それとも終わる前に気付けるのか、今が一番重要なんだけど、肝心のあの子達がそれに気付かずにのほほんとしてるから、口を出したくなっちゃうけど……あ、栞、おはよう。栞も早いね」
そのようなことを考えていると、フィジカルコーチを務めてくれている、同級生の末広栞もミーティングルームに入ってきた。彼女とは中学の頃から一緒で、一番と言ってもいいほど気を許すことのできる間柄である。彼女は私達を一瞥し、少しため息をついて呆れたように口を開いた、
「おはよう、もうちらほら子供達が来てるわよ。二人とも、あの子達の前に出る前に、その辛気くさい顔をどうにかしなさいね」
「まじか、顔洗ってこないと。そういえば栞、メイの調子はどう?」
「ランニング程度だったらもう痛みも無さそうだし、体力も戻ってきてるわよ。これから状態をチェックするから、その様子と今日の病院での診断次第では、明日から部分的に全体練習に合流させてもいいかも」
それは朗報だ。私はメイを今年のチームのキーパーソンの一人だと見ている。
「そっか、了解。メイには、昼休みに私の所に来るように言ってもらえる?」
「分かった、伝えとく」
「もしかして、あのことですか?今それを話されても、すぐにうまく行くとは思いませんし、彼女も混乱するだけではないですか?新チームになってからでも……」
すみれちゃんは心配そうに腕を組んで私に話しかけてきた。確かに、メイはいつも真面目で一生懸命な子だが、繊細な所がある。彼女の場合はこれまでの境遇もあり、すみれちゃんの心配も最もなのかもしれない。
「だけど、二次リーグは三試合しか無い。できる手はなるべく打っておきたいの」
「それはそうかもしれませんが……」
なおもすみれちゃんは少し不満そうだ。正直なことを言えば、私もこの決断が正しいかは分からない。有望な選手を潰してしまうのではないかという思いもある。しかし、ここで監督の私が迷いを見せる訳にはいかない。
「はいはい、辛気くさい顔はやめなさいって言ったでしょ?すみれちゃん、監督がそう決断したのなら、コーチの私達は監督のプランが上手く行くように全力を注ぐだけよ。沢渡さんが混乱するなら、私達がフォローしてあげましょう」
「……末広先輩がそう仰るのでしたら、分かりました」
なんとかすみれちゃんも納得してくれたようだ。栞はこんな風に言葉足らずの私をいつもフォローしてくれる。これだから彼女にはいつも頭が上がらない。
「ごめんね、二人とも」
「何を謝ることがあるのよ。監督が選手のことを考えて決めたことなら、それは多分間違いじゃないわ」
「はい、とにかくあの子達が最後に後悔を残さないよう、頑張っていきましょう」
そう、私達の仕事は正にすみれちゃんの言う通りである。いつも支えてくれる二人の頼もしさを感じながら、私は今後に向けて思いを巡らせた。
「朝のリハビリメニューはこれで終わりね。足の方はどう?」
「はあはあ、いや、足は大丈夫なんですけど、息が苦しくて、そっちの方がしんどいです」
決意を新たにしてから一夜明け。私は今日も今日とてリハビリメニューを取り組んでいた。しばらく安静にしていると、思った以上に体力が落ちており、少し走っただけで息が上がる。
「あら、そんな口が叩けるってことはまだ余裕そうね。もう一キロくらい追加しちゃおうかしら」
「え、いや、それは少し勘弁してほしいんですが」
末広フィジカルコーチも優しそうな話し方をしながらも中々にキツい仕打ちをされる。まったく、ウチのスタッフ陣は総じて良い性格をされている。
「ふふっ、冗談よ。……それはそれとして、ここまで走って痛みが無いなら、お医者さんの診断次第だけど、明日からはダッシュやジャンプを取り入れても良さそうね。ウォーミングアップだけなら、全体練習に合流してもいいかも」
「ホントですか?完全復帰まで、どのくらいですか?次の試合には、出られそうですかね?」
「ふふ、慌てないで。復帰まで、あと一週間もしたら、多分問題なく復帰できるわ。次の試合も問題ないと思う。まあ、それも沢渡さんがリハビリを頑張ればの話だけど」
「では、今まで以上にリハビリ頑張ります!やっとメンバーに入れてくれた恩を返せるんですね」
「……そうね」
(ん?なんか今末広コーチの返事に少し間があったような)
しかし、違和感を感じるのも束の間、末広コーチはすぐに表情を変えて笑顔で話す。
「予鈴もそろそろ鳴るわね。朝のメニューはここまでにしましょう。くれぐれも無理をしないようにね」
「はい、お疲れ様でした!」
それはそれとして、いよいよ復帰が近づいてきた。ここまで一ヶ月弱ほど。痛みで歩くのがやっとの状態からのみんなから隔離されてのリハビリは思ったよりもしんどかったが、やっとここまで来れた。
「そうそう、監督から伝言よ。昼休みに面談室まで来てくださいって言ってたわ」
「監督がですか?分かりました」
(なんだろ、怒られるようなことはしてないけど。ケガの状況のこと、かな?それにしても昼休みに呼び出されてまで話すことかな?)
「そんなに心配しないで。特に怒ってるわけじゃないみたいだから。やっぱり、監督に呼び出されるのって、緊張する?」
「……はい、まあ」
私が少し身構えたのを感じ取ったのか、苦笑しながら末広コーチが穏やかに話した。
(今ごちゃごちゃ考えても仕方ない、かな。怒ってるわけじゃないなら、行ってみれば分かるよね)
さて、4時間目までの授業が終わり、昼休みの時間だ。生徒達がめいめいに弁当を広げる中、私は出口に真っ直ぐ向かった。
「あれ、メイちゃん、お昼は?」
「あ、ごめん、監督に呼ばれてるから、先に食べてて」
「オッケー、そんなに長くなりそうなの?」
「分かんないけど、そうなったらいけないから」
「なるほど、りょーかい、また後でね」
有希とココアちゃんに手を振って廊下に出た。面談室は一階から二階に上がり、階段を昇ってすぐの職員室の隣にある。その面談室の前に立つと、少し胸の鼓動が速くなるのを感じながら、ドアを叩いた。
「どうぞ」
中から声がしたのを確認して扉を横に引いた。部屋の中には、しばらく顔を見ていなかった気がする監督が微笑を浮かべて座っていた。
「なんか、久しぶりな気がするね。ケガの具合はどう?大分良くなってきたって聞いてるけど」
「はい、もう走っても痛みは無くなりました。もうすぐ、復帰できそうです」
「そっか、それは良かった。それで、今日来てもらったのは、実際に復帰した後のことを話したかったからなんだよね」
監督の穏やかな口調に、怒られるわけでは無いと感じて、私は少し安心した。しかし、次に監督から放たれた言葉に、私の頭は真っ白になった。
「メイには、復帰した後は、一列前に上がって、中盤の底、つまりボランチの位置でプレーしてもらいたいと思ってる」
(え、ボランチ?なんで?私、ボランチなんてほとんどやったことないのに)
「あの、どういうことですか?」
「チーム状況を分析すると、今はCBの人数は十分足りてて、逆にボランチって計算できる人が少ないんだよね。だから、メイにボランチをやってもらって、ボランチの厚みを増やすっていうのが今回の狙い」
意味が分からない。つまり、私は現在CBをやっている二人よりも実力が下で、だから層が薄いボランチのポジションに回される、ということなのだろうか。だけど、監督はそんな私をケガをするまでスタメンで使ってくれていたのに。
「それで、私はもうボランチ以外のポジションでプレーしないんですか?」
「うーん、試合の状況とか相手次第では他のポジションでやってもらうこともあるかもしれないけど、基本的にはそうかな」
「えっと、だけど私、自信ないです。ボランチって今までやったこと無いですし」
「なるほどね。けど、そこも織り込み済みだよ。すぐに上手くいくとは思ってない。私達もしっかりとメイが上達できるようにフォローして行くから、安心して」
ますます意味が分からない。次の試合はもう二週間後に迫っている。なのに、未経験のポジションをやらされて、試合に出られる状態にまで上達できるとは思えない。
「けど、試合ってもうすぐですよね?それで、私は試合に出られるんでしょうか?」
「え?試合に出るメンバーは、私が練習を見て判断するから、それ次第だけど……」
「それなら、イヤです」
監督の返事を聞いた瞬間、驚くほど勝手にその言葉が出ていた。私はしっかりと監督を見据えた。
「イヤです。試合に出られないなら、コンバートなんてもうイヤです」
「……なにそれ」
微笑を浮かべていた監督の顔が真剣な物になり、そして、目が鋭く、冷ややかになる。怒らせてしまっただろうか。しかし、イヤな物はイヤなのだ。
「試合に出られないかもしれないのがイヤって何?今自分がどれだけ自分勝手なこと言ってるか、ちゃんと分かってるの?」
私を責めるように監督の口調が強くなっている。確かに、私の今の言動は責められても仕方が無いのだろう。
「試合に出られる人数は決まってる。メンバー登録できる人数も決まってるんだよ?三年生でもメンバーに漏れて、もう試合に出るチャンスが無い子だって居る。今のメイの言葉は、その人達を馬鹿にした言葉って言ってもいいぐらいの物だよ」
「分かってます」
「分かってない。試合に出るメンバーは平等な競争の上で決められるべき物。それが分かってないからそんなことを平気で言えるんだよ。言っておくけど、CBでも試合に出られるとは限らないからね。ケガをしちゃったのは確かに可哀相だけど、それでみんなより出遅れてるってのはちゃんと自覚して」
「っ、そんなことは分かってます!だから余計にイヤなんじゃないですか!」
それを聞いて私は無性に腹が立ち、机を叩いて立ち上がった。なんでこの人は私の気持ちを理解してくれないのだろうか。私の剣幕に監督は少し驚いたように私を見上げた。
「中学の頃と同じなんです。最初はFWがやりたかったのに、今日みたいに理由を付けられてやりたくもないサイドのポジションをやらされて、それでも試合に出たいからそこで一生懸命頑張って、手応えを感じてきた頃にはCBにされました。それと全く一緒なんです。そんなのはもうイヤなんです!」
監督は私の顔をじっと見て何も言わない。少しの沈黙が私達を支配し、そのおかげで私は少し平静を取り戻して、椅子に座り直し、また話し始める。
「色んなポジションをやってきたので、器用に思われるのかもしれないですけど、そんなこと無いんです。違うポジションをやるのって、ホントにゼロからのスタートで、見える光景も違って今までの経験なんてまるで役に立たないんですよ。だから、せめてこの大会が終わってからにしてください。私もCBとして、高校に入ってから成長できてるっていう実感があるんです。教えてください、私はどういうアピールをしたら、CBとして試合に出られるんですか?」
「……メイ、私はね」
「分かりました。どうしてもCBでいられないのなら、私をFWにしてください」
しばらく黙っていた監督だったが、また私を説得するように何かを話そうとした。だが、そんなことはもう聞いていられない。私はすぐに監督の言葉を遮り、訴えた。
「私は、正直今でもFWをしたいんです。足が速くなくても、シュートに威力は無くても、フィジカルは強くなくても、ネットをたくさん揺らして、チームを勝利に導きたいんです」
それを言い終わると、私は妙な心地よさを味わった。今まで何を意地を張っていたのだろうか。試合に出るためと言って自分をごまかして、やりたくもないことをずっとやってきた。今からでもFWをやれると思ったら胸がときめいてくる。私も色々な経験を積んできて、中学一年の頃とは違う。それでFWとして通用しないなら、その時は潔くサッカーを辞めよう。
「……ごめん、私は監督失格だ。選手の気持ちを深く考えてなかった、それでメイを傷つけちゃったね」
「そんなことは良いんです。それよりも、私をFWに」
「聞いて。私はメイがCBとしてダメだから、層が薄いボランチにしようって思ったわけじゃない」
監督は力強く、しっかりと私を見て語りかけてきた。私もその抑揚のつけた話し方に聞き入ってしまう。
「メイはCBとしても、ポジショニングも良いし、カバーリングの判断も良いし、スライドもさぼらない。一年生なのに三年生とレギュラーを争えるぐらい、素晴らしいCBだよ。だけどね、春から見てきて、私はメイの良い所は、ボランチの位置でこそ輝くと思った、それが今回この提案をしている理由だよ」
一体何を言っているのだろうか。フィジカルも強くなくて、足も速くなくて、意外性のあるパスを出すわけじゃない私のどこがボランチに向いているというのか。何も話さない私に向かって監督が続けた。
「ボランチっていうのは、チームの舵取り役だよ。ミスが少なくて、判断が的確で、何より一番信頼できるヤツでなきゃいけない。メイはいつも頑張ってるよね。義務じゃない朝練に毎日欠かさずに来てるし、夜は遅くまで練習してるし、それを裏付けるように基礎的なミスはほとんどない。試合でもミスが少なくて安心して見ていられて、上級生にも物怖じせずにコーチングしたりして頼もしい。メイのそういう所は、一年生も二年生も三年生も、もちろん私も、コーチ陣だって認めてる。あの気難しいケイだってメイには心を許してる。あんまり自覚が無いのかもしれないけど、それってすごいことなんだよ?」
ずっと強張った顔をしていた監督がそれを解き、私の心をほぐすように笑いかけてきた。私もそれに心が打たれそうになってしまった。ダメだ、簡単に懐柔されては。調子の良いことを言って、この人も私をベンチに追いやるつもりなのだ。それなのに…………
「今、チームがものすごく危ない状態なことは、メイも分かってるよね?そんな状態で、今から私達は二次リーグ、決勝トーナメントを戦っていかなくちゃいけない。メイがボランチで居てくれたら、プレーだけじゃなくて、その姿勢が、チームに良い影響をもたらしてくれるんじゃないかって思う」
それなのに、この監督の言葉は胸に響いてしまう。チーム事情とかそういうのは抜きにして、しっかりと私を見て話しているんだと思えてしまう。
「ごめん、長くなっちゃった、言いたいことがうまくまとまらないや。つまり、私は、メイをボランチのポジションに当てはめようとしてるわけじゃない。ボランチのポジションには沢渡鳴っていうサッカー選手に居てほしいって思った、ただ、それだけなんだよ」
その言葉に、私は心が震えてしまった。「沢渡鳴というサッカー選手に居てほしい」、もしかしたら、私はその言葉をずっと言ってほしかったのかもしれない。
私はずっと沢渡響の妹だった。どこをやってもパッとしない、姉に才能を全て持って行かれた妹、そんなことを言うヤツを見返して、お姉ちゃんのようなサッカー選手になりたい、だから、FWがダメならサイド、サイドがダメならCB。どこのポジションをやらされても全力で頑張った。だけど、試合にすら出られなくて、心が折れそうな時もいっぱいあって、それで心が折れてたら、今どれだけ楽だったか。それなのに、監督も、日向も、有希も、ココアちゃんも、ケイも、なんで私を褒めてくるんだろう。
(そんな風に言われたら、希望持っちゃうじゃん。お姉ちゃんみたいになれるかもって思っちゃうじゃん)
「ごめん、あんな風に選手を責め立てたヤツが、何調子良いこと言ってんだって思っちゃうよね。だけど、それが私の本心だから。春からずっとメイを見てきて、思ったことだから。……どうかな?」
「…………少し考えさせてください」
顔を下に向けてそう絞り出すのが精一杯だった。我に返ってみると、監督の指示にあそこまで歯向かって、規律違反も良い所だ。それにも関わらず、監督は私に穏やかに笑いかけてくれた。
「分かった。大丈夫、大事なことだからね。ケガが完全に治るまでぐらいに教えてくれたら良いから。メイがどういう決断をしても、私がメイにサッカーを上手くできるように全力で手伝っていくのは変わらない。それだけは覚えておいてね」
「はい、分かり、ました」
「よし、じゃあ今日の所はこれで話は終わりかな?ごめんね、話が長くなっちゃって」
話が終わったことが分かると、私は席を立ち、早歩きで扉まで歩き、辛うじて「失礼しました」とだけ絞り出し、面談室から出た。すると、その先によく知った先輩が壁を背もたれにして立っていた。
「あ、……やっほー」
「綾乃先輩、なんで居るんですか?」
「いやー、監督にちょっと用があって、職員室で聞いたらここだって言われてさあ」
「もしかして、聞いてました?」
あれを他の部員、しかも親しくしてくれていた先輩が聞いてしまっていた、というのは少しイヤな気持ちがした。
「……うん、少し。ごめん」
「まあ、別に良いんですけど、失礼します」
「ねえ、メイちゃん」
「何ですか?」
「…………いや、何でもない。じゃあ、また練習でね」
少し思い詰めたような顔をして呼び止められたが、何だったのだろうか。とりあえず、その場は一礼をして別れた。
(何回同じこと繰り返してんだろ、私)
周りの人に励まされて、もう一回頑張ろうって思って、だけど、ちょっとしたことで気持ちが不安定になって、人に当たり散らして、落ち込んで。
そんな私がイヤで仕方が無くて、もう大丈夫かもって思うのに、ふとした拍子にまた顔を出してくる。ポジションの変更は決して後ろ向きな理由だけでされるものでは無いと頭では分かっているはずなのだが、今回の出来事は、そんなイヤな私がまた顔を出してくるには十分だった。




