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思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
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閑話2 当たり前で、貴重な存在

「やっぱり、藤堂さんだよね?」


 中学校の頃、私はいつも通り朝早くに家の近所の公園でボールを蹴っていた時、おぼろげに覚えがある声が耳に入った。その声の人物、沢渡 鳴は今とは少し違って人懐っこい笑顔を浮かべながら私の前に近づいてきた。その頃、私達は同じチームで、同じポジションだったこともありはしたものの、特に接点があったわけでは無かったが、私は彼女のことを強く認識していた。


 中学校に上がり、サッカーチームを選ぶ際、最初はプロサッカークラブの下部組織に入りたいと思っていた。おそらく周りの選手のレベルも高く、サッカーをやるには一番いい環境だと思っていたからだ。しかし、当時はまだプロサッカー選手だったお父さんからの進言もあって、都内でも有名で、しかも家から近いサッカークラブに入団した。しかし、そこのサッカーのレベルは私の希望とはかけ離れていた。


(何よこれ。小学校の連中と何も変わらないじゃない)


 さすがに上級生は体格の違いもあって少しは歯ごたえがあったが、一年生に関してはどいつもこいつも相手にならなかった。そして同い年に実力を見せつけられて悔しがって対抗心を燃やしてくるわけでもなく、ただ称賛するばかりであった。そんな状況に辟易し始めた頃だった。


「沢渡さんは、明日からサイドの方でプレーしてみようか?」

「え、でも……」

「コンバートってわけじゃないわ。一回別のところをやってみたらどうかってこと。それで、また新しいプレースタイルが見つかることもあるし、沢渡さんにとってもいいことだと思うんだけど、どう?」

「……はい、分かり……ました」


 私はそのやり取りにより一層の失望を感じたのを覚えている。


(何よ、素直に頷いちゃって)


 オブラートに包んでは居るが、要はFWが向いてないのではないかということだ。入団してすぐにこんなことを言われるということはFW失格とみなされているに等しい。それでもなお、たいして反抗もせずに受け入れるヤツが同じチームに居ることが腹立たしくて仕方なかった。


 しかし、その夜の練習後、私は忘れ物かなにかに気づいて、グラウンドに戻った時のことだ。誰かが、ボールを蹴っている音が聞こえた。私が用を終えたあとも、一向にその音が消える気配は無い。


(一体誰が……)


 気になってその現場に向かってみると、そこには今日FW失格を言い渡されていたチームメイトが壁に向かってずっとボールを蹴っていた。

 彼女のキックのフォーム、蹴る時の姿勢、それらがとても綺麗で、私は思わず見とれてしまったのを覚えている。更に常に右足、左足を入れ替えながら、壁から跳ね返ってくるボールを常にダイレクトで蹴り返しているにも関わらず、まったくキックが乱れることなくずっとボールを蹴り続けていた。


(あんなにできるようになるまで、どれだけ練習したんだろう?)


 そんなことを考えながら食い入るように見ていると、不意に彼女はボールを止め、顔を手のひらで押さえてしゃがみ込んだ。


「……なんで……どうして……」


 彼女は嗚咽を交えながら、そのように呟いていた。しかし、しばらくするとまた立ち上がり、再び壁に向かってボールを蹴り続けていた。

 

 それが何回か繰り返され、私は見ていられなくなり、その場を離れた。それからしばらく私の脳裏には彼女のあの綺麗なフォーム、泣きながら悔しがる姿が目に焼き付いて離れなくなった。


(名前……確か、沢渡さんだったっけ?)




「あれ、藤堂さん?もしかして、私のこと憶えてない?一応同じチームなんだけどなあ」


 その彼女が、不意に目の前に現れ、私がしばらく唖然としていると、彼女は苦笑してそう話した。


「ああ、いや、沢渡 鳴さんよね?憶えてるわ」

「そっか、よかったあ。憶えてもらえてて。あ、それより、藤堂さんってこの近くに住んでるの?」

「ええ、走って、大体5分かな?」

「へえ、私も走って10分だから、意外と家近かったんだね」


 私はあの時も、今と同じで余り話すのは得意ではなく、周りからも嫌われることが多かった。しかし、それにもかかわらず、メイは私の話に根気強く耳を傾けてくれた


「へえ、やっぱり藤堂さんのお父さんってあの元日本代表の選手だったんだ。なんか親近感わいちゃう。実は私も、お姉ちゃんが日本代表なんだよ」

「ひょっとして、沢渡 響選手?」

「そう!この前の代表戦、超かっこよかったなあ」


 他愛も無い話を続けていき、少しずつ打ち解け合ってきた所で、私はあの時の話をしてみた


「ねえ、あの時、FWからサイドにされて、悔しくなかった?私、あなたがあの時素直に頷いてたこと、ずっと不思議に思ってた」


 我ながら意地の悪い質問だったと思う。彼女がどう思っていたかはあの現場を見たことで一目瞭然だったのに。しかし、あそこまでの感情を出していた彼女が、なぜあんなに素直に頷いたのかが、私はどうしても知りたかったのだ。

 私のとんでもない失礼な質問にも、メイは怒りもせず、笑顔を交えながらも答えてくれた。


「本当は言いたかったよ。いやです、FWがやりたいって。けど、首脳陣に逆らって良いことなんてないし、何よりもFWをやるには自分の実力が足りないってこと、私が一番よく分かってるから。すっごい情けない話なんだけど」

 

 さらに彼女は続ける。


「私ね、お姉ちゃんみたいなサッカー選手になりたいの。出てくるだけで、ボールを触っただけでみんなを盛り上げて、笑顔にして、私もあんな風になりたい。それなら、指導者の言うことは素直に聞かないと」


(やっと見つけた)


 その言葉を聞いて私はそう思った。FWをクビになって、あんなに悔しがっていたのに、ただサッカー選手になるための最短距離を考えて、あの夜に見せた感情を抑え込んでみせた。


(なんだ、ちゃんと居るんじゃない、私が会いたかったような人)


「あ、やば、もうそろそろ時間だ、ねえ藤堂さん」

「ケイ」

「え?」


 彼女の虚をつかれたような顔は今でも記憶に強く残っている。


「ケイでいい。それで、どうしたの?」

「ああ、うん、分かった。ねえケイ、明日から、私も一緒に練習していい?私みたいな人がいたら、迷惑かな?」

「全然迷惑じゃない」

「良かった、また明日から、よろしくね、それじゃ」

「メイ」

「ん?なに?」


 その場から離れようとする彼女を私は引き留め、問いかけた。


「いつか、私と一緒に日本代表のピッチに立ってくれる?」


 そんなことを言ったら普通の人には気が早すぎると馬鹿にされてしまう。しかし彼女はすぐに笑顔で返事をしてくれた。


「当然じゃん。絶対、一緒に立とう」

「…………うん」


 もしかしたら、私はただ友達がほしかったのかもしれない。私が日本代表になりたいって言って、それを真面目に聞いてくれて、一緒になろうって言ってくれるような、そんな友達。

 メイにとってはどうか分からないけど、メイと初めてしっかり話したこの日は、私にとって本当に特別な一日だった。




「ねえケイ、起きて」


 体を揺らされて、意識が覚醒した。そうか、今は合宿が終わって、その帰りのバスの中だった。


「トイレ休憩だよ。一緒に行こう?」

「……ええ、そうね」


 随分と懐かしい夢を見たものだ。それも、この合宿で色々あったからだろうか。


「ねえ、時々寝言いってたけど、何の夢見てたの?」

「うーん、……内緒」

「えー、なんで?」


 メイは不満そうだが、こればっかりは許してほしい。彼女も実際にこの夢を見たら、内緒にするはずだ。

 



 メイと友達になれて、私は本当に幸せだった。一緒の夢に向かって誰かと頑張るのがこんなに楽しいなんて思ってもみなかったから。メイは本当によく頑張る子だった。


「シュートは威力よりコースを狙って。ゴールにパスする感覚ぐらいでいい」

「クロスはもっと滞空時間長く!何回言ったら分かるの?こんなクロスDFの頭越えない!」

「ごめん!もう一回お願いできる?」

「次はもっとマシなクロス蹴ってよね!」


 このように私のトゲのあるアドバイスに気を悪くすることもなく何回もチャレンジをしてくれた。何回も繰り返した結果、スキルが上達していく様は自分のことのように嬉しかったし、毎日毎日朝から晩までサッカーに取り組む姿には私も刺激をもらったし、私自身の技術も上達していった。ゴール前への入り方とか、マークの外し方とか、間違いなくメイと一緒に練習をしていたからこそ身についた物だ。


 だけど、そんなに頑張っても、メイはレギュラーには至っていなかったし、ポジションは二転三転してCBにまでポジションを下げていた。

 対照的に、私は絶好調で、私は二年生の途中から年代別代表にまで呼ばれるようになった。家に電話が来て、私は嬉しくてメイに一番にそれを伝えた。彼女も喜んでくれるだろうと思ったから。


「メイ!私、年代別代表に呼ばれたわ。今度中国に行くの。これもメイのおかげよ、ありがとう!」

「え……あ、そうなんだ、良かったじゃん」


 思えば、あの時のメイの反応はちょっと間があった気がする。考えてみれば、それが当たり前だ。一緒に練習してた友達が代表にまで選ばれて、自分はいつのまにかCB、そんなの、もし自分だったらって考えたら、腹の底から感情が湧き上がってくる。けど、当時の私は代表に選ばれたことに舞い上がって、メイの気持ちを考えることもしなかった。そして、”事件”が起きたのは、私が代表から帰ってきた、すぐ後だったように思う。


「プロになるなんて言ってたのが馬鹿らしくなった」


 一番衝撃を受けたのがこの言葉だった。それを聞いた瞬間、私は驚きと、悲しみと、怒りと、失望と、色んな感情でごちゃ混ぜになった。


(結局、あなたも他の人と同じなの?)


 メイはそんなことを考える私の顔も見ることなく、そのまま私から背を向けた。その態度が余計に私の気持ちを逆撫でした。


「私はなるよ!サッカー選手に!日本をワールドカップで優勝させる!オリンピックで金メダル獲る!バロンドールだって獲ってやる!あなたが諦めても、私は前に進み続けるから!」


 私は遠ざかっていく背中に向かってそう叫んだ。もしかしたら、戻ってきてくれるんじゃないか、そんな期待も抱きながら。


 それから後も、私はいつものように公園に通い、メイが来てくれるのを待っていた。けど、どれだけ時間が経っても彼女がそこに現れることは一度も無かった。そして、練習場で見る彼女は周りのチームメイトと和気藹々と笑顔で楽しそうに練習を続けており、それが無性に腹立たしかったのを良く覚えている。


 だけど、今考えてみれば、悪いのは私の方だ。私は、メイがどれだけ苦しかったのか、辛かったのかを本当の意味で理解していなかった。あの頃の私は、ピッチの外で味方のプレーを見ることしかできないことや、自分の思うように体が動かないもどかしさ、辛さ、悔しさ、苦しさ、メイのそんな気持ちに全く寄り添わずに、ただ自分の理想を押しつけていただけだった。つい最近までそんなことにも気付かずに、私はただ、こんな私の期待に応えようとしてくれていたメイに失望や怒りを感じていた。今はそんな過去の自分を情けなく感じる。




 高校で彼女に再会して、初めは本当に最悪だと思った。もう会わないと思ってたのに、よりにもよって一番見たくない顔を三年間も見なきゃいけないのか、そんな愚かなことも思っていた。本当は何も変わってなんかないってことに、ずっと気付いていたのに。


 高校でもメイはいつも朝早くに学校に来て、夜も遅くまで残って練習に励んでいるし、練習や試合でも負けず嫌いな面を見せていた。そんな姿を見せられる度に、もう会いたくないって思ってたのに、彼女が練習や試合で奮闘している姿を見る度に、もう一度話したい、そんな気持ちも強くなった。


 そして、合宿での色々な出来事を通して、周りのみんなのサポートを通して、私達はもう一度本音をぶつけ合って、心を通わせることができた。そして、やっぱりメイは何も変わってなかった。プロになる夢を諦めてなかったし、遊びのサッカーテニスで子供ように泥だらけになるまでボールを追いかけ回したり、交代させられてベンチに戻ることもできなかったり、私の大好きなメイそのままだった。ただ、少し疲れて休んでいただけだ。




「ねえケイ、さっきから上の空だけど、どうしたの?もしかして、バス酔いでもした?」

「ううん、大丈夫。ただ、あなたの隣に居られて幸せだなって思ってただけ」

「お、おう、どうしたの?急に」

「別に。……あなたの方はどう?」

「い、いや、もう、そんなこと、言わなくても分かるじゃん」


 こんな風に彼女の照れている姿も愛しく感じる。それを見て私はもう少し意地悪をしたくなり、言葉を続けた。


「ダメ、今回の件で言わないと何も伝わらないってことが分かったから。何か言ってくれなきゃ」

「え、えー」


 今度は絶対間違えない。もう二度と、こんなにかけがえのない存在を離したりしない。未だに恥ずかしがっている彼女を見て、私はその決意をまた新たにした。

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