メイとケイ
「メイ!おめでとう!すっごくかっこよかった!」
ゲームが終わり、ちょっとした表彰式も終わり、解散となった。そして観戦していたらしい有希とココアちゃんが目を輝かせながら近づいてくる。
「ありがとう、けど、相方がうまかっただけで、私は、別に……」
「何を言ってるんですか、最後の得点もメイちゃんですし、この暑い中、あんなに駆け回って、ボールを拾いまくってたじゃないですか!それと、ごめんなさい、私、正直まだメイちゃんを見くびっていたようです!あの綾乃先輩と高城先輩に勝つなんて、またまた見直しました!」
「ま、まあまあココア、少し落ち着いて」
興奮しながらまくし立てるココアちゃんを有希が呆れながら宥めている。最近この構図をよく見ているような気がする。
「ありがとう、ココアちゃん。けど、ホントに私はそんなに褒めてもらえるほど凄いわけじゃなかったと思う。やっぱり、すごかったのは……」
私は少し離れた所で出来ている人だかりを指差した。ケイが多くの部員に囲まれている。いつもすました顔をしている彼女だが、いろんな人に褒められて今は少し顔を赤くしている。人から反感を買いやすい彼女がこうして好感をもたれている所を見ると少し安心する。
「あのボレーもそうなんだけど、背中で引っ張るって言うのかな、ケイの背中を見てたら、なんか頑張らなきゃって思えたんだよね」
「藤堂さんと言えば、いつの間にか藤堂さんと仲直りしたんだね」
「え?」
「そう、それです!それも気になってました。決勝では息もピッタリでしたし、試合途中や終了後のやり取りとか、声は聞こえませんでしたけど、仲が良さそうでしたね」
今更ながら全部見られていたと思うと、少し恥ずかしくなる。もう一度ケイの方を見ると少し彼女と目が合った。すると彼女は驚いたように少し目を見開き、すぐに恥ずかしそうに顔を背けた。
「え?今の何?なんか見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「結局、どうなんですか?」
「いや、その、仲直りしたっていうか、これからするっていうか……」
ゲームが終われば話そうとは約束したものの、いざこれから二人で会ってもうまく話せる自信がない。共闘したおかげでこれまでのような冷戦状態は解消されたものの、今度は妙な気恥ずかしさが生まれてしまった。
「ああ、なるほど……世話が焼けるね、ココア」
「ふふ、まったくですね」
私の煮え切らない姿を見て、二人が少し顔を見合わせ、何かに納得したように手をポンと叩いた。
「な、なんだよ」
「いや、二人ってなんか似てるんだなって思って。まあ安心して、私達も手伝ってあげるから」
「私たちの仲です、そのぐらいお安い御用ですよ」
「いろいろツッコみたい所はあるけど、手伝うって言ってもどうするの?」
「ん?簡単だよ?あ、きたきた。おーい、藤堂さーん!」
「は?」
やっとみんなから解放されたらしいケイを有希が大声で呼んだ。彼女は私を見て少し視線を彷徨わせたが、やがて観念したようにこちらに近づいてきた。
「藤堂さん、さっきはすごかったです。おめでとうございます」
「ありがとう、えっと、大家さん。それで、何か用かしら」
「大したことじゃないんだけど、藤堂さん、午後から何か予定はある?それと、私は斉藤有希ね。よろしく」
「軽くその辺走ってこようかなって思ってるけど、あ、私は藤堂恵です。こちらこそよろしく」
なるほど、何をするか大体読めてきたが、それにしても近くに来られると恥ずかしさが増してくる。
「そっか、それなら、私達はこれから宿舎のプールに行くんだけど、藤堂さんもどう?」
「そうですね。私、藤堂さんとも同じAチームですし、仲良くなりたいって思ってたんです」
「いや、私、水着持ってきてないし……」
「レンタルもできるみたいだよ。私も、サッカー初心者で、コツとか色々聞きたいなって前から思ってたんだ。ね、メイはどう?」
なぜそこで私に振るんだ。三人の視線が私に集中した。有希が私を見てウインクをした、二人がアシストしようとしているのを強く感じる。
「えっと、私も一緒に行きたいかな。どうしても嫌なら、いいんだけど」
「別に、三人と一緒が嫌ってわけじゃないんだけど……」
「ん?ってことは、プールが嫌なの?水着のことなら、さっきも言ったけど、レンタルがあるよ」
「いや、それでもなくって……」
「それでは、プールの何が嫌なんですか?差し支えなければ、教えてください」
しかし、この二人の押しの強さはすごい。あのケイが押されている。というより、サッカーから離れるとただの会話が苦手の女の子ってだけなのかも。たどたどしいながらなんとか他の人と話そうとする彼女の様子はなんとも微笑ましい。
「えっと、笑わない?」
彼女が恥ずかしそうに顔を赤くして尋ねる。こんなケイは見たことがない。今日はケイの新たな一面を見ることができてなんだか嬉しく思う。
「うん、何を聞いても笑わないよ。二人も、そうだよね?」
有希とココアちゃんも私の言葉に頷き、ケイに視線を向けた。彼女もしばらくためらっていたが、やがて観念するように息を吐き、覚悟を決めた顔で話し始めた。よほど恥ずかしいことなのだろうか?
「私、実は……」
「実は?」
「実は………………泳げないの」
あまりの意外な内容に力が抜けてしまった。有希とココアちゃんも目を丸くしている。
「えっと、今なんて?」
「だから、泳げないの!!」
やけくそになったように彼女は叫んだ。泳げない?中学の時は年代別代表に入って高校でも一年生ながらチームの中では別格の働きを見せているあの藤堂恵が?
「ま、まあ、そういう人もいるよね?」
「は、はい、確かに、多少意外ではありますけど」
「なら、いいんだけど……ちょっとメイ、なんか笑いかけてない?」
しまった、肩を震わせているのに気づかれてしまったか。笑わないと言ったのだ、ここはこらえなければ。
「い、いや、笑う、わけ、ないじゃん。……くくっ」
「ほら!今笑った!笑わないって言ったのに!」
「ご、ごめん。けど、あのケイが……泳げないって、意外すぎて、つい。……くくっ」
「あ!また笑った!もう、馬鹿にして!あなた、ほんっとに性格悪いのね!」
そんなことを言われるとまた笑いが出てしまうではないか。しばらくこのような問答を続けていると、また笑い声が響いた、今度は有希とココアちゃんが私達の様子を見て笑っているようだ。
「二人とも、仲いいんだね。なんか心配して損した気分」
「けど、確かに意外ですよね。運動神経もいいのに」
「ずっとサッカーばっかりしてたから。水泳なんて授業で少しやっただけで、それで泳げるようにはならなかったもの」
「なるほど、けど、どうする?別に泳げなくてもプールで遊ぶぐらいはできると思うけど、別のとこで遊ぶ?」
「いや、いい機会だし、練習しようよ。頑張って泳げるようになろう」
「え?……だけど」
「いいからいいから。サッカーと一緒だよ。ケイも最初はリフティングだってできなかったでしょ?ね、二人とも、付き合ってもらってもいい?」
「うん、いいよ」「もちろんオッケーです!」
なに、あのケイのことだ。運動神経は問題ないだろうし、一日もあれば十分すぎるくらいだろう。
「ってケイ!沈んでる沈んでる!あ!私を引っ張らないで!」
と、思ったのだが、これがまた一苦労だった。動きが素人そのものなのだ。これで学校の授業をどう乗り切っていたのか不思議で仕方ない。
「うう、ごめんなさい」
試合でどれだけシュートを外しても平然とボールを要求するケイがなんとうなだれている。これは貴重な姿だ。
「まあ、最初は誰でもこんなもんでしょ。じゃあ、どうしようか?」
「うーん、私は水泳を習ってなかったので、うまく教えられないかもしれません」
「私もそんな感じかなあ。メイはどう?
「私は小学校の時習ってたから、少しは教え方わかるよ」
なにしろ両親の意向で小学校四年まではスイミング、ピアノなど、さまざまな習い事をしていたのだ。どれもまあそこそこ上手かったという評価がいかにも私らしくて嬉しいやら悲しいやらなのだが。
「じゃあ、お願いできるかな?」
あの藤堂恵が珍しく弱気になって涙目かつ上目遣いで聞いてくる。これは何ともいいがたい。ちゃんと力を尽くしてあげなければ。
「わかったよ。大丈夫。ケイなら泳げるようになるよ」
「……うん」
有希とココアちゃんにはスマートフォンでやり方を調べてもらい、それを基に私は小学校の記憶を引っ張り出してレクチャーをしていった。
「浮く時は力抜いて。大丈夫大丈夫、力抜けばちゃんと浮くから。ていうか力入れたら沈むから」
「おお、大丈夫?水飲んじゃった?なるべく口で息吸わないようにね」
「目ぇ閉じないで。ちゃんとゴーグルしてるから、安心して」
「よし、じゃあ蹴伸びしてみよう。さっきの用量で、力抜いてればちゃんと浮くよ」
「うまいじゃん、じゃあバタ足の練習をしよう。……ってうお!……あのー、蹴る力があるのはいいんだけど、これはサッカーとは違うから足は思いっきり振りぬかなくていいんだよ。水めっちゃかかっちゃった」
度々トラブルがありながらもさすがは日の丸を背負っただけのことはある。短期間でみるみる上達していった。私の指導力も馬鹿にならないのかもしれない。そしてなんとビート板を使って二十五メートルを泳ぐところまできた。二十五メートルとは言わずともその半分ほど泳げれば合格といえるだろう。
「よし、じゃあ実際に泳いでみよう。さっきまでのを繰り返せばいいだけだから。よし、じゃあ行ってみよう」
「うん。……あの、メイ」
「なに?」
なんだろうか、泳ぐにあたって重要なことはもう教えたはずなのだが。今更なんの不安があるんだろうか。振り向くと彼女は少し照れた様子で口を開いた。
「ありがとう、親身になってくれて」
「あ、いや、別に、当然だよ。だって私達、友達……友達?あの、友達ってことでいいでしょうか?」
口に出して私達の微妙な関係を再確認する。おそるおそる彼女の反応を確認すると、彼女は少し目を見開き、茫然としていたが、堰を切ったように笑い出した。
「何それ、変なの。けど、友達って響き、悪くないわね」
こみ上げてくる笑いを抑えながら、髪をかき上げ、私に笑いかけた。改めて思うが本当に美人だ。髪が濡れているのも相まって余計にそう感じる。
「おーい!もうそろそろいい?」
少し見とれていると合図を出そうとしている有希から声をかけられた。いかんいかん。最終試験の前だった。
「ケイ、もういい?」
「うん、大丈夫」
「よし!大丈夫、いつでもいいよ!」
「ほーい、位置について、よーい、ドン!」
壁をけり、泳ぎ始めた。しっかりと足を延ばし、小さな動きで速く、きちんと私が教えたバタ足の基本を実践できている。そして速い。バタ足だけで泳ぐのはものすごく体力を使うのだが、十五メートルを超えた辺りでもまったくスピードが衰えない。壁が近づいてくる。ケイはしっかりと壁をタッチし、足をついた。
「す、すご……」
「ふう、なかなか疲れるのね。私、ちゃんと泳げてた?」
「う、うん、ちゃんとっていうか、完璧?」
何ということだ。ついに全くの素人だったというのに、たった数時間で二十五メートルを泳げるようになってしまった。しかも、バタ足だけで。私は少なくともそこに至るまで相当な日数をかけていたような気がする。しかも今ですらバタ足だけで泳ぎ切れるかどうか怪しいところである。
そう考えると笑いが出てくる。プロになって、しかも活躍するにはこんな化け物に勝っていかなければいけないのだ。目標とするにはあまりに遠すぎるのかもしれない。
しかし、今日のケイを見てると勇気もまた湧いてくる。天才だって最初から何でもできるわけではない。ただ、上達が速すぎるだけなのかもしれない。
(それなら、私だって、頑張り続ければ……)
「メイ?どうしたの?」
「いや、やっぱすごいね、ケイは。私、正直二十五メートル泳げるようになるなんて思ってなかったよ」
「ええ、私もそう。メイのおかげだよ」
今まで、ずっとケイのことを私とは違う人種であると思っていたのかもしれない、しかし、この笑顔はなんの濁りもない純粋な笑顔で、その事実に私は少し勇気づけられていた。
無事泳げるようになった後、私達は屋内から屋外に出て、四人でしっかりとプールを満喫した。もう遊びつくしたという所で、有希とココアちゃんが何やら話し込み、そして私達の方を向いた。
「あ、私とココアで飲み物買ってくるからさ、二人ともここで待っててくれない?」
「はい、二人はここで休んでてください」
「え?悪いし、私も行くよ」
「いいからいいから。二人は朝のサッカーテニス大会でも優勝してたしね。まあそこで休んでなよ」
そして二人は逃げるようにして自販機の方に向かった。去り際に私に親指を立てるのを忘れずに。どうやら気を使われてしまったらしい。
「いい子たちだね」
「うん、私の自慢の友達だよ」
それっきりまた会話が止まってしまった。せっかく二人が手伝ってくれているのだ。私も頑張らなければ。
「ねえケイ、この前のことだけどさ、うーん何て言ったらいいのかな?」
「この前のことなら、ほんとに謝らなくてもいいの。私も謝らないし」
その言い方が無性に癪に障ったのだが、今なら分かる。きっと彼女的には喧嘩を売っているつもりはないのだ。
「えっと、それって、どういう意味なの?」
「どういう意味って、ほんとに謝る必要なんてないじゃない。確かに、お互い手を出しちゃったのは良くなかったけど、それだけでしょ。大きなケガをしたわけじゃないし、練習参加禁止だって厳しいぐらいよ。だから、何も気にする必要はない、そうじゃない?」
「あー、なるほど、ってあんな言い方で伝わるかあ!」
えーっと、つまり意訳するとあれは「私は気にしてないから、あなたも気にしないで」ということになるのだろうか。そうすると確かにしっくりとは来るがもっとうまい言い方ができるだろう。
「あの時は……なんとなくちょっとイライラしてたし、喧嘩中だったし、私も意地になってキツイ言い方になっちゃった。それは、悪かったわよ」
さすがに少しばつが悪そうに謝られた。まあしかしこの件を今更掘り返した所で仕方ない。問題は中学時代の例の件についてだ。しかし、どう切り出せばいいのやら。しかし、ここはさすが困った時には強引に事態を打開していくFWであるケイである。少しの沈黙の後、話を切り出してくれた。
「私さ、中二の時、あなたに『プロを目指すのが馬鹿らしくなった』って言われて、ものすごくショックで、腹が立った。私の中ではメイはずっと、境遇が似てて、サッカーに対する考え方も似てる、同志みたいな人だったから」
「それは、……ごめん」
そこまで思われていたことを嬉しく思うと同時に罪悪感でいっぱいになった。そんな人にいきなり自分の夢を侮辱するようなことを言われて彼女はどのような気持ちだったのだろう。
「いいのよ。本当はずっと分かってたから。メイが本心からそんなことを思ってるはずがないって。あの時からあなたがずっと、誰よりも頑張ってたのは、多分世界で一番分かってた。そしてそれはずっと変わってなかった」
「あの時って、あの、朝の公園で会った時?」
「違う。うーん、入団してすぐだったかな。あなたが確かフォワードからサイドハーフにコンバートを言い渡された日。メイはすぐにわかりましたって返事してたわね。最初は情けないヤツだって思った。私だったら、そんなこと、絶対に素直に聞き入れないもの。けど、練習後、あなたの様子を見ちゃったの」
「え、もしかして、あれ見てたの?」
これはあまりにも恥ずかしくて有希とココアちゃんにも言わなかったことなのだが、最初のコンバートを告げられて、私はショックで一緒に帰ろうと誘う日向に断りを入れて、グラウンドが閉まった後も近くでずっと壁に向かってボールを蹴っていたのだ。一向に帰ってこない私を泣きながら探しに来た日向に連れ戻され、母親には大目玉を食らった。
「うん。忘れ物かなにかに気づいて戻ってみたら、近くで誰かがボールを蹴っている音が聞こえたの。あなたは泣きながらずっとボールを蹴ってたわね。もう夜も遅いのに、一時間も、二時間も、ずっと。よっぽど悔しかったのね」
「一人になったら、なんか自然に涙が出てきたんだよ。悔しいとか、情けないとか、気持ちがごちゃ混ぜになって。誰にも見られてないって思ってたのに、まさかケイに見られてたなんて」
くそ、めっちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたい気分というのはまさにこれだろう。しかし、私のその様子を馬鹿にするのではなく、憐れむのでもなく、ただ、愛しい物を見るようにな優しい笑顔で私を見ていた。
「そんなあなただったからこそ、私はあの朝公園で会って、一緒に練習しようって言われて、すぐにオッケーした。シュートの撃ち方とか、代表での経験とか、私が知ってることは全部教えた。お姉さんみたいなサッカー選手になりたいって思って、どんな時でもひたすら頑張ってるメイが好きだったから」
「ケイ…………」
そんな風に好意を持ってくれていたなんて、全然知らなかった。私がやったことはそこまで想ってくれていた人の好意を踏みにじる行為と言っていいだろう。
「話がそれちゃったわね。メイが本心からそんなこと思ってるはずが無いって思ったからこそ、中学最後の試合の時も、ショックだったな。負けちゃって、もう終わりで、私はものすごく悔しかったのに、あなたはずっと笑ってた。悔しくないのかって私は聞いたわね」
「うん、それで私が言ったのは、どうでもいい、むしろ、負けてほしかった。そんな感じだった」
「そう。私はあなたがずっと私と同じ方向を向いてると思ってた。一瞬耳を疑ったわよ。チームが負けてどうでもいいなんて、そんなの、私達にとっての侮辱でしかないわ。私は他ならぬメイがそんなこと言ったのが信じられなくて、ショックで、もうあなたと顔を合わせたくなくてあの後クラブの練習に行かなくなったの」
なんと、あの後ケイがチームの練習に顔を出さなくなったと聞いたが、それすらも私が原因だったと言うのか。あの後は私も練習に顔を出すことがなくなっていたのだが、この際これはどうでもいい。
「私も、ショックで、悔しかったよ。そんな言葉があまりに自然に私の口から出ちゃったことが。そして、それが紛れもなく私の本心だったことが。……みんなへの侮辱っていうのもそうなんだけど、負けて悔しくないなんて、そんなのもうサッカー選手として終わりじゃない!」
「………………」
ケイは拳を握りしめながら感情を昂らせながら話す私を静かに見守ってくれていた。
「私、サッカーを続けるかも悩んでた。中学で控えで、特に長所もない私がサッカー選手になるのは無理だとか、チームメイトに対してあんなこと思ってた私がサッカーをやる資格がないとか、色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、サッカーをやるのが苦しかったから。けど、私は結局サッカー選手になるっていう夢を諦めきれてないんだと思う。設備が整ってる芳都野高校に入って、結局サッカー部に入ったのがその証拠だよ」
サッカーの強豪校に入るわけでもなく、夢を完全にあきらめてサッカーを楽しむだけの高校に入るか、サッカー部に入らないかをするわけでもなく、中途半端に環境が整っている学校に入る中途半端な自分に何回自己嫌悪に陥ったか、私には分からない。
そこまで話すと、隣に座って静かに話を聞いてくれていたケイに肩を抱き寄せられた。
「ごめんなさい、メイ。そんなに辛い思いをしてたのに、そばに居なくて。私が一番メイを理解できる立場にいたのに、あなたの表面上の態度を鵜呑みにして、勝手に失望して、あなたから離れた。本当にごめんなさい」
「そんなこと言ったら、謝らなきゃいけないのは私の方だよ。私を置いて前に進んでいくケイに嫉妬して、勝手に悩んで、何も本心を言わずに勝手に一人にした。本当にごめん」
お互いに謝りあうと、ケイはまた笑顔を見せてくれた。その笑顔に私は少し安心する。そして抱き寄せる力を強くしてきて、髪に手を絡ませながらまた話し始める。
「私ね、朝にも言ったけど、昔のメイと今のメイ、そんなに、いや、何も変わってないって思うの」
「そうかな」
「そうだよ。朝は毎日欠かさずに早く来て朝練して、夜もいつも居残って練習して、裏をとられたらやり返さないと気が済まないほどの負けず嫌いで、交代させられて自分が出てない試合をベンチで座って見ることもできないくらい悔しがって、そして何より、何回挫折してもサッカー選手になるっていう夢をあきらめられないぐらい、サッカーが好き。ほら、本質的には何も変わってない」
「けど、私は……」
「それに、私だってあなたのこと、嫉妬しちゃうぐらい羨ましいって思うことがあるのよ?」
「え?」
あのフォワードとして完璧なケイが私に対して何を羨ましいと思うことがあるのだろう。サッカーの技術において、私は何一つとしてケイに敵う所はないと思うのだが。
「え?じゃないわよ、あなたって本当に人から好かれるじゃない。斉藤さんも、大家さんも、メイのために私と二人きりにしようと動いてくれたんでしょ?それにこの前の試合だって、みんながメイは大丈夫かなって心配してたし、中学の頃だって、大空さんを始めとするみんなが、メイのために全国に行こうって一致団結してたんだから。聞けば毎日誰よりも頑張ってるからだって言って、私だってメイに負けないぐらい毎日頑張ってたのに」
「え、そこ?」
「そこ?って、サッカーにおいて味方に信頼されるってすごい重要じゃない!私はこういう性格だし、あんまり人に好かれないのよ。フォワードって、みんなに信頼されなきゃやっていけないのに、今だって高野先輩とか、私を気に入らない人が多いみたいだし。あ、あと忘れてた」
怒りながらまくし立てていたと思ったら、少し顔を赤らめて照れ始めた。忙しい女である。
「私だって、あなたのこと、好きだもの。私にこんな風に言われる人って、そんなに居ないわよ、まったく!」
これはやばい、かわいすぎて私がどうにかなりそうだ。彼女はすぐに顔を背け、耳まで真っ赤にして恥ずかしがっている。確かに、そこまで彼女に好かれている私は人から嫉妬されるぐらい幸せ者だ。
「そういうわけだから、あなたは自分を卑下する必要は何もないのよ。この数日で分かったわ。沢渡鳴はまだ死んでない。サッカー選手になるのが夢なら、堂々とそう言えばいい。あなたはそれに足る努力をしてる。それは私が保証する。それで、もう勝手に一人で悩まないで。苦しくなったら、私に話して。私はメイにとっての、そういう存在でありたい」
「……分かったよ、ありがと。ねえ、ケイ」
「なに?……きゃっ」
私もケイの肩を抱き寄せた。こんなに心が落ち着くことは久しぶりな気がする。いつからかずっと気持ちは張り詰めっぱなしだった。
「ねえケイ、昔、一緒に日本代表のピッチに立とうって言ったの、覚えてる?」
「忘れるわけないじゃない。そんなこと言ってくれる人、あなた以外に居なかった」
「そう、良かった」
「忘れない、これからも、ずっと」
ひょっとしたら、それは現実を何も知らない子供がする守られることのない約束なのかもしれない。しかし、彼女はそんな約束を今までも、これからも忘れないと言う。ならば、私もそれを忘れずに生きていこう。彼女の体温を感じながら、私はそう決意を新たにした。




