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思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
17/54

共鳴

 とんでもないことになった。この二人のコンビネーションが最重要となるサッカーテニスでなんと監督命令で今気まずさ最高潮の藤堂さんとペアを組むことになってしまった。今は待機場所で二人そろって待機をしているのだが、驚くことに待機中、一言もしゃべっていない。周りの皆さん空気を悪くして本当に申し訳ございません。


「えー、沢渡、藤堂ペアと佐藤、平野ペア、この後コート3で試合をするので準備を始めてください」


 少し機嫌が悪そうな宮本コーチが私達を呼んだ。

 え、もしかして本当に作戦とか何も話さないまま試合することになっちゃう?それはさすがにまずいだろう。


「えっと、どうする?作戦、とか」

「……こういうのに、作戦も何もないんじゃない?私が右守るから、あなたは左、それでいい?」

「まあ、いいんじゃないかな」


 私の顔を見ずに話していることには若干鼻につくが、まあ直前になって揉めても仕方ない。ここは提案に乗ろう。ちなみに優勝賞品は学食1000円分のチケットらしい。準優勝でも500円分もらえるらしく、朝早くに出る関係上、お弁当が無いことも多い私にとってはこれほど嬉しい景品もない。ぜひともベストを尽くしたい所だ。


 お互いコートに入り、ホイッスルが鳴った。試合形式は10ポイント先取のワンセットマッチだ。今回の相手はBチームの2年生である。特に平野先輩は最初の試合でCBコンビを組んだ先輩でよく知っている。上手い先輩達ではあるが技術的に勝てない相手ではない。

 まず平野先輩がサーブを蹴った。私の方にボールが来る。


「沢渡さん、来たよ!」

「分かってる!」


 少し喧嘩腰になっているような気がするが仕方ない。サッカーテニスは普通のテニスと同様、地面にワンバウンドさせても良い。私は落ち着いてボールをワンバウンドさせ、リフティングでボールを蹴りやすい位置にコントロールしてしっかり相手の陣地に返した。


(よし、しっかり深い位置に返せた)


 しかしボールの勢いは弱く、決定打には至らない。そしてボールを二回バウンドさせない限り、ペアの相手にボールを渡しても良いのだ。相手はまず佐藤先輩がボールを拾って平野先輩に渡し、それを冷静にヘディングで私達のコートに返球してきた。


「藤堂さん、しっかり!」


 藤堂さんもしっかりとボールをトラップした。そしてボールを高く上げる。そして高くジャンプをして体を軽く捻らせた。そして落ちてくるボールをボレーシュートの要領で叩きつけた。先輩達は力のこもったボールに反応することができず、私達の点となる。


「やった!ケイ、ナイス!」

「ありがと……あ」


 私達は思わずハイタッチをしようとお互い手を挙げるが、そこで我に返った。そしてすぐに背を向ける。


「気が早すぎるのよ。まだ1点じゃない」

「そっちだって乗ってきたじゃん」


 またもや険悪な空気になっていると、そこでホイッスルの音が聞こえた。


「はいはい、喧嘩は後にして、すぐポジションにつく。予定詰まってるんだから」


 呑気に審判をしている監督が注意してきた。いや、元はと言えばあなたの責任ですからね?

 このように監督にも憤りの感情がわいてきたが、まあ今は置いておこう。とりあえず目の前の試合だ。ボールは返せないことはない。しかもこっちにはケイのシュート力がある。この試合は勝てる可能性がどうやら高そうだ。



「5対1。佐藤、平野ペアリード、これより、2分間のインターバルに入ります」


 と、思っていたのだが、どちらかが五点とった段階でのインターバルの時点で、ご覧のように、現在リードを許している。しかも、我々の得点は最初の得点のみである。それもこれも全てケイのせいだ。


「ちょっと、何考えてるの?ネットから遠い場所でボレーなんて。そんなの決まるわけないじゃん!」


 最後の二失点は何を血迷ったか深い位置に返ってきたボールを無理矢理ボレーで決めようとした挙げ句に一つはアウトになり、もう一つはネットにかけてしまった。本当に勝つ気があるのだろうか、腸が煮えくりかえる思いだ。

 するとケイはムッとしたように眉をひそめ、言い返してきた。


「何って、見て分からなかった?点入れようとしてたの。安全に返すばっかりでまともに点を入れようとしないあなたと違ってね」

「っ、それで自滅してたら世話ないでしょ?相手に無条件で一点やるのに比べたらマシじゃん!」

「あなたのやり方だったら点が取れないからそうしてるの!今私達の得点は私が決めた一点しかないじゃない!」


 徐々にヒートアップしてきた所でまたホイッスルが鳴らされた。監督がこっちを呆れた顔で見ている。


「インターバルは後1分です。それからそこの二人、そういうのはダメだって言ったでしょ?」

「それは………………」

「まったく、分かったら残りの一分はもっと建設的な議論をしなさい」


 そう言われてやっと冷静になれた。ケイの方も少し不満げに頬を膨らませているが、頭は冷えたようだ。また沈黙が私達を支配するが、こうしていても始まらない。


「あのさ、左右じゃなくて、前後で分けない?そっちが前衛で、私が後衛。浅くなったボールはケイがそのまま叩いて、深く返ってきたボールは私が拾って、それをケイが蹴りやすい位置に送るよ。どうかな?」

「……うん、それで行こう」


 なんとか話がまとまった所でインターバル終わりの笛が吹かれた。打ち合わせ通り前後で分かれる。今度は私達のサーブだ。私はなるべく相手陣地の深い所にボールを蹴る。佐藤先輩がボールを丁寧にトラップし、またもや平野先輩にボールを送られてヘディングで返される。


「こっち!」


 私がボールに追いつく瞬間。ネットの近くで手を挙げているケイが見えた。その位置にボールをダイレクトで送る。すると、今まで頑なにボレーで点を入れようとしていたケイがジャンプをせず、すこし身をかがめて頭を引いた。


(え?まさか…………)


 ケイは少し威力を押さえてコースを狙ったヘディングをした。ライン上を狙ったヘディングを相手ペアは返しきれず、久しぶりの私達の得点となった。

 少し唖然としてケイの方を見ると、彼女は少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「ケイ、どうして……」

「別に、よく考えてみたら、無理に威力があるボールを蹴るより、ヘディングでコースを狙った方が点を決めやすいって思っただけよ」


 何かをごまかすように早口でまくし立てられた。向こうの方から歩み寄ってくれた、ということだろうか?


「メイ、さっきはごめんなさい。ちょっと、熱くなりすぎてたかも」


 しまった、先に謝られてしまった。だが、プライドの高いケイの方から謝ってくれたのだ。私の方もそれに応えなければいけない。


「それは、後でやろう。まずはこの試合、しっかり巻き返すよ」

「……そうね」

 



「9対7、沢渡、藤堂ペアリード」


  ぎこちないながら、お互い文句を言いたいことはあったとは思うが、なんとか巻き返し、マッチポイントまで漕ぎ着けた。9対9になってしまった場合はデュースとなり、2点差がつくまで試合が続く。9対8になってしまうと余計なプレッシャーがかかってしまう。できればここで決めたい所である。


  今度は私達のサーブだ。またなるべく深い位置を意識してボールを蹴る。ライン際に落ちる我ながら絶妙なサーブが蹴ることができた。相手もなんとか返してくるが、ボールは浅くなり、ケイがネット前に出てヘディングで得点を狙う。


「まだまだ!」


  しかし、今までの傾向からコースを読んでいた平野先輩がなんとかボールを拾い、そして相手側もリスクを取った方がいいと判断したのか、相手もサイドライン際を狙って返してきた。


(クソ、入ってる)


 私もなんとか滑り込んで返球したが、その先を見ると前に出てボールを叩こうと待ち構えている佐藤先輩が立っていた。


「オッケー、メイ、前に出て!」


 やられた、と思った次の瞬間、ポジションを下げているケイの声が聞こえた。ヘディングされたボールをトラップしようとしている。

 私は反射的に前に出る。ケイから優しいボールが来た。二人のポジションをよく見て、私は二人の間にボールを頭で叩きつけた。


「ゲームセット、勝者、沢渡、藤堂ペア」

「よし、やったね!ケイ!」

「ええ!」


 私達は今度は迷い無くお互いの手のひらを叩き、小気味いい音が、辺りに響いた。


「「あ…………」」


 私達の間にまた少し沈黙が流れる。しかし、これまでと違ってこの沈黙はわだかまりから来るものではなく、単純に気恥ずかしさから来るものであった。


「えっと、もう一回、やっとく?」

「……そうね」


 今度は少し控えめに手のひらを合わせた。すると、どちらからともなく、こみ上げるような笑い声が起きた。


「私達、何やってんだろうね、馬鹿みたい」

「馬鹿みたい、じゃなくて、多分馬鹿なのよ」


 私達はしばらく笑い合う。もちろん、わだかまりが全て解けたわけではないのだろうが、昔の関係性に戻れたみたいで、私は少し嬉しかった。




『芳都野高校サッカー部のみなさん、お待たせしました。サッカーテニス大会もいよいよ大詰め。さっそくこの栄えあるコートに入る四人を紹介しよう。まさかまさかの快進撃、仲が良いのか悪いのか、その息の合った?コンビネーションをこの舞台でも発揮できるのか、さあ行け、個性ある一年生コンビ、沢渡鳴、アンド、藤堂恵!』

「「「「「「イエーイ!!」」」」」

(なんだ、このノリは)


 レクリエーション係の妙なアナウンスと全部員の歓声を受けながらコートに入った。ノリの良い部員で良かったな、レク係。

 それはともかく、あの一回戦でコツをつかんだのか私達はなんと連戦連勝を続けた。ここまで来たら是非とも千円分の学食券を手に入れたいところだ。


『続いて、優勝候補の大本命、我が校きっての実力者、ここまでの試合は全て圧勝、その力は一年生コンビをも蹂躙するのか、今日も魅せてくれ、我らが副将とエース、漣綾乃、アンド、高城五十鈴!』

「キャー、五十鈴先輩頑張ってーー」


「……エースは私なのに」


 歓声に混じってアイドルの追っかけのような黄色い声も響く中、ケイが少し不満そうにつぶやいた。やっぱり、そこ、対抗意識持ってたんだ。


「えー、試合形式はこれまでと変わらず10ポイント先取のワンセットマッチ、オッケー?」

「はい」

「じゃあ、コイントスを行います、どっち選ぶ?」

「表で」 「じゃあ、私達は裏だね」


 今回も審判をつとめる監督がコイントスをする。しかし、このサッカーテニス大会、一番ノリノリなのは監督ではないだろうか。身内のケイも少し呆れたような顔をしている。コインが地面に落ちた。コインは表で、勝った私達がサーブかレシーブを選び、負けた相手側がコートをどちらにするか選ぶ。


「表だね。サーブとレシーブ、どっち?」

「サーブで」

「よし、コートはどうする?」

「そのままで、お願いします」

「了解、それでは三分後に試合を始めます」


「今日はよろしくね、メイちゃん」

「よろしくお願いします」

 

 試合前の準備はこうして終わり、綾乃先輩に軽く話しかけた。


「いやあ、びっくりしたな。まさかメイちゃん達が勝ち上がってくるなんて。この前あんな大騒ぎ起こしてたのに」

「正直、私もびっくりです。そういえば、その節はご迷惑おかけしました」

「いいって。むしろ元気で安心したぐらいだよ。それより、今回は遠慮無くかかってきなさいね」


 綾乃先輩に手を差し出される。私も迷わずその手を握った。しかし、爽やかな光景である。もう一方の光景とは違って。


「今日は、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。今日は、遊びとはいえ、藤堂さんと勝負できてうれしい。ずっとやりたいなって思ってたの」

「そうですね、今までこうして先輩と試合で勝負することって中々ありませんでしたから」

「FW同士、今日はお互い頑張ろうね」

「はい、ですが、今回は私に勝たせていただきます」


 二人とも笑顔で、確かに表面上は私達と同じで先輩後輩の爽やかなやり取りなのだが、この緊張感は一体なんなんだろう。


「このままいけばあの二人がレギュラーなのに、あそこまでバチバチする必要あるかね?まったく、FWって面倒くさいなあ」

「同感です。けど、それがいい所なんだと思います」

「……ふーん、そういうもんかね。こんなことしてたら、すぐ時間になっちゃうね。じゃあ、メイちゃん、お互いの検討を祈る」


 綾乃先輩は手を振って話し、高城先輩を引っ張ってベンチに戻っていった。それに伴ってケイもこっちに戻ってくる。

 私達はテントとパイプ椅子が設置されている仮設のベンチに戻り、そこに腰掛ける。


「相変わらず負けず嫌いだね、ケイは。例え先輩でもあんな風に向かっていって」

「先輩でもライバルなんだから、当たり前でしょ?それに、メイだって人のこと言えないじゃない」

「え?」


 私がケイと同じくらい負けず嫌いだとでも言うのだろうか。少なくとも私はあのようにセンターバックの先輩に敵意を持っていたりはしないのだが。


「そうでしょ?裏とられて、仕返しにオフサイドトラップを仕掛けたり、交代させられて、その後の試合も見ずに外を走ったり、こんな遊びのゲームでも滑り込んでまでボールを追ったり。それに、私とまともに喧嘩できるんだもの。その時点で、相当な負けず嫌いよ。あなたの方こそ、昔とそんなに変わってなかったわ」


 ケイが少し笑みを見せながら楽しそうに話す。普段、クールで笑うことがめったにない彼女の笑顔に、私は少し見とれていた。それに、私が負けず嫌い?そんなこと、意識してなかった。


 ピピーッ


 甲高いホイッスルの音が私の思考を現実に引き戻す。試合が始まるようだ。


「メイ、行こう。絶対優勝、しようね」


 ケイがベンチから立ち上がり、私に手を差し伸べてくる。テントから出た彼女が日光を浴びて少しまぶしく見える。


(そうだ、私はケイが、いや、みんなが私を置いて遙か遠くに走って行く姿がまぶしくて、もう走るのをやめて、こんな風に座り込んだんだ。みんなが私をもう一回立ち上がらせようとして、手を伸ばしてくれてるのに、それを一切無視して)


「メイ?」


 手を取ろうとしない私を不思議に思ったのか、ケイが怪訝そうに私を見ている。


「大丈夫、自分で立て」

「ダメ」


 ケイが自分で立とうとした私を制して手を掴み、強引に立ち上がらせた。


「メイが何が原因でそんな状態になってしまったのか、私には今も分からない。けど、決めたの。あなたが心から変わっていないのなら、私は何度でも立ち上がらせる。……そういうことだから」

「……そっか」


 二人で並んでコートに向かう。夏の光が容赦なく私を照らす。暑くて仕方ない、苦しくてまたテントに戻りたくなる。だが…………


「メイ、がんばれーー!!」

「メイちゃん、ファイトですよー」

「二人は一年生の希望だ!三年ぶっとばせー!!」


 有希が、ココアちゃんが、一年生のみんなが応援してくれている。そう考えたら、こんな暑さなんて大して苦しくないような、そんな気がする。


「ワンセットマッチ、サーブ、沢渡、藤堂ペア」


  ホイッスルが吹かれた。例によってサーブを蹴るのは私だ。恐らくボールコントロールがうまい綾乃先輩の所は避け、高城先輩のサイドを狙ってふわりとしたボールを蹴る。高城先輩がトラップしてボールを綾乃先輩に送るが、ボールはネットから遠くなってしまい、綾乃先輩は得点を決めに行くヘディングをすることはできず、返すだけになる。


(よし、チャンス!)


 正確にボールをトラップし、前を見るとケイが待ち構えている。私達の得点の形である。私はクロスの要領でボールを蹴る。ケイが狙い澄まして頭でボールを叩く。十分威力のあるシュートだったが、綾乃先輩が足を伸ばして、ボールを拾う。しかもそれが高城先輩への正確なパスになっていた。


(やばっ)


高城先輩が頭で合わせた。先輩もさすがは我が校きってのストライカーである。私も必死に足を伸ばし、ボールを触るが、球足が速く、威力のあるボールは返しきれず、相手の得点となった。

 ケイも悔しそうに唇を噛んでいる。さすが決勝戦、どうやら一筋縄ではいかないようだ。




「5対3、漣、高城ペア、リード、2分間のインターバルに入ります」

『さあ、ここで2分間のインターバルに入りました!ここまで漣、高城ペアがリードしています。解説の宮本コーチ、ここまでの試合、どう見られますか?』

『なんで私がこんなこと……。はあ、まあいいです。ここまで長いラリーが続いて非常に良い試合だな、と素直に思います。その中で、漣、高城ペアがリードしているのは漣さんの活躍が大きいですね。漣さんが沢渡、藤堂ペアのこれまでの得点パターンだった藤堂さんのヘディングをことごとく拾うことによって、同ペアが得点するのを難しくさせています。この守りをいかに崩していくかが、後半の鍵になるでしょうね』

『なるほど!さすがは宮本コーチ、冷静な分析です!さて、このまま漣、高城ペアが押し切るのか、それとも沢渡、藤堂ペアが逆転するのか、試合再開まで今しばらくお待ちください!』


 宮本コーチの指摘は実に耳の痛い指摘だ。綾乃先輩がここまで厄介だとは。長期戦になってしまうと、私と綾乃先輩のレシーブ勝負になるのだが、情けないことに今のところ私の方が先に根負けしてしまっている。


「うーん、どうする?」

「ヘディングだったら、漣先輩を抜けるぐらいの威力を出せないわね。このままやってると、ジワジワ引き離されそうな気がする」

「だったら、あれしかないんじゃない?」

「あれって?」

「ちょっと耳貸して?」


 一応周囲を気にして耳打ちで作戦を伝える。しかし、ケイは少し首をひねった。


「一回戦でうまくいかなかったし、ちょっと怖いわね」

「何?珍しくちょっと弱気じゃん。”エース”なんだし、格の違いを見せつけなきゃ」

 

 煽るように言うと、ケイは私をキッと睨み付け、鼻を少し鳴らしながら言い返してくる。


「無理、なんて言ってないでしょ?こういうのはタイミングが重要なのよ。今のままでも太刀打ちができないわけじゃないし、そうね、あなたが勝負所だと思ったら、いつでも仕掛けていいわ」


 すぐに了承をもらえた。煽り耐性の低い女だ。こんなんでディフェンダーと駆け引きが出来てるんだろうか。そうしていると、試合再開をつげるホイッスルの音が聞こえた。


「よし、行くかあ」

「メイ」


 コートに入ろうとすると、少し呼び止められる。さきほどの表情とは打って変わって、少し恥ずかしそうだ。


「このゲームが終わったら、あの、少し、話せない?この前のこととか、全部」

「……うん、いっぱい話そう。私も話したいこと、いっぱいある」

「そう、良かった。……」


 そんなことを話しているともう一回ホイッスルを鳴らされた。


「ほら、始めるよ。さっさと準備する!時間押してるんだから」


 口調とは裏腹に穏やかな顔つきで、監督が腕時計を指差しながら言ってくる。

 監督はこうなることを見越して私達にペアを組ませたのだろう。いや、確かにきっかけにはなっているが、余りにもリスクが高すぎたんじゃないだろうか。


「まあ、まずはこの試合、しっかり勝とうか」

「そうね」


 ガッチリ手を組み、コートに出る。何だか周りの部員からものすごく注目を受けているような気がするが、気のせいだろうか。


「いやあ、声は聞こえなかったけど、青春してたみたいだねえ、お二人さん」

「なんですか?その年寄り臭い台詞」


 なるほど、あのやり取りを注目されていたのか。少し気恥ずかしいものがある。


「うーわ、生意気な後輩だなあ。そんな後輩にはお灸を据えないとね」


 ホイッスルが鳴らされた。私はボールを宙に浮かし、落ちてきたところを蹴り上げた。




「8対7、漣、高城ペア、リード」


 試合もいよいよ終盤戦だ。ここまでなんとか突き放されずに来ているが、次に点を取られれば、マッチポイントになる。それに加えてこの暑い中での度重なる長いラリーもあって体力もいい加減限界だ。しかし、それは相手も同じらしく、綾乃先輩、高城先輩も肩で息をしている。

 

(ここが仕掛け時かな?)


「ケイ!行くよ!

「了解!」


 今度は相手のサーブだ。私がサーブを拾う。ケイと目が合った。


(ふわりと、滞空時間長く、ネットから少し離す!)


 一回戦でうまくいかなかったのはケイが一人でやろうとしてたからだ。人が蹴りやすいコースに蹴ればケイなら絶対うまくやってくれるはず。その思いを込めてボールを浮かした。ボールが空高く舞い上がる。


(クソ、高すぎか?)

「十分よ、メイ」


 しかしケイは構わず落下地点に入った。体を傾け、バネのように跳ぶ。その勢いをもって足をコンパクトに振り、ボールに当てた。

 ボールは弾丸のように飛んでいき、さすがの綾乃先輩もボールを足に当てることしかできず、ボールは点々と転がっていった。


「8対8」


 審判のコールと共にギャラリーから歓声が沸いた。こんなジャンピングボレーを見せられたのだから、当然だろう。ボールが高く上がって、太陽も目に入っておそらくボールもほとんど見えてないのに、あんなにタイミングよく跳べて、しかもジャストミートできる。


(信じられないなあ。ずるいよ、ホントにずるい。だから嫉妬しちゃうんだ。私も、こんなプレーができたらいいのに)


「メイ、ナイスパス!」

「うん」


 満面の笑みを見せるケイとハイタッチをしながら、私は内心複雑な気持ちを抱いていた。しかし、私がすべき行動はそれじゃないことは、本当は昔からずっと分かっている。


「サーブ、沢渡、藤堂ペア」


 私がボールを拾うと、またケイは声を上げてボールを呼び込んだ。彼女はいいボールが来ることをまったく疑っていない。私はまたボールを高く上げる。今度はやりやすいように、高くなりすぎずに。

 ジャンピングボレーを警戒して相手が身構える中、今度は普通にヘディングで得点を狙った。虚を突かれて反応が遅れた綾乃先輩はまたもボールを返しきれなかった。


「9対8、沢渡、藤堂ペアリード」


 このゲームで初めて私達がリードを奪った。そしてマッチポイントだ。まさかの展開に観客のボルテージも更に上がる。この雰囲気を作り出したのは間違いなく藤堂恵のスター性なのだ。


(多分、この先、もっと多くのサッカーファンを魅了していくんだろうなあ)


 そのスター性を見て、私がすべきことはヤキモチを焼くことでも、ただすごいなあと呆けていることでもない。


(私のやるべきこと、それは、どんな時でも、自分ができる最大限のことをやること)


 ホイッスルが鳴らされた。サーブは良いところに返しにくくするために、なるべく深い位置に送る。相手が拾う。相手の体の向きを見てどこに来るか予想する。ボールが返ってくる。なるべく速くボールに追いつく。ボールを止める。私を信じてくれているアイツを見る。

 単純だが、暑いし、神経も使うし、苦しいことの繰り返しだ。しかも、こんなことを続けて、このゲームに勝ったところで、所詮は遊びだ。勝って何かがあるわけじゃない。


(ホントにそうなのかな?いや、そうだとしても)


 手を挙げて声を張り上げている彼女を見た。さっきの要領でボールを送る。ケイがまたボレーを試みる。しかし、三度もやられる訳にはいかない綾乃先輩がコースを読んですでに走り出している。私もそれを見て動き出す。


(そこに何かがあると信じて、続けなければいけない)


 綾乃先輩はなんとか足の甲にあて、こちらのコートに飛んでくる。軌道からして、ネットは越える。ネットに出ていた私は軽く跳んで顔を引いた。


(3年頑張って何も無かったのに、まだ信じていいのかな?)


 力一杯、頭をボールにぶつける。ボールはゆっくりと相手のコートに落ちていく。高城先輩が後ろに下がって懸命に追っていっている。

 一際大きな歓声があがった。勢いよくケイが飛び込んでくる。試合終了を告げる監督の声が聞こえた。レクリエーション係も興奮したように何かを叫んでいる。


(よかった、やっぱり、何もないなんてことは、なかったよ)


 一度は袂を分かったはずのケイとまたこうして笑顔で抱き合えている。心臓の音が聞こえる、これは嘘じゃない。この暑い中、運動をしていた人の体温は普通の人にとっては良いものではないのかもしれない。しかし、今の私にはそれが今までに体感したことが無いぐらい心地良い物になっていた。

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