表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
13/54

予兆

「運搬係の人、お疲れ様でした!空いてる席に座ってくださーい」


 バスの一番前の席で長瀬キャプテンがちょっと疲れ気味の運搬係に向かって話した。運搬係とは合宿に使う備品の積み込みと積み卸しを行う仕事で、私は合宿中はほとんど何もやることがないというのに惹かれてこの役職を選んだのだが、これが意外とめんどくさかった。やはり70人程いる部活だと、量も多く、しかもボールなど重い備品は二人がかりで運ばなければならないため時間がかかった。現地に着いたら積み卸しの作業もあると思うと気が重い。


「お隣失礼しまーす」

「はーい、どうぞー」

「ありがとうございます、失礼します、あれ?綾乃先輩ですか?」

「はい、綾乃先輩です」


  隣が優しそうな人で良かったと思いながら腰を下ろすとなんと隣は副キャプテンの漣 綾乃先輩であった。綾乃先輩はチームの中でも技術はトップクラスで10番をつけ、チームの要であるボランチを務める選手だ。そんな人がこれから数時間隣だと思うと若干緊張してくる。


「いやー、大変だったでしょ?運搬係」

「はい、ちょっと舐めてました」

「そうだよね。私も一年生の時は運搬係だったけど、人数が人数だからねえ、まあ大変だったよ。その点副キャプテンって楽だよ?ふんぞり返ってれば良いだけだから」


 綾乃先輩は肩をすくめておどけた口調で話した。綾乃先輩はBチームの時から毎日の朝練などで気さくに話しかけてくれていて、私にとっては非常にありがたい存在だ。


「さて、沢渡選手にとっては勝負の合宿ですなあ」

「そんなに意識させないでくださいよ。先輩はもうほとんどレギュラー確定だからそんなに他人事みたいに話せるんです」

「もう、真面目だなあ、メイちゃんは。バスの中ぐらいノリ良くしゃべってないと合宿中持たないでしょ。ま、メイちゃんだけに限らずみんな浮き足立ってるけどね」


  そう、合宿地へ向かうバス全体の空気は少しピリピリしている、とまで行かないが、若干緊張感があった。その理由はこの合宿には特別な意味があるからなのだが…………




「えー、それでは芳都野高校女子サッカー部、夏休みの練習の方針についての説明を行います!」


 本格的にセミが鳴き出し、体を動かすには辛い時期になりつつあった七月の中旬、期末試験が終わったその日に合宿に関するミーティングは行われた。藤堂監督からプリントが配られ、それに目を通すと、練習のスケジュールが書いてあるのだが、見事に日曜日以外は一日中練習であった。

 そして一際目を引くのが二週間弱といった期間で行われる合宿だ。対外試合も数多く組まれており、しかも地域が違う私達でも名前が分かるような名の知れた高校も対戦相手に含まれている。


(かなり中身の濃い合宿になりそうだなあ…………)


「夏休みが終わると選手権大会はもうすぐそこに迫ることはみんな知ってるよね。今までは散々走らせたりして体力や基本的な部分の上達に力を入れてきたけど、そろそろ戦術の方針、理解度を高める時期だと私は思う。そこで、夏休み中の練習は今までと違ってフルコートでの紅白戦などの実戦的な練習を数多くやっていきます」


 みんなの顔がこわばっていくのを感じる。大会に向けて実戦的な練習を数多くやるということはそこでメンバーの絞り込みを行うという意味であるし、当たり前だろう。


「で、みんな気になってると思うけど、八月の中旬に合宿を行います。そこで対外試合を組んで、完成度を高めていくっていうプランでやっていきます、まあ、何が言いたいかっていうと…………」


 ここまで言うと、監督は部屋全体を見回し、言葉をため込んで話す。


「この夏で選手権大会のメンバーが決まるってこと」


 方針が明確に定められ、全員が息を飲んだ。


「では、私を大いに悩ませることを期待してます。私からは以上!!」


 監督は教壇から降り、続いてそこからは顧問の先生から合宿に関する説明が始まった。

 というわけで、この合宿に臨むサッカー部員達、特に最後の大会となる三年生はかなり気合いを入れて臨んでいるため、今バスの中は緊張感にあふれているのだ。




「紅白戦のメンバーは完全シャッフルだし、みんな緊張するのは分かるけどねえ。ライバルって言ってもチームメイトなんだから仲良くすればいいのに。特にFW陣なんてバッチバチにも程があるでしょ」

「いや、FW陣に関しては別の要因があるとは思いますけどね」


 私の中学の時からのチームメイト、藤堂さんは中学の頃と同様に味方にも強い要求をすることが多く、それが上級生であっても容赦が無い。藤堂さんが来るまでエースストライカーに位置づけられていた先輩にまで文句を言うため、他の先輩達から目を付けられていた。


「ま、緊張感があるっていうのも良いことなんだろうけどさ。実際練習量は去年とは比べものにならないし、プレーを巡ってもめるなんてことも去年まで無かったよ。ま、それも良いのか悪いのかって感じなんだけどね」

「先輩?」


最後の言葉は私が聞き取れないくらいの声量で意味深に呟かれ、何を言ったのか少し不思議に思った。


「いや、何でも無いよ。それよりさ、明日の試合についてなんだけど…………」


 それからも綾乃先輩は途切れることなく私に話しかけてくれたが、何となくはぐらかされた気がして、その瞬間のいつも朗らかな先輩のいつもと違う少し深刻な表情が気になった。




 バスを降り、宿泊施設の方への挨拶を終え、昼食をとった後はすぐに練習が始まる。ウォーミングと軽いランニングを終えた後はすぐに紅白戦を始めるようだ。


「まずはビブス組のメンバーを発表しまーす」


 監督が軽い口調でメンバーの発表を始める。監督の軽い口調とは裏腹に部員達に張り詰めた雰囲気が流れる。


「GKココア、DF右から彩、メイ……」


 私はビブス組のメンバーに入った。と言っても、主力と控えに分かれていない今は余りどのチームに入っているかは意味がないのだが。

 監督が次々とメンバーを読み上げていき、最後にビブスなし組のFWに入る。


「FWは由香、ケイ、ビブスなし組は以上です。今呼ばれなかった人も交代で入れるからそのつもりで準備しててね。それじゃあ十五分後に始めるのでウォーミングアップを各自入念にやるように」


 なんと敵チーム側に藤堂さんが入った。私とマッチアップする機会も多くなるだろうし、少し厄介なことになったのかもしれない。他にも相手のビブスなし側には仁美先輩、姫花先輩といった実力のある攻撃陣もおり、良いところを見せたい私にとっては辛い試合になりそうだ。


「メイちゃん、今日は一緒ですね。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。ココアちゃんが居て安心したよ」

「私もそうです。今日も私達で攻撃陣をシャットアウトですよ!」


 ビブス組のキーパーとなったココアちゃんが声をかけてきた。前の試合でその頼もしさを存分に見せつけた彼女は今日も自信満々だ。


「今日の相方はお前か、メイ」


少々小柄な先輩が声をかけてきた。三年生で総体予選ではCBのレギュラーを務めていた渥美あつみ 美紅みく先輩が声をかけてきた。小柄だが、ガッツがあり、激しく体を寄せるディフェンスをする。


「お前とはライバルだが、今日はそれは忘れて協力して守っていこうな」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 男らしくて気さくな先輩なのだが、キャプテンの長瀬先輩がCBのレギュラーでほぼ当確となっている今、レギュラーを争う目下のライバルとなるため、紅白戦でコンビを組むのは少々やりづらい。


「おお、なになに?早速バチバチやってんの?」


 そこに面白がるように綾野先輩が割って入ってきた。重苦しい空気になりかねないのでこうして割って入ってくれるのは非常にありがたい。


「人聞きの悪いことを言うな綾乃よ。確かにライバルではあるが、今日は一緒に頑張ろうと言っている所だぞ」

「えー、つまんないなー。激戦区のポジションのレギュラー争いってもっとこう血みどろの争いを期待してたのに」

「他人事だからといって勝手なことを言いやがって…………。まあいい。さてメイ、この合宿でレギュラーが決まるのかもしれんが、遠慮はいらんからな。誰がレギュラーになっても恨みっこなしだ。今日はお互いにいいアピールをしよう」

「えっとはい、お互いに頑張りましょう」

「おお、なんか今の青春っぽい」

「だからいちいち茶々を入れるな」


 テンポ良く会話をしながら先輩二人は離れていった。メンバーを固める時期は空気がピリつくことも多いのだが、先輩達はこうして態度には出さずにいてくれるのでありがたい。





「はあ、疲れたねえ」

「そうですね、合宿初日からフルコートでの紅白戦はさすがに堪えます」


 初日の練習を終え、夕食をとるとやっとのことで入浴の時間まで自由時間となった。ちなみに私は色々と配慮をしていただいたのか、有希とココアちゃんの二人と同部屋となった。


「そういえば、Aチームはフルコートでの紅白戦やってたね。やっぱり試合形式の練習って疲れるの?」

「身体的な疲れよりも精神的な疲れの方が大きいよね。特に試合を間近に控えた練習はみんなピリピリしてるし余計に疲れるよ」

「キーパーからしたら、試合形式の練習って楽なんですけどね。ただ、やっぱり一つしかポジションが無いですから、他のポジションよりもピリピリ感はどうしても増してます。アドバイスなんか求めたら凄い顔する人も中にはいますから」

「もう明日試合だもんね。二人とも、試合には出られそうなの?」

「監督は明日は全員出すって言ってたよ。まだ紅白戦も主力と控えに分かれてないし、明日もそうなんだろうね」

「ふーん、やっぱり、Aチームの人ってうまかった?」

「うん、技術的にはやっぱり平均的に数段上だよ」

「特に、藤堂さんや、副キャプテンの綾乃先輩は一枚抜けてます。他ではキャプテンの長瀬先輩やFWの高城先輩、それと、一緒に上がった仁美先輩や姫花先輩もAチームで違いを見せてますね」


 ココアちゃんが解説を加えてくれている。それ以外に付け加えることといったら、やはり体の強さだろう。下級生が多かったBチームと比べると、上級生が多いAチームの皆さんの方が体はできており、一年生の私は苦労していた。


「それと、メイちゃん、今日はごめんなさい。私がすぐに気づいていれば、あの失点は無かったのに」

「いや、あの場面は目を離した私の方が悪いよ」


 今日の紅白戦、私は失点に絡んでしまった。私は藤堂さんのマークについていたのだが、逆サイドにボールが振られ、少し藤堂さんから目を離してボールの方を見てしまっていた。クロスを上げられそうな所にココアちゃんから声をかけられるも時既に遅し、視野の外から藤堂さんに前に入られてしまった。そうなるともうどうしようもなく、そのままクロスボールに完璧に合わせられ、ゴールが決まった。


「やっぱりレベルが上がってくるとちょっとでも隙を見せたら逃してくれないね」

「ええ、特にレベルの高いFWがいると尚更です。明日の試合もそうですけど、選手権でもレベルが上がってくるとああいうシーンが出てくるはずです。今日みたいな対応はこれっきりにしないといけませんね」


 熱く語るココアちゃんに私は少し唖然としてしまう。自分で失点の原因となってしまったと言いながらレギュラーは自分だという前提で話している。


「二人ともすごいなあ。私はまだ基礎練習でもミスが多くてコーチに怒られてばっかりだよ。まだ試合とか全然想像できないや」

「この合宿ではAチームもBチームも全員試合に出すって監督言ってたじゃないですか。そんなことではいけませんよ。明日の試合では自分が出たらどうするか、そういう視点で試合を見たらいいかもしれませんんね」

「はあ、そうなんだよね。けど、こんな状態で試合に出る資格なんてあるのか不安だなあ。二人みたいにうまかったら不安なんてないんだろうけど」

(資格なんて、そんなもの、私にだってあるか分からないよ)


 失点に絡んでしまった今、私はココアちゃんのように自信を持つことはできなかった。今日藤堂さんに前に入られて何もできなかったシーンが目に焼き付いている。またあんなことになったらどうしよう、そんなことばっかりが頭に浮かんでくるのだ。明日はたかが練習試合。しかし、選手権大会のスタメンを選抜する上でとても重要な試合だ。負けたら終わりの一発勝負で守備に不安があるセンターバックなんて間違いなく使われない。


(切り替えなきゃ。大丈夫。明日は同じ失敗は繰り返さない)


 自分に言い聞かせるようにしながら友達二人の掛け合いに耳を傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ