葛藤
「一年生の沢渡 鳴です。ポジションはDFです。チームの役に立てるように精一杯頑張るので、よろしくお願いします」
そう言うとAチームの皆さんから拍手で迎えられた。無難な挨拶が出来たようで良かった。拍手が鳴り止むと藤堂監督が話し始める。
「よーし、皆自己紹介は終わったね!皆さん知っての通り今日からこの4人がAチームに加わります。この前の試合見て分かったと思うけど、4人とも素晴らしい選手です。競争も激しくなるし、気を引き締めてやりましょう!」
「「「「「「「はい!!」」」」」」
「よし、じゃあキャプテン、お願い」
「はい!みんな肩組んで!」
三年生の長瀬キャプテンの号令の下、皆で円陣を組む。
「皆さん、今日も頑張って行きましょう!芳都野高校、ファイト!」
「「「「「「「おお!!」」」」」」
Aチームでは練習の前にこうして円陣を組むらしい。Bチームでは無かった光景だが、これによってレギュラー争いによってギクシャクしがちであるチームに団結力をつけるためにやっているのかも知れない。
「それでは、GKはキーパーコーチに従って練習、フィールドプレーヤーはランニングの後各自二人組でウォーミングアップを始めて!!」
来たか、新しいチームに入った時に一番怖いと噂される二人組でのウォーミングアップの時間が。今までは私は困ることは無かったのだが、今回に関しては仲の良いココアちゃんは既にGKの練習に行ってしまっているし、一緒に上がってきた二年生二人は一緒にペアを組むだろう。つまり、ほぼ初対面の人しかこの場には居ないということになる。いや、一人中学が一緒だった子が居るのだが、様々な事情から話しかけるのは気が進まないし、向こうもそうだろう。
(ここはお一人の方を探してその方とペアを組んでいただくしか…………)
「沢渡さん」
「はい!!」
ランニングを終え、辺りを見回していると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと中学時代のチームメイトの藤堂 恵が立っている。
「一緒にやる人居ないなら、一緒にやらない?」
「え?藤堂さんと?」
「別に自然でしょ。同じ一年生なんだし」
「まあ、そうなんだけどさ」
ボールを蹴りやすい位置に投げてやり、インサイドキック、インステップキック、ヘディングなど基礎的な技術の確認をしていく。さすがに藤堂さんのレベルになるとスムーズに進む。
「さすがにうまいね」
「当たり前でしょ。これに苦戦してたら中学の頃あんなに点取れてないよ」
「それもそうか」
全てのメニューをこなし、今度は藤堂さんがボールを投げる番だ。ふわりと投げられたボールを正確に藤堂さんの胸のあたりに返していく。
「そっちこそ、うまいじゃん」
「これぐらいはね」
「……私、あなたのことがよく分からないわ」
「え?」
「あなたは特別な選手になることをもう諦めたんだと思ってた。あの時から」
ボールを投げ。私が蹴ったボールを受け取りながら彼女は続ける。あの時とはいつを指すのだろう。
「けど、この前の試合のあなたは中学の時と比べてものすごく上手くなってた。二点目の起点になったサイドチェンジ、私には出せないかもしれない」
「それはどうもありがとう」
「私は全国に行きたい。世界一のFWになりたい。だからあなたを最初に見たときは本当にイヤだった。あの頃と変わって、向上心も無くて、負けたことを悔しくも思えない人だと思ってたから。ねえ、メイ、あなたは結局どういう人なの?何を考えてサッカーをやってるの?サッカーをやって、どうなりたいの?」
藤堂さんがボールを頭より少し高い位置にボールを投げながら、こっちを真っ直ぐ見て聞いてくる。私は何も答えることができず、ただ少しジャンプしてヘディングを続けた。
(ホントに何も変わってないんだなあ)
彼女は中学時代からいつも真っ直ぐだった。常に上を目指してみんなにも高いレベルを要求して、それでみんなと軋轢が生じることもあったけど、それでもその姿勢は一切変わることがなかった。だからこそ私にはまぶしく見える。
そのまま無言でヘディング練習を続け、決まった回数をこなすと藤堂さんはボールを手に持った。
「……ごめんなさい、変なことを聞いたわね。さっきはあんなこと言ったけど、同じ一年生がAチームに来て、心強いわ。これから、よろしくね」
「……うん」
藤堂さんは私に手を差し出し、私はそれを握った。同じ中学の一年生ではなく、ただの同じ一年生という言い方に若干距離を感じながら。
今日はテスト明け最初の練習ということもあるのか、そこまで厳しい練習では無かったが、その中でもやはりAチームの選手の技術の高さは肌で感じた。
練習後に監督に呼び出され、面談室に向かった。あの監督は非常にオーラがあって会う度に緊張する。ドアの前に立ち、意を決してノックをした。
「どうぞー」
「失礼します」
監督は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて出迎えてくれた。相変わらず肌もきれいで鼻も高く、美人な人だ。藤堂さんもそうだし、そういう血筋なのだろうか。
「今日も練習お疲れー。そこに適当に座っていいよ」
「はい」
最初の面談の時のように監督は前にノートパソコンを置いていた。これのせいで監督と一対一で話すのは緊張するのだ。なんだか人の良さそうな笑顔にも意味深なものに感じる。
「まずはAチーム昇格、おめでとう。この前の練習試合、すごくいいプレーをしてたよね。正直驚いた。相手を好きにさせたシーンもほとんど無かったし、ミスも少なくて落ち着いてたよね。それと、あれ!二点目のサイドチェンジは良く見えてたよね。コーチ陣も褒めてたよ」
「ありがとうございます」
「……というわけで、今日からメイはAチームの方で練習ってことになるけど、どう?今日実際に練習に参加してみて」
一瞬間を置きこっちをじっと見つめて監督は言った。
「いや、今日一日だけでは分からないです」
「ま、そうだよね。明日からは強度上げてくから覚悟しててよね?ま、あの鬼の宮本コーチの練習をこなせてたなら大丈夫だと思うけど」
「はい、頑張ります」
「……オッケー、メイにはBチームの時と一緒でCBとSBのポジションをやってもらおうと思ってるけど、それで大丈夫?」
「はい、最初にも話しましたけど、監督の言った所ならどこでも勝負したいです」
「そっか、じゃあ本題は、これで終わり、なんだけど……」
そこまで言うと監督はキーボードから手を外し、心配そうにこちらを見る。
「どうしたの?何かあった?」
監督は子供をあやす母親のような優しい顔をして静かに私に話しかけた。こうもあからさまに心配をされると気恥ずかしくなってしまう。
「別に、特に何かあったというわけじゃないですけど。なんでですか?」
「なんか落ち込んでるように見えたからさ。特に何も無いならいいんだけど、何かあるなら大人に話してみることも大事だよ。家族とか友達とかに話すのは恥ずかしくても、監督とか先生って話しやすいって思わない?っていうことで、何かあったなら話してみな?」
監督が私に悩みを話すように促す。
確かに今の私は監督のいう落ち込んでいる、というのは少し違う気がするが、少し気分が沈んでいるのは確かだ。しかし話そうにもその理由が分からない。お姉ちゃんの試合を見て才能の差を感じたからなのか、藤堂さんと距離を感じたからなのか。
「正直、自分の中でもまだ整理しきれてなくて、何とも言えないんですけど、そうですね、自分の将来像が見えないっていうのが正しいのかもしれません」
「ほう、自分の将来像」
「はい。昔はサッカー選手になりたいって思ってました。そのために上手くなりたいって思ってサッカーを続けてたんです。けど、中学ではずっと控えで、サッカー選手なんて夢のまた夢だって分かってきて、あんまり考えないようにしてたんですけどね。サッカーを続けた先に、何があるんだろうって最近よく考えるんです」
私の要領を得ない話にも監督は時折相づちを打ちながら真剣に耳を傾けてくれた。
「メイは、あれだね。多分真面目すぎるんだね」
「え?」
「聞いてて思ったよ。すごく真面目なんだなーって。私が高校一年生の時なんてサッカーをやって何があるかなんて考えたことも無かったよ。ただ毎日仲間と一緒にボールを追いかけて、勝っては喜び合って負けては喧嘩になったりしてさ」
「はあ」
「ごめん、ちょっと話がそれちゃったね。私が何を言いたいかっていうと、結局それはメイが高校生活三年間かけて見つけていくものなんだと思うってこと。未来のことなんて誰にも分かりやしないんだから、何かあると信じて日々を全力で生きていくしかないんだよ」
「……厳しいですね」
監督の言う通り、何かあると信じてポジションを何度変えられようとも、試合に出られずとも全力で頑張ってきたつもりだ。しかし、あったのは三年間控えという現実だけだった。高校でもこれが繰り返されると思うと怖くて仕方ない。
「そうかもね、先が分からない中で頑張り続けるって相当キツいと思う。そうだね、まずは頭を空にしてみることだね。まさかそれを考えながら試合に出てたわけじゃないでしょ?」
確かに、試合の時は神崎先輩と小桜先輩のために勝ちたいという一心で試合に臨んでいたような気がする。
「はい」
「それでいいの。まずは毎日中学の頃と同じようにサッカーを上手くなりたいって思いながら、友達や同級生、先輩達と頑張ってみて。大丈夫、メイは絶対に上手くなる、それは私が保障する。いや、絶対に上手くしてみせる。だからメイも挫けちゃダメ、分かった?」
監督が力強く私を見つめて言った。こうして励まされると確かに力がわいてくるような気がする。
「……はい、分かりました、まずは頑張ってみます」
「うん、それでいい。若いんだからウジウジしない!もっと練習試合の時みたいに図々しくいかなきゃダメだよ?」
「図々しい、ですか?」
「特に後半からだったかな、上級生達にポジション取りとかめっちゃ指示出してたじゃん」
「いや、決して図々しくはなかったと思いますけど」
「別に認めていいんだよ。褒めてるんだから。サッカー選手は図々しいぐらいの方がいいんだよ」
おどけたように明るく話してくれる監督の心遣いがありがたい。気持ちが少しすっきりするのを感じる。辛い気持ちを誰かに話してみるというのも悪くないのかもしれない。
面談も終わり、靴を履き替え、もう暗くなろうとしている中、家に帰ろうと歩いていると、校門の前に見知ったシルエットを発見した。
「あ、メイ、お疲れー」
「お疲れ様です。面談はどうでしたか?」
有希とココアちゃんであった。二人の身長差は30センチ弱あり、二人が並んでいるのを見ると漫才コンビとして映えそうだなと感じる。
「どうしたの?二人とも、先に帰っていいって言ったのに」
「いやあ、一人寂しく帰るのは可哀相だと思ってさ、ここで待っててあげたんだよ。私達に感謝してよね」
「ふふ、有希ちゃん、そんな言い方をしてはダメですよ。最近メイは元気が無いような気がするから心配だーってずっと言ってたじゃないですか。だから今日は遅くなっても一緒に帰ろうって思ったんですよね?」
「え、ちょっとココア、それ知られたら恥ずかしいヤツじゃん。違うからね、メイ。そんなこと言ってないから」
「まあ、それでは有希ちゃんは友達が元気が無かったのが心配ではないんですか?随分と薄情だったんですね?」
「あ、いや、メイ、全く心配じゃなかったわけじゃなくってさ、えーっと……もう、ココア、意地悪なこと言わないでよ」
「有希ちゃんがダメなんですよ?あんなイヤミな言い方するから。ねえ、メイちゃ……メイちゃん?」
ようやく二人が腹を抱えてこみ上げるように笑っている私に気づいたようだ。一通り笑い終わって私は涙を浮かべながら二人を見た。
「ありがとう、二人とも……ありがとう」
私としてはいつも通りのつもりだったのだが、どうやら二人には心配をかけてしまっていたらしい。そして私を元気づけようとこうして待ってくれていた。高校でこんなに優しい友達二人ができたことを私は嬉しく思った。
「……なんか、こんな風にド直球にお礼を言われるのが一番恥ずかしいね」
「そ、そうですね。まあ、メイちゃんも来ましたし、帰りましょう!そうしましょう!」
「ふふ、そうだね」
サッカーを続けて、その先に何があるかなんて分からないし、もしかしたら何も無いのかもしれない。今後失敗もして落ち込むこともあるだろう。
だけど、そんなことをグダグダと考えてこんなに優しい友達に心配をかけるくらいなら、まずは一緒に頑張ってみた方がいいに決まってる。
私の悩みはそう簡単に解決するものでは無いのだが、今日の出来事は私を前向きにさせるには十分な出来事ではあった。




