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思春期フットボーラー  作者: kasic
1章 立ち上がる少女
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プロローグ

 天気は快晴、ピッチコンディションよし、絶好のサッカー日和だ。今日はU-15女子サッカー全国大会の地区予選決勝が行われており、両チーム白熱した戦いを繰り広げていた。前半に二点先行され。後半一点返すも、一点追加されて突き放され、膝に手を置き、肩で息をしているチームメイト達を私はベンチ横のウォーミングアップゾーンでどこか冷めたような気持ちで見ていた。


(もうほぼ負けだなあ。この展開じゃ私はどうせ出番ないし、なんのために体動かしてんだろ)


 交代枠は後一枚残っているが、二点を追っているこの展開の中、主にセンターバックの控えを務める私にお呼びがかかる可能性はどう考えてもゼロであった。


「山崎、出番だ!」


 そんなことを考えていた矢先、案の定スピードがあり、攻撃的な控えメンバーを監督は選択したようだ。疲れの見える先発メンバーと交代し、駆け足で自分のポジションに向かっていくチームメイトに嫉妬のような気持ちを持ちながら、私はベンチに戻り、声を張り上げて気持ちとは違う言葉を叫んだ。


「日向、勝負!!縦行こう!!」

 

 ベンチに戻ってくるチームメイトを出迎えながらピッチに目を戻すと、サイドハーフを務める、小学校の頃からの親友であり、チームのエースナンバー、十番を背負っている大空おおぞら 日向ひなたが相手ディフェンダーと対峙していた。日向は相手ディフェンダーをフェイントで体勢を崩し、突破し、クロスを上げる。


(長いか?)


 しかし、そこは決勝まで勝ち上がってきたチームのレギュラーである。すぐに体勢を立て直し、日向にプレッシャーを与えたため、日向は完璧なクロスを上げることは出来ず、少し狙いとは違うクロスになってしまう。しかし、我がチームのエースストライカーであり、U-15日本代表にも入っている、藤堂とうどう けいは、ゴールに背を向けジャンプし、数秒前には頭があった場所に足を持って行き、ボールを蹴る。所謂オーバーヘッドキックでネットを揺らした。これには自チームだけでなく、相手チームも、興味本位で観戦に来ている観客も、視察に来ているスカウトもいるかも知れない、この場にいる全ての人が感嘆の声を上げた。


(やっぱすげー)


 まさかのエースのスーパープレイにピッチもベンチも大盛りあがりだ。未だざわめきが残る中、素早くボールを抱えセンターサークルにボールを置き、後ろの味方を煽るような仕草を見せると尚更チームは盛り上がる。こういうのがプロになっていくんだろうな、と私は他人事のように思いながらピッチを眺めていた。

 

 しかし、ゴールによって勢いが出た味方チームはアグレッシブに敵ゴールに迫るが、無常にもタイムアップを告げる笛の音が聞こえる。笛が鳴った瞬間、相手チームの控えメンバーはピッチになだれこみ、全員で喜びを分かち合う。対照的に、チームメイト達は一様にピッチに倒れ込み、中には泣き崩れているヤツさえいた。監督、コーチも険しい顔をしながらピッチを見つめ、ベンチは重苦しい雰囲気に包まれた。敗れたということは、三年生にとっては公式戦の終わりを意味する。


「みんなお疲れ!よく頑張った!」


 ピッチでプレーしていたチームメイト達を本音とは裏腹に笑顔でねぎらって回った。幼なじみで親友である日向は未だに号泣し、支えられながら立っていた。


「ほーら、日向もいつまで泣いてんの?」

 

 日向は私の姿を認めると、さらに泣き出し、私の胸に飛びついた。


「ごめんね、めい、全国につれでぐっで約束じたのに」


 私は一瞬言葉を失う。

 あ、申し遅れました。わたくし、沢渡さわたり めいと申します。

 それはそれとして、私がその言葉をどれほど微妙な思いで聞いていたのか露程も知らないのだろう、この小柄な少女は純粋にそんなしたかも分からない約束を果たそうとしていたらしい。


(ホントは連れて行くじゃなくて、一緒に行こうって言ってほしかった)

 

 ドロドロした気持ちをどうにか抑え、小さな体を抱きしめ返し、頭をなでた。


「二点目のドリブル、すごかったよ。力全部出したんでしょ?なら、胸張ってればいい。ほら、泣いてないでさっさとクールダウンしよ」

「…………うん、分かった」


 ようやく泣き止んだらしい日向は私から離れていった。

 周りを見回すと、今日二得点の藤堂さんが抱き合い、全国大会出場を喜び合う相手チームを見つめ、じっと動かず佇んでいた。


「藤堂さんも、そんなところで立ってたら体冷えるよ」


 私の言葉に反応し、振り返った藤堂さんは私を睨み付けながら言った。


「あんたさあ、なんでそんなにヘラヘラしてんの?」

 

 私は息を飲む。みんなを不快にさせないように笑顔でいたのがどうやらいけなかったらしい。なにも言わない私に更に苛立ったらしく、藤堂さんは更に続ける。


「私たち、負けたんだよ!!もう終わりなんだよ!!なんで悔しがってないんだよ!なんで他人事みたいにヘラヘラしてんだよ!」


 涙を流しながらまくし立てるように叫んだ。なんで他人事みたいな態度なのか、その質問への答えは一つしかない。


「だって、私ベンチだったし。どうでもいいっていうか、むしろ、みんなに勝ってほしくなかったのかもしれないっていうか。ってあ……」

 

 そんなことを言ってしまった瞬間、私は思わず口を押さえる。なんでそんなことを言ってしまったのか。試合に出ることができなかった私を気にせず、力を出し切ったかのように泣きじゃくるチームメイト達にイライラしたからかもしれないし、誰にも言えない心の内を誰かに話したかったからかもしれない。なんにせよ、それは絶対に必死で勝つために戦っていたチームメイトにだけは言ってはいけなかった。それを聞いて藤堂さんは一瞬目を見開き、だがすぐこちらを睨み直し、ベンチに戻っていった。

 

 ベンチなら、尚更悔しがらなきゃダメなんじゃないの?

 

 そう呟きながら。


(そんなこと、言われなくても今すぐにでも叫びたいぐらい悔しいに決まってるじゃん)

 

 せっかく波風立たずに終わってくれたと思ったのに、最後の最後でチームメイトを怒らせてしまった。


(ま、どうせもうほとんど会うこともないだろうし、オッケーオッケー)


 その時は、この出来事について特に気にすることはなかった。

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