番外編Ⅲ、菓子与えるか悪戯受けるか(Ⅱ)
「ところでメガネ、今日の予定は?」
「大手検索エンジンみたいな呼ばれ方をした気がするが……まぁいい。僕は大学も春休みだし、夕方からのバイト以外に予定はないな。君の方はどうだい、友よ──君は教職を履修しているし何度か絶起をやらかしていただろう、授業はないのかい?」
「俺か? 俺は今日はバイトすらないぞ。あと絶起の分の単位なら冬休みの間に取り終えてる」
「そうかい、友よ」
ちなみに『絶起』とは、『絶望的な起床』の略である。それもこれもこのクソメガネが起こしてくれないのが悪いといえばそうなのだが、まぁそもそも一限は概念なので出なくとも問題はないのだ。
「……となると今日は二人とも暇ってわけか。どうするクソメガネ、フォンダンショコラでも作るか? 暇だし」
「君は暇があると自ら傷口を抉る趣味があるのかい? とんだマゾヒストだね。あと僕をクソメガネと呼称するのはやめたまえと何度言ったら分かるんだ」
「分かった上で改善する気がないことにそろそろ気付いてもいい頃合だと思うぜ」
毎日この狭いアパートの一室でこんな殺伐としたやり取りをしているのだから、未だにこいつと友人をしていることが不思議で仕方がない。今日はとりわけ殺伐としているというのはもちろん否定できないが、それにしたってそろそろ『世界ふしぎ発見』の取材班が来てもおかしくないと俺は思っている。
「というか、友よ。ヴァレンタインにチョコレートを贈り合う習慣なんてのは、何処ぞの百貨店がチョコレートを売りたいが為に作ったものだろう。幾ら君がマゾヒストで心の自称趣味があろうと、僕はそんな、忌まわしき風習を作った百貨店の戦略に乗ってやるなんて御免だね」
「おい、俺を勝手にマゾに仕立て上げるな。……じゃあお前、今日一日チョコレートを食べないで過ごす虚しさに耐えられるってのか? たとえそれが自前のものであろうと無いよりはマシだろ」
「いや、寧ろそんなものを自ら調達する行為の方が虚しいと僕は思うね。だいたい今日は、元々ヴァレンティヌス司祭が殺された日だろう。喪に服しこそすれど、祭りのように騒ぐ意味が僕には全く理解らないね。ついでに言えば僕は熱心な神道の徒だから、ヴァレンティヌス司祭もヴァレンタインも僕にとっては大して重要じゃない。何なら三日前の建国記念日の方が余程重要な日だ」
「目が泳いでるしやたら早口だぞ、無理すんなメガネ。……それに何よりも虚しいのはこの言い争いだろ」
「ふん。否定は出来ん」
メガネはそう吐き捨てて、パンケーキの最後のひと口を頬張った。