九杯目 「あれは8年も前の話です……」
いらっしゃいませ!
今日のオススメは、哀しげな過去を思い出せる一杯を!食べれば、昔に経験した悲しい過去、悔しかったコト、後悔の気持ちを思い出して目に涙を溜めてしまうかも!?
涙を流したい人に大変オススメ!
ご堪能あれ!
第九話
薄暗い武具屋の一室でシュウに事の顛末を教えてくれると言った少女に、セフト、シュウ、ルティアの三人は耳を傾ける。
「……あれは八年も前の話です」
彼女は真剣な表情で話し始めた。
「私は昔、レピア王国専属の騎士団員でした。王国騎士長を務めていた父の指揮する部隊に所属することになり、早くから様々な功績を挙げていくことで順調に昇格し、副団長を任されるほどになりました。 」
「……レ、レピアの王国騎士だったの!? 」
ルティアは、彼女の話に目を丸くさせ、驚愕の表情を見せる。
その驚き方に疑問を覚えたシュウが拍子抜けしたように言った。
「……王国騎士って凄いのか? 」
「凄いなんてもんじゃないわよ!それに、副団長ってことは、まさか貴女! 」
ルティアの驚き方にも動じず、彼女は優しく微笑んで口を開いた。
「はい、お久しぶりですね。ルティア様。随分、大きくなられて嬉しい限りです。 」
「……シャ、シャロット・エクス!?だから、この武具屋にはデュランダルが!? 」
驚きのあまり、ルティアは手で口を塞ぎ、嗚咽混じりの高い声音を弱々しく上げる。
二人の会話に、驚きを隠せないシュウは、目がゆらゆらと揺れているルティアへ問いかけた。
「ルティア、店主と知り合いだったのか?それに、デュランダルがってどういうことだ?」
「知り合いって言っても、小さい頃に連れられた王国のパーティで一度挨拶をしただけよ。顔もあまり覚えてないくらいだもの。 」
「シュウさん、それは私から説明しますよ。私の家は少し特殊で、《魔剣デュランダル》を代々継承してきた家なのです。デュランダルは、触れなば折れ、大地を穿たんと恐れられる伝説の魔剣。大きな岩を一振りで破壊出来る力を秘めているとされ、エクス家では現継承者に認められなければ使用が認められない家宝でした。 」
「……そういうことか。それでシャロットさんはデュランダルを継承されたんだろ?なのに、どうしてこの剣はガラクタなんだ!? 」
シュウの問いかけに暗い表情で彼女は話を続ける。
「はい、私は父から大切な《魔剣デュランダル》を貰い受けました。貰い受けた当初から、私は抱くべきではなかった感情と誇りを得ました。 」
「抱くべきではない感情? 」
「"デュランダルを持つ私の前に敵は居ない"そう思い込んで、剣を振るっていました。それが原因で全てを失うことになるって分かっていたら良かったのに……」
彼女の瞳は涙で潤んでいた。
自分がしたことを本気で悔やむように。
八年前のある日を父、フィガロ・エクスから貰い受けた少女、シャロットは、近くの村の住人からの通報で王都外れの小さな街へ、自らの指揮する部隊と共に到着していた。
通報があったのは朝方で、到着したのは日が落ちてからのことだった。
乗っていた茶色い馬から降り、目の前に広がる惨劇に固唾を飲んだ。
街に入った瞬間、生臭い匂いが鼻の奥を刺激して、全員の表情を歪める。
家屋やビルは破壊され、道路にまで飛散した血液が散っていた。
「……誰がこんなこと! 」
彼女は怒りを覚えていた。
小さな街と言っても三千人程の人間がいつも通りの平和な生活を送っていた街。
道路には誰かが買ったと思われる真っ赤で美味しそうな林檎が砕け落ちていた。
抵抗しようと思って出来なかった人達に、無意味な虐殺を行った犯人達へ何処にぶつけてもいいか分からない怒りが頭を過ぎった。
「生存者が居ないかどうか確認してください! 」
シャロットの指示に馬から降りた複数人の兵士達が荒れ狂った街中を探索し始める。
「……何の目的でこんなに酷いことをしたのか、私は犯人を許さない! 」
憤りを失った怒りを決意に変え、胸中で自分を奮い立たせた。
ーーすると、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
「うわぁぁぁぁああああああ!!! 」
シャロットからも見える白い家と赤いレンガ調の家の間にある小さな路地から、青ざめて驚愕している兵士が悲鳴を上げた尻餅をついていた。
直ぐ近くに居た他の兵士達も悲鳴を上げた兵士の元へ駆けつけるが、皆が皆、同じ場所を見つめ、口をぽかーんと大きく開けて立ち尽くしていた。
「な、なにがあったんですか……! 」
兵士達の元へ駆けつけると、彼らが見つめる先を視界に入れた彼女は驚愕する。
小さい路地は街のゴミ捨て場に通じる路地だったようで、塀よりも低く積み上がったレンガで仕切りがされていた。
彼女らが驚いているのは、ゴミ捨て場に対してではない。
"ゴミ捨て場に捨てられているモノ"だ。
「こ、これは、全て街の人達の……!? 」
ゴミ捨て場に積み上げられていたのは、無数の遺体だった。兵士達が探索していた家屋の中には、瓦礫で生き埋めになった遺体も多く見つかったが、街の人達の殆どがゴミ捨て場にて積み上げられていたのだ。
「シャロット副長……!か、壁に……! 」
兵士の一人が震える指で指した方向を見つめる。するとそこには、この街の人達が殺された理由がはっきりと書かれていた。
そしてそれは、私を恐怖のどん底へ陥れた。
そこには、こう書かれていた。
「デュランダルヲワタセ」 と。
「デュランダル……!? まさか、この剣のせいで皆は!? 」
様々な考察が頭を過る。
自分の家が代々引き継いで守り抜いて来た《魔剣デュランダル》が他国や他人から狙われていたのは事実。父の時も何件か、デュランダルに関係した事件が起こっていた。
もしデュランダルが狙いなら、この場合、敵は近くで隠れているはず。
そして今、探索を開始して数十分経った。
敵は何処からか自分達を見ているに違いない。
ーーそう思った直後だった。
背後を振りかえった兵士が自分達の置かれている状況に気がついたのは。
「シャ、シャロット副長!!か、囲まれてます!! 」
路地を抜けた市街地には、赤いローブを被った複数の人が手に持った武器を煌めかせ、ニヤニヤと笑っていた。
このゴミ捨て場には逃げ道がない。
入口と出口は同じ場所で、二つに分けられている仕様ではなかった。
すると、赤ローブの集団の一番前に立っているリーダー格の人物がシャロットへ口を開いた。
「お前がシャロット・エクスだな?その背中に挿してあるのが《魔剣デュランダル》か。その剣、大人しく渡してもらおう! 」
彼の言葉を聞いて、シャロットは背中に挿してある《魔剣デュランダル》の黄金に輝く柄に手を置いた。
「おっと……この人数が見えねえのか?お前の部下の数倍は居るぜ!大人しく渡せば、全員助けてやる。少しは此処のクソゴミ共の命も報われるんじゃねえか。 」
シャロットは、男の言葉などハナから聞いていなかった。敵の数、武器の種類、現在の戦況、得られ使える全ての情報を頭に叩き込む。
「数は全員で二十……武器は斧、鉈、剣、ナイフ、弓矢に大剣ね。……キツイわね。 」
黄金の剣を背中から抜き、刀身を露わにさせた。柄から刀身、矛先にかけて全てが黄金の光沢を放ち、刀身の部分には翡翠色や緋色の宝石が埋め込まれている。
見た目だけでも一振りで大きな岩を粉砕出来るという逸話を信じてしまいそうだ。
「何をブツブツと……!このクソアマ!やっちまえお前ら! 」
「おおおおおぉぉぉぉぉおおお!!! 」
二十人の敵兵士が各々の武器を掲げて、士気を高める。
自分の部下達が動き出そうと剣に手を掛けた最中、彼女は右手を広げて大声を上げた。
「隊を半分に割ります!半分は王国に帰って、フィガロ騎士長に援軍の要請を!半分は私と共に敵を惹きつけ、時間を稼ぎます! 」
「承知! 」
この下に半分が分かれて、半分が共に戦う描写。
しかし、敵が強すぎてシャロット一人になるようにする。
兵士の一人が慌てて馬に飛び乗った。
敵の部隊も援軍を呼ばれるのは分が悪いと感じたのだろう、矢を引いて矢先を兵士に定める。
「……ッ! 」
既に戦闘態勢に入っていたシャロットは、右足と左足を同時に動かし、地面を蹴る縮地法の応用法を使って、矢を放とうとしている敵兵士の首筋の頸へ峰を滑らせた。
木製の弓と金属製の矢の矛先が同時に地面へ落ちる音がして、敵兵士の一人は前のめりに倒れて気を失った。
「……貴方達の相手は私ですよ。この街の住人のことをゴミ扱いした、人の皮を被った悪魔に制裁を下します。 」
次々と斧や剣、鉈などの刃物を振り下ろす男達の猛攻を避け続け、頸や鳩尾などの一撃で気絶を誘える場所に一打を放つやり方で場を沈める。
十五人以上も居た敵兵士が、数分後には一人になっていた。最初にシャロットに喧嘩を売った、あの男だ。
「ここまでとは……、だが、俺をそこらの雑魚と一緒にするな。俺は……! 」
彼は逃げる術を失っていた。
敵が自分の指揮していた部隊全員を最早、一瞬で潰してしまったのだ。
今ここで敵に背を向ければ、凄まじい速度での猛威を受けるだろう。
戦うしかない、彼の持つ赤い大剣の矛先は小刻みに震え、額には汗が流れる。
「はぁ……、戦う気あるんですか? 」
その様子を馬鹿にしたように溜息をついた。
「貴方には色々と吐いてもらわないといけませんから、一瞬で終わらせます。 」
シャロットは地面を蹴り、神速で男の背後へと回り込む。
だが、男の反応速度は常人よりも上だったようで、大きな剣の矛先がシャロットの目の前の地面に砂埃を立てた。
「チッ……!今のを避けんのかよ! 」
「反応速度は中々……、でもッ! 」
今、男は武器を地面に打ち付けた状態。
つまり、無防備ということになる。
華麗には回避を行なっていたシャロットは、男の頸へ鋭い蹴りを放った。
任務終了ーー、そう思った瞬間だった。
周囲に爆音が響き渡り、直後、確実に敵の頸を狙っていた蹴りは空を切っていた。
一瞬で消えた、男の行方に困惑する。
「……ッ!? 」
「……中々やるな、フィガロの娘よ。 」
先程の男とは違った低く威厳のある声音が目の前の家屋の屋上の方から聞こえる。
シャロットは一度後退し、屋上に立っている男を目視した。
赤と黒を合わせた特徴的なフレームの鎧を身につけ、背中には秋色に輝く大剣を刺している。赤い髪と鼻の下に伸びた赤髭が印象的で、男の真っ直ぐな殺意を帯びた緋色の瞳に震撼を覚えた。
「敵の増援……!?後少しで捕縛出来たのに!それに、どうして父のことを……」
「当たり前だ。アイツと俺は戦友だからな。……さて、部下の失態の始末をせねば! 」
背中に挿した大剣を抜き取り、秋色の刀身を露わにさせる。刀身の真ん中に緋色の宝石が埋め込まれており、《デュランダル》によく似た形状の大剣だった。
「よく似た形状……まさか! 」
シャロットは、デュランダルを受け継いだ日に聞かされた話を思い出した。
世界の各地にはデュランダルの他に《魔剣》と呼ばれる類の剣が五本存在していると。
そして《魔剣》の特徴は、刀身に宝石が埋め込まれているということだった。
「ほう……フィガロから聞いているのか?この《魔剣レーヴァテイン》の話を! 」
「《魔剣レーヴァテイン》!?で、でもそれは、ティアロ王国の騎士長が持っているはずじゃ……!? 」
シャロットの驚いた表情を笑い、男は掌に赤く刻まれた大火の中で巨大な竜が咆哮を挙げる様が描かれた紋章を彼女に見せた。
「ふっ、なかなか察しの良いガキだな。そうだ、この剣を持つ者は全世界で俺しかいない! 」
「ティアロがレピアに宣戦布告ですか!?保ち続けていた均衡を崩すおつもりで? 」
「そんなことは俺の知ったことではない!今、お前が考えるべきは敵将を前にしてどう殺されるかどうかだ! 」
《魔剣レーヴァテイン》の矛先から流れる大火は空気を焦がし、焦げ臭い匂いで鼻の奥を刺激させる。
「いえ、私の考えるべきことは、貴方を倒してからのことです。私に負けの二文字はありません! 」
「余裕綽々と……、良いだろう。力の差を見せてやる! 」
男は燃え滾る大剣を握りしめ、金色の魔剣を握る少女へ猛威を振るおうと地面を蹴ったのだった。
九杯目の完食ありがとうございました!
いかかでした?涙溢れたでしょう?
いや、そんなコトないって……?あはは、悲しくなるのは、今すぐではないですよ。
思い出せば……きっと、ね。
またのご来店お待ちしております!