七杯目「ほらよ、野菜のスープだ」
いらっしゃいませ!
今日のオススメは、マンドラゴラというモンスターの頭の部分に付いている「マントラ」と呼ばれる薬草をふんだんに使った疲労回復や回復促進効果があるラーメンです!
最近は寒くなって来ましたからね!
これ食べて、風邪に気をつけましょ!
では、ご堪能あれ!
第七ワァ!
朝御飯の黒い塊を食べ終えたシュウは、部屋に戻ってベッドの上に腰を下ろし、手の甲の紋章を見つめていた。
すると、扉を叩く音が二回程聞こえ、聞き慣れた少女の声が音を追うように響いた。
「入ってもいい? 」
「うん。 」
二つ返事で返すと、扉は開き、薄い水色の水玉模様のワンピースを着たルティアが部屋に入ってきた。彼女の私服を見るのは初めてだった為、瞬間的に顔が赤くなる。
「シュウ、顔が赤いよ。どうした? 」
「いや、思いの外、私服が可愛すぎて……」
「……はっ!?よ、よくそんな恥ずかしいことを平気で言えるわね! 」
「可愛い」という言葉で赤面するルティア。
彼女はシュウを視線から外し、首を横に向けて何処かに視線を当てながら恥ずかしそうに、か細い声で言った。
「でも……ありがとう。 」
「え?なんか言った? 」
「……何でもないわよ!! 」
ルティアはシュウの隣に座ると、真っ赤な顔を両手で覆い、床を見つめる。
数秒だけそうしていると、首を何度か横に振って、態勢を整えた。
「ところでルティア、調子はどう? 」
「私は全然平気よ。修道士様の治癒術は、この国で最も優秀だから。あの程度の怪我と疲労は治すのに一日も要らないの。そう言う、シュウは大丈夫? 」
「俺はまだ足が痛むかな。でも、ただの筋肉痛だろうし、少し動けば大丈夫! 」
「あっ、それならさ!! 」
ルティアはハッと思い付いたような素振りをして、ベッドから腰を上げてシュウの前に立った。
「この間の戦いで消耗した武器を武具屋に買いに行きたいんだけど、一緒に行ってくれる? 」
「良いよ!あの武具屋の店主さんにも改めてお礼を言いたいしな! 」
「全然、武器は使えてなかったけどね〜! 」
ルティアは、小悪魔っぽく馬鹿にしたような口調で元気に笑う。
「うるさいな〜、分かってるよ!ほら、行くぞ! 」
ベッドから立ち上がり、勢いよく扉を開いて、二人は教会から出て行った。
「クッソ、足痛え……!! 」
「筋肉痛なのにあんな元気よく飛び出すからでしょ?子供でもあるまいし〜。 」
教会行きの坂道を下りながら、シュウは太ももを両手で撫でる。
教会を出る時、気合い任せに速度を出して飛び出したせいだ。
坂を下って、中心の噴水広場に足を踏み入れる。前に来た時とは比べ物にならないくらいの人が広場に集まっていた。
何かの祭事が行われている訳でも無いようだ。何故だろう?と疑問げな表情を浮かべていたシュウを察したルティアは口を開いた。
「今日の新聞の一報を聞いた人達が祝福をしているの。何十年に一度かしか現れない特殊なモンスターだけに追い払った時の祝福は大きい。皆、ハンターに感謝してるのよ。 」
「……成る程ね。そういう意味か! 」
納得し、首を縦に深く振っていると、ルティアは思いついたように声を上げた。
「あっ!武具屋に寄る前にカーティル、覗いて行かない? 」
「良いよ!俺もマスターに会いたいしな! 」
ルティアの提案を肯定すると、二人は武具屋に向かう道を外れて、酒場に向かうことにした。
噴水広場を出て、路地裏の細い道を通る。
人通りの多い道とは打って変わって、噴水広場の賑わいが背後に聞こえるくらいで辺りは静寂に包まれていた。
「なんか危なそうな道だな。この辺って治安自体は良いのか? 」
「どちらかと言えば、良い方よ。王都付近は警備隊が警備をしている分、悪人は動き辛いのね。この辺で騒ぎは起きないかな。 」
「そうなのか。 」
やがて、店を持つなら治安の確認も大切だ。
治安の悪い位置に店を構えた時、客が近寄らなければ売り上げにも関わってくる。
シュウのすべき事はまず、資金集めと同時進行でレピア王国のことを十分に知る必要があるのだ。
「この道を抜ければ、直ぐにカーティルよ! 」
薄暗い細道から一転して、眩い光が射し込む大路地に出る。
目の前に「 curtail 」と英語で木の看板に文字が刻まれている酒場が建っていた。
「さあ、入りましょ! 」
「おう! 」
扉を開き、酒場の中に足を踏み入れると、酒場内が前と違った雰囲気で賑わいを見せていた。
賑わいというよりは、"騒ぎ"に近い。
酒場のカウンター席の前で、マスターと青色の髪をセミロングで纏めた女性が口論している。
それを囲うように客が二人を見物していた。
「ーーだーかーらー!ルティアさんの居場所を教えてくださいよ!匿ってるんでしょ? 」
「だから知らねえっての!しつこいなお前!良い加減にしねえと、営業妨害で警備隊呼ぶぞオラァ! 」
「警備隊なら、此処にいるじゃないですか! 」
「お前以外の警備隊を呼ぶんだよバーー」
シュウの隣で様子を見ていたルティアは、マスターの怒号を切り裂いて、颯爽と二人の前に出た。
「……久しぶりね、エリン。所で、私に何の用? 」
「あっ!ル、ルティア様!お久しぶりです!用というか、用があるのは私ではないんですけど……」
エリンと呼ばれた青色の髪の女の子は、突然として現れたルティアに戸惑いつつ、用件を回りくどい言い回しで濁す。
「まさか、……傭兵団? 」
「ハイ……ルティア様の捜索願いが出ていまして〜。今すぐ、団の拠点に向かうことをお勧めします! 」
「なら、エリン。私から頼まれてくれないかしら? 」
焦った様子を一瞬だけ見せたルティアだったが、思い立ったように口を開いた。
「ハイ、何でしょう?厄介ごとは勘弁して欲しいモノですが……」
「私は命の恩人から頼まれた依頼を遂行しないといけないから、暫くは帰れない。アイツにそう伝えてくれる? 」
「えっ……!?どこに命の恩人様がいらっしゃるのですか? 」
後ろを振り返りながら、俺の方へ真っ直ぐ指を指したルティア。青髪の女の子と目が合い、シュウは軽くお辞儀した。
「エリン、紹介するわね。ツキノ・シュウ。未開拓地の廃墟で餓死しそうだったところを助けてくれた命の恩人よ! 」
「そんな大したことをした覚えはないんだけど、そういうことになるか。よろしく、えっと……? 」
"エリンさん?" と喉奥まで出掛かったタイミングに合わせる形で青髪の女の子はお辞儀して、眩しい笑顔を見せながら丁寧な敬語で自己紹介を始めた。
「レピア王国専属警備隊第四番隊隊長、エリン・ミルです。よろしくお願いします! 」
「警備隊?四番、え?隊長?! 」
長々と連ねられた言葉に思考がついていかない。シュウの様子を察したのか、自分にしか聞こえない微かな短い溜息を吐いたルティアは口を開く。
「警備隊は、レピア王国内の犯罪行為を取り締まる役目を持っている人達の事。全部で七番隊まである巨大組織よ。 」
「……成る程。 」
突然始まった常識的な知識の説明に「?」マークを頭の上に浮かべるエリン。
「あっ、彼、記憶が喪失してるの。この前、役所で戸籍を取得したばかりよ。 」
「それで、警備隊の説明をされたんですね。……見えないでしょうけど、その七番隊ある内の一つ、四番隊が私が指揮する隊です。 」
彼女はルティアの言葉に納得し、控えめに自己紹介の続きを語る。
「そういうことだから、アイツに言っておいてくれる? 」
「わ、分かりました! あっ、忘れてた……仕事があったんだった!! それでは、マスター失礼しますっ!また、食べにきますねーっ! 」
吹き抜ける風のように素早く酒場から出て行ったエリン。彼女が出ていった出口から視線を外し、マスターの方へ視線を向ける。
「はぁ……アイツが来ると一段と疲れる。 」
マスターは、上げていた腰をグッタリと椅子の上に下ろし、おデコに手を当てて溜息を吐いた。
「……んでお前ら、丁度良いタイミングで登場したのは用があったからだろ? 」
「単純に食事を取ろうと思ったの。マスター、今日は野菜のスープをお願い!シュウも同じもので良いわ! 」
ルティアとシュウはカウンター席に腰を下ろし、エリンとの口論でグッタリとしているマスターに注文を言いつける。
「オイオイ、鬼だな!……ったく、仕方ねえか。待ってろ!すぐ作ってやる! 」
額に汗を浮かばせ、マスターは立ち上がるとガスコンロの取手を人差し指と親指で回し、コンロに火を付ける。
大きめの鍋に水を入れて、蓋を閉め、沸騰するまで煮始めた。スープ作りの過程を見ているシュウは、現実世界で作っていた味噌汁などの作り方と根本的な部分で同じなのだと知る。
「お前ら、ところで、昨日は何をしてたんだ? 」
包丁で野菜をリズムよく切り刻みながら、マスターは険しい表情で二人に話を振る。
「昨日はシュウの戦闘技術を磨くために神樹の森に行ってたわよ。 」
「……ってことは、アイツを見たのか? 」
ルティアもシュウもマスターの言葉に深く頷いた。二人の返答に察したのか、野菜を切る手を止め、真剣な表情で続けた。
「ヤツが現れることになるとはな。お陰で町中は大騒ぎだ。だが、お前達がこうして生きて帰ってきてくれたことが何よりだ!本当に良かった! 」
彼女は下を俯き、哀愁を漂わす空気を醸し出してマスターの言葉にゆっくりと頷いた。
そして、ルティアは打って変わって真剣な表情になり、口を開く。
「マスター、聞いて!モンスターの生息地が安定しなくなってきているようなの。 」
「それはどういうことだ? 」
「リザードマンが神樹の森に現れて、私達を見つけるなり襲い掛かってきたのよ! 」
ルティアの言葉に驚愕の意を隠せず、大きく見開いた瞳で彼女の瞳を強く見つめる。
「たった一体でか? 」
「そうよ! 」
彼女の返答に右手で顎を触り、視線を上に向ける。何か知っているのだろうか。
シュウは、二人の話を黙って聞いていた。
「リザードマンは普段三体で動くモンスターだぞ。それに、いきなり襲い掛かってくる程気性も荒くはない。 」
「……やっぱり、そうよね。 」
「ああ、正確には、自分達の生活に支障がきたすと感じた相手には容赦ないが、人間に激しい敵対心を持つモンスターではないことは確かだ! 」
「そこでマスターに調べてもらいたいと思って……お願いしたいの。情報収集は得意でしょ?報酬は渡すわ。 」
マスターは腕を組んでウンウンと首を縦に振った後、人差し指を突き立てて、ルティアへニッコリと笑顔を見せながら言った。
「ああ、要件は分かった!任せろ!モンスターの異変となれば、レピアに支障を来す可能性も否めないからな。 」
マスターの様子にホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとう!頼んだわよ! 」
声をかけると、マスターは再び包丁を持ち、野菜スープを作り始めた。
コトコトとコンロの上に置いてある大きめの鍋の湯が湧き、蓋を揺らして音を立てる。
鍋の蓋を濡れた布で持ち、開けると熱された蒸気が辺りの空間の温度を上げた。
切っていた野菜を乗せたまな板を鍋口に近づけ、勢いよく野菜を投入する。後にスパイスや調味料を入れていき、再び蓋を閉めた。
「マスター、質問! 」
「シュウ、どうした? 」
「野菜スープは注文が入ったらその都度作るのか? 」
シュウの疑問に思った点、それは仕込みを行わないのかということだった。
一々、注文を受けた時に作っていては注文が大量に入ってきた時に間に合わないだろう。
幾ら凄腕の早業で料理を作ることが出来ても、一切味を落とさずに行列の注文に屈さないのは不可能だ。
シュウの働いていたラーメン屋は、朝五時からスープの仕込みを行なっていた。
ベースとなるスープは一週間以上前から仕込みを行い、時間をおいて熟成させたモノ。
ラーメンは時間をかければかける程、熟成され、極上へと生まれ変わるのだ。
「注文はその都度作るようにしてる。作り置きはしてた時もあったが……。まあ、作らなくなったってのが正解だ。今は、それでも間に合うから問題ねーんだよ。ここは酒場だからな、料理よりも酒が主流だ。 」
最後の言葉に納得させられた。
確かに料理を楽しみにして来ている客も少なくはないと思うが、辺りを見回す限りでは料理よりも酒を飲みに来ている客が主流と言える。
気の知れた仲間達とテーブルを囲んで飲む酒は、きっと美味しいのだろう。
「ほらよ、野菜のスープだ。 」
そうこうしている内に、マスターはルティアとシュウの前にスープを置く。
木で出来た大きめのお椀に注がれたスープは透明だが、表面に沸き立つ白い湯気からは野菜独特の優しい匂いが鼻を通った。
「いただきます! 」
手を合わせ、食材に感謝の意を込めると、添えられているスプーンを手に取って口へ流し込んだ。
「……っ!! 」
匂いだけでも感じられた野菜の甘みは、口の中に含んだ瞬間、弾け飛び、一瞬でコクのあるスープへと変化させた。
スープの中に入っている丸い輪状に切られた緑色のネギのような野菜の風味が堪らない。
それに心なしか、疲れている身体と足の痛みを癒してくれているように感じた。
「マスター、この緑色の野菜はなんて言うの? 」
「それは、マントラと言ってな。元はマンドラゴラという草食モンスターの頭に生えている葉の部分だ。薬草として疲労回復や痛み止めなどの効果が得られる。どうだ、少しは足の痛みも引いたか? 」
「……し、知ってたの!? 」
話したわけでもないのに、足の痛みのことを指摘してきたマスターに驚愕の声を上げる。
「当たり前だ。前と歩く歩幅も足音も違っていた。少しだけ右足を庇う歩き方をしていたと思ってな。入れさせてもらった! 」
それがさも当たり前のように語るマスターに対し、シュウは「何者なのか」と疑問を脳裏に浮かべた。
が、しかし聞くのも野暮なので喉奥に押し込んだ。
「ご馳走様でした! 」
手を合わせて、食材に感謝の意を手向ける。
勿論、作ってくれた人物に対してもだ。
「おう!また気軽に寄ってくれりゃ、何でも出してやるぜ!勿論、お題は頂くがな! 」
笑って続けるマスターに二人はお辞儀をして、笑顔で酒場を去ったのだった。
次なる目的地はーーと、続けようとした直後、彼女は質問を察知したのか口を開く。
「次の目的地は分かってると思うけど、武具屋よ!ここからはそう遠くないし、ゆっくり歩いても五分程度で着くわ! 」
二人は足を走らせた。
暫くすると、武具屋の看板が見えてきた。
今日こそ店主の女の子にお礼を言おうと意気込み、シュウはルティアよりも先に店の中に入ろうと足を踏み出した。
ーーその瞬間だった。
武具屋の中でガラスの破片が飛び散る音が聞こえ、シュウの真横を小柄な少年が走り去っていく。
そして、シュウは少年の持っていたモノが武具屋の店主が自慢げに語ってくれた剣なのだと気がつく。
「まさか、強盗?つ、捕まえないと! 」
言葉よりも先に足が動いていた。
割られたショーケースの中に見向きもせず、シュウは足を走らせたのだった。
第七杯目を完食してくださり、誠にありがとうございます!
いかかでした?少しは肩の力も抜けたのでは?
毎日、学校やお仕事等でお疲れでしょうから、お役に立てたのであれば大変よろしかったです!
またのご来店お待ちしております!