六杯目 「……最速最高火力で突っ走る!! 」
いらっしゃいませ!
今日のオススメは、リザードマンの炎で焦がした味噌ラーメンです!
殺傷力の高い炎と濃厚な味噌が非常にマッチして、素晴らしい味わいを楽しめる一杯に!
ご堪能あれ!
「……ガァァァァァ!! 」
加速して倍以上に膨れ上がった火力で、大剣を思い切り振り下ろすリザードマン。
だが、小柄で身軽なルティアにそんな単調な攻撃は当たらない。攻撃を読んでいたかのように、瞬時に身体の重心を右に傾け、避けることに成功。
だがしかし、振り下ろしたことで発生した小さな衝撃波が地面を削り、ルティアの態勢を崩してしまった。
「……っ!! 」
彼女は止む終えず、手の甲に刻まれた紋章に触れて、頭の中に《得たい力》を思い浮かべる。
ーー刹那、空気に微量の振動が行き渡り、徐々に徐々にと、膨大な密度の旋風へと変貌し、天まで突き抜ける、巨大な竜巻を発生させた。
昨日、シュウが紋章を得る時に発生させた竜巻の比ではない大きさ。
追撃に足を踏み出そうとしていたリザードマンだったが、巨大な大剣で顔を隠し、守りの態勢で竜巻による旋風を凌ぎ始めた。
追撃どころではないと悟ったのだろう。
「……す、すごい!! 」
木陰でルティアの戦闘を見ているシュウは、ルティアの力に思わず声を上げた。
「リザードマンは、瞬発力と高火力を兼ね備えたAランクモンスター……バランス火力特化型だったはず! 」
彼女は竜巻が消え去る瞬間のタイミングに細心の注意を払って、戦略を立て始めた。
火力も高く、知能も高い、そして素早さも兼ね備えるバランス型のリザードマンは、Aランクモンスターでも上位に食い込む強さを誇っている。
「一撃で仕留めるよりも、戦いを長引かせて体力を消耗させた方が得策……。いつも通りの戦い方で行けば勝てる! 」
そして、竜巻が徐々に弱まり、一切の空気の振動も無くなった瞬間ーー、
「ガァァァァァ!! 」
巨大な大剣を両手で掴み、地面を蹴って一気に加速したリザードマンは、風で姿を隠していた彼女に大剣の矛先を振りかざす。
だがしかし、それは地面を抉った。
黄色く細い目で捉えたはずの彼女の姿は何処にも見えず、驚きを隠せないリザードマンは、キョロキョロと辺りを見回す。
見渡す限り、前方にも後方にもルティアの姿は見えない。
リザードマンはふと、空を見上げた。
だが、彼の黄色い双眸に映ったのは空ではなく、銀光放つ矛先だった。
「はぁぁぁっ!!! 」
「グッ……ギャァァァァ!! 」
風が無くなると同時に飛び上がり、リザードマンの攻撃を避けていたルティアは、上を見上げた瞬間のタイミングを見計らうように、相手の右眼に短剣を突き立てたのだ。
流石のリザードマンも、驚き、動揺して、足元をよろめかせる一撃。
持っていた大剣を地面に突き刺して、右眼を手で覆う。余程効いたのか、右眼からは一筋の赤い線が尖った顎まで流れるのが見える。
「……最速最高火力で突っ走る!! 」
武器を置いた標的に油断も隙も見せず、片手には白刃を携え、彼女は地面を蹴った。
風の加護の効果で吹き抜ける風の如き速度を用いて加速。
リザードマンの皮膚へ無数の斬り込みを多用させる。爬虫類独特の硬い鱗も、連続技の前では歯が立たない。
長く伸びる尾に銀光を伸ばし、一気に斬り捨てると、長くも短くもない赤い尻尾が身体と離れ、地面に転がり、海老のように丸くなって静止した。
「ガ、ガギャァァ……ァァァ!! 」
右眼のダメージに加えて、尾と皮膚へのダメージ。リザードマンは何もさせて貰えず、苦しみの声音を上げる。
するとーー、
標的の身体の周りを飛び回って攻撃を続けていたルティアは、リザードマンが自分の攻撃を食らっていながらも尚、大剣に手を伸ばしてたった一つの黄色い瞳をぎょろぎょろと動かしていることに気がついた。
そして、リザードマンは大振りの一撃を前方へ放つ。
素人の目からすれば苦し紛れに放った一撃のはず。だが、しかし、それはルティアの身体を僅かに掠め、腕に切り傷を作った。紅い血潮が飛散し、空中を舞う。
身の危険を感じた彼女は、リザードマンから距離を取り、出方を伺った。
今の一瞬で戦いの空気を一転させる冷静さに圧倒される。流石はAランクに認定されるだけのことはある。
ルティアの額に、一雫の汗が垂れた。
「ガァァァァァ!!! 」
ーー耳を突き抜けるような咆哮と共に、リザードマンの赤い肢体からは、湧き出る白い蒸気が発生し始めた。
持っていた大剣が発火し、赤い炎を纏わせると、鮮血が流れる右眼から片手を退かして、構えの態勢を作った。
シュウの素人目でも分かる、先程とはまるで違う雰囲気。
リザードマンの変化に気づいた彼女は、驚愕に見開いた丸く大きい瞳で凝視し、声を荒げながら必死の分析を口走る。
「……形態変化!?あの大剣に当たるのは勘弁してほしいわ。でも、回避行動に徹して、出方を伺えば、勝機は見えてくるはず! 」
「ガガガァァァァァ!!! 」
短剣を右手に携え、重心を落として構えの姿勢を取る。
例え、相手の武器が燃えたぎる炎を纒っていても、絶体絶命の窮地に突如として立たされたとしても、"死"が確定してなければ、それで大丈夫。
ルティアは、いつのにも増して冷静さを保ち続ける。焦りは禁物だ。
「ガガガァァァァァ!!! 」
再び、咆哮を上げた瞬間、リザードマンは地面を蹴って、先程とは比べ物にならない加速を見せる。ーー真っ直ぐ、ルティアへ大剣を振り下ろし、"ブオンッ"という空気を薙ぐ音と共に地面を叩き割った。
ルティアは、研ぎ澄まされた動体視力と反射神経を駆使し、後ろに飛び上がる形で回避に成功するが、振り下ろされた瞬間の熱が皮膚に触れて、痛みを脳へと伝えた。
リザードマンの形態変化は、体内発火。
火打石のような硬い肺を擦り合わせることで、体内発火を可能とする。
体内に熱だけが籠らないよう、硬い皮膚には見えない程の小さな穴が無数に空いており、穴の部分から蒸気を出して熱を逃がしている。穴の開閉を任意で行うことが出来、熱を足の皮膚上だけに集中させれば、先程のような速度強化を可能とさせることも出来る。
「この状態のリザードマンの弱点は……」
後退しながら、弱点を探すルティア。だが、簡単には見つからない。
やはり、次に狙うべきは左眼か。
早期に決着をつけるなら、相手の視覚を潰すのが現時点で最も効率的。
彼女は、次の標的を相手の「左目」に捉えた。空に向けた矛先が陽光に照らされて、銀光を煌めかせる。
「ガァァァァァ!! 」
リザードマンは空高く飛び上がり、大剣を天に掲げて、タイミングを見定める。
大剣に纏われた熱が空気を焦がし、刀身の上でバチバチと火花を散らす。
「その技、隙だらけよ! 」
振り下ろされるタイミングは、足が地面に降りるか否かの瞬間。
リザードマンの読みはきっと、先程と同様に風の加護で動きを加速させたルティアが短剣で致命傷を与えに来る、だろう。
ーーで、あるならば、飛び上がっている状態の方が効率は良い。危うくは致命傷を避けられるかもしれないし、次の一手に通じる攻撃を放つことも出来る。
だが、ルティアは標的が飛び上がった瞬間に風の加護を使用し、吹き抜ける風が如き速度でリザードマンの背後に移動していた。
背中は貰った。この際、「左眼」に致命傷を与えられなくても良い。
「……っ!! 」
ーー短剣を滑らせようとした瞬間。
ルティアは戦慄を覚えていた。
正面を向いて、大剣を振り下ろすタイミングを伺っていたリザードマンの刃が自分に向けられているのだから。
反応速度は異常と化していた。
木の陰から戦闘を見つめるシュウにも、ハッキリと分かった。ルティアの最期。
振り下ろされた高熱の大剣がルティアの身体を真っ二つに切り裂く姿を。鮮血が飛び散り、リザードマンが返り血に濡れる。
あまりの残酷さに木から身を乗り出して、叫び声を上げた。
「ルティアァァァァァ!!! 」
思い出に耽ろうと瞼を下ろそうとした瞬間、それがシュウの作り出した幻視でしか無かったと知らされる。
リザードマンがキョロキョロと辺りを見回しているのだ。
ルティア自体が斬られたのは間違いないが、それはルティア本体ではなかった。
斬られた瞬間に見えたのは、緋色の液体が飛び散る絵ではなく、彼女自身の身体が真っ二つに割かれ、空気中に溶けていく様だった。
「……っ!!コレでっ、終わりよッ!! 」
上空に現れたルティアは、短剣という小さく脆い刃でリザードマンを真っ二つに両断した。
重力と風の加護を味方に付けた頭上からの一閃は、爬虫類種の鉄壁を誇る硬い皮膚を破壊する程の威力を放った。
「命」という動力を失った紅く尖った肢体は、後ろに仰向けの態勢で倒れ、血液で地面を濡らす。ビクビクと身体を振動させ、やがて、動作を制止させる。
「はぁ、はぁ……はぁ、お、終わった……! 」
息を切らしながら、地面に尻餅をついたルティアは胸に手を当てて安堵した。
仰向けに寝転がると、雲一つない真っ青な空と対面する。太陽が放つ陽射しが直射で当たって、目の前が眩く真っ白になった。
「ル、ルティア……か、身体は大丈夫?! 」
急いで駆け寄ってきたシュウは、涙ぐんだ鼻声を荒げる。
目の前で真っ二つに両断されたと思った瞬間に、リザードマンの頭上から現れて、一撃で逆に相手を両断。
ルティア程の経験者から見れば、戦闘内容を理解出来るが、全くの経験がない素人のシュウには出来なかった。
けれど、肢体共に健康でいつも通りのルティアに対し、焦燥さえ覚えながら、シュウは安堵する。
「斬られたと思って……凄い心配したじゃないか! 」
「あぁ、ごめんごめん!アレは風の加護の応用で、速度を加速させる際に自分の残像をその場に残す技。敵の注意を引くことも出来るし、さっきみたいに大きな隙を生み出させることも出来るの。 」
「……そうなのか。 」
思いの外、"目の前で人が死んだ"という現象は、胸に来るようだ。
安堵した筈なのに、恐ろしく胸が痛い。
次にリザードマンのような敵が現れて、ルティアが絶体絶命の危機に追いやられた時、俺には何が出来るのだろう。
今みたいに、木の陰で戦いを見ているしか出来ないのか。
ラーメン一筋で生きていくと決めたけれど、身を守る為の力をこの世界では付けなければいけない。
それに、守ってもらってばかりだ。
シュウは、本気で強くなろうと決心した。
このままでは、自分は本気で足手纏い。
少しでも貢献出来るように頑張らなければ。
「どうしたの?恐い顔して。 」
「あっ、いや、何でもないよ。 」
「そう?なら良いけど……」
ルティアはモノ言いたげに、下唇を噛んだ。
彼女は分かっているのだ。シュウが悔しそうに顔を強張らせていたことで、自分の無力さに気づいているということを。
それでも、彼女はそれ以上、何も言えなかった。
ーー暫くすると、辺りは静寂に包まれた。
アレだけ雲一つない晴天だった空も、黒雲に苛まれ、静寂の中でザワザワと風で揺れる草木がどこか怪しげに見える。
黒雲から稲妻が光り、巨大な爆発音と共に稲光を走らせた。
「……こんな急激な天候の変化って」
「フツーじゃ、ないよな? 」
数分前まで晴天だった天候が一瞬でここまでの変化を遂げることに、驚きを隠せない二人。だが、次の瞬間。
先程の爆発音とは比べ物にならない程の音が鳴り響く。まるで空が破れてしまうようだった。
音が流れた瞬間、周りの草木は一瞬にして枯れ果て、地面に根を生やして美しく咲いていた花達も花弁を下に向けて漆喰に染まる。
シュウ達とは少し離れた位置で眠っていたスライムもそうだった。
何か特別な力によって、生命活動を維持することが出来なくなり、軈て、それは停止した。
明らかに普通ではない現象に戸惑うシュウと、冷静に何かを考えているルティア。
そして、その根源は姿を現わす。
「ま、待って……」
ルティアが頭上に視線を向け、震えた声で指を指す。
シュウは、ルティアに反応して頭上を見上げた。
すると、そこにはーー、
漆黒な鱗に覆われた肢体を宙に浮かせる巨大な翼。翼に生える羽根が鳥とは違って、黒光を放ち、先端が刃物のように尖っている。
顔の形はリザードマンに似て、爬虫類のように尖った口が目立つ。
ルティアも出会ったことのないモンスターだった。
ここまで巨大で強い力を持ったモンスターは、自分の管轄外であり、天変地異の力を持つSSランクモンスターに違いないと悟る。
「……シュウ、ここは撤退よ。リザードマンの比じゃない!街に戻って腕利きの良いハンターに知らせないと! 」
その場に立ち上がったルティアは、シュウの手を引っ張って、街の方へと踏み出す。
ーーだが、最初の一歩目を踏み出したタイミングで彼女の重心が右によろめいた。
シュウには見せていなかったが、風の加護を普段よりも多発させて、無理矢理強化した身体は既に満身創痍と化していた。
「ル、ルティア……?! 」
「ご、ごめん。今、行くよ……」
もう一度、一歩を踏み出そうと足を上げる。けれど、心では前に進もうとしていても、身体は言うことを聞いてくれなかった。
彼女の足は上がることは愚か、地面に根を生やした植物のように重く、動かなくなってしまう。
「んっ……ま、まずい。さっきの戦いで疲労が……! 」
もう身体は言うことを聞かなくなっていた。
前のめりに倒れ、地面に体を打ち付けそうになった瞬間、今まで何一つ出来なかったシュウが、ルティアの腕を引いて自分の胸に手繰り寄せる。
「そんなに無理すんなよ。俺だって、本当に何も出来ない訳じゃないんだからな。お前を抱えて、街まで走り抜けることなんて、よ、ヨユーなんだよ! 」
シュウの紡ぐ言葉には嘘が見えた。
だが、それでもルティアはシュウを信じ、身体を任せて、ボソッと呟いた。
「……任せたわよ。 」
「嗚呼!任せろ! 」
シュウは頭上の巨大な怪物が自分に気付く前に逃走を試みる。
偶然にも未だ、怪物は二人のことに気づいてすらいない。それでも、気づかれれば絶望的なことになるのは嫌でも分かる。
漢ーー月野秋は覚悟を決めた。彼女を抱えて、街まで戻る。
出前の仕事に比べれば、難しいことじゃない。
ルティアの腰と頭を両腕で支え、均等に重みが腕に乗るように精密に準備を整える。
もう後は、走るだけだ。
「グォォォオオオオオオオオオオ!!! 」
頭上で咆哮を空へ轟かせる怪物の声をスタートコールとして、シュウは一歩目を踏み出した。初速から悪くない速度でスタートし、怪物の咆哮によって発生した風が、彼の背中を押して、さらに速度を加速させてくれる。
このまま行けば、余裕で逃げきれそうだ。
あのモンスターは自分に気づいていないし、この速度なら目で捉えたとしても、今更追いつけまい。
シュウは心の中で安堵していた。
自分も何か出来ることがないかと悩んでいたからだ。まさか、出前で鍛えた脚力と体力がこんなところで役に立つとは……。
「……グォォォオオオオオオン!!! 」
巨大な怪物は、真紅に染まった双眸で加速する一つの物体を捉える。
それが人間なのだと気がつくのに、数秒も必要無かった。
怪物は鋭利に尖る鱗に包まれた腕を大きく振り下ろし、腕を包み込んでいた鱗を、シュウへ放つ。
鱗は怪物が見定め、狙った角度を保ち続け、銃器から発砲された弾丸が如き、真っ直ぐにシュウの背中を捉える。
「……っ!! な、なんだアレ!! 」
後ろの様子を横目で捉えたシュウは、自分に黒く巨大な弾丸のようなモノが迫ってきていることに気がつく。
「ま、マズイ!もっと速度を上げなきゃ!……そ、そうだ!加護! 」
ルティアが手の甲に刻まれた紋章に触れていたのを思い出した。そして、今の状態に絶望する。手の甲を触れることは出来ないのだ。
触れることに少しでも意識を傾ければ、自分が全速力で出している速度に身体が耐えきれなくなって転んでしまいそう。
シュウは天に叫んだ。加護を使わない状態で走り続ければ、あの弾丸に捕まるのは必然。
神頼みが通じるとは思っていないが、もう、そうするしか術は無かった。
「うわぁぁぁぁあ!!誰か助けてええええええ!!! 」
神頼みが叶ったのか、シュウに弾丸が届くことは無かった。
密度の高い風が何重にも張り巡らされ、巨大な風壁で鱗を受け止めたからだ。
金属と金属がぶつかり合うような高音が無数に鳴り響き、怪物の放った一撃は風壁に呑み込まれて消滅した。
「え?な、何が?! 」
シュウには訳が分からなかった。
聞こえるのは無数に響く高音のみで、自分に飛んできていたはずの弾丸も見当たらない。
「分からないけど、今がチャンスみたいだ!このまま、街まで突っ走る! 」
シュウは後ろを振り返らずに、街を目指した。自分を捉えていた弾丸が消えたということは、誰かが助けてくれたのか、若しくは神が助けてくれたのか。
どちらにせよ、逃げ切るのが重要。
確実に目の前の敵を穿った予定だった怪物は、一瞬の戸惑いを見せると、自分の攻撃を防いだ男に真紅の双眸を傾け、喉を鳴らして、歯を食い縛る。
「……よう、また会ったな。今日はもう、お前を絶対に逃さない! 」
濃い緑色のローブに身を包んだ男は、背後のシュウに翡翠色の瞳で視線を向け、ニヤリと笑って、一言呟く。
「それにしても、加護を使わずにアレだけの速度か。イキのいいのが出てきたもんだな。 」
男は背中の大剣を引き抜き、矛先を曇天の空へ、視線を怪物に向けた。
街まで無事に逃げ切ることに成功したシュウは、門の前に辿り着いた。
門の前には、二人の門番が構えている。
俺は姿を捉えるなり、大声で叫んだ。
「……ドラゴンがッ!!ル、ルティアが!! 」
「君は確か、ルティア様の連れでしたか?……っ!!ルティア様! 」
「オイ、フィルコ!ルティア様が傷だらけだぞ!早く門を開けろ! 君、どこを目指しているのか、分からないが教会に行くといい!治癒術は、あの神父の専売特許だ!」
シュウは、様子を見ただけで門を開けてくれて、次の行き先まで教えてくれた二人の門番に振り向いて、首を前に傾けた。
「ありがとうございます! 」
それだけ言って、再び走り始めた。
「ファルコ、この曇天に雷、それにあの少年がドラゴンと言っていた。今頃街中が大騒ぎになっている。 もしかしたらルティア様はあのドラゴンに……」
「そうだな、フィルコ。だが、俺達に出来るのは門を守る事だ。ルティア様はあの少年に任せ、ココを突破されないようにするぞ! 」
二人は閉まっていく門の中に消えるシュウの後ろ姿を見つめ、意味深に口を開いた。
門番に言われた通り、教会に到着すると、木製の扉を開こうとドアノブに手を掛けた瞬間、扉が開き、中から修道士が出てきた。
前も思ったが、呼ばなくても来たのが分かるのはどういう原理なのだろうか。
修道士は、傷だらけのルティアを見るなり、手招きをして、教会の中に招き入れてくれた。
「お主、よくココまでルティアを運んでくれたの〜。奥の部屋で休むといい。後はワシに任せるんじゃ、治癒術は専売特許での〜! 」
会衆席にルティアを寝かせると、修道士は理由も聞かずに、シュウに賞賛の声を掛けた。
門番が教えてくれた通り、治癒に関することは任せていいらしい。
「わ、分かりました。お願いします……」
シュウは口を開き、深々とお辞儀をすると、教会の奥の部屋へ消えていったのだった。
ーー翌日。
眼が覚めると、シュウは木の茶色い天井と対面する。フカフカのベッドの感触は心地が良く、再び瞼を下ろした。
「……あっ!ルティア! 」
ベッドから跳ね起きると、両足に激痛が走る。何故なのかと疑問に思う以前に、シュウはその正体に気がついていた。
当然、昨日の全力疾走が原因だろう。
昨夜もルティアの事を心配に思いながらも、走り逃げた時の反動による疲労でベッドに入った瞬間に寝てしまった程だ。
「ああっ、もー!修道士様がやればいいじゃないですかー! 」
「ホホホ、ワシが作っても良いがそれでは意味がなかろう?頑張るのじゃ! 」
別の部屋からルティアと修道士の声が聞こえる。と、同時に安心した。
彼女の元気そうな声が聞けたのだから。昨日は突然倒れて、どうなるかと心配したが、結果オーライ。
シュウはベッドから降りると、扉の前に立った。
ドアノブに手をかけようとした刹那、扉の隙間から焦げ臭い匂いが鼻に付く。
不思議に思い、勢いよく扉を開くと、そこにはーー。
「いやぁぁぁ!!ど、どうやるのこれ! 」
ピンク色のエプロンを身につけて、台所に立ち、悲鳴を上げているルティアが目に付いた。
扉の前に立った時に感じた焦げの原因は恐らく、ルティアが手にしている真っ黒焦げのフライパンだろう。黒い煙がふわふわと立っている。
「お、おはよう。何してるの? 」
「ホホホ、ルティア、時間切れじゃよ。 」
修道士はルティアの後ろに椅子を置いて、喉を鳴らして笑っている。
ルティアは、修道士の"時間切れ"に反応して、シュウの方へ勢いよく振り向いた。
「で、でも!これで完成でよくないですか!? 」
「ワシはお腹が突然一杯になったぞえ。散歩でも行ってくるかのう!それじゃの〜! 」
ルティアが完成と言った皿の中身を見るなり、椅子から降りて、そそくさと退散していった修道士の様子に首を傾けるシュウ。
「修道士様、どうしたのかしら? 」
修道士の姿を見て、彼女は困惑した声音を出した。
シュウは、エプロンをして台所に立っていたことで料理をしてくれていたのだと勝手に解釈すると、口を開いた。
「朝ご飯、作ってくれたの? 」
「うん!昨日、私をここまで運んでくれたでしょ?そのお礼! 」
そう言って彼女は、自信満々に両掌で支えている皿の中身を見せてくれた。
その中身を見て、俺は絶句する。
修道士様が逃げた理由が本気で分かる。
黒く焦げた何か分からない塊が皿の中心にドーンと置かれ、トバッチリを食らったかのように真っ黒い山菜が添えられている。
明らかに食べ物ではなかった。
「あ、ありがとう。いただきます! 」
黒く焦げた物体を口の中に入れていく。
当然、味なんて無い。美味しさなんて、旨味なんて存在しない。
ただ、焦げの味しかしなかった。
「どう? 」
「ああ…………美味しいよ。ありがとね。 」
「顔色悪いよ?どうかした? 」
お前の料理のせいだよ!と言いたかったが、そんな台詞死んでも言えない。
俺は喉奥に言葉を押し込んだ。
すると、彼女は思いついたように棚に置かれていた新聞紙を差し出した。
「あっ、そうそう!コレ、今日の新聞! 」
「新聞? 」
箸を置き、受け取って視線を移すと、巨大な見出しが目に入る。
《SSランクモンスターを、たった一人で撤退に追い込むことに成功!SSランクハンターに感激の声! 》
昨日、突然変わった天候の話と、撤退させたというハンターに対する激励の言葉が書き連ねられていた。
あのモンスターをたった一人で撤退まで追い込むって、どれだけの強さなのか。
シュウはふと、昨日自分に襲いかかってきた弾丸が消えたことを思い出す。
「……会ったら、お礼を言わないと。 」
シュウは、ボソッと呟いて、黒い塊を口の中に無理矢理、押し込むのだった。
六杯目の完食、誠にありがとうございます!
いかかでしたでしょうか?
最近は空気が冷え切って、寒々しい日が続いてますからね。体が燃えるような一杯は心も体も満足させると思い、作りました!
またのご来店、お待ちしております!