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母からのありがとう

作者: やのへい

母と息子の心温まる作品です。

登場人物

田中光一 小学校六年生。母思いの男の子

田中淳子 光一の母 工事現場作業員 夫を亡くし息子と二人暮らし

古賀先生 光一の担任

鈴木校長 光一の通う小学校の校長先生

政夫 光一の同級生

和夫 光一の同級生

明  光一の同級生

木下春菜 成人した光一の同僚


 ある小学校の廊下で、生徒の話し声が聞こえる。

政夫「光一の母ちゃん、こないだ、工事現場で見たぞ。真っ黒になって、働いていたぞ。」

和夫「そうそう。汗だくだったな。」

明「光一、お前も大変だな。」

政夫「俺の母ちゃん、家でいつも綺麗にしているぞ。お菓子作ってくれるぞ。」

光一「そうか?僕の母さんは、僕の為に、一生懸命働いてくれている。凄いだろ。」

和夫「でも、あんな母ちゃん、俺いやだな。」

明「俺も。」

光一「そうか?仕事を一生懸命頑張ってくれて、僕は、感謝しているし、格好いいと思うけどな。」

政夫「負け惜しみ言うなよ。」

四人の会話がだんだん大きくなっていく。

そこへ、

古賀先生「おい、何してるんだ。」

政夫「あ・・・、和夫、明、行くぞ。」

三人は、走って行った。

古賀先生「ったく。あの三人は・・・。」

古賀先生「光一、大丈夫か?」

うつむく光一。

古賀先生「話の途中から聞いていたけど、光一、お前偉いな。お母さんのことをそんな風に思っているなんて。先生感心したぞ。」

下を向き、涙をこらえる光一。

光一「・・・先生・・・。」

古賀先生「やっぱり、恥ずかしいか?」

歯を食いしばり、話し出す光一。

光一「・・・先生、違うんだ・・・。」

古賀先生「うん?」

俯いたまま答える光一。

光一「母さんの事をからかわれて、恥ずかしいんじゃない。僕のために一生懸命働いてくれている母さんを、一瞬でも恥ずかしいと思った、僕が恥ずかしい。」

こらえていた涙が、光一の頬をつたう。

古賀先生「光一・・・。」

くっと顔を上げる光一。

光一「先生、どうしたら、母さんのことあんな風に言われなくなるかな。僕が努力したらなんとかなるかな。」

真剣な眼差しの二人。

そっと、光一の肩に手を触れる古賀先生。

古賀先生「光一、実はな、先生も小学校の時、よくからかわれいてたんだ。」

怪訝な顔の光一。

光一「え、先生も?」

古賀先生「ああ、先生もお母さんのことで良くからかわれたな。」

古賀先生「先生のお母さん、売れない芸者さんだった。夏子って名前だったんで、芸者の夏子さん、小夏さんとか言われていたよ。先生も、売れない芸者の夏子さんの子供って、よくみんなからからかわれていたな。先生は、あんまり気にしなかったけどな。」

真剣に話を聞く光一。

古賀先生「ただ、先生が、小学校の先生になったとき、先生のお母さんから、ありがとうって言われたかな。」

光一「なんで?」

古賀先生「先生が受け持った生徒のお母さんから、先生のお母さんに、古賀先生のお母さんですねって尋ねられたらしい。その時、とても嬉しかったらしい。」

光一の両肩を掴む。

古賀先生「お前も、先生って呼ばれる職業に就いたらどうだ。」

光一「先生?」

古賀先生「そうだ、お前が先生って呼ばれる職業になれば、お母さんの事をからかわれたりしなくなるんじゃないかな。」

古賀先生「先生って呼ばれる仕事は、たくさんあるぞ。難しいのは、弁護士とか医者とか、もちろん、学校の先生も先生だけどな。」

じっと考える光一。

古賀先生「小学校の先生ならなれるんじゃないか、先生がなれたくらいだから。」

苦笑いする古賀先生。

はっとした表情の光一。

光一「先生。僕、先生になるよ。先生になって、母さんに恩返しする。」

優しい笑顔の古賀先生。

古賀先生「そうか。先生目指してみるか。」

何かを悟った表情の光一。

光一「うん。頑張る。」

安心した表情の古賀先生。

振り返り走り出す光一。

古賀先生「じゃ、先ずは、今日の宿題、忘れるなよ。」

生き生きとした表情で手を振る光一。

光一「先生、ありがとう、さようなら。」

自分の過去と光一を重ねる古賀先生。

古賀先生「光一、頑張れよ。」

その一部始終を聞き、涙をこらえ、頷いている男性が一人、鈴木校長先生でした。



10年後。

光一の自宅。

出勤の準備をする光一。

心配する母、淳子。

淳子「光一、早くしないと、遅れるわよ。」

光一「大丈夫だよ。」

背広を羽織る光一。

淳子「もう、入学式から、先生が遅刻じゃ格好つかないでしょ。」

ネクタイの曲がりを直す淳子。

淳子「お弁当ここに置いてるからね。」

テーブルの上にお弁当を置く淳子。

光一「はい。はい。」

仏壇に向かう光一。

仏壇に手を合わせる光一。

光一「父さん、行ってきます。」

玄関を出る光一。

淳子「今日、帰りは早いの?」

靴を履く光一。

光一「今日は、歓迎会もあるみたいだから、遅くなるよ。」

靴べらを受け取る淳子。

淳子「そう、頑張ってね。行ってらっしゃい。」

凜とした表情の光一。

光一「行ってきます。」

玄関先で、光一を見守る淳子。

部屋に戻り、テーブルの上のお弁当に気づく淳子。

淳子「やれやれ。」


桜咲く小学校の校門に来た淳子。

その手には、お弁当。

近くにいた、先生らしき女性に声をかける。

淳子「すみません。田中光一はおりますでしょうか。」

木下先生「え、田中光一さん?」

ちょっと考える木下先生。

木下先生「あ、田中先生ですね。」

淳子の持つお弁当に気づく、木下先生。

木下先生「田中先生のお母さんですか?」

先生のお母さん、その言葉が、胸に刺さる淳子。

淳子「はい、そうです。母です。」

周りを見渡し、光一を探す木下先生。

木下「あ、田中せんせ~い、お母さんがお見えですよ~。」

母の存在に気づき、走ってくる光一。

光一「ど、どうしたの、母さん。」

忘れ物のお弁当を差し出す淳子。

淳子「はい、忘れ物。」

申し訳なさそうな表情の光一。

光一「ごめん、ごめん。ありがとう。」

仕方ないなの表情の淳子。

淳子「死んだ父さんに似て、そそっかしいんだから。」

お弁当を受け取る光一。

キーン、コーン、カーン、コーン。

学校のチャイムが鳴る。

木下先生「田中先生、急がないと、遅れますよ。」

慌てだす光一。

光一「母さん、ありがとうね。」

入学式会場の体育館に走り出す光一。

校門に向かい、帰ろうとする淳子。

ふと、振り返り、光一へ言葉をかける。

「光一!」

突然の呼びかけに、走りを止め、振り返る光一。

満面の笑みを浮かべる淳子。

「光一。ありがとうね。」

怪訝そうな顔の光一。

「えっ、ああ、ありがとうね。」

前を向き走り出す、光一。

再び、校門を目指し、歩き出す淳子。

天を仰ぎ、心の中で、一人呟く。

「女手一つで育ててきましたけど、光一は、立派に成長していますよ。ね、お父さん。」

にこやかに、家路に向かう淳子。


体育館の陰から、その一部始終を、頷きながら、じっと見守る男性が一人。

校長先生でした。

光一が赴任した小学校の校長先生は、光一が六年生の時の担任の古賀先生でした。


                     完


人と人との繋がり、今の社会に足りないものを書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい話でした。一昔二昔前の設定なのでしょう。昔はいただろう優しい人たち。一体今の時代そういう人たちはどこへ行ってしまったのでしょう。 [気になる点] 登場人物紹介は紹介文でなく、本文の流…
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