異世界転生した俺と私 6話
「あ、あの……」
紫苑たちがこの世界の事をリリーから聞いていると、うさ耳の受付の女性が恐る恐ると言った感じで小さく手を上げながら訪ねてくる。
「今、領主様の部下を倒したと聞こえたのですが……」
そう言えば、会話の流れでリリーがそんなことを言っていたなと志穏は思い出す。
「聞き間違いだろ」
もし領主の部下を倒した等という事が知られたら領主に通報され兵士たちを差し向けられるかも知れない。
そう考えた志穏はバッサリと斬るのだが……。
「はい、そう言いました!天使様は神様がこの世界を救うために使わせてくれた救世主様なのです!ですから、悪政を働くこの街の領主の部下から襲われている私を助けてくれたんですうう!」
「っておい!?」
(あちゃ~、この子全然わかってなかったみたい)
白犬族は賢いのではなかったのだろうか?
鑑定のスキルの説明に文句を言いたいと紫苑は頭を抱えるのだった……体は無いが。
「そ、そうなのですか!?」
「だから、違っ……」
「天使様が領主を倒しに来たって!?」
「まじかよ!俺たち救われるのか!!」
先ほどまで暗い顔でちょびちょび酒を飲んでいた連中が水を得た魚のように酒場から飛び出してくる。
静かな、ギルドと言うのが災いしたようだ……。
(ちょっ、なんなの!?)
「天使様!お願いします!このままでは俺たち領主に殺されちまう!」
「天使様!領主を倒してくれ!」
どうかしているのではないだろうか、20にもならい少女の姿の志穏を捕まえて、天の使いだなんてことを信じてしまうなんて……。
「誰もこの犬っコロが適当を言ってるとは思わねぇのかよ!?」
(ストレスでおかしくなっちゃってるんじゃない!?)
「当然です、白犬族は嘘を尽きません!だからみんな信じるんです!」
「お前のせいかよ……」
(この子……やばいわ)
明らかにそれを利用して紫苑たちの逃げ場を無くそうとしているであろうリリーに二人は戦慄を覚えた。
「俺、女房達にこの事を知らせてくる!」
「ああ、リリーちゃんが言うなら間違いねぇ、他の冒険者の奴らにも教えてやらねーと」
あ、まったくいない訳じゃないんだ冒険者……。
後から聞いた話によると、力のある冒険者は別の街へと移動するが、力も別の場所にく路銀もない冒険者はこの街にとどまり領主にこき使われているらしい。
(ちょ、ちょっとこれマズいんじゃない?)
「ちっ、嫌な予感が当たりやがる……」
「天使様!この街を救ってください!」
眼をランランと輝かせながらまたもお願いしてくるリリーにどうしたものかと紫苑と志穏はため息を吐くのであった。
ギルドの冒険者からの知らせを聞いた人たちが一目、天使の姿を見たいとギルドに押し寄せてくる。
「領主に会いたくないから外に出ないんじゃなかったのかよ……」
「それだけ、皆さん天使様に希望をもっていらっしゃるのです!」
「犬っコロ、お前、覚えとけよ?」
「きゃいん」
ジロリと睨まれ、首をすくめ尻尾を垂らすリリー。
鑑定の説明によれば、白犬族は賢い種族だと言う、とすればこのリリーの行動を考えられた末にした行動なのだろう。だけど、一体何を考えてこんなことをしているのか……。
(一応言っておくけど、領主の兵士全員を倒せるような力、私達には無いわよ)
「解っています……」
頭の上のマシュマロのような帽子を掴みながら申し訳なさそうな顔でそう言うリリーにやはり、何かあってこの行動を起こしたのだろう。いや、紫苑にはその理由がなんとなくではあるが分かっていた。
(まったく、人を御輿にしようなんて……案外腹黒いのねリリー)
「はわっ!?」
自分の考えてることを見透かされたからなのかとても驚いた顔をするリリーである。
志穏はその言葉の意味を理解していないのか詰まらなそうに二人の会話を聞いていた。
「俺はやる気ねーぞ?」
(でしょうね……まあ、私も領主にはあまりい感情を持たないけど、こう利用されるっていのはなんかムカつくのよねぇ)
そう、リリーは二人を利用しようとしているのだ。
先ほど、紫苑が言ったように、紫苑たちを天使として街の人達に崇めさせ、その紫苑たちの言葉で街の人を動かし、領主を打倒しようと思っているのだろう。
確かに、領主の兵士は多いが、街の人たちが一丸となり、しっかりと作戦を立てればなんとかなる。そう思っているのだ。
(そう、うまくいくかしらねぇ……)
「はあ、何にしろ俺らも巻き込まれるんだろ?」
(まあ、間違いなく…ね)
「ちっ、気に入らねぇ」
紫苑たちからしてみればいい迷惑である、いきなり異世界に来て、見知らぬ相手と同じ体を共有し、一人の少女を助け、その少女の案内で街に来てみれば領主が悪政を働いており、その領主になぜか喧嘩を売る羽目になったのだ。
(あら、喧嘩は好きなんじゃないの?)
「他人に無理やりやらされるのは好きじゃねぇんだよ、ケンカは俺がしてぇからするんだ……だれに指図されるわけでもねぇ」
まあ、そりゃそうかと紫苑は納得するが……いや、それはそれで迷惑なんじゃと思いなおすのだった。