序章② 少年の場合
――――――――――口の中に血の味がする。
――――――顔が腫れ上がり鈍い痛みが響いてくる。
―――体もボロボロで正直立っているのすら辛い。
だが、そんな状態でも心は晴れやかであった。
「あ~あ、ひどい顔をしてるぜ、志隠」
俺の事を名前で呼ぶ男は俺のガキの頃からの腐れ縁で何かあると頼んでもいないのに助太刀をしてくれる、所謂、悪友である。
「お前もだろーが、折角モテる顔してんのに台無しだぜ?」
「そりゃ、お互い様だっての」
嫌みだろうか俺もそこまで悪くは無いと思うが今、目の前でヘラヘラと笑っている悪友は兎に角モテる。顔も当然の様に美形で金髪の癖っ毛のある髪がよく似合っている。
そんな彼の名前は播磨遼だ。
ちなみに俺のフルネームは相馬志隠である。
なぜ俺たちがこんなにボロボロなのかと言うと俺達の足下に転がっている大勢の気絶している男たちが理由だ。
最初は四、五人位しかいなかったのにアレヨアレヨという間に10倍位になった。
だが、俺達はその人数相手に勝利を納めた。お陰で体は痛いが気分は頗る良い。―――――――――ケンカの理由?そんなの忘れたぜ。
「しっかし、助けてやったガキ、いつの間にかいなくなっちまったな?」
「なんの話だ?俺はただケンカをしたかったからしただけだぜ」
俺がそう言うと、遼はキョトンした顔をした後、大笑いをする。
「あたた、笑うと傷に響くわ」
「笑うなよ」
「相変わらず優しいねえ、志隠は」
「うるせえ!」
別にチンピラに絡まれていた小さいガキがいたから助けた訳じゃねえ。たまたま通った道にイラついた顔をしたチンピラがいたから殴り飛ばしただけだ。―――――――――――本当だぞ?
「ま、いいさ。志隠がケンカ好きなのも本当だしな。」
「ああ、大好きだぜ」
自分の黒い髪を書き上げながら笑うと、遼も笑い返してくれる。
俺達は家へと帰路に着いた。
家に帰ってもただいまは言わず、そのままベッドに寝転がり、横になった。
俺の両親は小さい頃に他界しており家に帰っても一人である。
俺はその日、大勢相手に勝てた喜びとガキを助けた自己満足に浸り眠りについた。
翌日、目が醒めると顔や体の痛みは引き、腫れも無くなっている。我ながらとんでもない治りの早さに感心し、俺は鞄を持ち学校へと出かけた。
今日もいい晴れの日だ、こういう日は何かいいことがあったりするもんである。
昨日のカッコいい俺の姿を見た女の子がいきなり俺に告白をしてきたりして・・・なんてな、それなら遼の方に行くに決まっている。
俺の方に来るのは大体が舎弟になりたいとか、鍛えてくれとかそういうムサイのばかりである。
「よう志隠、相変わらず怪我の治りが早いな。」
「遼か、お前は包帯だらけだなミイラみたいだぞ?」
「普通あんだけ腫れたらこうなるっての、お前が異常なんだよ!」
「軟弱な奴だなぁ」
「なにおう!」
俺たちは二人並んで学校へと登校する、ちなみにお天道様はもう、真上まで登っているので、すでに昼休みの時間だ。いやぁ、盛大に遅刻であるが、どうせ授業を聞いたところで何も頭に入ってこないのだから行っても行かなくても変わらないだろう。
「それより、昨日はさすがにやばかったなぁ」
「ん、そうか?俺たちなら楽勝だったろ?」
「どこがだよ、危うく死にかけたっての!」
そういえば、遼の奴は五人くらいに囲まれてボコられてた時もあったな、その後すぐ、逆転していたが。
「いいから出せって言ってんだよ!」
「い、嫌ですよぉ!」
いきなり乱暴な声が聞こえてきて俺はそちらの方を見る。
「あ~らら、昨日に引き続きまたカツアゲの現場か?」
遼が溜息交じりにそう言う。
どうやら、眼鏡を掛けた男子学生が3人の男に絡まれているらしい、先程の言葉を聞く感じだとカツアゲで間違いないだろう。
「んで、どうすんだ志隠?」
「ちょっと、殴ってくる」
「だよな」
遼が大きなため息を吐いているが、俺はお構いなしにその男たちの方へと向かった。
男たちが居るのは上に高速道路が走る高架下になっていて、田舎の為かほとんど人がいない。その為、ああいうガラの悪い男たちがたむろっていることが多いのだ。
あの男子学生もわざわざあんな所を通らなければいいのに・・・。
「早く出せっていってんだろ―――――がぁ!?」
男は最後まで言葉を言えずに俺のドロップキックをくらい転がり飛んでいく。
「てめぇ、何しやがる!?」
「お、おい・・・こいつ死神じゃねぇか!?」
死神というのは俺の事である。
俺が行くところに不良が倒れて転がっているところから死神と呼ばれるようになったのだ。実際、不良たちからすれば出会えば地面に転がることになるので死神そのもので間違いないのだろう、俺自身もそう呼ばれることを別段気にしていない。
「や、やべぇ、逃げろ!!」
「ぷぎゃぁ!?」
「へ?」
逃げ出そうとした男の隣で奇怪な悲鳴が上がる、志隠が男たちが逃げ出すより早く、次の行動を起こしていたのだ。右の拳がもう一人の男の顔面を凹ませる。志隠の拳を喰らった男は間抜けな顔を晒しながら膝から崩れ落ちた。
「おいおい、喧嘩しようぜ」
「ひ、ひいいいいいいい!!」
ニヤリと笑い拳を鳴らしながら近づいてくるその姿は襲われる男からしてみれば本物の死神か悪魔に見えるのだろう。その恐怖に耐えきれず男は自ら意識を絶ちその場に崩れ落ちるのだった。
「ちっ、今日はハズレだな・・・まったく歯ごたえがないぜ」
「まあ、普通の不良じゃお前に歯向かおうなんて思わねぇだろうよ」
三人組を片付けると遼は余裕の顔で歩いてきた。
「ん、ところであいつは?」
「あいつ?」
「カツアゲされてたやつ」
「そういや、居ねぇな?逃げたんじゃねぇか、お前が怖すぎて」
遼の言葉はたまに心にグサリと刺さる、本人に悪気はきっとないのだろうが・・・いや、あるか?
「まあ、いいさ。学校に行こうぜ」
「もう、ほとんど授業終わっちまってるだろうけどな」
そう言って、遼は歩き始める。俺はその後を追おうとするが、先ほどまで襲われていた少年の事を思い出して足を止めた。
(アイツ何処へ逃げたんだ?)
そう思うのも当然である、高架下は川が流れており、川岸は開けている為、視界は広い。
この場所から逃げるのであれば、気づかれずにというのは難しいと思うのだが・・・。
(まあ、たまたま見てなかっただけか?)
あまり深くは考えず、志隠は再び歩き始めた。
再び学校へ向かう為に高架下から出て、歩き出したその時―――――――。
突如、大きな音が志隠たちの頭上から聞こえた。
「志隠!!!」
遼が少し離れた場所からこちらを見て必死の形相で叫んでいる。
何事かと上を見る俺の眼に飛び込んできたのは驚くほど予想外の光景であった。
「……は?」
驚きのあまり一言しか言えなかった。
俺の眼に飛び込んできたのは高架橋から俺に向かって落ちてくるトラックだ。そして、俺の意識はそこで途切れるのであった。
――――――――――うそだろ?
プロローグの二話目となります。
プロローグは全三話となる為、今日中にはもう一話上げさせていただきます。
楽しんでいただけると幸いです。