プロローグ
かつて大陸の8割を治めていた魔王国。
しかし、守護精霊率いる勇者連合軍により魔王国の領地は大陸の2割程度にまで落ちてしまった。
勇者軍に反抗するため魔王は力の限りを尽くし立ち向かうが、志し半ば病に倒れてしまう。
これは、その後のお話。
「若様、気分はどうですか?」
身なりをキチンと整えた高貴そうな男が、カーテンを開けながら話しかける。
「どうもこうもないよ。
とても最悪だ。
なんでこんなときに…。」
先程の男とは対照的に、若様と呼ばれる男は服装も乱れ、髪は寝癖だらけで、少年より大人びた顔立ちをしている。
「そんなこと言わずに。
今日は若様のハレの日ですよ。
ほら、こんなに天気も良くて。」
高貴そうな男が窓を指差す。
天気が良いというには到底かけ離れた暗闇である。
「晴れでも曇りでも俺にとっては最悪の日には他ならないよ。
じゃあアルス…俺、もうちょっと寝ていたいから寝るわ。
おやすみ〜」
若様は頭を掻きながらアクビをし、すかさずベッドに横たわる。
「そんなこと言わずに〜
さぁ、身なりを整えますよ。」
アルスと呼ばれる男がそう言うと柏手を二回打つ。
するとメイド服を着た女中が姿を現し、ベッドに横たわる若様の側に近づく。
「さぁロジェ様お召し物を…」
女中がそう呟く。
「わかったわかった。
自分で着替える。
だからお前…出てけ。」
顔を赤らめながらベッドから出る。
顔が赤いのは、怒りからなのか恥ずかしいからなのかは分からない。
「そんなこと言って…ロジェ、自分で着替えたこと無いくせに。
1人で着替えれるんですか〜?」
先程の敬語はどこへ消えたのか、女中がロジェに対し挑発する。
「う、うるさいぞ…アカネ。
今日から俺が上に立つんだ。
それくらい1人で出来ないと示しがつかないだろ!」
今度は恥ずかしさからだろう、顔を真っ赤にしながらアカネと呼ばれる女中に言い返す。
「あぁ言えばこう言いますね。
じゃあ良いでしょう。
1人で着替えてください。
もし間違って着ていても私は、な〜んにも言いませんからね!」
ロジェを指差しながらジト目で睨みつけるアカネ。
「くっ…。
わ、わかった。
今日はアカネに任せよう…。」
顔を引攣らせながらロジェは言う。
感情に身を任せない程には落ち着いている。
「ふふん。
初めからそう言えば良いんですよ、まったくもう。
素直じゃないですねー。」
ロジェの着替えを脱がしながら、ちょっかいをかける。
「くそっ…。
なぜ言い負かされるんだ。
俺の方が立場が上のはずなのに…。
というか一言多いんだよ…。」
服を脱がされながら、ロジェは文句を言う。
「ん〜何か言いましたぁ?」
「なんにも。」
「はい、手を伸ばして…はい、足あげて、…はい、脇締めて…。」
テキパキと服を着せていく。
「はい、バッチシです。
後は鏡で確認して、心の準備が決まったら行きますよ。
今日の式典へ。」
ロジェの着替えを進めたときと同じような態度で、目を瞑り主人の準備を待つ。
「ああ。
問題ない。
いつもありがとう、アカネ。」
準備を終えた若様はアカネに背を向けたまま謝礼を述べる。
「なんですか、改まって…。
キモいんですけど…。」
アカネは若干…いや、かなり引きながら謝礼を一蹴する。
「お前…さっきから俺の扱い酷くないか?」
まさか『キモい』と一蹴されると思っていなかったからか、かなり驚いている。
「だってロジェが素直に『ありがとう』とか普段言わないじゃん。
それでいきなり言われたら、驚きを通り越してキモい。」
「おま…」
今度は怒りだろうか、ロジェの肩は震えている。
「まぁまぁ2人とも。
仲が良いのはいつものことでよろしいですが…」
「「仲良くないっ‼︎」」
ロジェ、アカネ双方共に同時に言う。
「ほら仲いいじゃないですか。
さぁ、行きますよ。
新しい世界の幕開けですよ、若様…いえ、魔王様。」
ベランダへと続く扉を押し開け、アルスは言う。
「ああ、そうだな。
我ら魔王国を滅亡に近づけた、勇者共に鉄槌を。」