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ひとしずく

作者: 竹ノ葉一心

ここは曲芸師の独壇場。


劇場の観衆の誰しもが彼一点を見つめ唾を飲む。


曲芸師の前に用意されたそれは、長さにして30m、高さ15mの一本の綱である。

彼は臆することなくそれに足を踏み込んだ。


ゆっくりとした足取りで、10mほどを難なくこなした。


額に汗を掻きながらも集中を持続させた。


突然、観衆の中の一人が騒ぎ出した。


彼の進行を拒もうとでも言うのだろうか。

多くの人が、あまりにも見苦しいと思うだろう。


曲芸師もそのような事は気には止めずに歩むのだった。


けれど、次第に騒ぎ立てるものが、一人から二人、三人、四人と増えていき、

半数以上もの人々がそのようにして、彼の成功を拒んだ。


流石の彼もそのような事態をどうこうすることもなしに、

足を踏み外し綱から転落してしまう。


騒ぎ立てた者たちは皆その彼を見て嘲笑し、1ミリの心配も寄せなかったに違いない。


曲芸師は身体を強く打ち、立ち上がることはもちろんのこと、

自らの死を悟るに至った。助ける者も誰もいない。


無常で、はかなき生涯を呪うかな。

全てを怒りに代えてしまって、一人でも多くの人間を引きずりこむことも出来た。


彼はあまりの理不尽さにただ一滴の涙を流してこういうのだった。

「ああ、これだから人生ってやつは...」


このとき、彼の耳にかすかではあるが必死の叫びが聴こえた。

『立って。まだやれる!あなたはこんなものじゃないでしょう』と。


彼は思う。

『なるほど、そんなタマじゃないとでも。でも、このままでも

いけ好かないからね。一矢報いろうじゃないか』と。


そして小さくつぶやいた。

「なるほど、これが人生か。苦痛こそが人生であるか。

これこそが生きる価値というもんかね」


決意を固めた彼にはもう何の迷いもなく、涙の痕も無かった。

バッと立ち上がって、満面の笑顔を観衆に見せつけてやった。


待ってました!とでも言いたげな人々が立ち上がり、その曲芸師に

拍手喝采を浴びせる。その音はますます大きくなり、最期は劇場に

いる誰しもが彼の失敗を称賛した。




曲芸師は語る。

「なるほど、結局人生自分ありきなんさ」





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