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勇者の卵

書きたいことを詰めるとつい長くなっちゃいますね…とほほ。


「うわぁ…」


目の前に大きく開いた洞窟の入り口を見つめ、俺は無意識に嫌悪のため息をついていた。


また薄暗いダンジョンに逆戻りかぁ。

腰のホルスターにぶら下がる短剣の柄を撫でる。本音を言えば魔物に出くわしたくはないが、武器を使いなれるのにいい機会かもしれない。いつまでもティファに守ってもらっていちゃサマにならないし…何より技能試験がどういったことをするのか分からないので、多少なりとも経験を積まなければならない。



「ハヤトさんは、あのお二人とどういう関係なんですか?」


先を歩くメンバーを追う形でついて歩く俺とティファにエイミーは興味津々らしい。シオンはティファだけ気になるようだけど。オーウェンは気にしないそぶりで歩いているが、明らかに聞き耳をそばだてているようだった。


「困ってたところを助けてくれたんだよ。俺にとっちゃ恩人さ」

「そうなんだ…」

エイミーは俺の返答にいたく感動したようだった。彼女たちにとってあの二人は尊敬と憧れの塊なんだろう。

「ところであなたも冒険者みたいだけど…」

じろじろと格好を見られてエイミーが言う。

「まだ冒険者志願のひよっこだよ。アテライで技能試験を受けるんだ」

俺の返しに、前を歩くオーウェンがパッと顔を振り返った。なぜかその目には敵意のような…なんとも言えない感情が篭っている。


「…俺たちも冒険者になるために試験受けるんだ。お前はライバルだな」

ふんっと鼻を鳴らすとオーウェンは顔を前に戻した。


へぇ…冒険者ってのは未成年でも推薦があって試験に合格すればなれるのか。


「ちょうどいい、ひよっこ同士仲良くやれや」

今まで会話に参加していなかったグラドがおかしそうに茶化してきた。


「冒険者になるためにねぇ…もしかしてアカデミー出身かい?」

ドリィがふと考えるように顎に手を当ててそんなことを尋ねる。


アカデミーだって?

冒険者志望の子供を育成する機関があるのだろうか?どうせならそこから始めたいんだけど。


「そうだぜ。シオンは首席で卒業したんだ」

まるで自分のことのように自慢げに言うオーウェンと、畏まったように慌てふためくシオン。

名の売れた冒険者を前にして、アカデミーを首席で卒業することの凄さなど取るに足らないといったところだろうか。けれどそんな様子をドリィは微笑ましそうに見ている。


「へぇ、そりゃあ凄いじゃないか」

「ちなみにエミリーは次席だぜ!頭がいいんだ」

「もう、やめてよウェン!」

エミリーは顔を真っ赤にしてオーウェンを叩いている。


「お前は?」


俺の何気ない質問にオーウェンがキッと鋭い目つきで睨みつけてきた。

おっと地雷を踏んだようだな…。


「オーウェンは万年びりっけつよ!」

先ほどの仕返しとばかりにエミリーが拗ねた仕草で言い捨てる。

「そうじゃねぇよ!魔法がちょっと苦手なだけで…」

ブツブツと呟くオーウェン。ちょっと可哀想なことをしてしまったな。


「技能試験ってどんなことするんだ?」

ワチャワチャしてる三人組は置いといて、俺は前を歩くドリィに尋ねる。

「さてねぇ…あたしたちの頃にはなかったものだから、確かなことは言えないけれど…」


武器の扱い方、魔法の扱い方、基本的なものを実戦形式で採点――といった所らしい。


「ちなみに、最初のギルドランクはその試験の出来によって判断されるようだよ」

「ギルドランク?」

「冒険者の実力を示す順位みたいなもんさ」


これは魔晶石の色合いになぞらえて呼び名があるらしい。

まず一番低いのが『白水晶(クリスタル)』。ついで『黄水晶(アンバー)』『赤水晶(ルビー)』『紫水晶(アメジスト)』と続き、最上級が『青水晶(サファイア)』になるとのことだった。色が暗い程ランクが高いということだな。分かりやすい。


「一応もう一つ上がなくはないんだけど…、噂レベルで実在が疑われている『黒水晶(オブシディアン)』というランクもある。風の噂では王立騎士団に冒険者出身の者がいて、このランクだったとかなんとか聞いたことがあるね」


おおー、まさに伝説の冒険者って感じでかっこいいな…。


で、やっぱり冒険者ってのはみんな己のランクを上げるのが第一目標らしく、上級になるほど高給取りの売れっ子というわけらしい。その分難易度の高い依頼を受ける機会が増えるので、俺からしてみればどっこいどっこいな気もするが。

ただ、周りの見る目だとか世間から受ける扱いが目に見えて変わるのは確かなようで、だからこそ上を目指すのかもしれない。


ちなみにグラドとドリィは紫水晶(アメジスト)になるらしい。案外高いじゃないの…。


「そう驚いてもらえると嬉しいもんだね。でも、あたしたちもまだまださ…」


冒険者にとって白水晶(クリスタル)から黄水晶(アンバー)へ抜けることは第一の関門になるそうだ。

まず一つに、身分を手に入れたからとそこで足抜けする者、ついで冒険者に対して盲目的な憧れで登録したものの、現実とのギャップに打ちのめされ諦める者などが結構出るそうだ。

何にでも下積みってやつは存在するのだが「思っていたのと違う」というのはどこの世界でもあるらしい。


そしてその次の関門にあたるのが――『青水晶(サファイア)』への道。

こればかりは運だとか今までこなした依頼の数などでどうにかなるものではないらしい。ドリィの言葉を借りれば「自分の限界を思い知らされる」のだそうだ。


その証拠に、紫水晶に比べ青水晶になると冒険者の数ががくっと少なくなる。それだけ狭き門なのだろう。それから青水晶のさらに上に位置するという黒水晶(オブシディアン)――ここまでになるともはや人であることが疑わしくなってくる。


ま、冒険者になれれば俺はそれでいいんだけどね…。


ドリィの相変わらずわかりやすい説明を聞きながら、決して人には言えない心の内をひっそり呟く。


「やっぱりエミリー達も青水晶を目指すんだろ?」

俺のもっともな質問にエミリーはきりっと凛々しい顔つきになって頷いた。


「うん!あたし、最高の癒師(ヒーラー)になってたくさんの人の病気を治したいんだ!」

癒師…ってのは言葉からして医者みたいなものかな。健気で良い子じゃないか。

「青水晶じゃねぇ、俺はいつか黒水晶になるんだ…」

オーウェンの背中にすさまじい執念の炎が見えた気がした…。

大丈夫かコイツ?力を求めすぎて闇堕ちしそうじゃね?魔王の俺が言うのも何だけど。


シオンはと言うと――


「僕は…騎士…ううん『勇者』になってたくさんの人を救いたいです」


静かな洞窟内にシオンの決意がこもった言葉が反響する。


「勇者…」


俺が呆気にとられて思わず反芻すると、シオンはカッと顔を赤くして顔を伏せた。


「シオンならなれるよ!ぜったい!」

「そうだ!俺が保証するぜ!」

エミリーはともかく万年びりっけつに約束される保証とはこれいかに。そんな野暮なことは言わず俺は顔を伏せたままのシオンを見守る。


「勇者だと?こりゃ剛胆なガキだな」

グラドがこらえきれないように先頭から笑い声と共に呟いた。それにはさすがにシオンもプライドを傷つけられたようで、将来男前になりそうな目元をきりっと鋭くする。


「僕は冗談で言ってるんじゃありません!皆さんご存じでしょう?『魔王』復活の予言が噂になってるのを!」


えっなにそれ?

でも予言通りなら『魔王』もどきがここにいるんですけどね。


「そりゃ聞いたことあるけど…眉唾物だろう?そもそも千年以上も昔の話じゃないか」

ドリィですら怪訝な顔をしてシオンの話を聞いている。

そうか、この時代の人たちにとってもはや魔王ってのは夢物語の存在なんだろうな。


「しかも勇者に討ち滅ぼされて消えたとか言うだろ。そんなのがどうして今頃復活するんだ?」

グラドも面白半分に話に参加している。

「それは『魔王』が『魔王』だからですよ!この世に混沌をもたらすもの…それが魔王の存在意義です」



えらく興奮した様子のシオンを見つめ、俺はふと思った。


何で俺は魔王として復活してしまったんだろう?

カマ神は丁度魂が適合する体だからと言っていたが……。

俺が転生したことでこの世界がとんでもないことになるんじゃないか?



「そういえば、各所で魔物が増えているのも何か関係があるのかねぇ」

「俺たちの食い扶持が少なくならなくていいかもしれねぇな」

ドリィが独り言のように呟き、グラドが不敵な笑みを浮かべる。そのマイペースさが今はちょっとうらやましい。


「聖魔戦争では多くの人が魔王や魔物によって殺されたと聞きます…。僕はそんなこと、絶対にさせません!」

シオンは叫ぶように宣言すると、グラドを追い越してさっさと行ってしまった。それを慌てて追いかけるみんなと俺。


多くの人が魔王や魔物によって殺されただって…?


そんなつもりはない。と言えばいいのか?

話はそんな簡単なものじゃない…。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






ぴちょん、ぴちょん…と遠くで水滴の落ちる音が不気味に反響している。


「おい、しっかりしろ!」


オーウェンがやけに焦った声で呼びかけている。ううーん、一体何が起きた?

何故か洞窟内の石の上で横たえていた体を起こす。視線を横にやるとほっとした様子のオーウェンとティファがいた。


「どこか痛くないか?」

「いや全然」

けろっとした顔で伝えると、オーウェンは心配していたのが馬鹿らしくなったかのように大げさな溜息をついて見せた。

「けどあんたすげーな。俺の下敷きになってたのに無傷かよ。……おかげで助かったけど」


下敷きぃ~?


オーウェンの言っていることが理解できず、ポリポリと頭を掻く…あ。

俺は慌てて脱げてしまったフードを被り直した。それを見たオーウェンが呆れたような視線を向けてくる。

「今更隠さなくていーよ。あんた亜人だったんだな。何となく分かってた」


ああ…最初に会ったときか。意味深な反応はそういうことだったんだな。


「あまり驚かないんだな」

俺が不思議そうに尋ねると、オーウェンは少しだけ気の強そうな顔に影を落とした。

「俺、亜人に育てられたからさ…」

それだけ言ってオーウェンは詮索されるのを嫌がるように立ち上がり辺りを見渡す。その意を汲んで俺もそれ以上は聞かないことにした。


「ティファも…大丈夫だな」

「はい」

俺が心配するまでもなく、ティファはいつもと変わらぬ涼しい顔で頷いた。

少し髪が乱れていたので、頭を撫でるついでに直しておく。


「その…お前もすごいな。女なのに」

ティファを直視できず、オーウェンは何やらもじもじしている。ふ…気の強そうな割に以外とウブよのう。



それはともかく。



「ここはどこだ?」

見渡す限り、どこか開けた洞窟に見える。辺りは暗闇に包まれておりオーウェンが苦手な魔法の内、使える数少ない照明魔法で四方をわずかに照らされるばかりだ。しかし…いくら目を凝らしてもグラド達の姿が見当たらない。


「覚えてないのか?先に走ってったシオンを追いかけていたら、急に足場が崩れて…」


ああ、そういえば…。


さかのぼること約十分前のこと。



あれから先を走ってったシオンを追いかけていると、突然洞窟の中が揺れ出したのだ。

メンバーの最後尾にいた俺とティファ、その少し前を走るオーウェンは、突然崩れだした足下からそのまま下層に落ちてしまったらしい。


その際にオーウェンを庇ったのが幸か不幸か、オーウェンは怪我をすることなく無事であったが、俺はというとしたたかに体を打ち付けて(おまけにオーウェンに上から押しつぶされ)わずかの間だが意識を失っていたらしい。確かに崩れ落ちる岩盤に揉まれながら落下して怪我一つないのが不思議だ。

これも魔王ボディのナイスなパワーか?

落ちてきた岩盤はティファが粉砕してくれたおかげで生き埋めは免れたようだ。…で、今に至ると。


時間にすると十分そこらの話らしい。落ちてきたらしい上層を見上げるが…暗闇が静かに見下ろすだけだ。


「まいったな…」

「どうする?こういうときはじっとしておくのがいいって言うよな」

「それは賢明ではございません」

オーウェンの提案に珍しくティファが意見するので首を傾げると、ティファは静かに暗闇に向けて視線を投げた。なんだろう…『なにかがいる』。


それはひたひたと濡れたふきんで床を拭くような不気味な音をさせて、ゆっくりとこちらに近づいている。魔物か…。

俺は腰に刺さったままの短剣を抜いて(折れてなくてよかった)オーウェンを後ろに押しやる。それにはオーウェンも心外だったのか怒ったように前に出てきた。…そういえばこいつも冒険者志望だったな。魔物ごときで怖じ気づくつもりはないらしい。


オーウェンは背負っていた布の包みを手に取ると、それをバサリと取り払った。

そして布から現れた一振りの鉾槍(ハルバード)を身構える。槍使いか、なかなか様になっているじゃないか。


暗闇の中でぐちゅぐちゅと音を立てていた魔物は――唐突にこちらに飛びかかってきた!


それは身をかわした俺たちの間を飛び抜けて、べちゃりと床に着地する。ぬらぬらとした体表がわずかな灯りを反射している…。ヘドロのように濁ったゼリー体だ。


きもっ!!


巨大なゼリー状の体を変幻自在にくねらせながら、それはじりじりとこちらに迫ってきていた。


「スライムだ!」

オーウェンの声が洞窟の中を反響する。

スライム?あれが?某ドラゴンを探すゲームに出てくる、いっそ愛らしいおなじみの姿とかけ離れたこの生き物が?どう見ても視覚情報から人にダメージを与えてきてますが。


「ぎちゅっ」と鳴き声なんだかなんなんだか分からない音を立てて、スライムが自分の一部を千切り投げてくる。

「よけろ!」

言われるまでもなくとんできたものを避ける。目標を失ったそれは地面に叩き付けられると、その一辺に白い湯気のようなものを立ち上らせていた。


「なんだありゃ…」

「酸だ。あいつら体の中に酸があるんだよ。触ったらひとたまりもねぇぞ…」

オーウェンが顔色悪く呟いた。

「って事は、近付いたらまずいじゃないか」

「その通りだ」

俺の質問にオーウェンは振り向かずに返事をした。


「出来るだけ早くここを離れた方がいいです」

ティファの助言に俺たちは顔を見合わせた。…よく見れば、スライムがもう何体か暗闇の中で蠢いているではないか…。


「ひくぞっ!!」

オーウェンにせき立てられ、俺たちは一目散にその場を離れる。

しかし、向かう先も暗闇。そこに何が潜むか分からない。


洞窟内逃亡劇はこうして幕を開けたのだった。



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