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門出の準備

だらっと日常(?)回です。


――隼人、今の会社になってすっかり顔を見せなくなったじゃないか。



ごめん、なかなか休みが取れなくてさ。



――…お前がそうやって働いてくれるおかげで父さんもやっていけるが、お前に何かあったら…



わかってる。そうだ、年末には帰るよ。二日だけだけど。



――本当か!そうかそうか……。なら、冴子も呼ぼうか。



いいよ、ねえちゃん二人目産んだばっかだろ。安静にしなくちゃ。



――なに言ってんだ。冴子もお前の顔を見てなくて寂しがってるんだぞ。正臣くんも呼べば問題ない!



お義兄さんまで呼ばなくていいだろ!



――みんなで集まれば賑やかで楽しいじゃないか。一輝もお前に会いたがってるぞ。



一輝か…。来年で小学生に上がるよな。早いもんだ。



――そうだな。…だから帰ってこい。俺もあと何回お前の顔を見られるか分からんしな。



縁起でもないこと言うなよ。まだまだ若いのに。



――それを言うなら母さんだって、まだ若かったんだ。人間いつ死ぬか分からんぞ。生きてるだけでめっけもんなんだ。出来るときに出来ることをやらなくちゃな…。



…わかった。ちゃんと帰るから。



――約束だぞ。



約束。






「マスター…」


ティファの静かな呼びかけに目を開ける。

顔を起こすと窓から漏れる町の灯りがベッドの足下に伸びており、その先にあるテーブルと一緒に設けられた四脚の椅子にティファは腰掛けていた。

眠りを必要としない彼女は、こうして眠りにつく魔王の抜け殻を守り続けていたのだろうか?


「…どうした?」


目をこすりつつ体を起こす。窓の外はまだ夜の帳から抜け出しておらず、相変わらず美しい夜空を惜しげもなく見せている。眠りについてからさほど時間は経っていないようだが、不思議と寝不足から来るような気怠さはなかった。この体の恩恵だろう。


「いえ、どうも寝苦しそうでしたので…。眠りをお邪魔して申し訳ありません」

そう言って口を閉ざすと、彼女は瞬きもせず俺を見つめている。

「別にいいさ…」

そのときばかりはティファの眼差しが居たたまれなくて、再び窓の向こうに視線を投げた。


俺の元の体は、今頃どうなっているのだろう。


…考えたくない。


魂を抜き取られたんだ。そこに残るのは、きっとただの亡骸だ。




「なんだ、冴ねぇ顔してるな」


そのまままんじりともせず夜を明かした俺は、グラドとドリィに連れられて飯屋にいる。油で汚れた店内は、老舗のような年季を感じる。狭い店内だがそれなりに繁盛しているようだった。

メニューの内容はよくわからないので二人にお任せだ。

支払いは自分じゃないので何が出て来ても文句はいわないが、ゲテモノが出てこないことを祈るばかりである。


「いやぁ、角が邪魔で熟睡できなかったわ…」


これはマジな話で、寝返りがうまくできないストレスというものを初めて体感した。魔王さまはどうやって睡眠をとっていたのか謎だ…。そもそも睡眠を必要としていなかったのかもしれないが。


「はぁ〜?昨日今日で生えてきた訳じゃねぇだろ?」


妙なことを言うやつだな、とグラドは真っ先に運ばれてきたエールを煽った。朝っぱらから酒とは恐れ入ったが、この世界では水の代わりに酒を飲む文化があるのかもしれない。水の衛生状況が悪い国ではコーラを飲めとか言うもんな。


そして遅れて二つのグラスが運ばれてきた。中身を見れば透明な液体に満たされた底にレモングラスのような草が沈んでおり、口に含むとうっすら爽やかな果実の香りがした。


…水だ。って普通に水あるんかい!


「で、今日の予定は決まったのかい?」

ドリィの質問にエールを飲み干しておっさんのような一息をつくグラドが返事する。


「アテライまでは少し距離があるからな…。向かうついでにギルドでアテライ方面の依頼を受けて行く」

「そう思って目ぼしいのを受けてきたよ」

ドリィの返事に流石だと目を細めて見せたグラドは、差し出された依頼書を受け取って目を通す。


「おまたせっすー」

チャラい感じの店員が注文した食事を運んできた。

カリカリに焼き上がった謎の肉と刻み野菜や豆のようなものがたっぷりと入ったスープ、そして白い粉がかかった全粒パン風の食べ物が出てくる。見た目はめっちゃうまそうだ。


「遠慮せずくいなよ。グラドが食べ出したらあっという間に無くなるよ?」

一応二人が手をつけてから…と思っていたら、ドリィが苦笑して勧めてくれた。

ありがたくいただくとするか。


味も見かけ通り美味しい。こちらの世界の食事は、元の世界と同じ水準なようで一安心だ。一応今後の参考にどんな食べ物なのかドリィに聞きながら口にする。


ティファは一応水を飲む風を装っているが、やはり口にすることはない。


「そういえば、ティファは何かエネルギーの補給とか必要ないのか?」

疑問に思って本人に聞いてみる。


「いえ、私の原動力はマスターに頂いた魔晶石で賄っておりますので、魔晶石を喪失しない限り必要ありません」


ふーん。ゴーレムは魔晶石で動いてるのか。交換の必要もないって事だろうか?魔晶石ってのはつくづく謎な物質だな。それともティファがめちゃくちゃ省エネ仕様なのか?謎は尽きない。


依頼書を確認し終えたグラドも朝食に手をつける。…確かに、あっという間に無くなってしまった。




食事を終えると次は露店の並ぶ大通りまで行く。


時間があるので買い物といった感じだろうか?正直いい思い出がない場所なので気分は浮かなかったが、夜の光景とは様相が変わり活気あふれる市場と化していた。


夜と昼とで客層が変わるせいだろうか?

行き交う人の中には、夜には見かけなかった子連れの親子なんかもいる。


グラドとドリィは最初から行く場所を決めていたかのように、迷う事なく目的の店に当たっていく。


それは薬を扱う店であったり、魔晶石を使った不思議な道具を扱う店であったり様々だ。グラドが店主の男と値切り交渉して、小袋のようなものを購入すると、それを俺に突き出してきた。


「門出祝いだ」


そう言ってニヤリと悪そうな笑みを浮かべたので、恐る恐る受け取った。見かけは動物の皮でできた変哲のない袋だ。大きさはスーパーのレジ袋くらい。袋口に回された革紐には小ぶりな黄色い魔晶石が通してある。これも魔法道具の一種らしい。


「冒険者の必需品だよ」

ドリィがすかさず説明してくれた。

なんでも魔法を使った袋で、見た目以上に物が詰め込める代物らしい。ロールプレイングゲームで言うところの『道具袋』か。

ただ袋口より大きいものは詰めれないのが難点らしい。サイズがでかいほど高価になるらしく、グラドがくれたのは使い回しのいい標準的な大きさのようだ。


「俺まだ冒険者じゃないけど?」


そういえばグラドはふんと鼻で笑うだけだった。


わかった。こりゃプレッシャーのつもりなんだな。試験に落ちたらわかってるな…?グラドの心の声が聞こえた気がした。


次に向かったのは防具などを扱う店だ。


「お前ちょっと着替えとけ」


グラドにそれだけ言われて店員と一緒に化粧室のような場所にぶち込まれた。店員の女の子は顔を真っ赤にしながら張り切った様子で色んな服を合わせてくれたが、どれもどこかの貴族みたいで丁重にお断りした…。


結局動きやすさを重視して地味な装いになると、店員はどことなく気落ちした様子であったが、納得してくれたようだ。疲れた…。化粧室の前で待っていたティファも、店長を名乗るおばさまに着せ替え人形にされていた。正直よく似合うかわいいのが何点かあったが、これも懇切丁寧にお断りした…。疲れた…。


着ていた魔王さま謹製の死装束は先ほど頂いた袋に丁寧にしまう。やっと身軽になってちょっぴり気が晴れた。かっこいいけどゴテゴテして動きづらかったんだよね〜。ローブで隠してるけど目立つし。

そういえば昨晩絡まれたときも服装のせいでイチャモンをつけられたようなものだったな。グラドが着替えさせたのは余計なトラブルを防ぐためもあるんだろう。

お会計はもちろんグラド持ちであった。


ようやく『冒険者志願の新人』っぽい装いで店を出て、次に武器屋に向かう。


「そういえば、お前武器はなにも使わないのか?」


ティファとの戦闘で予備のブレードを折られたグラドは、手頃な長さの短剣を吟味しながらそんなことを聞いてきた。

その何気ない質問にハッとする。

そうだ、冒険者になる以上何かしら武器は必要だよな…。


「これとか……?」


手近にあったナイフを手に取る。ギラギラとした刃先が触れるものをすべて切り裂きそうで、抜き身で置いてあるのがぞっとする。倒れたらどうすんだ!

…ぶっちゃけこんなもんを振り回す勇気はない。


「お前…」


そうっとナイフを棚に戻した俺を見て、グラドが呆れたような声を上げた。


「ハヤトはきっと術士だったんだろうね」

今までのやりとりを苦笑しながら見守っていたドリィがそんなことを言った。

「術士?」

「魔法のエキスパートのことさ。あんた、どうも武器を振り回すように見えないしねぇ…」

頬に手を当てて、足先からつむじまでを観察される。

「…『魔眼』持ちならあり得る話だな」

合点がいったようにグラドが同意する。


魔法…魔法か。

魔王なら使えて当然だよなぁ…でもどうやって使うんだ?


「まさか、魔法の使い方まで忘れちまったのかい?」


ドリィが痛いところを突いてくる。

忘れたんじゃなくて知らないんだけどな!でもそんなことは言えないので…


「そうみたいだ…」


俺の言葉に、グラドとドリィが途方に暮れたような顔をした…。

「これ、技能試験は大丈夫かね?」

「俺が知るか…」

ぼそぼそと二人の会話が聞こえてくる。


結局グラドの武器を選ぶついでに、俺にも一振りの短刀を渡された。

柄から剣先まで腕ほどの長さがあり、刃の部分はやや肉薄で細い。術士が護身用に使うものらしく、軽く振れるが重みがないため殺傷力は低いとのことだ。


「気が向いたら稽古でもつけてやるよ」


グラドは意地悪な笑みを浮かべてそう言った。馬鹿にされたのが分かったのでちょっとむかついた。




さて、時間は過ぎて俺たち四人はギルドのロビーで待ちぼうけを食らっている。


ドリィが朝食前に受けたという依頼主がなかなか現れないためであった。

聞くところによると依頼内容は護衛であり、アテライの町まで同行を頼みたいとのことだった。しかし出立予定時刻を一時間以上過ぎている。


「寝坊でもしてるのかね?」

ソファに腰掛け、組んだ足の上で頬杖をついてドリィがぼやく。

グラドは豪快なあくびをして気怠そうに頭を掻いた。


そのときである。


「すみませんっ!遅れました!!」


ばたばたと騒々しく走り寄ってきたのは、二人の少年と一人の少女の三人組であった。はあはあと肩で息をつき…皆一様に寝癖をつけていた…。


マジで寝坊かよ。


息を整え、少年の一人がぱっと顔を上げた。その顔は申し訳なさと――何やらキラキラとした…羨望の色がまざまざと読み取れた。

「あの、グラドさんとドリィさんですよね!お二人の噂はかねがねお伺いしておりました!」

僕、あなたたちのファンなんです!といわんばかりに興奮した様子の少年を、グラドが無愛想に見つめ返す。三人組がうっと言葉に詰まったように硬直した。


「で、そろそろ出発でいいか?」

「は、はい」


少年の返答にグラドはざっと勢いよく立ち上がると、そのまますたすたと歩き出す。それにドリィと俺とティファが続き…少年達が慌てた様子で追いすがった。


「あの…この人達は?」


一緒について歩く俺とティファを、先ほどの少年が不思議そうに見上げてきた。


「俺の連れだ、気にするな」

「そうでしたか…失礼しました」


グラドの返答に大人しく身を引いた少年であるが、瑠璃色の瞳はうさんくさそうに俺を見上げている。何せ俺の恰好といったらローブを身に纏いフードを目深に被った不審者そのものだ。そしてその俺の側を歩くティファを見て、一瞬目を見開いたかと思うと慌てて目を逸らした。しかし時折ちらちらと視線をティファに向けている。よくみると目元と耳がうっすらと赤かった。


「あのう、アテライまではどのくらいなんでしょうか?」


眼鏡を掛けた利発そうな顔立ちの少女が質問をする。

それにはドリィが答えた。


「そうだねぇ…早ければ半日で着くんじゃないかい?」

「結構遠いんですね…」

「まぁ、シュリング空洞を抜けないといけないからね…そんなもんだよ」


シュリング空洞?名前からして洞窟でも歩くようになるんだろうか…。また魔物の群れと出くわすことになるんだったら嫌だなぁ…。


うんざりした顔で歩いていると、視線を感じて顔を下向ける。もう一人別の少年が俺の顔をじっと見返してきた。赤銅色の勝ち気そうな目をした少年だ。瑠璃色の目の少年はそれなりに礼儀はありそうだが、こちらの少年にはなかなか手を焼きそうな予感がする。


「…ふーん……」


少年はそれだけ言うと、済ましたような顔をして歩き出した。…なんだ?


町をあとにして街道を歩きながら、少年達は軽く自己紹介をしてくれた。

まず瑠璃色の目をした少年がシオン。眼鏡少女がエイミー。そしてあの赤銅色の目の少年がオーウェン。三人とも12か13歳ぐらいに見える。

彼らはグラドとドリィのことは知っているので俺とティファのみが三人に名前を告げる事になった。


「俺はハヤト、こっちはティファだ」

「変な名前…」

オーウェンの余計な感想は華麗にスルーするとして…。ってか変って何だ変とは!失礼な奴だな!あやまれ!全国のハヤトさんにあやまれ!

シオンに至っては俺の名前なんか聞いていないみたいで、ティファを見つめつつ「ティファか…」と小さく呟いている。エイミーだけがにっこりと愛想よく笑いかけてくれた。


「よろしくね、ハヤトさん。…変わった名前ね!」

「ああ、うん…よろしくな……」


なにやらアテライまでの道のりが長く険しいような気がして、俺はこっそり溜息をつくのだった。

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