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ギルドへの門 前編



グラドとドリィについて行き、俺とティファは無事ラマンの町へたどり着くことが出来た。


町の外周は魔物の襲撃から人々を守るため、石垣で高くそびえた壁にぐるりと囲まれている。

町への入り口は北と南にあるらしく、森に面した外壁は防衛の面で無いらしい。


少し外周を歩かされた後、町の入り口にあたる門にさしかかる。

鉄の格子で出来た門は、見た感じ鎖を巻き上げて開閉する跳ね上げ式らしい。

中世の城門みたいな感じだな。


そこには鎧を着込んだ衛兵が訪れる者を監視するように目を光らせている。


うわぁ…これいかにも面倒くさい状況になるパターンじゃね?


グラドとドリィにぴったりくっついていくと、衛兵は二人の顔を見ると人良さそうな笑みを浮かべて「よっ」と片手をあげた。

…で、そのままスルーした。ここは「怪しいやつめ!」とか何とかいちゃもんつけて来るところでは?

肩すかしをくらって微妙な顔をする俺を見透かしたように、グラドが意地の悪い笑みを向けてきた。


「よかったな、俺たちと一緒でよ」


グラドとドリィはこの町でもかなり顔の知れた冒険者らしい。

依頼によっては護衛を務めることもあるらしく、どうやら俺とティファは護衛の依頼人と思われたのだろうとのことだった。

顔パスってヤツか。ってこの二人、結構名うての冒険者なんだな。確かに運がいいかもしれない。


門をくぐったそのままの足で、俺とティファはグラドにギルドへと連れて行かれる。

ドリィとは途中で別れた。宿を取るためだそうだ。ちょっと心細い…。


町の中は夜だというのに割と人が多い。

グラドに「あまりきょろきょろするなよ」と釘を刺されていたが、ばれないようにちらりと視線を流す。

門を入ってすぐの通りにはいろんな出店があるらしく、いろんな食べ物や工芸品だとか漢方っぽいものを売り出す露店が脇を埋めている。

のみの市って感じだろうか。


行き交う人はグラド達のような冒険者が多いのだろう。個性的な身なりの人々がそこかしこで談笑し、喧嘩をし、食事に舌鼓を打っている。少し路地に逸れたところには、あんまり絡まれたくない雰囲気の団体もいるし、俺はというとフードを深く被り顔をうつむける。


町に入るまではあんなにワクワクしたのに、今では早くギルドに着かねぇかなとすっかり気分はブルーだ。安全大国日本で過ごしてすっかり平和ボケした自分が恨めしい。


「いてっ」


肩にドン、と衝撃が走る。フードを目深にしすぎて人が側にいたのに気が付かなかったのだ。


「すみませ――」


詫びるために顔を上げると同時にがっしり胸ぐらを掴まれる。ちょっ…なんだ?!


「テメェどこ見て歩いてンだ?!」


酒臭い吐息をまき散らしながら、群衆から頭一つぬきんでた大男が怒鳴りつけてきた。

辺りがしん、と静まりかえる。


ちっくしょう!門では絡まれなかったがこのパターンかよ!


思わず悪態をつきそうになって慌てて口を噤む。脇ではティファが男を見上げてキッと眉を寄せていた。


「マスターから手を放してください」


ティファの静かな声に、男は視線を下げる。

ティファの姿を認めると一瞬あっけにとられ…何を思ったのかニンマリと下卑た笑みを浮かべた。


「ほぉ~ずいぶん綺麗な嬢ちゃんじゃねぇか」

こいつ…。


マスターに無礼を働く輩に制裁を下すべく、足を踏み出しかけたティファを引っ張って後ろに隠す。

彼女ならこんな男苦戦するまでもないだろうが…いかんせん注目を集めすぎる。

ヘタをすればギルドにたどり着く前に衛兵にしょっ引かれ、牢獄行きだ。グラドにもどやされるに違いない。


…そういやグラドはどこ行った?



「失礼しました、よく前を見ていなかったもので…」


出来る限り慇懃に告げる。まさかこの一言で男が引くとは思えなかったが…。

案の定掴まれた胸ぐらを引き寄せられ、男の顔がぐいと迫ってきた。


「ローブで隠しちゃいるが、ずいぶんいい身なりしてるじゃねぇか。こんなかわいい奴隷を連れてるくらいだからさぞかし上等なご身分なんだろうな?」


奴隷…?ティファのことを言っているのだろうか。


「ご貴族様なら奴隷の代えなんていくらでもいるんだろ?殴られたくなけりゃその嬢ちゃんを置いて、とっとと失せな」

「……は?」


男の言葉に指先からスゥ…と血の気が引く感覚がした。このゲス野郎が…。


一矢報いてやろうと拳を握りしめた瞬間、乱暴に突き放されてバランスを崩した俺はそのまま地べたに倒れ込んだ。勢いでフードが剥げてしまったが、今は取り繕っている場合じゃない。


ティファの瞳が一瞬赤い閃光を走らせる。ガントレットが握り込まれ、金属が軋むような音がした。

こんなヤツの血で彼女の手を汚させるわけにはいかない…。


ゲラゲラと笑い声を上げた男がゆっくり体を起こす俺を見下ろし――俺と目があった瞬間、下卑た笑みが音を立てるように引いてゆく。

真っ正面から睨み付けると、男は先ほどの勢いをひそめて目を見開いた。


――な、なんだその反応?


周りもしんと静まりかえって…俺を見つめている。

その多くは俺の角に目が行ってるようだが…絡んできた男だけは俺の『眼』を見つめていた。


「おい、何してるお前ら」


前を歩いていたグラドが人を掻き分けて戻ってくる。

どうやら喧噪ではぐれてしまったことに気が付かなかったらしい。


グラドさんコイツです!やっちゃってください!


「てめぇ…グラドか」


グラドも大柄だがロリコン男はそれ以上だ。

それでもグラドは毛ほども物怖じせず、むしろ好戦的な目つきで男を見上げた。

どうやら顔なじみらしいが…雰囲気は最悪だ。


「このガキ、テメェの連れか?」

「それがどうした」

「どこでそんなもん拾って来やがった?」


おい、俺は野良犬か何かか?


男はすっかりやる気を失ったかのように、大きく鼻息を放つと人だかりを乱暴に掻き分けながらどこかに行ってしまった。

…なんだありゃ?


呆然としている俺に近付いたグラドが、乱暴にフードを被せてきた。


「言った側から面倒を起こしてくれたな…」


耳元で聞こえたグラドの声は不機嫌そのものだ。

「けど、絡んできたのはあっちだぜ」

怒られるのはお門違いだ。俺は仕方なく相手をしただけ。

おまけにティファを見るあの目は思い出しただけで嫌悪感と怒りが湧いてくる。


「マスターは肩をぶつけられただけです。謝るべきはあちらのほうでは?」


ティファの言葉にグラドは少しだけ眉間の皺を緩めると、深く長い溜息を溢して何も言わず歩き始めた。




「お前、自分が普通じゃないことを自覚するべきだ」


人通りの少なくなった通りまで来て、前を歩くグラドがぽつりと呟いた。


「そんなこと言われても…」


俺は普通の人間だ。見た目がこうでも中身は紛れもなく…。

「俺の姿は、そんなにおぞましいものなのか?」

何となく、聞くのを避けていた疑問を口にする。

その質問がグラドにはどう聞こえたのか分からないが、振り返ったグラドの顔はちょっとだけ和らいで見えた。


「おぞましくなんざねぇさ。男のお前にこう言うのもなんだが、綺麗なもんだぜ」

ふーん…って、絶対お世辞はいってるだろ。俺が落ち込んでるからって。



「お前、『魔眼』って知ってるか?」


唐突に耳慣れない単語を尋ねられ、首を振る。

語呂はかっこいいと思う、と告げるとグラドはいつもの調子で呆れ顔を浮かべた。


「『魔眼』ってのは見つめた相手を呪い殺すと言われてる」

へぇーこわいなそれ。あれ?でもなんでそんな話に?


グラドは肩越しに俺を振り返るとこう言った。


「お前の目『魔眼』なんだよ。気がついてなかったのか?」






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼








「――シア」


「アリシア」

「は、ふぁい!」


ここはギルドの一角の受付カウンター。


時刻はすでに宵の口に迫っており昼間は多くの冒険者でごった返すはずのロビーも、今は片手で数えるほどの人がいるだけで閑散としている。

いつもならベッドに入って夢の中なのだが、夜番の受付係が急用で休みを取ったため、いつもは昼間のカウンターで愛想よく振舞っているアリシアがその代わりを務めている。しかしその目はすでに微睡んでおり、大きなあくびはもはや両手では足りないほどの回数を繰り返していた。


「珍しく夜番なんだな、…ノアはどうした?」

「あっグラドさん!ノア先輩は野暮用でお休みなんですよぉ~」


目の前に立ちふさがった大きな影はアリシアにとってよく見知った人物だった。

話しかけられたことで目が覚めたのか、元々眠たげな瞳が少しだけぱっちりとする。

ちなみにこの間延びしたしゃべり方は寝ぼけているわけではなく、素である。


「そうか、依頼の内容を報告したいのだがいいか?」

「もちろんです~ノア先輩からは伺っておりますのでしばしお待ちを…」


準備をするべく立ち上がって、アリシアはグラドの横に立つのが赤髪の美女でないことに気が付く。


「あれ、ドリィさんはどうされたんですかぁ?」

「宿を取るために途中で別れた」

「ふぅん…」


アリシアはグラドから一歩引いたところに控える奇妙な二人連れに視線を逸らす。


一人は十代前半の少女。見事なブロンドに満月のような瞳、完璧なほど造形が整った顔をしている。

一見ドレスのような服には白銀の胸当てが付いており、さらに両腕に嵌めた籠手が何ともアンバランスだ。

肌が抜けるように白く…ここに置いておくのが心配になるほど愛らしい。

しかしその表情は生色がなく、どこか人形じみている。


そしてもう一人はというと――初めてこの場所に来たのか、少女とは対照的に落ち着き無い様子で辺りを見渡している。

この地方では珍しい褐色の肌に漆黒の髪がフードの下から覗いている。

アリシアの視線に気付いたのか、その人は一瞬アリシアに目線を合わせると――少し戸惑うような顔をして視線を逸らしグラドの背中に隠れてしまった。


(きれーな目…)


不思議な雰囲気を纏った青年だ。歳はアリシアと同じくらいで二十歳前後だろうか。

はっきりとした目鼻立ちは端正で、南の国出身のドリィとは趣の違ったエキゾチックな色気がある。

影になっていても宝石のような煌めきを放つ瞳は、角度によって様々な色を見せていた。

夜の湖畔のような深い青、それは時に妖しく紫を帯びて――


はて、どこかで見たことのあるような?


「あぁ、その前に。ポルコは居るか?」

グラドの声にハッと我に返る。

「いますよぉ~呼びましょうか?」

「ああ」


デスクの側にある呼び出し鈴を鳴らす。

間も無くしてポルコはやってきた。

ボサボサの手入れされていない髪の毛にサイズの合っていないメガネ。

アリシアに似た顔立ちの少年は、気だるそうな足取りでカウンター裏に設けられた工房から出てくる。


「あれ、グラドさん、思ったより遅いお戻りでしたね」

「すこし面倒ごとに巻き込まれてな…。早速で悪いが、これの鑑定を頼みたい」


そう言ってグラドは懐にしまっていたものを取り出し、カウンター上に置いた。

『それ』を見たアリシアは、青年の瞳を見たときに感じたデジャブの正体がわかった気がした。


グラドが取り出したのは、深い青色の美しい結晶――『魔晶石』と呼ばれるものだ。

本来は爪ほどの大きさでも大層な額になるのだが…これは子供のこぶし大を優に超えている。

ポルコは一瞬言葉に詰まったあと――首から提げているルーペを取って食い入るように魔晶石へ顔を寄せる。

今にも唾を飲み込みそうな表情を見て、グラドはしたり顔を浮かべた。


「グラドさん…これ…」

「例の遺跡で偶然採取したやつだ。どれほどの額になるか知りたい」







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落ち着かないな…。


グラドは何やら職人っぽい身なりの少年と話し込んでいるし、やることがなくて手持ち無沙汰だ。

俺はとりあえずティファと一緒にソファに腰掛けて待つことにした。


ここがギルドか…。


中はちょっと年季の入ったヴィンテージバーみたいだな。


四方の壁のうち一つの壁側には五つのカウンターがあり、その右端のカウンターでグラドは話し込んでいる。その左側にある壁は大きなコルクボードが占拠している。そこには依頼内容を簡単に記載した依頼書が所狭しと張り出されていた。


依頼書を睨むように見つめて何やら考え事をしている中年の冒険者。気になったらしい依頼書を手に取るとカウンターに行く。

なるほど、そこで受諾の手続きをするのだろう。


そしてそれらの様子を一望できる休息所に俺たちは座っている。


出入り口らへんに陣取った三人組が、こちらを見ながらひそひそ話している気配がするので、距離を取るために自然と奥側の位置になった。ジロジロと不躾な視線を感じて居心地が悪い…。奴らの視線はどちらかというとティファに向けられているのだが。


ティファといえば全くもってどこ吹く風。もちろん気にする様子がない。


「あのぉ~」


急に話しかけられて、びくーっと肩が跳ねた。

ばっと振り返ると先ほどグラドに話しかけられていた受付嬢が、寝ているんだか起きているんだかよく分からないような顔でこちらを見ている。


「グラドさんが、あなたの登録紹介をしろとおっしゃったのでぇ、カウンターまでよろしいですか~?」

「はぁ…」

変わったしゃべり方をする子だなぁ…と思いつつ、彼女の案内でティファと一緒にグラドの横のカウンターに立つ。


そういえば照会ってどんなことをするんだろう?

ここに来る前にグラドに聞けばよかったな…。いや、そんなことを聞く雰囲気じゃなかったか。


「では、そこのパネルに手のひらを当ててくださ~い。あ、どちらの手でもいいですよぉ」


いわれた通り、目の前にあるガラス板みたいなものに右手を押しつける。

「はい、結構で~す」

指紋認証か静脈認証みたいなものか?

手を押し当てた瞬間ガラス板に魔方陣が浮かんだので、これも魔法を使った道具なのかもしれない。


「少々お待ちくださいねぇ」

にっこりと愛嬌のある笑顔を浮かべた受付嬢は、先ほどより一回り大きなガラス板に目線を落とした。

こちら側からなにも見えないのはプライバシー保護のためだろう。


しばらく間を置いて、受付嬢は困ったような顔をする。

照会ができないからだろう。そりゃそうだ。


受付嬢はカウンター向こうのグラドに一言「ダメですねぇ」と告げた。


「ん…わかった」

少し上の空で返答したグラドはカウンターに置いてあった何かを懐に収めると、カウンター向こうの少年に挨拶するように軽く手を上げてこちらに来た。


「ギルマスと少し話をしたい。できればこいつらを含めた四人だけで」

受付嬢に耳打ちすると、グラドは意味深な目で俺を見下ろす。

な、なんすか…。何故かちょっぴり嬉しそうだし。


ギルマスって誰だ?

もしかしてギルドマスターの略?いきなりお偉いさんと面会かよ!…何で?



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