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地下ダンジョン攻略



「っちぃ、やりにくいったらねぇぜ」


薄暗い通路を不気味に漂うぼろい布きれ。

『バンシー』と呼ばれるその魔物は、グラドを嗤うように前後左右に素早く動き回る。

近寄ったところを切り捨てようと振りかぶった大剣は、壁にぶつかるとガチンと硬質な音を立てて刃を弾く。

時折散る火花が苛ついたグラドの顔を明滅させる。


舌打ちを溢したグラドは大剣をあきらめ背中に戻すと、腰に下げていた予備の短剣に持ち替えた。

バンシーから目を離さずにいるドリィの手には、いつもの長弓ではなく短弓が握られている。威力は弱く射程距離は短いが小回りが利く。

現にバンシーの体には、いくつかの矢が突き刺さったままだ。


「気付くのが遅いんだよ。こちとら矢も無限に出る訳じゃあないんだからね」


ドリィの皮肉にグラドは濃い眉をむっと寄せた。

一言言い返そうとグラドの視線が一瞬ドリィに注がれたその瞬間、見計らったようにバンシーがけたたましい笑い声を上げながら二人に突進してくる。

とっさの出来事に身構えるのが遅れた二人は、飛ぶように体をかわす。


「ほら、笑われちまってるじゃないか」

「うるせぇよ!」


素早く体を起こしながら、口げんかはやめない。

回避と同時に片膝立ちの体勢へ体を起こしたドリィは、素早く矢をつがえてバンシーの体を射貫く。


「まったく、手応えがありゃしないっ…!」


ドリィの吐き捨てる言葉通り、先ほどからバンシーの猛攻は衰えを見せない。

踊るように身を翻したそれは、魔法で作り出した氷柱を放ってくる。

それを避けると石で出来たはずの壁に突き刺さるのだからたまったものじゃない。あんなものが直撃したら、昆虫の標本よろしく壁に飾られてしまうだろう。


そもそもバンシーは熟練の『術士』でもなければまともに対抗することの出来ないやっかいな相手だ。

何せ物理的な攻撃を一切受け付けないのである。

たとえば『符呪(エンチャント)』と呼ばれる手持ちの武器に魔法を付与する方法もあるが…。

グラドははっきり言って地力でたたき伏せる脳筋タイプ。ドリィはサポートタイプで身体強化などの魔法は扱えるが、攻撃魔法は苦手である。

つまりどん詰まりであった。


こうなるはひとつ。


「撤退だ!」


グラドの悔しげな声が上がる。悔しいのはドリィも一緒だが、がんばれば何とかなるほど相手は甘くない。

使うのが惜しいがこういうときのために用意した、『魔晶石』で作られた火炎玉を投げつける。

これは魔力を帯びた石で出来たもので、いわば『即席の』魔法を発生させる。

魔法を不得手とする冒険者には大変便利なものであるが…いかんせん魔晶石が高価なこともあって安い物ではないのが玉に瑕なのだ。


「この借りはいずれ返してもらうよっ」


ドリィの手から放たれた火炎玉はバンシーの足下に着弾すると、一瞬で天井に届くほどの火柱を昇らせる。


バンシーなどいわゆる『アンデット系』の魔物は火に弱い。その証拠にバンシーの居るところから、耳をふさぎたくなるような悲鳴が上がっている。

それを尻目に二人は全力で走り出す。

一カ所で長く戦闘を続けてしまったのは失策だった。

魔物というのはやっかいなもので、人の気配を嗅ぎつけると次々集まってくるのだ。おまけにあの派手な火炎玉に、多くの魔物が色めき立つだろう。


「ったく、面倒な依頼を掴まされちまったぜ」


走りながらゲッソリしたようにグラドが呟く。

いくら遺跡の調査と言っても、死んでしまっては元も子もない。

まさかこんなやっかいな魔物が潜んでいるとは…入り口の時点で覚悟はしていたが、数が想像以上だったのだ。ここまで何とかこれたものの、このままではじり貧になってしまう。つきあってられない。


おまけにあのバンシーとかいう魔物。

討伐依頼であればAからEのクラスでいうとBクラスに相当する。

術士を含めた複数のメンバーで戦力に穴がないようしっかり調整して、ようやく相手をしていい相手。つまり今進行中である依頼のついでに倒すには割に合わないのだ。

とにかく息が続くまで走り抜けた後、ドリィのサポート魔法で出来る限り気配を押さえる。


久し振りに息を乱しながら、二人は目を会わせた。


「…で、どうする?」

「出来ればさっさとおさらばしたいところだよ…」

「かねがね同意だな」

ふぅ、と大きな息をついて呼吸を整えた後、装備の確認をする。


「……」

ふとグラドの目が鋭くなる。ドリィも同じく、グラドが睨みを利かせる方に目をやった。



『それ』は無遠慮に大きな音をさせながら…こちらにやってきた。




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「もう嫌だ」


涙混じりに訴える俺の側で、ティファが振りかぶったガントレットで道をふさぐでかい生き物を殴り倒す。

たったの一撃で地に伏せたそれは、近付くのも抵抗感が湧くほど悪臭を放っている。

うーん。こんなヤツ映画か何かで見たことがあるぞ。トロールとかいったかな。


壁に磁石で貼り付けられたみたいに、出来る限り距離を取りながらそれを跨いでいく。

ティファはというとどうって事なさそうに、そいつを踏みつけ越えてゆく。彼女のガントレットは魔物を屠った分だけ血に塗れていた…。


話はさかのぼって一時間ぐらい前のこと。


晴れて俺は墓所からの脱出に成功したわけだが、その先に俺を待っていたのは燦々と輝く太陽でも、青く澄んだ空でもない。

上下左右を石壁に覆われた閉塞空間。分かっていただけるだろうか、この絶望感を…。

ティファ曰く地下から上の階層の地下へと移動しただけのものらしい。なるほど、俺たちは地上を目指しているわけだ。


ただ、変わったのは階層だけじゃない。

今までは暗い場所を歩いているだけだったのだが…その暗がりには俺たち以外の動くものがひしめき合っていた。


魔物。

まさかゲームでしか見たこと無いような生き物が、そこら中を闊歩しているのだ。

その造形たるやおぞましいの一言に尽きる。何でこうも嫌悪感しか湧かない姿なのだろうか。

魔物だからといわれればそれまでだが。

ゲジゲジみたいな巨大な魔物が何体か同時に出たときなんか、マジで気が遠くなった。

ティファに支えてもらって、余りの情けなさにすぐさま我に返ったが。


ビクビクおびえながら歩く俺と、堂々と物怖じせず歩くティファ…。

情けないのは自分でも分かっているんだ…。けれど誰にだって馴れないモノはあるだろ?

どうせ誰も見てないんだ。


せめて俺にも武器があれば………ん?


「ティファ、俺は結構強いんだよな?」

「マスターは誰よりもお強いです」

ティファは俺の疑問に淀みなく答えた。

なーんだ!じゃあそんなに怖がることないじゃん!


いや待て待て。


我に返る。

強いってどういうことだ?ティファのように殴ることがか?

俺はこの体のことを全くと言っていいほど把握していない。

つまり力の使い方が分からないのだ。


結局ヘタなことは出来ず、ティファの切り開いた血と肉塊で彩られた道を進む。



そのときだった。


ヒュン、と風切り音がしたと同時に、ティファが素早い身のこなしで何かをつかみ取った。

ガントレットの大きな手のひらに握りつぶされたそれは――一本の『矢』だった。


次いで飛来してきたそれを、ティファは手刀で叩き折る。木っ端になったそれは足下をからからと転がっていった。

矢が飛んできたのは正面から。通路にも浮遊する発光体が所々あるものの、全体を照らすには数が少なすぎる。つまり俺たちの立つ場所から、矢が放たれた場所はよく見えなかった。


道具を使う魔物がいるのか。


もはや感動なんだかよく分からない衝撃にびっくりしていると、ティファが素早く俺のほうを振り返る。

そのまま脇をすり抜けると、ズンッと足下が揺れるほど小さな足を踏み込んで、アッパーの要領で拳を振り上げた。


「ぐあっ?!」


ギャイン、と金属がかち合う音と一緒に、男の悲鳴が上がって黒い何かが吹っ飛ばされる。

それは派手な音を立てて天井に突き刺さった。ぽかーんと見上げると馬鹿みたいにでかい剣がそこにあった。


「ちっ…なんだコイツは!」


それはこっちの台詞だ。

ティファに殴り飛ばされた男は間一髪難を逃れたらしく、少し離れたところで素早く身を起こした。

頑強そうに鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。短く刈り上げられた茶髪に鋭い眼光を放つオリーブ色の瞳は、すさまじい威圧感を持ってティファを睨み付ける。

男は大腿のホルスターから二つ目の剣を抜くと、大柄な体格からは予想がつかないほどの素早さで距離を詰めてきた。


「ティファ、待て!」


ティファがガントレットを握り込むのを見た俺は、とっさに体を割り込ませて制止する。

相手は見る限り人間だ。ティファの渾身を食らえば原形を保つか怪しい。


びたっと映像を一時停止したように動きを止めたティファと――男の剣が俺の背中を袈裟に切ったのは同時のことだった。


「マスター!!」


ティファが我に返ったように叫ぶ。男が剣を降ろしてくれることを期待していたのだが…、話はそううまく運ばないらしい。


いってぇ!…いや、――痛くないぞ?んん?


一撃離脱で離れた男は、斬られた勢いで手をついた俺を油断無く見据える。


「人語を話す魔物とゴーレムか。まさかバンシーよりもやっかいなものに出くわすとはな」


男は忌々しそうな口調でそう吐き捨てた。

なにぃ?聞き捨てならないことをいいやがったな、コイツ。


「誰が魔物だっ!」

俺が思わず怒鳴ると、男はあっけにとられたように一瞬目を見開き……口の端をつり上げて嗤った。


「人間のフリか?…角の生えた人間など見たことがない。擬態するならもっと完璧にするんだな」

「なっ…」


角?

思わず頭に手を伸ばすと、こめかみ辺りに固いものが触れる。な、なんじゃこりゃー?!!


俺の顔色が変わったのをどう勘違いしたのか、男はそら見ろといわんばかりに不敵な笑みを深くした。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




「…」


ドリィは弦を引く手が、心なし震えていることに気がついた。

手元が狂えば相棒を射抜いてしまうかもしれない緊張感か、『一見人にしか見えない』魔物を射抜くことへの抵抗感か。


(なんなのかね、アレは)


気配を遮断していることでまだこちらに気がついていないようだが、相棒と人型の魔物の間に漂う不穏な気配に弦を弾く勇気を挫かれた。


闇を解かしたような髪色に、こめかみから捻れるように生える漆黒の角。細身を包むのは黒い布で織られた衣装。

グラドはその背中を確実に切りつけたはずなのだが…そこに傷はおろか布一枚も斬れた様子がない。

――『符呪』の効果だ。

おそらく物理攻撃を受け付けない効果を付与しているに違いない。

しかもグラドの一撃を撥ね付けるとは…。でたらめのような強固さだ。

あんな代物を探すとなると、王都にある王立騎士団御用達の武具屋にいっても取り扱っているかどうか…。


ギィン、とすさまじい金属音にドリィはハッとする。

グラドが切りつけた剣を少女が交差した腕で受け止めていた。

一見いたいけな女の子にしか見えないが、あの動きとパワーはとてもじゃないが少女が出せるようなものではない。

身体能力を一時的に上げる補助魔法もあるが、魔法を使うような動作も無しで、あの瞬発力に動体視力、すべてが人間と一線を画している。


グラドの言ったように、彼女はまさに『ゴーレム』で間違いないだろう。

しかしドリィはここまで精巧に作られたゴーレムを見たことがなかった。

過去に一度だけ――朽ちて機能を停止しかけたものなら見たことがある。

それは一目で分かるくらい、機械仕掛けであることを隠しもしない『かろうじて人型と分かる』程度の粗末な作りだった。


それが今、ドリィがたじろぐほどに人の――しかも幼い少女の姿をしているのだ。


彼女は一心に『マスター』であろう魔物の身を守ろうと動いている。

その体は一体どんな金属で出来ているのか…グラドの振りかぶる剣の刃で傷一つ受けることなくあしらってゆく。


少女がグラドの刃をはじき返し――剣が半ばで砕け折れる。

グラドの体が衝撃で体勢を崩し、その隙を狙って少女の拳が振り抜かれる…


「グラド!!」


ドリィは気配を消していたのも忘れて相棒の名を叫んだ――と、同時に。


「やめろ!!」


今まで黙って見ていただけの魔物が、閉鎖空間の空気を震わせるほどの大きな声で叫んだ。



「ぐっ……」

碌に受け身をとれず、グラドは壁に背中をしたたかにぶつけた。

顔を上げれば少女の整いすぎた美貌が、グラドを冷たく見据えている。

その片手は丁度――グラドの顔の横に叩き付けられ――壁に亀裂を走らせながらめり込まれている。

あれがもし直撃していたら間違いなくグラドの頭は果実のように破裂していただろう。


「ティファ、もういい」


静寂に包まれた空間を、若い男の声が反響した。

その言葉に動かされるようにしかし瞳はグラドから離されることはなく、少女は壁から腕を引き抜くとグラドからゆっくり体を離す。


「グラド!」


緊張の糸が途切れ、荒い呼吸を吐きながら腰を落としたグラドにドリィが駆け寄る。

全く、奇襲する作戦が台無しじゃねぇか…。

グラドは我が身を振り返らず駆けつけて心配するドリィを見て、満更でもなく苦笑を浮かべた。


「で、俺たちをどうしようってんだ?」


二人は見下ろしてくる魔物を見上げた。

暗闇の中でも宝石のように不思議と煌めく、黒に近いほど(くら)く蒼い瞳が二人の視線を受け止める。

その瞳にはなぜか敵意を感じない。


「どうもしねぇよ…。ここから出たいだけだ」


『彼』は困ったように頭を掻くと、辺りをぐるりと見渡し

「あんたら二人だけか?」

と尋ねてきた。他に伏兵がいないかどうかということだろう。それには正直に頷いて肯定した。


「丁度いいや、あんたたち地上からやって来たんだろ?

道案内してくれないか?」


男の申し出に、グラドとドリィは戸惑うように目を会わせた。


ティファは割とツヨイン(強すぎるヒロイン)です。

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