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21.闇の声

 静寂を取り戻した森の中に、生き残った者達の息づかいが聞こえる。

ある者は苦しさにうめくように、ある者は今日も生き残れた安堵を滲ませ、またある者は嗚咽を漏らしながら。


 五人死んだ。


一体の魔物を捕獲するためだけに五人が死んだ…。

昨日の今日まで寝食を共にした者達だった。中には気に食わぬ者も居たが、同じ境遇に陥った者に憐憫の情を抱いていたのは確かである。


 少なくとも、人の死を喜ぶほど堕ちたつもりはない。

肩で息をしながら、ラルフは座り込んでいる生き残りの顔を見渡した。どの顔も疲労と絶望に打ちのめされたような死相を滲ませている。無理もない……どいつも最近になって『仲間入り』した者達ばかりだから。


 ラルフ以外の男達は普段から剣など振るったこともない素人だ。

元商人、元薬師、元農家…。戦いというものを知らない人々。そんな彼らが何故こんな状況に陥っているのか。それは彼らの粗末な服装から伸びる腕に刻まれた、忌まわしい印が答えになる。


 奴隷の刻印。


 彼らがどういった経緯で奴隷にまで身を堕としたのか、ラルフはほとんどを知らない。

借金で首が回らなくなったか?貴族の屋敷で盗みでも働いたか?

それとも人を傷つけ殺したか――。


 理由はどうあれ、今だけはこんなむごい死に方をした彼らが憐れだった。


 ラルフは息を落ち着けると、側で苦しそうな嗚咽を漏らし横たわったままの男ににじり寄る。

顔は赤黒く鬱血し、ゼエゼエと吐息を溢す口の端から血の混じった泡を吹いている。内臓をやられたのかもしれない。ラルフがよく通る声で呼びかけても、閉じられた瞼はぴくりとも動かなかった。


 かさり、と後ろで枯れ葉を踏みしめる音がする。

振り返ると今まで見ているだけだった『黒ずくめ』が、ラルフと横たわる男を落ち窪んだ瞳で見下ろしている。その手には魔物と戦っているときにはなかった黒い短剣が握られていた。


 「…どけ」

黒ずくめは温度を感じさせない冷たい声でラルフに告げた。

「待てよ、助かるかもしれないだろ」

ラルフは傷病者と黒ずくめの間に立ちふさがり、手を上げて言い募る。ラルフはこの男の役割をよく知っていた…。


なぜかって?

剣を握った手で傷の手当など出来るわけがないだろう?


 「手当てするよりも、新しい奴隷を用意したほうが都合がいい。何度言わせるのだ?」


男は不愉快そうな口調で言い放つが――その顔は感情をどこかに置き忘れたかのように、いつも無表情であった。


 「黙れよ!いつも見ているだけの腰抜け野郎が!」

生き残った男の一人が、忌々しそうに吐き捨てる。黒ずくめは視線だけをそちらに向けると、手にした短剣を流れるような動きで男に投げつけた。

ぎゃあっと短い声を上げた男は剣が刺さる勢いのまま倒れ――…そのまま動かなくなった。それを見たラルフはとっさに剣に手を伸ばすと、歯噛みして黒ずくめを睨み付けた。


 「口答えするモノもいらん。使えなくなったモノもいらん。

…貴様らは所詮奴隷。代替え可能な、『使い捨て』であることを自覚するんだな……」


 スッと上げた手の中に黒い靄が現れ――放ったはずの短剣がそこに現れる。


 このスカした面に一発だけでも拳をたたき込むことが出来れば、どれだけ気が晴れるか…ラルフは今まで何度思ったか数知れない。けれどそれは敵わない。刻印によってかけられた魔法により、この男には抗うことが出来ないからだ。


 現にラルフの利き手は腰に差した剣の柄を握ったまま、ブルブルと震えながら硬直していた。

ラルフの血走った目が黒ずくめをまっすぐ射貫く。噛み締めた唇から血が一筋流れ落ちた。


 「惨めなラルフよ、貴様はまだ使える男だから生かしてもらっているのだ…。

そうでもなければ今頃、あの男と同じ目にあっていたぞ?」


ふん、と黒ずくめが嗤うように告げる。その顔に笑みは浮かんではいなかったが。


 「貴様など地獄に堕ちろ!」

かろうじて自由な口で罵れば、黒ずくめはどこ吹く風の態度を崩さずラルフを横に蹴飛ばした。体を起こせば、傷を負って横たわったままの男に歩み寄る黒い姿がある。

手にした短剣を逆手に持ち替え、大きく振りかぶり――


 「「「やめろ!!」」」


 ラルフの声に重なった別の声に、全員がぴたりと動きを止めた。






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 耳の奥でドクドクと早鐘を打つ心臓の音がうるさい。


 立ち尽くすオーウェンは一斉に向けられた視線に、一瞬で肝が冷えるような思いになった。

今までの出来事を見守っていて、我慢できずにとっさに叫んで身を露わにしてしまったのだ。怯みそうになったがしかしその横にはよく見知った顔が並んでいた。


 オーウェンの視線を受けて、シオンは冷や汗を流しながらぎこちなく笑みを浮かべて見せた。お前にだけ良い格好させるかよ…。オーウェンには幼なじみの横顔がそう囁いた気がした。


 「なにやってんだよ…」

メンバーの中で一番最年長のくせに、身を低くしたままのハヤトが責めるような口ぶりで囁く。その側には顔を青ざめるエミリーの姿もあった。ティファは相変わらず何を考えているか分からないような表情をしている。


 恐がりは引っ込んでなよ。

オーウェンは鼻で笑って三人に目配せすると、鉾槍を手にラルフと呼ばれた男の元に駆け寄る。同じようにシオンも使い慣れた長剣を構え、黒ずくめの男に対峙した。


 「あ、あんたら一体…」

ラルフの戸惑うような声を背中に受けて、オーウェンはにやりと笑みを向ける。

「通りすがりの冒険者だ」

「先ほどのあなたの行い、見過ごすわけにはいきません」

キッと音がしそうな鋭さで黒ずくめを見据えるシオン。


 「符呪エンチャント!!」


猛々しく叫んだシオンの剣がオーラを纏った。赤色と緑色が入り混じったそれは、足下に積もった枯れ葉を舞い上げるほど濃密なものだ。剣から発せられるオーラの光を受けて、シオンとオーウェンはお互い視線を交わし――それぞれの得物を振りかぶり大地を蹴った。

 





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 あーもーなにやってんの!


 俺は思わず叫びそうになるのを堪え、かけていく二人の背中をこっそり見送った。


 二人が飛び出していく理由も気持ちも、よく理解出来る。しかし――あの黒ずくめの男、只者じゃないのは誰が見ても明らかだ!


「ティファ、エミリーを守ってくれ」

「――かしこまりました」


 俺の指示にティファは目の前の光景を見据えると、敵を見定めるようにわずかに眼を細め頷いた。

意を決して俺も立ち上がる。側にしゃがみ込んで動けなくなっているエミリーに、ここから動かないように手を振り目配せをして、腰に差していた短剣を鞘から抜く。


 ええい、ちくしょうめ!


 魔王の体がどれほどの耐久力を誇るか分からないが、二人の盾ぐらいにはなるだろう。子供二人が戦っているっていうのに、隠れたままじゃ魔王の名折れってもんだ。


 「おい、あんた!」

「?!!」

突然湧いたように現れた俺に、ラルフと呼ばれた男は間合いを取って腰の剣を握りしめた。敵ではないことを示すために両手を挙げて、黒ずくめの男と剣戟を繰り広げる二人のほうに顎をしゃくる。

「俺はあいつらの連れだ。今のうちに怪我人を連れて逃げろ」

俺がそう言うとラルフはシオンとオーウェンを見やり、次に俺を見やった。顔が険しいのは変わらなかったが、剣の柄に伸ばされた手がゆっくり離される。


 ラルフと共にいた別の奴隷達が、お互いに顔を見合わせた。その顔には戸惑いと困惑が入り混じっている。――何をぐずぐずしているんだ?

 


 「私が手当てする」


なかなか動き出さない男達に苛ついていると、聞き覚えのある声がして慌ててそちらを振り向く。

奮い立った様子のエミリーがティファと共に横たわる怪我人に駆け寄ったところだった。

「アフラ・ディアナ様、どうか力をお貸し下さい」

目を閉じたエミリーが厳かな口調で囁いたあと、淡い緑色の光を放つ両手の平をかざす。


 怪我人はエミリーに任せるとして、俺はというとシオンとオーウェンのほうに視線を奔らせた。

シオンの魔法剣が振り払われる度に灼熱を放つ炎が渦巻く。オーラの色彩から測るに、おそらく火と風の属性を組み合わせているのだろう。

魔法剣自体は技能試験でちらっと目にしただけだが、なかなかすごい技術なのではないだろうか?


 しかしさすがのシオンも継続使用は慣れていないらしく、(かわ)される度に距離を取ってはオーラを引っ込めている。その隙にオーウェンが後ろに回り込み、鋭い突きを繰り出した。

男の体が一瞬黒い陽炎のように(もや)る。オーウェンの鉾先はむなしく黒い霧を掻いただけだ。


 間合いを取るべく身を離した二人に並ぶ。


「ありゃなんていう魔法だ?」

二人は亡霊のように立ち尽くす男から目を逸らさずに、肩で息をしながら俺の質問に首を振った。

「…分かりません。まるで実体がないみたいです……」

「じゃあ、何だって言うんだよ…」

オーウェンが苛立たしそうに吐き捨てた。


 幻惑魔法みたいなものだろうか?

だとしたら本体はどこにいるというのだろう。






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 「…助かりそうか?」

ラルフの問いかけに怪我人を見下ろしたエミリーが顔を曇らせる。

顔色は赤黒さを通り過ぎてもはや黒くなっている。むくんだ口元からだらだらと血が流れていて、さすがにラルフも言葉を失ってしまった。…もう、手遅れかもしれない。


 「ゥ…ゴホッ……クラ…リッサ……?」


 腫れて厚ぼったくなった瞼が震えて、うつろな瞳が虚空を見上げた。

震える手が救いを求めるように宙に伸ばされる。治療を中断しその手をエミリーは思わず握りしめた。独りぼっちではないことを知って欲しかったから。


「クラリッサ……許して…くれ…」

血濡れた口元が誰かの名前を口ずさみ――それ以上言葉が続くことはなかった。



 「どうして俺たちに構ったんだ…」

「えっ……?」

息を引き取った男の瞼を閉じてやったラルフは感情を押し殺すように、唸るような声でエミリーに告げた。

エミリーは涙ぐんだ瞳を見開き、立ち上がったラルフを仰ぎ見た。怒りと悲しみとが()()ぜになった顔が、苦しそうな表情を浮かべていた。


「奴隷は魔法の契約で自ら主人のもとを離れることができないんだ。あんたらの気持ちはありがたいが…」


はっきり言って――迷惑だ。


 消え入りそうな声で告げられた言葉は、おそらくラルフの本心を隠している。

誰が望んで奴隷などなるものか。本当は逃げ出してしまいたいに決まっている。


 エミリーは涙が流れる目元をキッとさせて、立ち尽くすラルフの腕にかぶりついた。この刻印が彼らを縛るのならば、治癒魔法で消してしまえばいい!


「やめろ!」


ラルフの叫びと共に、エミリーの体がはじき飛ばされる。地面に叩き付けられる前に、滑り込んだティファがその体を受け止めた。


 「ティファさん?!…ごめんなさい、でもどうして……?」


ラルフはエミリーに手を出していない。ラルフの申し訳なさそうな顔がそれを物語っている。


「――刻印にかけられた抵抗魔法(レジスト)によるものです。

この刻印はつけた本人にしか解除することが出来ません。エミリー、あなたに解除は不可能です」


ティファの落ち着き払った声が冷静に告げた。





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 「っくぅ!」

黒ずくめの剣撃を受け止めて、弾き押されたオーウェンが地面を転がった。

追い打ちをかけて飛んだ男は、その勢いのまま切りつけようと双剣を構える。その間に割り込んで、受け止めるのにはやや心細い刀身をかざし、なんとか剣戟を受け止める。

 

 飛び退いた男はゆらりと立ち上がると、唐突に立ちはだかった俺をうつろな眼差しで()め付けた。

その動きを見逃さないように視線を受け止める。


 男と目を合わせた瞬間、周りを漂っていた黒い靄がざわりと色めき立ったようだった。

そしてどういうわけか――ひそひそと子供達が会話するような声が聞こえた気がした。


 「…そうか、貴様が例の……。これは探す手間が省けたな」

「…は?」

黒ずくめの独り言のような言葉を拾って、俺は思わず眉を寄せる。

男は俺の疑問には答えず、手にしていた双剣を腰の鞘に戻す。降参する…にしては妙な流れだな。

俺の後ろに立つオーウェンとシオンも、油断ならない様子で武器を構えたまま男と対峙する。


 「実に好都合……」

そう囁いて――男がかざした右手がパチンと乾いた音を鳴らした。


「?!」

「ハヤト?!」

「ハヤトさん!!」

一瞬で足下に広がる暗闇。そこから子供のような小さな手が無数に飛び出してきて、俺の体に絡みついてきた。


 ――なんだこれ?!


一瞬で辺りが暗闇に包まれる。

そしてまたあの――子供達の囁き声が聞こえる。ざわざわ、ひそひそと騒ぎ立てる声の中から一つだけ明瞭に聞き取れた言葉がある。



「お父さま…こんなところにいたんだ……」


子供はクスリと笑ったようだった。



お、お父さま?



次回サブヒロインっぽいメインキャラがでます。

あと胸糞話になるかもしれません…。

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