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ミスリルの盾 後編

 「…で、今に至ると?」


ところどころ掻い摘んでいるが、ことの成り行きを聞いたグィードは頬杖をついたままそう返してきた。

初めて会った時とは違いかっちりとプレートアーマーを着込んだ彼は、どこからどう見ても騎士のような実に見栄えのする出で立ちをしている。どこか軽い雰囲気が端々からにじみ出ているのを除けば…だが。


 「盗人とか言われても俺は何も盗んでいないし、そんなつもりもなかった」

「それは今から盗むつもりだったけど、バレたから諦めたともとれる理由だな~」


えぇ~?そう言われたら俺としちゃ、もう何も言えませんよ。


尋問室を気まずい静寂が包む。

そのとき閉め切った扉が二回ほどノックされ、控えめに開けられた隙間から色黒の戦士が顔を覗かせた。この顔には見覚えがある。


 「さっきから監査室で坊主が一人騒いでるんだが」

俺のほうをちらりと見やった色黒戦士は俺のことに気が付いたのかどうか分からなかったが、先ほどから目線を逸らさずにこちらを見ているグィードにそんな言葉をかけた。坊主…?もしかしてヤンか?


 「ふぅん?わかった。あんたもういいよ」

「へ?」

唐突に言い捨てて立ち上がったグィードは、そのままつかつかと扉まで歩くと色黒戦士を押しのけるように扉を開けて、ニヒルな笑みを浮かべながら外に向かって顎をしゃくった。

「おいおい、いいのか?」

「証拠不十分」

色黒戦士の問いかけにグィードはあっけらかんとそう答える。


 結局ここに居座るわけもなく、俺はグィードに促されるままティファを連れて尋問室を出た。

おそるおそる出てきた俺を見て、グィードは「ついてきて」といってさっさと歩き出してしまう。それを追う形で俺とティファ、そして俺たちを監視するように色黒戦士が後に続く。


 少し歩いた先にあったのは監査室とプレートが掲げられた小部屋だった。先頭を歩いていたグィードが扉を開けると、先ほどの中年兵士とは別の兵士が一人の少年といがみ合っている。


 「あの人は無実なんです!僕が証人なんですから!」

「ええい、さっきからうるさいぞ!大人しくせんか!」

自分よりはるかに体格のいい兵士に涙目になりながらくってかかる小柄な少年。そばかすの散った顔は見間違えようもなくヤン本人だった。しばらくにらみ合っていた二人にグィードが咳払いで訪問を知らせると、兵士のほうは気付いたと同時に敬礼の体勢で固まる。


 「あっ…」

俺の姿を認めたヤンは緊張の糸が切れたのかつぶらな瞳にじわじわと涙をたたえて、ぐずぐずと泣き出してしまった。

「ずびばせん…ぼくのせいで……」

しゃくり上げながら言い募るヤンの前に行ってぽんぽんと頭を撫でた。

「いいってことよ。お前のおかげで誤解も解けたみたいだしな?」

いいながら側に立つグィードを見上げると、彼は何も言わなかったが口の端を上げて笑みを返してきた。




 「まったく、こんな仕事は俺たちのやることじゃないんだがねぇ」

道行く兵士に敬礼をされながら俺たちを引き連れて前を歩くグィードは、そんなことをぼやいた。

「俺たちは元々、この街を魔物の襲撃から守るために派遣された分隊なんだ。街の治安維持は自警団がやるべき仕事なんだが、あいつらホント面倒ごとには顔を出しやがらねぇ」

「分隊?」

「こう見えて俺たち王立騎士団なんだよ」

俺の質問に、後ろを歩く色黒戦士が答える。……この人なんでついて来てんだ?さっきからキョロキョロと辺りを見渡して何か警戒しているみたいだ。


 「で、前にいらっしゃるのが我ら第13分隊『ミスリルの盾』隊長のグィード。俺は副隊長のライオネルだ」

「うわぁ…すごい!」

ドヤ顔で自己紹介したライオネルを、キラキラとした眼差しで見上げるのはヤンである。俺とティファはなんの事やら分からず、ぼへーとその様子を眺めていた。

 というかグィードさん、隊長だったのか……。そういえば誰かがそんなことを言っていたな。歳は多分二十代半ばか後半ぐらいに見える。隊長と呼ばれるにはかなりの若ぶりじゃないか?

正直言って隊長に見えない……。


 「隊長なんて言っても、魔物を倒すことしか能がないけどね」

そう言ってグィードはお茶目な感じでウィンクをして見せた。顔がイケメンなので何をやらせてもサマになる人だ。

「とはいってみたものの、ほとんど部下任せ。どうしようもないときだけ俺たちの出る幕」

「言えてる」

グィードとライオネルは自虐的に肩を竦ませて見せた。


 王立騎士団か……。

王都に行けば目にするだろうとは思っていたが、こんな離れた街で出会うとは思っても見なかった。

もしかしてラマンにもこう言った分隊が存在していたのだろうか?

それに魔物の襲撃と言っていたが、こんな街も魔物に襲われることがあるのだろうか。


 「魔物の襲撃ってそんなに頻繁にあるものなのか?」


気になったのでそんなことを聞いてみる。その質問にグィードは肩越しにちらりと一瞥すると、「そりゃあね」と両手を挙げた。


「魔物ってのは弱い個体ほど人のいる場所から離れて隠れるけれど、強い個体は人間を恐れないのが多いからな。最近はキャラバンを襲う魔物も増えているらしくて、そういうのを少しでも無くすために時々遠征で討伐することもある。なんせこの街は商人がいてなんぼだからな」

「でも討伐は冒険者もするだろ?」


俺の何気ない質問にグィードはほんの少し…ほんの一瞬だけ、端正な顔に嫌悪の色を滲ませた。


 「あんたも冒険者だろうからあんまり悪く言うつもりはねぇけど、冒険者ってのは金で動く奴らがほとんどだ。…それに、街に突然Aクラス…あるいはSクラスの魔物が現れて、それを倒せるヤツはどれだけいるかって話になる」


 うーん、そう言われれば確かに。現に俺も金目的で冒険者になった訳だし。ある日突然目の前に魔物が現れてどうにか出来るかと聞かれると自信はない。なおかつ全くの善意で自分の命を投げ出せるかというと、即答で「はい」と答えられる冒険者なんて数が限られそうだ。


 こうしてみると騎士団と冒険者には何かしらの溝がありそうだな。

グィードも色々思うところがあるみたいだ。

というか今何気なく聞いていたが、恐ろしい一言を耳にした気がする…。

Sクラスの魔物だと…? Aが最上じゃないのか?

いやっ聞きたくねぇー!



 「そういや、あのペペは見つかったのか?」

「いや、それがなかなかね…」

俺がグィードと顔見知りになるきっかけになったアルツのことを、彼はまだ覚えていたらしい。唐突に聞かれた質問に首を振ると、グィードは「そうか」とだけ言って顔を前に戻した。


 「隊長さん、マーシャルロックって商人のこと知らないか?」

アルツの話題が出て、不意にヤンとジャイアン達のやり取りを思い出して、気になった単語を口にする。

「グィードでいいよ。…マーシャルロック?商人の名前か?」

「多分ね」

俺の問いかけにグィードは歩きながら、考え事をするように口元に手を当てる。


 「この街はいろんな商人が入っては出ていくからなぁ……。商人ってのは横の繋がりが広いから、商人に聞いてみたらどうだ?蛇の道は蛇ってやつだ」

おお、なるほどね…。確かに仰る通りだ。


 なんだかんだ言ってるといつの間にか駐屯所の出入り口に着いた。

ようやく解放ということか。本当、災難だった……。

「んじゃ、今度は捕まらないようにね~」

そう言ってグィードは手を振る。まさか隊長と副隊長に見送りされるとは思わなかったが、…この二人は暇なのか?

あと『今度は』ってどういう意味だ。

怪しいことをするなという意味なのか、捕まらないように上手くやれよって意味なのか。



 「あっ隊長!こんなところにいたんですね!?――ライオネルも!!」


唐突に響き渡る女性の声に、グィードとライオネルはびくっとあからさまに驚いた様子で声のした方に目を向けた。俺のほうからは見えないが、声の主を認めた二人は挨拶もそこそこにバヒュンッと音がしそうな勢いで走りさる。……なんだったんだ?


 ヤンは二人がいなくなったところを名残惜しげに見つめ「あぁ…サインもらえばよかったなぁ~……」などと呟いている。あの二人ってそんなにすごい人らなのか?……とてもそうは見えないが。


 「……とりあえず帰るか」

家はないのでギルドに。というかムカコギの実を納入しなければいけないのをすっかり忘れていた。たしか依頼の受諾から当日中に終わらせなくてはいけないのだ。

「ヤンはどうする?家まで送るぞ?」

「ううん、大丈夫だよ。僕の家ここから近いんだ」

日の陰り始めた空を見上げて言えば、ヤンは首を振ってそう答えた。


 「でも、ありがとう。おにいちゃんがいなかったら、僕ずっとあそこで泣いてるだけだったよ」

ヤンは気恥ずかしそうにそう言うと、取り戻したボールを大事そうに抱えて走り出す。数歩行ったところで唐突に振り返り「そういえば」と切り出した。

「マーシャルロックは流れの商人なんだ。スラムよりの区画でたまに店を開いてるらしいよ」

「そうか、わかった。ありがとな」

うん!と元気な返事をしたヤンは手を振って、今度こそ人波に消えていった。

いつかジャイアンを見返せるようになれよ。



 それにしてもとんだ一日だったな。

結局あれからすぐにギルドに戻りムカコギの実を納入して、得た収入は銅貨が15枚ほど。こりゃ一日に二件以上は受けないと割に合わないな…。大して寝心地がいいとは思えない宿のベッドに体を沈めて、今後のことを考える。


 「明日は討伐にも手を出してみるか…」

ティファの顔を見ながら呟く。戦闘から離れてしまうとせっかく覚えていた感覚を忘れてしまう恐れがあるからな。魔法ってヤツを試す機会も欲しい。それになんだかんだ言って討伐依頼が一番実入りがいいのだ。


 「あとは情報収集だな」

アルツは一体どこに行ってしまったのだろう…。

早くしなければそれこそ手の終えないことになってしまう。

ヤンはスラムよりの区画に行けばいいと言っていたな。たまに店を開いているということは、いつもではないということか。明日行ってみて運が悪ければ出直す羽目になるが、何もしないわけにはいかない。

 そっと目を閉じる。

メグはこの夜もアルツの帰りを待ち望みながら、不安を胸に眠りについているのだろう。





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 「はぁ~結局こうなるんだよね」

書類だらけになった机にかじりつきながらぼやくグィードを見て、ライオネルは自業自得だと言おうとして――やめた。なんせ自分も逃げ回っていた立場なワケで。現に執務室の出入り口には赤いオーラを纏って立ちふさがるアーシェがいるのだ。ヘタなことを言えばいつ火の粉がかかるか分かったものじゃない。


 「それにしても、今日会ったあの青年――名前を聞いてなかったな」


不意に真面目な顔をしたグィードに、ライオネルは固唾を呑んでアーシェを見守っていた視線を戻す。

「なんだ?どうせまた会うかもわからねぇのに」

「いや、絶対会うね…」

なんせ魔眼を持つ人間など……グィードにとって『凶兆』の他にない。


 グィードはあまりに縁の深いとある人物を思い浮かべ、無意識に溜息をついた。

こりゃ嵐の前触れだな。そんなことを思いながら。




次回は魔物退治クエスト(?)です。

そろそろまともに魔法が使えるようにしたい…。

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