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ミスリルの盾 前編

そろそろサブタイトルの前にナンバリングすべきかと思ったり。

 開け放った窓から眠気を誘うような鳥のさえずりが聞こえる。


時折そよりと吹く風は、未だ(かさ)を減らさない書類の山を咎めるように、上辺の数枚をぱらぱらと床に広げてゆく。それを億劫な眼差しで見送る青年は気怠そうに大きなあくびを溢して、一向に進む気配のない書類作成中の机に伸ばした足をのせた。

 革張りの椅子の背もたれに体を預けて目を閉じる。


「はぁ~~かったりぃ…」

「私が馬鹿でした、こんな日和に隊長が大人しく事務仕事するわけ無いですよ」

「…気持ちは分からんこともないがな」


 青年が拾う気配のない書類をかき集めながら呆れたような口調で呟く女と、その様子を見て同情の混じった視線を寄越す男。


 ここはアテライの街をぐるりと取り囲む防御壁に設けられた駐屯所の一室。

その部屋の長であるグィードは、今まで面倒だからと先延ばしにしていた事務仕事を消化するため、勤勉なる部下によって朝から軽い軟禁状態にある。

最初こそは部下の気迫に気圧され嫌々ながら筆を動かしていたが、その集中力が昼間まで続いたことはなく……このザマである。


 彼を監視していた部下である女術士アーシェは、敬愛すべき隊長グィードがこの状態になってから盛り返した事がないのを知っている。麗しい顔に不似合いな、どこか気苦労を感じさせる表情で小さな溜息を溢し、隣で同じように腑抜けた顔をさらしている同僚の男にとげとげしい視線を向けた。


 「ライオネル!貴方までそんな態度だから!」

「なんだよ、俺は関係ないだろ」

「ありますよ!副隊長のたるみが隊員ひいては隊長にまで伝染するんです!」

「それは一理ない」

キイキイとかしましいアーシェを鬱陶しそうに見やり、日に焼け浅黒くなった筋肉自慢の男ライオネルは、鼓膜を保護すべくアーシェ側の耳を指で塞いだ。


 こんなやりとりもこの日ですでに三回目…。

アーシェはグィードに負けないくらい大げさな溜息をついて、窓の外に視線を投げる。


 「そりゃあ私だってこんな日は、素敵な殿方とショッピングくらいしたいですよ…」

「だろぉ~?」

アーシェの心からのつぶやきに耳をそばだてたグィードは、食いつくように体を机の上にせり出し、同意を求めるようにキラキラとした眼差しをアーシェに向ける。それを見返すアーシェの目は恨みがましいものである。

 「そもそも隊長が日々こなしていれば、こんな無駄な時間を過ごさずにすんだのですが」

「ぐぬ……」

言い返せないグィードはじりじりと机の下に沈んでいく。



 「お忙しいところを失礼いたします」

そんな怠惰な空気に緊迫した声が投げかけられた。

打って変わって背筋をのばし、きりっとした顔つきに変わった三人が出迎えたのは、最近配属されたばかりの新入りである。今し方ここでどんなやり取りが繰り広げられていたのかも知らぬ若者は、面持ち緊張した様子で口を開いた。


 「市場のほうで商人の馬車に忍び込んでいた不審な輩を捕まえたそうなのですが、いかがいたします?」

「すぐさま行くとしよう」

十人中十人の女が「ハンサムだわ」と呼ばわる、実に男前な顔をきりりとさせて、グィードはアーシェが制止する前にさっさと部屋を飛び出していった。


 いっそつむじ風でも残していきそうな勢いに、残されたアーシェはぽかんとして…。隊長の片腕を自負するライオネルは「やれやれ……」と表向き気怠そうな態度で腰を上げる。ここからおいとまする良い口実が出来た。

部屋の出入り口でグィードの後ろ姿を唖然と見送っていた新人の肩を叩き、隊長の名を高らかに叫ぶアーシェの悲鳴をバックに部屋をあとにする。





 「だからー!馬車の中にボールが入って取りに入っただけだって!」


 尋問室に近付くにつれ、引っ捕らえられたらしい下手人の声が廊下にまで響き渡っている。

その声を聞いたグィードは「はて」と首を傾げた。どこかで聞いたことのある声だ。その疑問は部屋に入ってすぐに解明したのだが。


 「あっ…隊長自らお越しになったのでありますか?」

下手人に尋問をしていたのは隊に入って長い中年の男であった。扉の向こうから現れたのがまさか直属の上司とは思わなかったらしく、椅子を蹴って立ち上がると拳を胸に当てて敬礼を示す。

手を上げてそれに応じ、グィードは下手人にしてはふてぶてしい態度で椅子に座ったままの人物を見下ろした。


 深い緑色のローブに身を包み目深にフードを被った人物。顔こそはよく見えなかったのだが、その身なりにグィードは思い当たる節があった。……というよりも、彼の後ろの席で静かに座っている少女を見てピンときた。

金髪金眼がまばゆい美少女…見間違えるはずが無い。


 「あんたが隊長さん?この石頭に言って聞かせてくれないか?俺は無実だって!」

「なんだと、この盗人が!」

「誰が盗人だ!さっきから好き勝手言いやがって!」


がたんと派手な音を立てて立ち上がった青年は、盗人呼ばわりがよほど心外だったのか酷く憤慨した様子で隊員に詰め寄った。バチバチと火花を散らしそうな勢いで顔を付き合わせていた二人を引き剥がし、このままでは殴り合いに発展しかねないので中年の隊員を退室させる。



 倒された椅子を直し座るように声をかけたグィードは、ゆっくりと真向かいに腰を下ろした。

見上げた顔は鼻筋と口元しか見えなかったが、やはり見覚えのある顔だと納得する。その青年は隊員が退室したことでやや頭が冷えたのか、椅子を引き寄せて腰を落ち着けた。


 「あんたに会うのはこれで二回目かな?」

「えっ…?」

グィードの問いかけに青年はうつむけていた顔を上げて、グィードを見つめた。

初めて直視した青年の瞳にグィードは一瞬眉を寄せる。


「…あんた、自警団だったのか」

青年もグィードの顔は覚えていたようだ。しかしこんな状況で再会するとはお互い思いもしていなかっただけに、複雑な表情をしていたが。

「あの時はオフで飲んでたから、冒険者に見えたかも知んねーけど」


正確に言えばグィードたちは自警団では無いのだが……それを訂正するのは後にするとして、改めて姿勢を正し青年に向き直る。なぜ彼が盗人として吊るし上げられたのかを追求しなければならないからだ。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼






 エミリーたちと別れた後、俺とティファは馬車から少し離れたところからその後を追っていた。


 馬車は市場から少し離れた噴水のある広場に抜けると、『ジョアン宝飾工房』と看板の掲げられた店に横付けにしてようやく停止した。母衣(ほろ)のかかった荷台から2人の使用人が降りてくると、せっせと無駄話もせずに荷物の積み下ろしを始める。


 俺とティファは辺りを見回した後、その様子が見える位置にあるベンチに腰掛けることにした。そばでは小鳥にパンくずを振る舞う親子連れと、ボールで遊ぶ子供が五人ほど元気な声を上げながら走り回っているので、悪目立ちすることは無いだろう。


 使用人が荷台から下ろしているのは一抱えで持ち上げられる大きさの壺である。

大きさの割にずいぶん重たそうに抱えているのは、中に何かが詰まっているためだろう。水にしては効率の悪い運び方な気がするし(なにせこの世界には大変便利な道具袋がある)酒にしては量が多い気がしなくも無い。

 全ての荷物を運び終えたらしい使用人は、馬車を引っ張っていた牛並みにデカイ羊のような生き物に、木桶に汲み貯めた水を与えたあと、宝飾工房の中に姿を消してしまった。


 「失礼、あの馬車の持ち主を知らないか?」


隣で小鳥を呼び寄せている子連れの父親に声をかけてみる。父親は一瞬警戒したような眼でこちらを見たが、俺の指差す方を見てうーんと首をひねった。

「さあ…よく見るけど知らないね。宝飾工房お抱えの商人じゃないかい?」

それだけ言って子供を呼び寄せると、どこか余所余所しそうに歩き去ってしまった。やっぱ格好が怪しすぎたかなぁ……。


 その時、側で大騒ぎしながら遊んでいた子供の集団から、ポーンと何かが飛んでゆく。それは石畳の上を二、三度跳ねた後、先ほどの馬車の荷台にすっぽりと吸い込まれてしまった。


 「バカ、どこに飛ばしてんだよ!」

子供の1人がノーコンをかましたらしい子を叱咤する。子供たちの中で一番小柄な少年が何度も謝っているが、残りの四人は顔を見合わせ困惑の表情を浮かべた。

「最悪だぜ、あれマーシャルロックの馬車じゃねーの?」

「あの柄間違いねーよ。どーする?勝手に取りに入ったらぶん殴られるぞ」

子供達のひそひそ声に耳を傾ける。

「ヤン、お前が飛ばしたんだからお前が取りに行けよ!」

「えっ…でもぉ……」

四人に責めるような視線を受けた小柄な少年は、つぶらな瞳をうるうるさせて顔を俯けた。


 「明日あのボール持ってこいよ、じゃないと仲間に入れてやんねー!」


そう言ってリーダー格らしき一番大柄な少年は他の子供を引き連れてその場を後にした。残された少年――ヤンといったか?――はその後ろ姿を見送り……下唇を噛み締めて泣きそうになるのを一生懸命こらえているようだった。

 リーダー格の少年(ジャイアンと呼ぼう)も酷い奴だなぁ…。友達ならこんな時かばってやりゃいいのに。でもあの様子を見るに、このヤンという少年は普段から使いパシリみたいに扱われているのだろう。


 「……大丈夫か?」


結局見捨てるわけにもいかず小さく頼りなさそうな背中に声をかけると、ビクッと肩が跳ね上がってヤンが振り向いた。見開かれた瞳は今にも泣き出しそうで、ますます可愛そうになってしまう。


 「そんなにあのボールが大事ならてめぇで取りに行けよとか言っちまえ」

「だ、だめだよ、あのボールはシャスカのなんだ。僕があそこに投げちゃったのが悪いのに、そんなこと言えないよ」

ブルブルと肩を震わせてそう答えるヤンは、顔を青くしたり赤くしたりしながら馬車を恐ろしいものでも見るように見つめる。


 「でも、どうしよう……。あの馬車の人、すっごく怖いんだ」

「正直に言えばいいじゃん。ボールが入ったんで取らせてくださいってさ。簡単だろ?」

俺がそう言うと、ヤンは信じられないものを見たような顔で俺を見返してきた。

「あの人たち、すぐ怒鳴って殴りつけてくるんだよ?僕の言うことなんか、聞いちゃくれないよ……」

うじうじと小さな手を擦り合わせて、とうとう頭がパンクしてしまったらしいヤンはシクシクと泣き始めてしまった。


 やれやれ、しょうがねぇな。

ガシガシとローブ越しに頭をかいて立ち上がった俺は、ティファにそのままでいる様に言いつけてまっすぐ馬車まで歩いて行く。ヤンがびっくりした様に真っ赤な目を見開いて、「えっ……えっ?」と声を上げているがスルーした。

 荷台の母衣をめくり、暗い中をぐるりと見渡す。駆け寄ったヤンがひどく焦った様子で俺の腰にしがみつくと、ベルトを引っ張って叫んだ。


 「や、やめたほうがいいよ、おにいちゃん!」

「あのなーそんなに怖いなら、ばれない様に探せばいいんだよ」

俺の意見にもの言いたげにくちごもるが、ヤンは言い返すことも出来ないほど気が弱いのかベルトを引っ張る手を離す。


 ひょいと荷台に飛び乗って、中をもぞもぞと探す。葛篭つづら)のような箱の間に、動物の皮を縫い合わせて作ったような球体が挟まっている。

これかな?

ぐい、と引っ張ると側にあった壺ががしゃんと音を立てて倒れた。


 あ、やべ。割れてないだろうな?


 ツボの中に入っていたのは、なんと大粒の魔晶石であった。

赤水晶に紫水晶ーー数は少ないが青水晶も見受けられる。なるほど、使用人達が運んでいたのはコレだったのか。……ということは、この馬車の持ち主は魔晶石の商人になるのだろうか?


 「おい、そこで何をしている!!」


 唐突に背後からかけられた野太い声にギクッとする。

振り返ると先ほどの使用人が一人、ヤンの首根っこを捕まえていた。もう一人は馬車の中にいる曲者(俺だ)を見咎めるように立ちふさがっている。

タイミングわるーっ!なんで今頃戻ってくるかな!?


 ヤンの奴もうんとかすんとか言えよ!

俺がヤンに目を向けると彼は哀れにもあまりの緊張と恐怖から、顔色を真っ青にさせて唇をわななかせていた。だめだこりゃ……。


 「衛兵を呼べ!盗人がいるぞ!」

「誤解だ、俺はこのボールを取ろうとしただけで……」

「そんな見え透いた言い逃れを誰が信じる!」

両腕を上げて片手のボールをちらつかせてみたが、さすがに状況が悪かったようだ。使用人達は俺を荷台から引き摺り下ろすと、荒々しく後ろ手に締め上げてきた。


 「マスターを放して」


聞き覚えのある声にハッとする。

制止の声を上げる前に、ティファの手は俺の腕を締め上げる使用人の首根っこを掴み、軽々と放り投げてしまった。

 「なっなんだこの小娘!?」

ヤンを捕まえる使用人が驚きの声を上げる。あちゃーやっちまったか。しかしティファは俺を守ろうとしただけだ。何も悪くない。


 「こいつらを捕まえてくれ!」

駆けつけた衛兵に焦ったような声を上げる使用人達。

結局俺とティファはおとなしく――衛兵に連行されたのだった。


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