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怪しい魔晶石商

とりあえず、アルツを捜すためにメグから預かった写真をいろんな人に見せた。比較的人の集まりやすい飯屋とか酒場とか市場とかエトセトラ。



へえ変わった魔物だね。見たことないなぁ。


兄ちゃん、そんなことよりうちの商品買っていってくれよ!


なんだてめぇ気安く話しかけんじゃねぇよ!!


………(無視)




三時間ぐらい続けるとさすがに心が折れかけてきた…。

思わずふかーい溜息が出てしまい、ティファが見上げてきて何でもないと首を振る。

そもそも人捜しでさえ苦労するだろうに、言葉の話せない生き物を写真だけ手がかりに捜すなんて無理がありすぎる。せめて目撃証言の一つでも引っ掛かればいいのに、それさえ無かったのだ。


だいたいこの街広すぎるんだよ!


結構歩いたつもりだけど、多分街の十分の一も歩いていないんじゃないか? 肉体的には全然疲労など無いが、心的疲労が半端ないよ!


でも、メグのあの必死な顔を思い出すと――交わした約束を反故にすることも出来ない。


もうちょっと粘ってみるか…。





「ずいぶん変わった色のぺぺですね。見かければ覚えていそうなものですが」

「見せてみろ。…確かに変わっているな」

「ん〜?コイツどこかで見かけた気がするな…」


ところ変わって何件目になるか分からない酒場で、三人集まって会話を楽しんでいた冒険者のグループに話しかけたところ、今までとは違った返答を聞きつけその声の主に食いついた。


「ちょっと待った!見かけた?!どこで?!!」

「うわっ?!なんだよ、ずいぶん必死だなあんた。ちょっと待てよ、今思い出すから…」


そう言って亜麻色の髪を短く刈り込んだ、こざっぱりとした雰囲気のイケメン冒険者が腕を組んで考え込む。


「…ありゃあ二、三日前に別の酒場から出たときに、目の前を通りかかった馬車に乗せられていたな…。母衣の間から見えただけだけど、赤い体色のぺぺなんて珍しいな~って思ったんだよ」

「グィード、それ見間違いじゃないのか?酒場ってことは酔ってたんだろう?」


グィードと呼ばれたイケメン冒険者が視線を天井に縫い付けてそう話したのを、色黒のがっちりした戦士タイプの冒険者が茶化す。


「隊長のことならありえますよ!すみません、なんの助けにもならなくて…」


最初に受け答えしてくれた紅一点の女性が申し訳なさそうに告げた。若葉色のローブを身につけた術士風の身なりをしている。おとなしそうな顔立ちをした美人だ。


「いやホント!あれは間違いない!」


なにやらムキになって言い立てるグィードを、二人ははいはいと言わんばかりに手を払って聞いている。どんだけ信用されてないんだよ…。それかよっぽど酒癖悪いんだろうな。


「ちなみにその酒場がどこか覚えてないか?」


こうなれば仕方ない。藁にすがる思いで聞いてみよう。どうせ今までずっと空振りだったんだもんな。スカを掴まされても今更ってもんだ。


「ほら!あんただけだぜ〜信じてくれるのは!…あれは確かナルシスクイーンとかいう店名の酒場前だったな」


ん?聞き覚えがあるな。訪れた酒場の一軒にそんな名前があった気がする。


「御者は使用人っぽかったけど、多分商人の馬車だな。けばけばしい見た目で趣味が悪かったぜ。きっとあくどい商売でもうけてんだろうよ」

「ふぅむ…。ちなみに馬車がどっちに向かったってのは分かるか?」

「うーん…そこまでは。なんせそこで酔いつぶれて置き引きにあいそうになったのを、こいつらに助けてもらってよぉ~」


なっはっはっは!!と豪快に笑ってらっしゃるが、隣のお二人全然笑っておりませんよ。きっと苦労させられてんだろうなぁ…。ま、悪い人じゃなさそうだけどね。


それにしてもやっとまともな情報ゲットだぜ!

馬車に乗せられていたって事は、メグの家を抜け出して街をうろついていたところを商人に見つかって捕まえられたんだろうな…くそーややこしくなってきたなぁ。


ひとまず三人組に礼を言って店を出ると、ちょうど九時を告げる鐘の音が遠くから聞こえた。ここから宿まで距離があるし、十一時からの約束もあることなので一旦宿に戻るとしよう。





「長いこと見かけなかったが迷子にでもなってたか?」

「半分正解かなー…」


もはやグラドのご挨拶にも慣れたもんだ。どこか気疲れした様子の俺を見て不思議そうな顔をしたが、早速出発するらしく支度を調え始める。


「あれ、ドリィは?」

「…ん、ああ…」


いつも一緒の相棒の姿が見当たらなくて尋ねると、グラドが何となく歯切れの悪い返事をしてきた。


「…あいつには今後の準備に当たってもらってる。……ところで」

なんだよ、気まずいなぁ。

「この用が済んだら俺たちは一度ラマンの街に戻って別の街に行くつもりだが……お前はどうするんだ?」


えっ…


唐突な告白に俺は呆気にとられた。

そりゃそうだよな…グラドもドリィも冒険者なんだ。気の赴くままに思い立った場所に行くのが彼らの生業だ。けどいざ離れるとなるとめちゃくちゃ心細いな…。俺の側にはいつでもティファがいるから全くの一人というわけじゃないが、ティファとは違った頼りがいがこの二人にはあった。


「俺は…」

いつか王都に行きたいって思ってたんだっけ。でもそのためには金が必要で冒険者になったわけで…。


「俺はここに残るよ。あんたに返さなきゃいけないものもあるし…いつまでも頼りっぱなしになるわけにはいかないだろ?」

「…そうか。また合う日までにしっかり揃えとけよ」


そう言ってグラドはいつもより柔和な笑みを寄越した。


グラドが身支度を調え終わり、例の魔晶石商人が夜の間だけ開くという店に向かう。その道中に聞けることは聞いておこうと思い、口を開いた。


「なぁ…言ってなかったけど俺いつか『王都』に行ってみたいんだ」

「…ほぉ、いいんじゃねぇか?冒険者であればいずれ訪れることのある場所だしな。あれは綺麗なところだ。行く価値は十分ある」

「王都ってどうやっていくんだ?」

「そうだな…一番楽なルートで言うと海路になる。王都まで直通の便もあるしな。けど乗船料がめちゃくちゃ高い。なんせ貴族御用達の商船ばかりだからな」


貴族御用達?…商人の集まる街だもんな。貴族の投資で海路は開拓されたのかもしれない。となると乗船料が高いのもうなずける。


「一般的なルートだと馬車を使ったり、気長に歩きで行くかだな。どうせなんだ、これをやる」


そう言ってグラドは綺麗に折り畳まれた紙の束を寄越した。何かと思えばそれは使い込まれた様子の世界地図だった。グラドは横から現在地と王都をそれぞれ指し示してくれた。


「少し古いが役に立つだろう」

「…ありがとう」


まるで宝のありかでも刻まれたみたいに所々書き足しては消された跡の見える地図は、実に味わい深い見た目をしていた。ゲームとかで見るような地図で思わず感動する。…そういえば何故かこの世界の言葉は耳にするのも目にするのも理解できる。


魔王の体を借りてるからか?もう何でも魔王のせいだよね。


しげしげと地図を見下ろしていると、ふいに視線を感じて顔を上げる。グラドが変なーーじゃなかった、おかしな顔をして俺を見下ろしていた。「なんだよ?」と聞くとそこで初めて気が付いたみたいに顔を逸らす。


「お前は何を見せても新鮮そうで羨ましいぜ…」


なにをぅ?地図ごときで眼をきらきらさせてガキ臭いって事ですかー?





そんなやりとりをしている間にグラドが行く道はどんどんと細く物騒な道になっていく。

隅でうずくまり金をせびるやせこけた老人、気の触れたように誰もいない壁に向かってブツブツと独り言を呟く男。客待ちをする疲れた顔をした売春婦。


やはりどんなに豊かに見える街でも、こういう一面があるのだと思うとやるせない気持ちになる。


俺とティファはがっちり手を繋ぎ、さながらグラドという虎の威を借る狐の如くぴったりと付いていく。うーん、この用が終わったら二度とお近づきになりたくない場所だな!


そして何とかたどり着いたのは、不思議な芳香を漂わせた怪しい入り口。黒い布地に赤い刺繍がされた垂れ幕をくぐるグラドに続くと、そこは夜の帳が落ちた外より暗い階段があった。灯りはぽつぽつと置かれた蝋燭の明かりだけで、それをたどるように降りていく。


ガラス張りの扉に突き当たり、グラドが大きな手でやたら豪奢な作りのドアノブをひねった。

鈴より音色の澄んだドアベルが鳴る。中は外で嗅いだより強い芳香が漂っていて、薄暗い店内が少し煙って見えるくらいだ。グラドは匂いがお気に召さないのか顔をやたらに顰めている。


「いらっしゃい…」


突然ささやくように声をかけられてびくっとする。

声のした方を振り向くと、何やら黒魔術に使いそうなおどろおどろしい置物に囲まれたカウンターに、小柄でやせた男が一人ちんまりと収まっていた。


「買うのかい?売るのかい?」


それだけ言って男はニンマリと嫌な笑みを浮かべた。


「これを売りに来た」


グラドのほとんど無駄のない言葉と共に、彼の懐から取り出されたものは静かにカウンター上に据えられた。


店主の男はそれをじっと見ていたが、浮かべていた笑みをすぅっと引き波のように消してしまう。男の顔はやつれているのもあるのか、無表情になると生気を感じなくて不気味だった。


「…こんなに立派な青水晶は久々に目にしたねぇ。どこでこれを?」

「言ってやっても良いがあんたの買値次第だな」


グラドも店主に負けないくらい、いやーな笑みを浮かべる。

店主はしばらく値踏みするような目付きでグラドの顔を見つめていたが、そろばんのような見た目の計算機を取り出すと無言でそれを弾いた。そしてそれをグラドに示す。


「安すぎるな。一応コイツはギルド公認の魔晶石職人の鑑定済みだ。俺が分かってないと思ってその値段にしたのか?」

「…ふぅん、なるほど」

店主は面白そうに再度笑うと、計算機を手元に戻して珠を弾き直す。その値段を見てグラドは眉を寄せた。


「…邪魔したな。別の所に行かせてもらう」

「待った。わかったわかった…」


グラドはカウンター上の魔晶石を取ると俺たちを引っ張るようにしてドアへ向かうが、店主の引き留める声に足を止める。


店主が弾き直した金額は最初に見せられた金額のおそらく倍近い値段になっている。それを見てグラドはようやく納得したのか取引が成立した。店主がカウンターの奥に向かって声をかけると、店主とは比べものにならないくらいがっちりした体格の男が現れる。


「こちらのお客さんにこれだけ用意して」

「はい」


言葉少なに会話を終えると、「少々お待ちを」と言ってニンマリと笑んだ。


「ついでにコイツのも買い取ってくれ」

グラドに促され俺は慌てて自分の持っていた魔晶石を取り出した。店主はつまらなそうな視線を石に向けると、あからさまに顔をしかめて見せた。

混濁石(インクルージョン)じゃないか。こんなもの買い取れないよ」

先ほどとは打って変わって無愛想に吐き捨てられた。イラッとしたが我慢我慢。


「そこを何とかしてくれ。コイツ金に困ってんだよ」


グラドの助けになってんのか馬鹿にしてんのか分からない言葉に、店主は少し考えるような顔をする。


「……金に困っているなら、こんな石っころを売るよりその眼を売ったほうが、よほど金になるがね……?」


しん、と元々静かな店内がさらに静まりかえる。



なぜ?——眼を合わせていなかったのに。



俺が言葉にしなかった疑問に、店主はあの見る者を不快にさせる笑顔を浮かべて答えてくれた。


「『魔眼』は暗闇であればこそ、より美しく輝く…か。噂は本当だね?」


魔眼は暗いところでも宝石のように輝くのが特徴――いつかメイヴィスが聞かせてくれた言葉だ。そういえばこの店内は街灯がない分、外より暗い…。


気が付いてとっさに身を引いたのが答えになってしまったらしい。俺の感情の変化を読み取ったのか、大人しかったティファの雰囲気が変わる。


「コイツは売れねぇ。その石だけ買い取りな」


グラドも嫌な気配を悟ったのかそれだけ言って店主を威圧する。


「そりゃ残念だ…」


店主は口にした言葉尻に名残惜しげなものを含ませて身を引いた。


グラドと違い俺の魔晶石はすぐに端金に変わった。銅貨が三枚ほど。

これって円に換算するとどのくらいなんだろう?




それから気の休まらない時間を過ごし、先ほど店主が呼び寄せた男が重そうな革袋を持って現れた。その中身を確認するため、グラドがカウンターで革袋をひっくり返す。


中から出てきたのはおびただしい量の金貨だ。そしてその中に含まれるいくつかの白いコイン。…もしかしてあれが白金貨ってやつか?


「…確かに」


枚数を数え終えたグラドはそれらを革袋に詰め直すと、ここにはもう用はないと言わんばかりにきびすを返した。

「行くぞ」

小さく刺すような声に促され、俺はティファの手を引いてグラドの後に続きーー逃げるようにその店を後にした。


「…もうあそこには寄らない方が良い」


グラドの忠告を俺は静かに聞いていた。何故かなんて聞かなくても分かる。


「あの魔晶石を買い取れそうなのがあの商人しかいなくてな、これきりだ…」


その言葉を最後に、俺たちは沈黙のまま帰路についた。






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「…どうされます?」


薄暗い店内に低い声が響いた。

その声を聞いた男は顔を上げると、声のした方を振り向くことなくにたりと笑みを浮かべる。


「惜しいねぇ…。しかし見たかい?あの輝きを…」

「いえ…」

「そうだね、お前はいつも影に控えてるから見えなかったか」


くくく、と痩せた肩を震わせて男は細い眼の奥に剣呑なものを宿した。


「あれはおそらく『黒水晶(オブシディアン)』に匹敵する色合いだ…。しかも両目だぞ?王都の宝物庫をひっくり返してもあれ以上のものは望めない」


こみ上げる笑みが静かに消え失せる。


「みすみす見逃すには勿体無いね」




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