技能試験
宿に戻る前に夜食にありつくため、俺とティファはおなじみのメンツで飯屋に行く。
ほぐした肉をソースであえた具がたっぷり詰まったサンドを頬張る。あーおいしい。どこの飯屋もレベルが高い世界なのか、それとも店を選ぶグラドとドリィの眼が確かなのか分からないが、今のところ外れがない。
金が貯まったらグルメ旅も良いかもしれないな…とか思ったり。
口の中のものを全部飲み込んでから、俺は真向かいに座っているグラドに声を掛ける。
「そーいえば魔晶石の買い手を探してるんだろ?」
「ん…?そうだが」
「あてが出来たら俺も連れてってくんない?」
何故?と言いたそうなグラドの視線を受けながら、俺は懐にしまっていた『道具袋』を取り出すと、中に入れていた例の魔晶石を取り出した。そういえば中にワームの角も入れていたんだった…。食事中に見るもんじゃないね!おえっ!
俺の手の中でころりと転がるそれを見下ろし、グラドとドリィは難しそうな表情を浮かべた。
「混濁石か…あんまりいい値段で売れないよ?」
「あー…オーウェンもそんなこと言ってたな」
ドリィの言う混濁石とは、色の混じった魔晶石の呼び方らしい。
俺がワームの体から取り出したそれは、『黄水晶』にも『赤水晶』にもならない中途半端な代物のようだ。
「魔力が吹き溜まるところに置いておけばいずれ『赤水晶』になるから、そのタイミングで売り払うのも手だけど…」
「時間がかかるな」
ドリィの言葉を追って呟かれたグラドの一言に、俺はがっくりうなだれた。
「ま、金にならないわけじゃねぇ。試験が終わったら連れてってやるよ」
にやっと癪に障る笑みを浮かべたグラド。
ふんっ口の端にソースがついてるから全然サマになってないね!
「ああそういえば…」
不意にグラドが思い出したように口を開いた。
「シュリング空洞の一件を報告したら、ここのギルドマスターがお前と話をしたいつって来た」
「へっ?」
な、なんだよ。またギルドマスター?
今度は何の話だってんだ?しかも向こうからの誘いか…断るわけにはいかなそうだ。
「一応試験を控えてるから、終わってから伺うと伝えておいた。試験が終わったら真っ先に行くんだぞ」
他人事みたいに言い捨てたグラドはさっさと食事に戻ってしまった。
き、気になるーっ!けどグラドはここで話すつもりはないらしい。
仕方なく俺も中断していた食事に戻る。
腹が満腹になったところで宿に行き、シャワーを浴びて床に就いた。
はー…と無意識に深い溜息が漏れる。
ここ数日の間に、いろんなことが起こりすぎた。考えることがいっぱいありすぎて困る…。パンクしそうな思考から逃げるように眼を閉じる。
相変わらず寝る必要があるのか分からないが、眠ろうと思えば眠れるのでそうしている。
ティファはベッドの縁に腰掛けて俺を見下ろし、相変わらず『保護者モード』だ。やれやれ、どっちが年上か分からないな。
眼を閉じているとふと昼間のことを思い出し、エミリーに教えてもらった『魔力の掌握』をやってみることにした。コツは忘れないようにしないとね。
眼を閉じて、体の中にある流れを読み取り…すくい上げ放出する……。
術士ってのはこんな作業を無意識のうちにこなしているのだろうか?
それともコツさえ掴めば朝飯前の作業なのかもしれないな…。
ぬぅぅ…
じわりとへその辺りが温かくなる。
周りの空気が揺らぎ…宿の外の喧噪まで静まりかえり…遠くでさえずる夜鳥の声が聞こえた気がした…。
力を押さえつける壁に亀裂が入るイメージが流れ込んでくる。
黒い靄が手の形を為して、亀裂をこじ開けようと暴れ出す。ここまでは昼間の瞑想でたどり着いたところだ。今回はこのまま恐れずに進めてみよう。
出てこい…魔王の力ってのを見せてみろ……
ガシャーン!!
「うわっ?!」
唐突に耳に飛び込んできた音に我に返る。
そして目の前の光景にぎょっとした。
大きなかぎ爪のようなものでえぐられた壁と…粉々に砕け散った窓ガラス。
窓枠がキイキイと悲鳴のような音を上げて、かろうじて端に引っ掛かっている。
…何が起きた?
もしかしなくても俺の仕業なのか?
結局その後は、物音に驚いて駆けつけたグラドとドリィそして宿の主人に、何事か問いただされる羽目になった。自分でも何が起こったのか分からなかったので、皿洗いでもするんで許してください!と土下座したものの、宿の主人はグラドに渡された一枚の金貨に心動かされたらしく、引きつった笑顔で許してくれた…。
俺の土下座は金貨一枚の価値より安い…そりゃそうか……。
グラドにこってり絞られて、俺の負債にまた一つ宿の修繕費が追加されたのだった。
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それから残りの時間は瞑想のみで過ぎ――試験の日はあっという間にやってきてしまった。
「結局魔法は使えずじまいだね」
「うん…そうだな」
エミリーの心配する視線を受けながら、俺は曖昧に返事をした。
厳密に言えば、何も出来なかったわけではない。エミリーには宿の一件を話していないので、俺は魔法が使えない認識のままのようだ。
そうじゃない。
使うのがやばいから押さえてるようなもんだ。
そもそもこの『壁』は勇者の施した封印ではないのか?
ずいぶんあっさり破れかけているが…どういうことだろう。時間が経ちすぎて封印が消えかかっているのだろうか。
試験は天道が真上に来て始まった。
闘技場に集められた受験者はざっと見渡した限り五十人もいかない。
中にはエミリーと…シオン、オーウェンの姿も見える。二人ともこの数日の間扱かれて、少しばかり貫禄がついたような顔をしている。うんうん、いいことだ。
受験者にはそれぞれ小さな木の札を渡された。
元の世界で見たおなじみの形で数字が書かれている。受験番号のようなものかな。
「これから手元の札に書かれている番号ごとに試験を行います」
受験者を見渡せるようにか昨日まで無かった櫓から試験官の声が降ってくる。
「三人から四人のグループに分けられ、課せられた試練をこなすのを試験官が採点する方式になります。詳しいことはそれぞれ試験官の指示を聞くように」
簡易な説明を聞き終えて、受験者はばらばらと呼ばれた順にグループを形成してゆく。
俺の入ったグループは全員がエミリー達と同じ年頃の――つまり子供だった。というか受験者の中で俺は比較的年長にあたるんじゃね?
子供達から向けられる奇異と好奇の眼差しはとっても居心地が悪い。
冒険者ってのはこんなに若い頃からやるもんなのか?
まぁアカデミーがあるくらいなんだから、本腰を入れて上位の冒険者を目指すのなら俺くらいの歳になると遅すぎるのかもしれないな…。みんな若いうちから将来を見据えててえらいね。
…とまぁ、俺は何食わぬ顔を繕い(フードのせいで見えないだろうけど)試験官の説明を聞いていた。
「――というわけで、それぞれ足下のサークルに立ち、魔物と実戦してもらうことになる」
あれ、よく聞いてなかった…。いつの間にか説明が先に行っているぞ。
「相手は低級といえども魔物だ。なめてかかると怪我をするからな。もちろん怪我をした場合は減点になるから注意するように」
はい!
試験官の説明が終わり、俺以外の子供達が威勢の良い返事を返した。あの~もう一度最初っからいいですか?なんて言えない雰囲気だ…。
結局俺は周りの子供達にならって、サークルの中に立つ。
目の前には一つの檻がある。ゴトゴトと音を立てて派手に揺れているが…どんな魔物が入っているのであろう。
試験官の良く通る声が合図を叫ぶと、檻の蓋がはじけるように開いた。
中から躍り出たのは――猫のような姿。
全身の毛をむっくむくに逆立てて、威嚇するようにシャーッと牙を剥いている。大きさは俺の知ってる猫よりずっとでかい。よく育った猪ぐらいはありそうだ。まさかこれがメインクーンとかいう種類?
尾っぽは体の大きさにしてはずいぶん長い。それがぶわっとふくれあがり、時折ぱちぱちと音を立ててスパークしている。あれは電気か?
いや、それよりも――かわいすぎないか?!
ライオンとかヒョウみたいな猫科ではなくてそのまんま猫だ。
あれを斬るだって?!できるわけないだろーーっ!!
元の世界にいるときは猫を飼いたかったっけなぁ…。
でもなかなか家に帰る時間がなかったし、何よりペットがNGの賃貸だったから諦めたんだっけ。
「くらえっ!」
思わぬ魔物の愛らしさに癒されていると、パーティの一人が威勢よく切り込んだ!
それを飛び退けると、猫はスパークさせた尾っぽでダンダンッとリズムよく地面を叩く。するとバチバチと火花を散らした閃光が、斬りかかった少年を襲った。
「うわぁっ?!」
小規模の稲妻でも発生したかのような轟きを放って、少年は倒れ込んだ。感電したらしい。
残念ながら某国民的コント集団のように頭はアフロになっていなかった。
「やってくれるわねっくらいなさい!」
次に少女が火の玉を放つ。魔法か。
しかしそれはのろのろと進んで猫を捕らえることは出来ない。宙を飛んだ猫が尾っぽをぐるんと振り回すと、そこから放たれたプラズマが少女に直撃する。
「きゃあああっ!!」
少女もがっくり倒れ込んだ。…ってなんだこの流れ?
残る少年は跳び避けながらその様子を窺っていたが…意を決したように手にした剣を振りかざす。
「符呪!」
高らかにそう叫ぶと、少年の剣が何やらオーラを纏い始めた…。
なんだあれ…?魔法剣みたいなものだろうか?
少年は猫をキッと見据えると振りかざした剣を叩き下ろす。まるで空を切るように、風の刃が地面をえぐりながら猫を襲う!避けろ!
俺の想いが通じたのか(?)猫は疾風を避けると、地面を尾っぽで払う。バリバリと疾る閃光が、少年を包む――
最後の一人になった俺を、猫は未だ威嚇しながら相対していた。
俺は猫の目をじっと見つめる…。時折ゆっくりと瞬きをしながら。
「なんだ?急に大人しくなったな…」
少し離れたとこで試験官が不思議そうな声を上げた。
ふおんふおんと音を上げそうなくらい振り回されていた尾が、ゆっくりしなびて垂れ下がって行く…。
よしよしいい子だな…。
まさかここに来て、猫を飼えない鬱憤を近所の野良猫に発散していた経験が、役に立つとは思わなかった。
姿勢を低くしてそろそろと近づき――俺の手を鼻先に突き出すと、猫はそっと匂いを嗅いできた。
そのままゆっくりと顎を掻いてやる。訝しげな目を向けていた猫もキュッと目を細めてそれを受け入れた。長い尻尾がピンっと立っている。ご機嫌な証拠だ。あーやっぱ猫は可愛い!
もふもふを堪能していると、試験官から終了を告げられた。
「魔物を手なづけて終わらせるとか聞いたことない…」
試験官が呆れたような…目の前の光景が信じられないように呟いていたが、俺は猫とのふれあいタイムが終了することが信じられませんが?
やっと試験終了でございます。いよいよ冒険者として小金稼ぎをしなければいけませんね。