この道を通ってお帰りください
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。冬の女王様が塔に入ったままなのです。辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
塔はいつでも女王様の季節の匂いで満ちています。春は春の匂いが、夏は夏の匂いが、秋は秋の匂いが。女王様が塔に入るといつも国の人々は季節の匂いをかぐ為に塔を訪れました。友達と恋人と家族と。大切な誰かと季節の訪れを感じては幸せな気持ちになっていたのです。
でも、今は冬の匂いをかぎにくる人は誰もいません。あまりに長く続く季節は終わってほしいものでしかなく、塔に来るのは王様の褒美目的の者だけになっていました。
女王様のいる部屋の扉をたたいては人々は様々な贈り物をしました。
光り輝く宝石、上質なドレス、極上の食事。
捧げては季節の交替をお願いしました。
しかし、そのどれも女王様の心に届くことはありませんでした。
扉の覗き穴から贈り物をのぞいては女王様は悲しそうに言うのです。
「それが私への贈り物ですか? 私はとても傷つきました。今すぐ帰って下さい」
何人も何人もそのように帰され、いつまでもいつまでも冬は続き、食べる物はどんどんなくなっていきました。病気で倒れる人もたくさん出てきました。
今、女王様は塔の上からさびしそうに足跡1つない雪に覆われた地面を見つめていました。
少し前まではたくさんの足跡がついていたのに。人々の心は諦めで満ちていました。
深いため息をついた女王様はふと一人の少年が塔に向かって歩いてくるのを見ました。
そのまま中に入るのかと思えば、少年は入り口で足を止め、雪だるまを作り始めました。
せっせせっせと作り、道の両端に並べてはそのまま帰っていきました。
あの子は一体何をしているのだろう。
女王様は不思議に思いましたが、何だか大切にしたい気持ちになって、雪だるまを壊さないように雪を降らせました。
次の日も次の日も少年はやってきて雪だるまを作っていきました。塔の入り口から続く道は少年が作った雪だるまが並んでいます。女王様は塔の上からその様子を眺めては壊さないように壊さないように雪を降らせました。
ある日、困り果てた王様がついに家来を連れて、直接、塔を訪れました。
女王様がいる部屋の扉をたたいてお願いします。
「冬の女王よ、お願いだ。あなたが望むものは何でも用意しよう。どうか、春の女王と交替してくれないか」
「私が望むもの?」
王様の言葉に女王様の瞳は塔の外へと向きます。
「それならば、あの子を私のもとに連れてきてくれますか?」
「あの子?」
「ええ、この塔の外で雪だるまを作っているあの子です。私はあの子とお話がしたいのです」
王様は不思議に思いながら少年を塔の中に連れてきました。
「女王様、お呼びでしょうか?」
扉越しに少年は話しかけます。
「少年よ、あなたはなぜ、毎日毎日、あの道で雪だるまを作っているのですか?」
少年はきょとんとした後、にっこり笑って答えました。
「ぼく、女王様への贈り物を作っているんです」
「私への贈り物?」
少年はこくりと頷きます。
「はい、ぼく、塔からしょんぼり帰ってくる大人たちの話を聞いて思ったんです。宝石もドレスも食べ物も。どれも女王様のことを思って贈ったものじゃないなって。ただすてきなものを贈っただけだなって。だから、ぼく、たくさん考えたんです。どうしたら女王様がよろこんでくれるかなって。笑ってくれるかなって。そうして、雪だるまの道を作ることにしたんです」
「雪だるまの道?」
「はい、ぼくは冬が好きです。でも春も好きなんです。次の季節が来てほしいなら、せめて楽しい帰り道を用意してあげたいと思いました。まだまだ足りないけれどこれからもっとたくさんつくります。ぼくの大好きな雪を使ってたくさんたくさん。だから、女王様、もう少し、まっていてくださいね」
カチャリ。
初めて部屋の扉が開きます。その姿を見て王様と少年はびっくりしました。女王様がポロポロと涙を流していたからです。
女王様は言います。
「最初はちょっとした思い付きだったのです。春や夏や秋。他の季節に比べて私が塔に入った時は私の季節の匂いをかぎに来てくれる人は少ない。だから、もっと冬を好きになってもらおうと雪を降らしました。雪を降らすと人々は嬉しそうに空を見上げ、嬉しそうに遊んでくれましたから。だから、たくさんたくさん雪を降らしたのに……」
女王様は悲しみに耐えられなくなったように両手で顔を覆いうずくまります。
「どうしてでしょう。降らせば降らすほど人々はどんどん私の季節を嫌いになっていきました。私はただこの季節を好きになってもらいたかっただけなのに……」
王様と少年は困ったように顔を見合わせました。王様はポケットを探るとそっとハンカチを差し出しました。少年は女王様の頭を優しく撫でました。
続く季節には女王様の想いがこめられていました。「早く終わらせてほしい」とこの塔を訪れ、ただただ高価なものを捧げる人々にその心はどれだけ傷ついていたのでしょう。
女王様は王様のハンカチを受け取ると小さく笑いました。
「ありがとう。わがままを言いすぎましたね。あんなに愛しい帰り道を用意してもらったのです。帰らない訳にはいきませんね」
雪に触れすぎてすっかり冷たくなった少年の手を温めるように包みながら女王様は言ったのです。
「もう十分です、少年よ。私は明日、あなたの道で帰りましょう」
少年と王様は一緒に塔の外に出ました。
少年は何かを考えるようにぼんやりとしていました。女王様はよろこんでくれた。けど、本当にこれでよかったんだろうかと。
考える少年に王様は言いました。
「少年よ、お前のおかげで明日には季節が廻るだろう。お触れ通り、お前には好きな褒美を取らせよう。何が欲しい?」
少年はその言葉に思いついたように顔を上げました。
「王様、それなら――」
少年の願いを聞いて王様はびっくりした顔をしました。でも、すぐににっこり笑うと家来に命令しました。
少年の願いを叶えるために。
次の日、女王様は塔を出ました。
少年が用意してくれた道。微笑みながら味わうようにゆっくりと歩いていきます。
でも、歩いているうちにおかしなことに気付きました。歩いても歩いても雪だるまの道が終わらないのです。少年が作った雪だるまはこんなにたくさんなかったはずなのに。それに進めば進むほど雪だるまの形や大きさには異なりがありました。
不思議に思う女王様の目にある景色が映し出されました。女王様は大きく目を見開きました。
「女王様!」
足を止めた女王様に気付いた少年が駆け寄ってきます。
「これはどういうことですか?」
尋ねる女王様に少年はにこにこ笑いながら答えます。
「ぼくのごほうびに王様におふれをだしてもらったんです」
「お触れ? このようなことをするように命令したのですか?」
少年は横に首を振ります。
「命令なんてしていません」
一枚の紙が差し出されます。
そこにはこう書かれていました。
冬を愛するものよ
塔に集まってほしい
共に彼女に贈り物をしようではないか
「冬を愛するもの?」
「はい、ここにいるのはみんな、あなたの季節を愛し、あなたに贈り物をしたい人たちです」
少年は嬉しそうに言いました。
女王様は改めて景色を見ました。
遠く遠く雪だるまは続いていました。子どもも若者もお年寄りもたくさんのたくさんの人たちが雪だるまの道を作っていました。
「どうして? みんな、私の季節が嫌いになったのではないのですか?」
少年は女王様の手を引きます。
「この道を歩けばわかります」
戸惑いながら女王様は道を歩き始めました。
様々な人々がつくったそれぞれの雪だるま。大きかったり、小さかったり、立派だったり、拙かったり。
少年と同じように一人で一生懸命作る人もいれば、友達と恋人と家族と大切な誰かと作る人もいました。その中には王様もいて、王子様といっしょに雪にまみれながら作っていました。
その顔はどれもとても楽しそうでした。そして、誰もが女王様にこんな言葉をかけたのです。
「女王様、今年も訪れてくれてありがとう。来年もまた会えますか?」
みんな、冬を嫌いになどなっていませんでした。
ただ廻る季節を望んだだけなのです。
「女王様、みんなみんな、またあなたに会いたいんです。いつまでもいつまでもあなたに会いたいんです。ぼくも大人になってもおじいさんになってもあなたに会いたくなると思います」
女王様の目からはまたポロポロと涙がこぼれていました。でも、今度は少年は頭を撫でてあげたいとは思いませんでした。だって、それは笑顔と同じくらい女王様の喜びを表したものでしたから。
長い長い道の最後にいたのは春の女王様でした。
「初めて作ったからあまり上手じゃないのだけれど」
恥ずかしそうに笑う春の女王様の手には掌にのるほどちょこんと小さくて、手は桜の木、口には桜の花びらが使われている、まるで笑っているような雪だるまがありました。
冬の女王様は大切に受け取りました。
「なんて可愛らしい雪だるまでしょう。今までお待たせしてごめんなさい。次の季節をお願いします」
春の女王様は笑顔で頷きました。
冬の女王様は歩いてきた道を振り返り伝えます。
「ありがとう。こんなに嬉しい贈り物は初めてです。愛しき人たちよ、また来年も会いましょう」
そうして、冬の女王様は消えました。
さあ、春がやってきました。
一面覆っていた雪も溶け始めます。
でも、雪だるまの帰り道だけは中々なくならなかったそうですよ。
それは春の女王様の想いでしょうか。
また季節は廻ります。
帰り道から通り道になった雪だるまを嬉しそうに見ながら少年は塔に向かって駆けていきました。
大好きな季節の匂いをかぐために。