BL本に挟む純情の栞
「なんだ、今日は誰も来ねぇな」
そう呟いたのは、ここ、家庭科室を部室として使っている我ら手芸部の副部長、鳥原紅夜だ。
開け放った窓から心地よい風が吹くと、彼が呼んでいる文庫本が何枚かめくれた。彼は軽い舌打ちをしながら、元のページを探す。
「先輩、窓、閉めません? 今日、風強いっすよ」
不機嫌丸出しの様子でこちらに助けを請うてくる。その仕草はさながらちわわのようで、頭を撫でてやりたくなった。口調が若干乱暴なのも、萌えポイントのひとつだ。僕のような人間は彼のように萌える男子を『総受け体質』と呼んでいる。
「駄目だよ。その少し強い風が心地よいから窓を開けているんじゃないか。閉めてしまったら勿体無い」
神野華月。それが僕の名前。こうやって紹介すると小説らしくなるだろう? けれど残念、これは小説ではないし、小説なのだとしたら、きっと僕は主役じゃない。
主役になれない条件はいくつかある。
ひとつは、
「先輩は、変なところで男らしいですよね。先輩だってさっきから、何回も小説のページを風にめくられてるじゃないですか」
「男らしいとは失敬な。男らしい人間が、学校で堂々とBL本など読むと思うか?」
「まぁまず読みませんね。普通の人間なら、誰も」
ひとつは僕が同性愛者だということだ。同性愛者が主役になれるのは十八歳以上の物語限定と言える。だから僕は主役にはなれない。
次の理由は、
「というか先輩、男らしく振舞っているとはいえ女性なんですから、もう少し恥じらいとかを持ったほうが良いのでは?」
「恥じらい? ああ、少し待ちたまえ。やってみよう。……そ、その、なんだ、今、BL本を読んでいるところだから、あまり、じろじろ見ないでくれたまえ」
「そもそも読むなよ。なんですか、その台詞だけは裸が見られた純情ヒロインみたいな感じ」
次の理由は、僕が女だという事だ。ヒロインになる可能性は充分に高いだろう。僕はいわゆる僕っ娘というやつで、女でありながら僕という一人称を使っている。しかしそういうキャラは総じて背が低いものだ。僕のように、長身細身で、しかも妙に大人扱いされていると、僕っ娘ではなく宝塚になる。だが、宝塚が主役になれるのは宝塚の中であり、小説の中ではない。
「ところで鳥原。どうして君は、ここに誰も来ないことに憤りを感じているんだい?」
「憤りなんて……当たり前です。日向も柊も、連絡も無しに部活を休んでるんですから、そりゃ怒りますよ」
「寂しいのなら、妹を連れてくれば良いだろう?」
「虹色は中学生です。高校の部活に連れてくるわけにはいかないでしょ」
「寂しい、というのは否定しないのかい?」
「そりゃ、寂しいかどうかはともかく、物足りないのは確かです。なんか、静かなのがむず痒いというか……」
これは驚いた。鳥原はこんなに素直に人間だっただろうか。
これは面白い。
「なに笑ってるんですか……」
じと目でこちらを睨む鳥原。僕はにやりと笑みを作り、答える。
「僕が居るのに寂しいとは……僕のことは存在ごと否定かい? 薄情だねぇ」
「うっわぁこのノリ、寂しくないって答えてたら絶対、それ自体を薄情って言ってましたよね」
「当然だろう?」
「え、なんでここで開き直ったんです?」
開き直ったのではなく、最初からこういう風に会話を持ってくる予定だったというだけさ。
「そんなことよりも、鳥原。寂しい、もしくは物足りないのなら、男子生徒を部活に誘ってみてはどうだ?」
「え、BL本を読みながらその提案します?」
「変人を見るような目で僕を見ないでくれたまえ。僕はただ、君に親しい男友達が出来て、素晴らしい青春を謳歌して欲しいだけなのだ。君の回りには、女子ばかりだからね」
「……神野先輩、本気で俺の心配を――」
「そして何時かの未来、青春を振り返っているうちに過去の感情を取り戻したくなった君と親友は、男同士であるにも関わらずついに一線を越えて……のように、もう少しゲイらしく振舞ってくれても罰は当たらないのではないか、と、そう思っただけなんだ。他意は無い」
「――すっげぇほんとだ。徹頭徹尾BLの事しか考えてなかった」
「当然だ。何故なら僕の脳内は、十割がBL、残りの九割が君いじりで出来ているからね」
「先輩の脳内構造が十九割あるという事実に俺は驚きです」
もしくは百九十%とも言える。
「まぁ僕は普通の人間の常識には当てはまらないからね」
「性癖からして特殊ですからね」
「おいおい鳥原。レディーの前ではしたない言葉を使うな。少しは恥じらいを持ちたまえ」
「ボーイの前でBL本を読んでる人がなにをのうのうと……」
「はっはっは」
「笑い事じゃありませんよ……」
笑い事に決まっているじゃないか。鳥原のツッコミは迅速過ぎて、ボケが逆に大変だよ。
「ああそうだ」
そういえば、わざと言い忘れていた事があった。
「――そろそろ僕のスカートが風に靡いてパンツが見えてくるはずなのだけれど、どうして見てみぬフリをしようとしているんだい?」
「――ああ、やっぱりわざとだったんすね」
解っててあえて無視していたようだ。
それにしても。
「今日は、他の皆は部活を休むそうだよ」
「知ってたんならなんでそれを先に言ってくれなかったんですか……」
さて、なんでだろうね。
心地よい風に靡いたスカートを着直し、BL本にしおりを挟んで閉ざしてから、答えを探すように窓の外を見る。
「理由なんて、面白そうだから以外にないだろう?」
答えはきっと、僕のみが知る隠し事だ。
閲覧いただきありがとうございます。作品紹介にも書かせていただいた通り、この作品は自作品『お弁当の中に神様ひとつ』と同じキャラクターが出てきます。というのも、この作品はたんに、僕が現在大賞用で執筆している作品『理不尽ゲーム』の登場人物達に、より厚みを加えるため、さしあたってはキャラを書く際にキャラクター性を強めるため、キャラの練習場として投稿させていただいたものだからです。
本編のほうでは鳥原紅夜が主人公です。まぁ、それは関係ないお話ですね。女主人公なのではなく、オマージュだからこうなったというだけなのです、と伝えたかっただけです。
あー、可愛い女の子が書きたい……。可愛い女の子が書けないのが僕の最大の弱点だと思う……。
もし、可愛い女の子を書くコツとかお持ちの方、ぜひともご教授下さい! どうか、どうかぁぁあぁぁああああ!!
とまぁ暴走してしまいましたが、ここで筆を置かせていただきます。
よろしければ、僕の他作品でもお会いいたしましょう!
ではっ!