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第3話(2)


(さて、どうしよう…)





突如自由な時間を手に入れたエリザは考えた。


(さっきのはちみつでも買いに行こうかしら…なんちゃって)


経済的に無理なことを考えながら、彼女はさらに町の中心へと歩いた。

ふと、宝石店の前で立ち止まる。

窓越しに見える、大きなルビーがまばゆかった。


さらに歩いて行くと、先日入店した仕立て屋が見えた。


(女将さん、いるかしら…)


ちらりと店を覗くと、針子らしい若い女性が店番をしていた。

彼女とは特になじみではなかったので、諦めて通り過ぎた。



どんどん歩いていくと、たまたまお洒落な看板が目に付いた。

立ち止まって店を覗くと、高級そうな化粧品の数々が並んでいた。

ショーウインドウには、今一番流行っているらしい色の口紅が展示されていた。


(そういえばお化粧って…どうやってするのかしら)


化粧品に全く縁のない少女は、じっと口紅を見つめた。

そして、あまりに自分とは関係のない世界を覗いている自分にあきれ、彼女はその場を立ち去ろうとした。




そのとき、今まさに化粧品屋の扉を開けんとする人の、美しい横顔が目に飛び込んできた。

彼女ははっとして、思わずこう言った。




「ジュリアン?」




少年は一瞬びくっと身体を震わせ、エリザの方を振り返った。

確かに見覚えのある顔であった。

しかし彼にとって、それは不愉快極まりない記憶の中の少女だったのである。



「…なに?」

「やっぱり!こんにちは!」

「…」


ジュリアンは彼女を睨みつけた。

捨てたはずのハンカチをわざわざ返しに来た張本人が現れたこと、そして一刻も早くこの化粧品屋の前から立ち去りたい気持ちが、彼の苛立ちを加速させた。


「ねえジュリアン、あなたお化粧品を買いに来たの?」

「別に」

「もしかして、ガールフレンドにプレゼント?」

「…」

「うらやましいわ!あなたみたいな素敵な人にプレゼントしてもらえるなんて。私なんて、お金がないから自分でも買えないのよ、うふふふ」


彼女は自分が貧乏だということを隠しもせず、無邪気に笑った。





ふと、ジュリアンは先日から彼女にやられっぱなしだったことに気付いた。

捨てたものを返され、おかしな言動で自分をたじろがせ、そして今化粧品屋の前で拘束されている。


彼は、何の悪意も持たない彼女に対し、やり返したい衝動にかられた。



「じゃあ君、なんで化粧品屋の前に立ってるのさ。お金がなくて買えないくせに」

「素敵な看板が目に入って…そうしたらお化粧品屋さんだったの。とっても素敵だなあって、思っていたわ。私もいつか、お化粧できる日が来るかしらって」

「あっそう。でも君じゃどれも似合わないと思うよ。だって君、悪いけど全然可愛くないし!」


ジュリアンはそう言って、彼女を嘲笑った。


「可愛くない子は、どんなにお化粧したってきれいにはならないのさ。それに加えて貧乏ときたもんだ!あははは!かわいそう」



ジュリアンは意地悪くせせら笑いながら、こう思った。



(ドミニクのように怒れよ。そう、猿みたいにさ)





すると、突然エリザの顔からさっきまでの笑顔が消え、うつろな表情になった。

ジュリアンは、一瞬どきっとした。


「…」


エリザは何もしゃべらなくなった。

てっきりむきになって怒りだすかと思っていたジュリアンは、次に言おうと思っていた悪口を言うきっかけを失った。



すると、しばらく黙っていたエリザはこう切り出した。


「そうね、私はやせっぽちだしそばかすもあるし、おまけに貧乏だわ。あなたのガールフレンドは、きっととってもきれいな子なのでしょうね」


彼女は努めて笑顔を作ろうとしたが、悲しみの表情が隠せないでいた。

ジュリアンは思わず彼女から目をそらした。


「でも、もう少し大人になったら、少しは…」

「ねえ、僕もう急ぐから」


ジュリアンはエリザの話を遮って、バタンと店の扉を閉め、店内へと入っていった。


「…」


エリザは、ジュリアンを追いかける気力もなく、ただ窓越しの彼を悲しそうに見つめるだけであった。





「いらっしゃい」


店員の女性がジュリアンに近寄る。


「ガールフレンドにプレゼントかしら?」


かわいいジュリアンにすり寄るように、店員は話しかけてきた。


「…」


うっとおしそうな表情をしながら、ショーケースの口紅を眺める。


しかし、気持ちはそこにはなかった。

こっそりと、彼は扉の方へ視線を移す。

しかし、そこにみすぼらしい少女の姿はもうなかった。



意地の悪い少年は、なぜか心のどこかにもやもやとした何かを感じていた。





挿絵(By みてみん)











エリザはとぼとぼと道を引き返した。


(さあ、おばさんのところへ戻らなくちゃ)


仕立て屋をちらりとのぞいた瞬間、ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿が目に入った。


ぼさぼさの長い髪の毛に、そばかすだらけの肌。

着古した地味な色合いのワンピースにボロボロのブーツを身につけた、やせっぽちの少女が突っ立っていた。



(ふふ…お嬢さん、あなたは素敵よ)




ガラスに映る少女にエリザは悲しそうに笑いかけ、再び歩き出した。





「エリザー!!」



突然、遠くの方からエリザを大声で呼ぶ声が聞こえ、彼女は立ち止まりくるりと振り返った。

きれいなドレスをひるがえしながら、少女がどんどん近づいてくる。



「あら、ニーナ」



エリザはニーナという少女に笑顔を向けた。


「はあはあ、エリザ、久しぶりね」

「ええ、こんなところで会うなんて。あなた、学校は?」

「あら、今日はお休みよ!ほら、あそこのカフェで友人たちとお茶を飲んでいたの」

「そうだったの」


ニーナはエリザより3つほど年が離れた、まだ幼い少女であった。

しかし、少々恰幅が良く、裾がひらひらと広がった美しいドレスを身にまとっているせいか、いっぱしのレディーのように見えた。


エリザはニーナが指さす方を見ると、3人ほどの少女達がこちらの様子をうかがっているようであった。


「ニーナ、お友達を置いてこっちに来て大丈夫なの?」

「大丈夫よ、すぐ戻るわ。それより、ねえエリザ…」


ニーナはにやにやとした表情で、上目づかいにエリザを見た。




「エリザ、さっきあなたとお話していた人…ジュリアン・ブルジェじゃなあい?」



それを聞いたエリザは思わず「えっ」と小さく叫んだ。


「ええ…多分そうだわ」


エリザはジュリアンの姓を知らなかったので「多分」と付け加えた。


「やっぱり!ねえ、あなたたちお友達だったの?!」


ニーナはわくわくしたような顔つきでエリザに迫った。

すると、エリザの脳裏に、先ほど自分を嘲笑ったジュリアンの憎たらしい顔が浮かんだ。



「友達だなんて…」



エリザは悲しそうな顔をしてうつむいた。


「あら違うの?ねえ、ジュリアンってすっごく素敵じゃない?!」


ニーナははしゃぎながら言った。


「そうね、とってもきれいな男の子だと思うわ」


エリザは力ない笑顔をニーナに向けた。


「私たちの学校でね、ジュリアンっていつも話題になってるのよ!素敵よねって」

「そうなの」

「でも、町で見かけても話しかけづらいのよね、なんだかいつも怒ってるみたい」

「そうかしら…」

「さっきだってなんだかずっと怖そうな顔していたわ」

「あなた、ずっと見てたの…?」

「えへへ、だってあなたとジュリアンが知り合いだなんて、とっても意外だったんだもの!」


無邪気に笑うニーナを見て、エリザは困ったように笑った。


「ねえエリザ、どうやって知り合ったの?」

「ううんニーナ、知り合いなんてほどの仲じゃないのよ。ちょっと彼の落し物を拾っただけ」

「あら、なんだそうだったの」


ふうん、とニーナはつまらなそうに返事をした。

それと同時ににやりと下品に笑って、こう言った。


「ねえエリザ知ってる?」

「なあに?」

「ジュリアンってね…」



そのとき後ろから「エリザ!!」と大声で叫ぶ声が聞こえた。

エリザが振り返ると、フレモンに支えられた大伯母がこちらに向かっているのが見えた。



「エリザ、いつまでそんなとこに突っ立ってるんだい。

 いつまで待っても来やしないんだから。しびれを切らして探しに来ちまったよ」


大伯母はあきれたように言った。


「おばさま、お久しぶりです」

「…?」

「おばさん、幼馴染のニーナよ」

「ああ、どうも」


大伯母はそっけなく答えた。



「じゃあエリザ、またね!」

「ええ、気をつけて」



ニーナは駆け足で少女達の元へ戻って行った。


「フレモンさんごめんなさい。大伯母をありがとうございました」

「いえいえ、楽しい時間を過ごすことができました。ありがとう」


フレモンはにこにことお辞儀をして、二人を見送った。







二人は騒がしい町を出て、一息つきながら話した。


「おばさん、フレモンさんと何を話していたの?」

「死んだ旦那の昔話さ。後はお前のことを少しね」

「ふうん、フレモンさんって素敵な方ね」

「…」


大伯母は照れるようにそっぽを向いた。

それを見て、エリザはくすっと笑う。


「おばさん、町は楽しかった?」

「…まあね」

「そう、よかったわ」

「そういうお前は、あんまり楽しくなかったみたいだね」


何かを見透かされたような気がして、エリザは一瞬どきっとした。


「そんなことないわ!楽しかったわよ」


取り繕うような笑顔で、エリザは答えた。

大伯母は何も言わなかった。





昼間の風は、午前中と少し違うような気がした。


そのあと、二人は家までの道のりを黙ってゆっくりと歩いて行った。

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