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第27話

「おい!誰かいるのか?!」



扉の向こうで、フランクが叫んでいる。



「エリザ!開けろよ!誰がいるんだ!!」



怒りをにじませながら扉をダンダンと激しく叩くので、握っているドアノブから振動が伝わり、全身が震えているような気がする。

ジュリアンはじっとして動かず、しばらくその振動に身を任せていたが、ふいにエリザを押しのけるようにして思い切り扉を開けた。



「うわっ」

「…」

「ジュリアン、お前…!!」




フランクは突如現れたジュリアンに一瞬たじろいだが、すぐさま鬼の形相で睨み付けた。



「なんでお前がいるんだよ!エリザから離れろ!!」

「…うるさいんだよお前、さっきからドンドンドンドン」

「うるさいのはお前だ!俺はエリザを迎えに来ただけだ!さあエリザ、俺と一緒に行こう」

「えっ…」




戸惑うエリザを無視し、フランクが強引に彼女の手首を掴むと同時に、ジュリアンはエリザの肩を抱いてフランクから引き離し、自分のほうへ寄せた。



「…っ!」




抱き合うようになっている二人を見て、フランクは怒りに震え怒号を浴びせた。




「何なんだよお前は!!邪魔ばっかしやがって!!ずっとエリザのそばにいなかったくせに!!エリザに何もしてあげなかったくせに!!」

「…」

「今更彼氏ヅラしてんじゃねーよ!!それ以上くっつくな!エリザが汚れる!!」



そういいながら、なおもエリザの手首を掴み無理やりこちらへ引きずり出そうとした。



「い、痛い…」

「やめろよ、嫌がってるだろ!」

「エリザ、そんなことないよな?嫌がるなんて…あのとき俺のこと必要としてくれたじゃないか!」

「あ、あのときは…」

「君に愛してるって言ったら…私は一人じゃないのねって言ってくれたじゃないか!!」

「…っ…」





エリザはそのときのことを思い出していた。

職も友達も、たった一人の家族も…そして、大好きなジュリアンも失ってしまって絶望していたあのとき、フランクだけが私に愛していると言って、優しく抱きしめてくれた。

何もかも無くなった自分にとって、フランクだけが唯一の希望のように思えた。



(だけど…)




だからと言って、フランクのことをジュリアンのように愛せたかといったら、そんなはずもなかった。

一人の時に、フランクのことが頭に浮かんだことなどなかった。

だって、私の心のすべてを支配しているのは…




「さあ、早く行こう!本当に学校をやめてきたんだから!父さんに見つかる前に早く…!!」

「えっ…」





ああ、本気だったんだ。

心のどこかでは冗談だと思っていたけれど、本当に私と結婚する気でここへやってきたんだ。

私があのとき、思わせぶりなことを言ってしまったばかりに…私はこの人の人生を大きく変えてしまったんだ。



「…」



エリザは掴まれている手首を振り払うこともなく、こわばっていた身体をふと緩めた。

そして、自分を抱きしめたままのジュリアンをちらりとみやった。



(何も言わないのなら、早く離して…)



心のなかでそうつぶやいた。

何故私を引き留めているの?あんなにひどく私を振ったくせに…

どうして何も言わないのよ…






そして、フランクに身を任すように扉の向こうへと身体が傾いたそのとき、再びジュリアンがエリザの身体を自分のほうに思い切り引き寄せ、先ほどとは打って変わって大声で叫んだ。




「やめろよ!!この子は渡さない!!」





そう言って、さらにエリザを強く抱きしめながら、フランクのほうをまっすぐ見た。




「もうこの子に近づくな!!この子は僕が守る!!死ぬまでずっとだ!!」

「は?!何言って…」

「死ぬまでそばにいるって言ってるんだ!!だからお前はどっか行け!!早く!!」




畳み掛けるようにジュリアンは叫び続け、バタンと扉を閉めて素早く鍵をかけた。




「ふざけるな!!おいジュリアン!!開けろ!!」

「…」

「エリザ!!開けてくれ!!ジュリアンにそそのかされてるだけだろ?他の女みたいに騙されちゃだめだ!!」

「…」




ジュリアンは壊れそうな扉を抑えながら、ひたすら黙っていた。

しばらくフランクは怒号を浴びせながら扉をたたき続けていたが、それも次第になくなっていった。

そして、ぶつぶつとつぶやく声だけがかすかに聞こえた。





「エリザ…絶対に迎えに行くからな…お前は俺のもんだ」





この言葉を最後に、フランクの気配はなくなった。





「…」





嵐が過ぎ去った後の部屋の中は、怖いくらいの静寂に包まれる。



「あの…わたし…」



エリザがジュリアンに戸惑いながら話しかけた瞬間、ジュリアンはエリザを強く抱きしめた。




「ごめん…さっきの…君に言ったこと、全部うそだよ…君があいつと結婚すればいいとか…全部、全部うそ…」

「…」

「僕、おばさんが亡くなったことが本当につらくて…君は許してくれたけど、僕は自分が許せなくて…だから逃げてただけさ」



エリザは抱きしめられたまま、硬直して手をぶらつかせている。

ジュリアンは構わず続けた。




「でもさっきフランクが来て君を連れていきそうになって…やっぱりフランクになんか絶対に渡したくないって思ったんだ。だって僕はフランクなんかよりずっと…っ」




そこまで言って、ジュリアンは一瞬言葉に詰まったが、ふとエリザを自分から離し、彼女の目を見てこう言った。






「ずっと前から君が好きだったんだから」





ジュリアンをじっと見つめていたエリザはそれを聞いてふっと目を伏せ、ぽろりと涙をこぼした。






「なによ…さっき、あんなひどいこと言ったくせに…」






そして、泣きながら今までで一番の笑顔を見せた。

ジュリアンはそんなエリザを見て、思わず口づけをした。

エリザは一瞬の出来事に固まったが、そのあとすぐに流した涙をぬぐいながら笑い出した。

そんな彼女につられ、ジュリアンも声に出して明るく笑った。




長いこと闇のように暗かった平屋の家に、ようやく優しいランプの明かりがぽうっと灯った。















「ねえ、これ…」





エリザはおもむろにあるものを持ってきた。



「なに?石板?」

「うん、そう…」





真っ暗だった部屋には、暖かいランプの明かりが灯っていた。

エリザはジュリアンと向かいのテーブルに座り、石板の文字をきれいに消した後、ジュリアンに差し出した。




「私、結局ジュリアンからはあなたの名前しか教えてもらってなかったでしょう」

「うん、そうだったね」

「だからね、私…あなたに私の名前を教えてもらいたいのよ」

「え?」



エリザは恥ずかしそうに下を向いている。




「でも…もう書けるようになったんだろ?今更教えるって…」

「いいでしょう?お願い、ここに書いてよ」

「…」




そこまで言うならと、ジュリアンは用意してあった石筆を手にとり、エリザの名前のつづりを書いた。



「はい」

「読んでみて」

「エリザ」

「…」





しかし、エリザは黙っている。




「どうしたの?」

「…初めてね」

「え?」




ジュリアンが顔を上げて聞き返すと、エリザは石板の自分の名前を見つめながら、泣きそうな顔をしていた。





「あなたが私の名前を呼んでくれたの…初めてね」

「え?」




ジュリアンは、今まで意識したことがなかったので一瞬意味がわからなかったが、そういえばそんな気もする、と思った。

しかし、エリザが泣きそうなのを見て慌ててこう言った。



「ごめん、あの、僕…多分恥ずかしかったんだと思う。今まで名前を呼びかけるような仲の友達とかいなかったから…」

「そう…」

「そんな風に気にしてたなんて全然気づかなかった」




ジュリアンの様子をぼんやりと眺めていたエリザは、ふと優しく微笑んだ。



「いいのよ、困らせてごめんなさい」

「…」

「あのね、私、ジュリアンが服を贈ってくれたとき、すごく嬉しかったのよ」

「うん」

「だけどね、私ね、そのあとあなたがこの石板をくれたことのほうが…嬉しかったの。この石板にはあなたの真心がたくさん詰まっているような気がして…だから私はやっぱりこの石板が好き。宝物なのよ」

「…」




そう言うとエリザは、石板を自分のほうへ寄せて、愛おしそうに微笑んだ。




「ねえ…そっち行ってもいい?」

「えっ?」




ジュリアンが急にそんなことを言うので、エリザは思わず戸惑いの声を出したが、気づいたらジュリアンはもう自分の目の前まで来ていた。

そしてエリザの手を取って、そっと口づけした。




「僕はまだ子供だし…頼りないかもしれないけど…絶対僕のそばから離れないで」

「うん…」

「ずっと一緒だよ、死ぬまで」

「うん…」

「エリザ…好きだよ、愛してる」

「…」






そして、ジュリアンはエリザの髪を指に絡めながら、ゆっくりと顔を近づけた。













――――ずっと一緒だよ、死ぬまで…













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