第21話
馬車の中、フレモンは喪服姿の仕立て屋の店主に話しかけた。
「お店まで…お見送りいたしますよ」
「いえ…いいんですよ、フレモンさんのお店で、下ろしてくださいな。少し、歩きたいんです」
「…そうですか」
二人は沈痛な面持ちのまま、黙りこんだ。
馬車がフレモンの時計屋に到着すると、店主はフレモンに手を添えられながら馬車を降り、お礼を言った。
フレモンは帽子を取ってお辞儀すると、店の中に入って行った。
(エリザ…涙も見せないで…)
葬儀の最中、エリザはただ淡々とした態度で参列していた。
大伯母を見送るときも、ただじっと見つめるだけで、泣くことはなかった。
(あんなに…笑顔がまぶしい子だったのに…)
葬儀中のエリザは、気丈に振る舞っているというよりも、からっぽの抜け殻が動いているだけのように見えた。
もう、一生このままなのではないか…
店主は悲痛な表情をして、道路を横切って反対側の道に渡った。
すると、すぐわきにある小さな料理屋の前で、見覚えのある少年が掃き掃除をしているのが見えた。
店主は思わず少年に話しかけた。
「お前さん…ジュリアンかい?!」
少年は、手を止めて店主の方を見た。
今まで見たこともない冷たい眼差しが、店主の心をちくっと刺した。
「…なに?」
「お前さん、こんなところでなにしてるんだい」
「仕事だよ、見ればわかるだろ」
「だって、お前こんな料理屋で働いてるなんて…どういう心変わりだい」
「そんなの勝手だろ。邪魔だからどいて」
そう言って、ジュリアンはまた掃き掃除を始めた。
(どうしちゃったんだい…真っ当な仕事を始めてたということは、心を改めたということなんだろうけど…)
店主はジュリアンの様子を見て、違和感をぬぐい切れなかった。
(前から態度の悪い子だと思っていたけど…心を完全に閉ざしてるような…)
店主がじっと自分を見つめているのが気に食わないのか、ジュリアンはもう一度顔を上げた。
「邪魔だって言ってるでしょ。どいてよ」
「あ、ああ…悪かったよ」
「用がないなら帰って。さよなら」
「ジュリアン…あのさ…」
店主は遠慮がちに尋ねた。
「エリザのことは…知ってるかい?」
「は?」
ジュリアンはあからさまに苛々した態度をとった。
「知らないよ!もう関係ないんだ!」
「え?」
「帰ってよ!邪魔だって言ってるでしょ!」
「エ、エリザのおばさんが亡くなったんだよ!」
店主は責め立てるジュリアンを振り切って、そう言った。
「え…」
その瞬間、ジュリアンは持っていたほうきとちりとりをからんと落とした。
ほうきはころころと道路の方へ独りでに転がっていった。
「今、葬儀に行って来たとこさ…」
「…」
「お前さん、本当に何も知らなかったんだね…」
「うそ…」
「え?」
何かつぶやいたとたん、ジュリアンは突然駆けだした。
「ジュリアン!!お待ち!!」
店主は叫んだが、ジュリアンはどんどん小さくなっていった。
「どうしました?」
突然店の扉が開いて、中から女性の店員が出てきた。
「いやあの…あの子と話していたら、行ってしまって…」
「え?!ジュリアンが?!」
「すみません、あの子、仕事中だったんですよね…あたしが余計なことを言ったから…」
「えっと…」
「あの、あの子が戻ってきても、どうか叱らないでやって頂けませんか?」
「え…?」
「あたしが悪いんですよ…はあ」
店主はため息をついて、今はもう見えなくなったジュリアンの影を悲しそうに眺めた。
◇
ジュリアンはひたすら走った。
何度この道を全力で走ったか知らないが、もう、この道は一生通らないものだと思っていた。
ただ、自分は今エリザに会いに行かなくてはいけない…
その思いが、ジュリアンをひたすら走らせた。
今朝、仕立て屋の針子にエリザのことを聞かされ、彼は時計屋まで急いだが、そこには馬車もなく結局エリザを見ることはできなかった。
ジュリアンは、エリザが泣いていたと聞いて、確かにいい予感はしなかった。
しかし、まさかエリザの大伯母が亡くなったとは…
(どうして…どうして急に…?)
足腰は弱っているようであったが、声も大きくどう見ても死ぬような雰囲気ではなかったのに。
(エリザは…?)
ジュリアンはエリザの悲しそうな顔が目に浮かび、走りながら悲痛な表情を浮かべた。
(エリザはどうしてる…?)
ジュリアンは、エリザの家の前で立ち止まった。
平屋の家は、静まり返って人の気配がなかった。
はあはあと息を切らして、ジュリアンは恐る恐る扉を叩いた。
しかし、中から何の反応もなくただ静寂がその場の空気をつつんでいた。
(いない…?)
ジュリアンは、もう一度叩いたが、反応は同じであった。
ふと、何気なく裏庭の方を覗いたとき、ジュリアンは思わずびくっと体を動かした。
掘って、また埋めたのであろうでこぼことしている地面の前で、真っ黒な服を着た少女が座り込んでいたのである。
「…」
ざっと、ジュリアンは足を引きずるように、一歩エリザに歩み寄った。
その音にエリザは反応して、ゆっくりと顔を上げた。
瞳はにごり、目の下はくまで覆われ、唇はかさかさに渇いていた。
髪の毛は、以前のようにぼさぼさに乱れた状態であった。
「おばさん…死んだの…?」
「…そうよ」
エリザは無表情のまま、口だけを動かして答えた。
「どうして…?」
ジュリアンは聞き返した。
「『どうして』…?」
そう言って、エリザはゆらりと立ちあがった。
ジュリアンは、思わず後ずさりした。
「…じゃない…」
「え…?」
エリザはぼそっと何かを言ったが、ジュリアンは聞き取れず、聞き返した。
「あんたのせいじゃない…」
ジュリアンは思いがけないエリザの発言に、言葉を失った。
「あんたが…あのときおばさんをはねのけなければ…おばさんは死ななかったのよ」
「え…」
「あのときおばさん…頭を強く打って…それが原因で死んだの」
ジュリアンは頭が真っ白になった。
「あんたが…あんたのせいでおばさんは死んだのよ」
「僕が…」
ジュリアンは何も考えられずただ口をぱくぱくと動かすのみであった。
そして、次の瞬間エリザは決定的な言葉を口にした。
「あんたがおばさんを殺したのよ」
そのとき、ジュリアンの中で何かが壊れる音がした。
ジュリアンは、話すことも、口を動かすこともできなくなった。
「なんでおばさんが死ななきゃいけないのよ。優しいおばさんだったのに」
エリザは一人でぶつぶつと呟き始めた。
「おばさんが死ぬなんておかしいわよ。おかしいわ」
エリザは目を見開いて、ジュリアンをじっと見た。
ジュリアンはエリザから視線を外すことができなかった。
「…そうよ…あんたが死ねばよかったのよ…」
エリザは口元にうっすら笑みをたたえて、ジュリアンに近寄った。
「そうよ、死ねばいいのよあんたなんか。早く死んで。死んでよ。いなくなって」
エリザはうすら笑いを浮かべたまま、ジュリアンににじり寄った。
ジュリアンは震える足でただ立っているのがやっとであった。
「死なないならどっか行って。もう顔見せないで。あんたは死んだと思うから」
エリザは無表情に戻って、静かに言い放った。
ジュリアンは後ずさりしながら、ふらふらとその場を離れた。
エリザはくるっと後ろ向きになって、また大伯母が埋まっている地面に座り込んだ。
ジュリアンは、エリザを見降ろしながら数歩後ろ向きに歩いたが、よたよたと町の方へ歩き出した。
「僕のせいで…おばさん…」
ときどきよろけながら、ジュリアンはひとり言を言って道を歩いた。
「僕が…おばさんをはねのけて…」
おばさんは、頭を打って。
「僕が…おばさんを…」
殺した。
その瞬間、ジュリアンは前のめりになっておう吐した。
ここ最近、ほとんど食事をしていなかったためか、液体のようなものしか吐けなかったが、なかなか吐き気はおさまらなかった。
「…」
ジュリアンはふらりと立ちあがり、もう一度歩き出した。
「殺したんだ…エリザのおばさんを…僕が」
―――早く死んで
エリザの言葉が、いつまでもジュリアンの頭の中に響き渡っていた。
◇
日が傾き始め、空は赤く染まりつつあった。
町へと続く、小さな橋の上で、ジュリアンは川を眺めていた。
(…)
少し肌寒い夕方の風が、ジュリアンの髪をさらさらとなびかせた。
この川は、だいぶ先の方まで続いているんだな、とジュリアンは思った。
(この川…どれくらい深いんだろう…)
ジュリアンは、今まで一度も川遊びをしたことがなかった。
(僕…多分泳げない…)
もし、この川が足がつかないくらい深かったら…
(僕は、死ねる?)
僕が死ねば、あの子は納得するのだろうか。
もう一度笑ってくれるのだろうか。
幸せになれるのだろうか…
ジュリアンは、ふと優しい微笑みを浮かべて、身を乗り出した。
(エリザ…)
ふっと目をつぶったそのとき、後ろから思い切り引っ張られ、ジュリアンは倒れ込んだ。
「いた…」
ジュリアンは思わず声を上げて、腰をさすった。
そして、ふと上を見上げると、黒髪の少女が自分を見降ろしていた。
「何してるの?」
アリーヌはそう言って、にこっと微笑んだ。
ジュリアンは、ただその少女を見つめていた。
「さ、ジュリアン立って!」
体に力が入らないジュリアンは、言われるままにアリーヌに抱き起こされた。
「ねーえ、その恰好…もしかして、お仕事さぼってたんじゃなあい?!」
「…」
アリーヌはけらけらと楽しそうに笑って、ジュリアンの腰巻を見た。
「ね!さぼりついでに、ちょっと飲みに行かない?!」
「え…」
「いいじゃない!そんな腰巻とってさあ、付き合ってよ!」
そう言うと、アリーヌはジュリアンの腰巻をほどいて、手に持った。
そしてジュリアンの腕を掴んで、「行きましょう!」と言って駆けだした。
ジュリアンは、ただアリーヌのペースに翻弄されるだけであった。
「いらっしゃい」
アリーヌはジュリアンの腕を掴んだまま、小さな居酒屋に入った。
「大丈夫よ、ここ、よく来るの。子供でも黙認してくれるから、安心して」
アリーヌはジュリアンに耳打ちして、ウインクした。
小さなテーブルに腰かけると、アリーヌは慣れた感じで店員に酒を注文した。
店員はすぐさま酒を用意し、すたすたと戻って行った。
「はい、ジュリアン、乾杯」
ジュリアンにグラスを持たせ、アリーヌはチン、と自分のグラスを合わせた。
そしてぐいぐいと飲みほし、おいしそうに息を吐いた。
「あら、ジュリアン飲まないの?飲みましょうよ、おいしいわよ」
ジュリアンはグラスを持ったまま、下を向いてうつむいていた。
アリーヌはジュリアンの肩をぽんと叩いて、笑った。
ジュリアンはアリーヌを見て、ぐいっと酒を飲みほした。
「あら、素敵!」
アリーヌは嬉しそうに両手を合わせた。
酒に非常に弱いジュリアンは、その一杯ですでに真っ赤になった。
「ねーえジュリアン聞いてよう」
アリーヌは猫なで声を出して、ジュリアンにすり寄った。
「ドミニクったらさあ、やっと腕を組ませてもらえると思ったら、もうそれっきなのよ!」
アリーヌはぷんぷん怒るように話し始めた。
「キスもしてくれないんだから…信じらんない!そう思うでしょ?!」
そう言って、ジュリアンに話を振った。
ジュリアンは真っ赤な顔をして、目はうつろであった。
「…君のこと、好きじゃないんじゃないの?」
ぼうっとした頭で、ジュリアンは適当なことを言った。
アリーヌはくすっと笑って、こう言った。
「そうよねえ…あたしもそう思うの。もう面倒くさくなっちゃった」
そう言って、ジュリアンの手を取る。
「ねえ…そういえばフランクがねえ…学校やめたいんだって…」
ジュリアンは一瞬びくっとなったが、それ以上思考が働かなかった。
「なんでも、フランクの彼女がね、子守の仕事クビになっちゃったから…養ってあげたいんだってさ」
(フランクの彼女…誰?)
「でも、親が猛反対してて…当り前よねえ…ばっかみたい」
「ふうん…」
アリーヌは、ジュリアンの手を指でつつ、となぞった。
ジュリアンは、それに反応し、ときどきぴくっと体を動かした。
「ま、フランクって結構頑固だから、遅かれ早かれ、その子と結婚でもするつもりなんじゃない?子供のくせに、何考えてんのかしら」
結婚…
働かない頭の片隅で、「フランクの彼女」というのがエリザだと言うことを、ジュリアンはわかっていた。
しかし、エリザの言葉と酒のせいで心も体もぼろぼろの彼は、あれだけ敏感だったエリザのことに対して、ほとんど反応できなくなっていた。
「そうなんだ…よかったね…」
「よかった?」
「結婚すれば、幸せになれるだろ…」
「…」
ジュリアンは、無意識で微笑みを浮かべていた。
アリーヌはそれをじっと見つめる。
「まだわかんないけどね、まあ、結婚が女の幸せっていうものね…」
「…」
「ま、勝手にやってって感じよねえ」
「そうだね…」
ジュリアンの返事に、アリーヌはふっと笑った。
「ねーえ、話し戻すけど、ドミニクと別れた方がいいかしら?」
「…」
「だって、つまらないんですもの。ただ、休みの日に町をぶらぶら歩くだけなのよ」
「へえ…」
「あたし、もっと大人の恋がしたいの」
「…」
そう言って、アリーヌは両手でジュリアンの手を持って、口づけした。
「ジュリアンも、そうじゃない?」
「…」
「ジュリアンも、もう疲れたでしょ?」
「…」
「あたしなら、あなたのいやなこと全部…忘れさせてあげられるわ…」
いやなこと、全部…?
「忘れたいでしょ?ぜえんぶ…」
ジュリアンは、こくんとうなずいた。
アリーヌはそれを見て、にやりと笑った。
「じゃあ…そろそろ出ましょうか…ジュリアン」
そう言って、アリーヌは席を立った。
ふらふらのジュリアンを優しく抱き起こして、静かに店を出て行った。
◇
「さあ…横になって」
小さいが小奇麗な部屋のベッドに、アリーヌはふらふらのジュリアンをそっと寝かせた。
そして自分の服のボタンをいくつかはずし、ふくよかな胸をあらわにした。
月明かりで、その真っ白な肌は光沢を帯びているかのように見えた。
ジュリアンは、その様子をぼんやりと眺めていた。
「ねえ…やわらかそうでしょ?触ってみて」
そう言って、ジュリアンの手を取り、自分の胸にそっと触れさせた。
ジュリアンは、柔らかい感触に思わず恍惚とした表情になり、自らアリーヌの乳房をもみ始めた。
「ニーナに聞いたわ…あなた、胸の大きい子が好きなんですってね」
くすっと笑って、ジュリアンの髪を撫でた。
ジュリアンは、ただアリーヌの胸の感触を楽しんでいるようであった。
「でもひどいわ…あたしを差し置いて、ちゃっかりニーナと寝ただなんて」
「…」
ジュリアンは黙ってただ胸を揉み続けている。
「これ、おしおき」
そう言って、アリーヌは自分の胸からジュリアンの手をはずした。
そして、おもむろに小瓶を取りだし、くいっと口に含んだ。
そのあと、ジュリアンの方に顔を近づけ、優しく口移しした。
ジュリアンは、ごくりと、その液体を飲み込んだ。
そして、ぼうっとした表情で、アリーヌを見つめた。
「ジュリアン、あんまりお酒強くないのね…」
「…」
「でも、なんだか気持ちいいでしょう?これだけでも嫌なこと、忘れられそうよね…」
「…」
「もっと欲しい?」
ジュリアンは小さくうなずいた。
アリーヌは微笑んで、もう一度酒を自分の口に入れ、ジュリアンの口に含ませた。
ジュリアンは、それを飲み込むとアリーヌの手首を握った。
「…」
「なあに?」
「キスして…」
ジュリアンは、とろんとした目で、すがるようにアリーヌを見た。
頬は紅潮し、瞳と唇は溢れんばかりに潤っていた。
アリーヌは酒ビンを床にこつんと置いて、ジュリアンに優しく口づけした。
するとジュリアンはアリーヌを自分の胸に抱き寄せて、夢中で舌を絡め始めた。
「ん…」
思わずアリーヌは艶めかしい声を出した。
ジュリアンは勢い余って、アリーヌを抱きしめたままベッドの上を転がり、自分が上になるような態勢になった。
「はあっはあっ…」
ジュリアンは興奮して息が荒くなった。
しかし、体に力が入らずアリーヌの胸に這いつくばるように覆いかぶさっていた。
「ジュリアンったら…」
アリーヌも少しだけ息を弾ませて、自分の胸を掴み、ジュリアンの口にしゃぶらせた。
ジュリアンは片方の胸を吸いながら、もう片方の胸を指でいじくり回した。
「あっ…んん…っ」
アリーヌは甘いあえぎ声を出して、身をよじった。
ジュリアンは音を立てながら、我を忘れたようにしゃぶり続けた。
「ジュリアン…赤ちゃんみたいよ…」
アリーヌは声を出しながら、ジュリアンをおちょくった。
「…て」
「え?」
ジュリアンは何かつぶやいた瞬間、スカートの裾をかき分けて、思い切りアリーヌの下半身に指を突っ込んだ。
「ああっ!」
アリーヌは突然のことに思わず叫び声をあげた。
しかし、ジュリアンに一定のリズムで指を行き来されることに快感を覚え、すぐに甘い声に変わった。
「…てよ」
アリーヌをいじくりまわしながら、ジュリアンはまた何かをつぶやいた。
「早く…忘れさせてよ」
アリーヌは顔を紅潮させて息を荒らげながら、ジュリアンを見た。
先ほどの興奮気味の表情はどこにもなく、ただぼんやりとした顔で、黙々とアリーヌの体を撫でまわしていた。
「ジュリアン…なんで自分だけちゃんと服、着てるの?」
アリーヌはくすっと笑ってこう言った。
「ずるいじゃない」
すると、アリーヌは自分の股からジュリアンの手を引き離し、ごろんと転がってジュリアンの上に乗っかった。
そして、ジュリアンのシャツのボタンを手早くはずし、胸を全開にした。
「ねーえ、ジュリアンってここ、弱いでしょう?」
そう言って、アリーヌはジュリアンの胸の先端部分を人差し指でくりくりといじった。
ジュリアンは体をびくっと動かした。
そして、アリーヌはジュリアンの胸を舌の先端で突っつくように舐めた。
「ん…」
ジュリアンは声にならない声を出した。
そしてぼんやりとした目で、自分の上に乗っているアリーヌを見つめた。
(…)
無抵抗の自分を、彼女は我が物顔でもてあそんでいる。
川で死のうとしていた自分を引き留めたときの、彼女の無邪気な笑顔を思い出した。
しかし、アリーヌの笑顔は次第にエリザの笑顔に変化していた。
もし、それを見つけたのがあの子だったら、僕を引き留めてくれた?
自分に死ねと言い放った、あの子が…
この子と同じように、笑顔を見せて「何してるの?」って…
「ジュリアン…あたしと付き合ってよ…」
「…」
いつのまにか、アリーヌはジュリアンのズボンを下ろし、下半身をまさぐっていた。
しかし、ジュリアンは体の中で一番敏感なはずの部分を触られていることに気付いていなかった。
もし、心から死んでほしいと思ったのなら、いっそあの子の手で殺してほしかった。
誰もいない、あの場所でなら、邪魔が入ることもなかっただろうに…
「あなたが好きなのよ…もうずっとあなたのことばかり考えているの」
「…」
君は僕を死んだものだと思って忘れられるかもしれないけど、僕はもう無理だ。
君のことを忘れることができないよ。
「ドミニクのことなんて、最初からどうでもよかったの…」
「…」
死なないと許してもらえない。
死なないと忘れられない。
でも、死ねなかったんだよ。
「あなたを愛してるのよ…」
死ねなくてごめん。
「エリザ…」
アリーヌは、はっと顔を上げてジュリアンを見た。
ジュリアンは、涙を流して自分ではない少女の名を何度も呼んでいた。
「ちょ、ちょっと…今それっておかしくなあい?」
「…」
ジュリアンは力を振り絞って上体を起こし、ベッドから離れようとした。
「ちょっと!どこ行くのよ!」
アリーヌは慌ててジュリアンの腕を掴んだ。
「…忘れられなかった」
「忘れられなかったって…まだ何もしてないじゃない!当たり前よ!」
「…もう無理なんだ、忘れるなんて無理だよ」
「何言ってるの?!」
「死ねなかったんだ。だから、もう忘れることなんてできないんだ…」
そう言って、ジュリアンはふらふらと部屋から出て行った。
アリーヌは、ただ呆然とベッドの上で、閉じられる扉を見つめていた。
「信じらんない…人をここまでさせておいて…」
アリーヌは、わなわなとふるえながら独り言を言った。
「そんなに…そんなにあの子がいいわけ…?わけわかんないわ」
ぐしゃりと、ベッドのシーツを両手で握りしめた。
「あんた…どうなっても知らないから…そんなに死にたければ死ねばいいのよ」
アリーヌは不気味にうすら笑いを浮かべた。
「死ぬほど苦しめばいいのよ。あんたなんか」
◇
真っ黒な服を着たまま、エリザはテーブルに突っ伏していた。
ランプもつけず、部屋の中は真っ暗でほとんど何も見えなかった。
エリザは顔を伏せたまま、安らかな寝息を立てていた。
突然、体がびくっと動き、エリザははっと目が覚めた。
「あらやだ真っ暗!おばさんごめんなさい今からご飯…」
自分の明るい声が、部屋の中でこだまするように、真っ暗な部屋の中を響き渡った。
「あ…」
自分が飛び起きた振動で、かすかに揺り椅子がゆらゆらと、揺れているのがわかった。
「ご飯…作るから…ね…」
エリザは笑顔のまま、大伯母に話しかけた言葉を最後まで続けた。
しかし、返事があるはずもなかった。
もう、誰もいないんだ。
エリザは思った。
皆、自分の元を離れてしまった。
おばさんは死んで、ニーナには嫌われ、ベルガー夫人からは信頼をなくし、シリルから引き離された。
そして、ジュリアンには、私が、死ねと。
もう、誰もいない。
私にはもう何もない。
私は、ひとり。
「うあああああああああああああっ」
エリザは頭を抱えて泣いた。
そして、声が枯れそうなほど、叫んだ。
もし、自分の声が枯れるまで叫べば、時間が元に戻るというのなら…
灯りのない平屋の家から、少女の嗚咽はいつまでもいつまでも聞こえ続けていた。




