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第20話

ジュリアンは、その後ただ黙々と仕事をした。

今まで通り、特に愛想を振りまくこともなく、冷めた態度で仕事をこなした。


しかし、以前に比べさらに口数が減り、客にちょっかいを出されても、怒ることも、不敵にあしらうこともなく、ただ冷たく見つめて無視するだけであった。

同僚にも同様で、めったに喜怒哀楽を見せることがなくなった。



「おい…なんか最近、あいつ怖くないか?」



シモンがジョゼットにそっと耳打ちした。



「まあ前からあんな感じと言えばそうなんだけどさ…前はもっとこう…からかい甲斐があるっていうか…」

「…そうね、わかるわ」



ジョゼットはふと、客のテーブルを拭いているジュリアンを見た。

先日までの、うつろな瞳ではなくなっているが、以前のように気軽に話しかけてはいけないような雰囲気を醸し出していた。



「ま、ちゃんと仕事もこなしてるし、文句はないけどさ」


シモンは頭をぼりぼりかきながら、仕事に戻った。

ジョゼットはシモンの後ろ姿を目で追って、ため息をついた。



(あたしに…恋の相談をしてきたなんて…うそみたい)



ジュリアンを見つめ、そのとき見せた少年らしい表情を思い出した。

そして、思わず悲しげな顔になった。





「いらっしゃい!!」





シモンが大きな声で入って来た客に挨拶した。

大きな体の少年と、漆黒の髪色の美しい少女の二人連れであった。

少女は少年の腕に自分の腕を絡ませ、身体を密着させていた。




「子供のくせに…」




シモンは横目でそれを見て、面白くなさそうにちっと舌打ちした。

ジョゼットはそんなシモンをおかしそうに笑った。




「よお、ジュリアン」




少年は椅子にどさっと腰掛けて、近くを通り過ぎようとしたジュリアンに声をかけた。

ジュリアンは黙って立ち止まり、彼らを見た。

ドミニクは、にやにやとした顔つきでジュリアンを見ている。



「ニーナに聞いたぜえ、ここで働いてるってよ」

「…」

「てめえみてえな色気違いが、こんなところでなあ!!」




ドミニクはわざと大きな声を出して、大笑いした。

近くにいる客は、ドミニクの発言に驚いて、皆そちらを見た。

ジュリアンは黙ったまま突っ立っていた。




「ずいぶんいい子になったもんだなあ、あんなに毎日毎日飽きもせず女と腰振って、金せびってたやつがさあ!」



ドミニクは上機嫌でがはは、と下品に笑った。

周りの客は、ひそひそと耳打ちし出した。



「女と腰振ってだって…下品だね…」

「まあ、あの子見た目からして、そんな感じだものね…」

「若いのにそんなことばっかり覚えちゃって…どんな親に育てられたんだか…」



呆れる者、軽蔑する者、面白がる者、それぞれがジュリアンを冷たい眼差しで見た。

ドミニクはそんな様子を察知し、勝ち誇ったかのようにジュリアンをへっと嘲笑った。





「…で、ご注文は?」





しかし、ジュリアンはその一言で、全てを一蹴した。

何も感じていないかのように、ただドミニクをじっと見つめて返答を待っていた。

ドミニクは一瞬呆気にとられたが、すぐ悔しそうな顔をした。




「おい、こいつ見たことあるだろ」



ドミニクは、隣にいる少女の肩を突然抱いて、挑発的にジュリアンを見た。



「お前が前、俺の邪魔したときの子さ。でも、今はこの通りだ。へへ、美人だろ」


ジュリアンは、ふとドミニクに肩を抱かれている少女を見た。

アリーヌは少し胸の開いた襟の服を着て、真っ白で美しい胸元がちらちら覗く。

アリーヌは、そっと上目づかいでジュリアンを見つめ、艶めかしく微笑んだ。



「そういえば、お前も前、女の子を連れてたよなあ…夜の市のとき」



すると、ジュリアンはぴくっと体を動かした。


「あの子、今フランクと仲良くやってるみたいだぜ、フランクがよく学校で話すんだよ」

「…」

「お前、あんな子に振られたんだな!!フランクごときに取られるなんて、笑いが止まらなかったぜ!!」



がはは、と楽しそうにドミニクは笑った。

アリーヌは、ちらっとジュリアンの方を見た。

ジュリアンは下を向いて小刻みに震えていた。

そして、ぼそっとつぶやいた。




「…聞いてんだろ…」

「あ?」



ジュリアンは突然大声で叫んだ。






「注文は何かって聞いてんだろ!!この豚!!豚野郎!!」






突然のことに、ドミニクを含め店内にいた全ての人が一瞬静まり返った。

しかし、アリーヌが思わずくすっと笑ったことで、ドミニクは我に返り、顔を真っ赤にしてがたっと立ちあがった。



「て、てめえ…!!」



そしてがしっとジュリアンの胸倉を掴み、思い切り殴ろうとした。

そのとき、一部始終を見ていたシモンが、二人の間に割って入った。




「まあまあ、お客さん、店の中で暴力はやめてよ」

「どけよ!!」

「やめろって。こっちが悪かったよ、な、ジュリアン」

「…」


ジュリアンは下を向いて、すたすたとその場を離れた。


「おい!!てめえ待てよこら!!」

「まあまあ、彼女もいるんだしさ。ほら、ここは俺がおごるから。お嬢さん、注文は?」

「…ですって。ドミニク」

「…ちっ」



ドミニクは舌打ちして、不機嫌そうにどすっと腰を下ろした。

シモンは、ほっとしてため息をついた。




「ジュリアン…」



厨房のカウンターの方へ戻ってきたジュリアンに、ジョゼットは声をかけた。


「なに?」


冷たい眼差しに、ジョゼットは一瞬ひるんだ。


「あ、あの…大丈夫?」

「なにが?」

「えっと…なんか胸倉つかまれてたみたいだけど」

「別に」

「そう…」


ジョゼットは無理やり微笑んで、話を終わらせた。

すると注文を聞いてきたシモンがこちらに向かってきた。



「よおジュリアン、ナイスファイトだったぜ!」

「は?」

「うん、確かにあいつは豚だった!ははは」



ジュリアンはそんなシモンを無視するかのように、出来上がった料理を持って、すたすたと客の方へ向かった。

シモンはジュリアンの後ろ姿を見ながら、肩をすくめた。



「シモン…」

「ま、あいつまだ若いからな…色々あるんだよ、多分」

「…」

「きっとすぐ、元に戻るよ。そしたら、またからかってやろうぜ」



そう言って、シモンはジョゼットに笑いかけた。

ジョゼットも、力なく微笑んだ。













ここ数日、エリザはほとんど何もしていない。

洗濯と炊事など、必要最低限のことをする以外は、ただ椅子に座り、テーブルに顔を突っ伏してぼうっとしているだけであった。




「優しい夢を見て…お眠りなさい…」



エリザは小さな声で、歌い出した。



「母の胸に抱かれ…お眠りなさい…」



大伯母は黙って目を閉じて聞いていた。



「悲しみと痛みを…全て…洗い流すように…」



そこまで歌って、エリザは黙りこんだ。



「なんだい、その歌は」


大伯母は、目を閉じたまま、口を開いた。


「知らない…」


エリザはテーブルの上に顔を突っ伏したまま答えた。


「どこかで聞いたことがあるの…子守唄なのかしら…」




消えてしまいそうな声で、エリザはつぶやいた。

大伯母は目を開くことなく、ただ黙っていた。




「おばさん…」




エリザはひとり言のように話し始めた。




「お母さん…元気にしてるのかしら…」

「…」

「会いたいわ…」

「…エリザ」



大伯母は、はあとため息をついた。

エリザはそのまま黙りこんだ。




そのとき、家の扉がノックされる音が聞こえた。

エリザはその音に反応せず、ただひたすら無視し続けた。



「エリザ、客人だよ」

「…知ってるわ」

「出ないのかい…」

「会いたくないの」




しかし、ノックの音はいつまでもしつこく続いた。

エリザは仕方なく席を立って、扉を開けた。

そこには、心配そうな顔つきのフランクが立っていた。




「…」

「やあ」




エリザは笑顔を見せることなく、下を向いた。

フランクは遠慮がちに話し始めた。



「最近ずっと…尋ねても出てくれないから…どうしたのかなって思って」

「…」

「居留守だったんだろ?」

「…ごめんなさい」

「いいんだけどさ…なんだか全然元気ないみたいじゃないか」

「…」



エリザは下を向いたまま、返事をしない。



「何かあったの?」

「何もないわ…」

「…」

「…」

「…ジュリアンと、会ったのか?」



エリザはジュリアンと聞いて、思わず目を見開いた。



「ジュリアンとなんかあったんだろ?!」

「…」

「エリザ!話してくれよ!」

「…ないわ…」

「え…?」

「あなたには関係ないわ…」

「エリザ!」



エリザは迫るフランクを追い払うようにばたんと扉を閉めた。

どんどん、と外から扉をたたく振動が体に伝わったが、エリザは黙って無視した。



ふと顔を見上げて部屋を見ると、エリザは信じられない光景を目にした。

大伯母が揺り椅子から落ち、がたがたと震えながらおう吐していたのである。




「おばさん!!!」




エリザは駆けよって、大伯母の背中をさすった。




「どうしたの?!気持ち悪いの?!」

「だ、大丈夫さ…」

「うそよ!!今までこんなことなかったじゃない…!!」

「…」

「おばさん、ベッドまで、歩ける?!」

「ああ…」




エリザが大伯母の体を起こし、ゆっくりとベッドまで運んだ。


「お湯を用意するから、待ってて!」

「…」


エリザは慌てて水を汲みに走った。

大伯母ははあはあと苦しそうにゆっくりと息をした。




「お湯、飲める?」



エリザはゆっくりと大伯母の口に湯を含ませた。



「お口、ゆすいでね」



エリザはカップの中に、もう一度吐きださせた。



「ちょっと、片づけてくるわ…」



エリザは床に落ちた吐しゃ物を片づけに席を外した。






(どうして…?急にこんな…)



エリザは、とてつもない胸騒ぎがした。

ベッドに戻ると、大伯母は目を閉じていた。

それほど辛そうというわけでもなさそうだったので、エリザは少し安堵した。





「おばさん…」


エリザがそっと近寄ると、大伯母はエリザの方を見た。


「エリザ…そこにお座り…」

「うん…」


エリザは床に膝をついて、大伯母の手を握った。


「…あの子は…」

「え…?」

「あの子は…いい子だよ…」

「あの子って誰…?」


エリザは不思議そうな顔で、大伯母を見た。

大伯母は優しい目をしてエリザを見ていた。



「あの子はね…信じられないほど繊細で…弱いんだ…」

「…」

「お前が見捨てたら…あの子は気が狂っちまうだろうよ…」

「え…?」

「だから…何があっても…これから先お前にとってどんなに辛いことがあっても…あの子を見捨てたりしちゃだめだ」

「…おばさん…?」

「あの子は…きっとお前を幸せにしてくれるよ…絶対に…」




そう言って、大伯母はエリザの頭にそっと手を置いて、自分の胸元に引き寄せた。

エリザは大伯母のぬくもりを感じ、目を細めた。




「おばさん…ずっとそばにいてね…」




エリザは、まるで本当の母親に抱かれているような気持ちで、うとうとと眠りに落ちていった。













エリザが目覚めたとき、すでに外は明るく窓から日差しが差し込んでいた。



「いた…」



大伯母のベッドの横で、そのまま眠ってしまったエリザは背中に痛みを感じ、ゆっくりと上体を起こした。

はあ、とため息をついて、大伯母を起こした。



「おばさん、起きて。もう朝…」




エリザが大伯母を見た瞬間、エリザの血の気が引いた。





「おばさん…?」





大伯母は目を閉じて、眠っているように見えた。

しかし、大伯母の空間だけ、明らかに時が止まっていた。



「おばさん…」



エリザは震える手を伸ばして、大伯母の頬に触れた。

その瞬間、エリザはがたっと立ちあがり、扉をばんと開けて、全速力で走りだした。





(おばさん!!おばさんが…!!)





途中顔なじみの農夫とすれ違ったが、エリザは気付くことなくただひたすらに走った。




(誰か…!!助けて…!!)




エリザは泣きながら、町を目指した。

その涙は、頬を離れて空中ではじけた。













針子は眠そうな顔で、仕事場へ向かっていた。



(ああ、今日も仕事だわ…めんどくさいなあ…)



のんびりと歩いていると、道路に面した小さな料理屋に、ふと目が行った。

ガラス窓に映る自分を見て、針子はうっとりした。



(ふふ、今日も一段ときれいよ、あたし!!)



上機嫌で鼻歌を歌いながらまた歩くと、道路を挟んだ向かいの道を、少女が全速力で通りすぎていくのが見えた。


(何かしら…こんな朝早くから)


針子は変なものでもを見るような目で、少女の後ろ姿を目で追った。

そして、少女は角の時計屋を通り過ぎたとき、ぴたっと立ち止まってくるっと振り返った。

それを見た針子は驚いて見つめた。



(エリザじゃない!)



針子は、ジュリアンのために作ってやった服が、エリザへのプレゼントだと知っていたので、無意識のうちにエリザに親近感を持っていた。

針子は手を振ってエリザを呼びとめようとしたが、ふとその手を下ろした。



(エリザ…泣いてる…?)



切羽詰まった顔で涙を流すエリザは、そのまま時計屋の中へ入っていった。


(どうしたのかしら…)


針子はどうしても気になって、立ち止まって様子を伺った。

すると慌てて時計屋の弟子らしき若者が外へ飛び出し、自分の目の前を走っていった。

そして店の前には、いつのまにか辻馬車が用意されていた。



(馬車…?)




店の前には、時計屋の店主とエリザがそわそわと何かを待っている様子であった。



(あのお弟子さんを待っているのかしら…)



針子は気になって仕方なかったが、もう仕事の時間が迫ってしまったので、やむなくその場を離れた。

足早に仕事場へ急ぐと、中央広場に入った辺りでジュリアンに出くわした。



「あら」

「…」



ジュリアンは黙って針子を見た。



「どう?エリザとはうまくやってる?」

「…」


針子はにやにやとした顔で、ジュリアンに尋ねた。

ジュリアンは針子を無視してその場を去ろうとした。

針子はむっとして、こう言った。



「なによ!無視?!人の恩を仇で返そうって魂胆ね!ばーか!」



どんどん離れていくジュリアンに向かって、針子は子供っぽく罵倒した。

しかしそのあと、針子はあることを思い出して、思わず何事もなかったかのようもう一度話しかけた。



「あ、そうだ、さっきあっちでエリザを見たわよ」



それを聞いたジュリアンは、勢いよく振り向いて、針子の方を見た。

針子は、そんなジュリアンの様子に呆れてながら、こう言った。



「あんたねえ…なんなのよ一体。まあいいわ、あそこの角の、時計屋さんに入って行ったわ」

「…時計屋?」

「ええ、声をかけようと思ったんだけどさ…なんだか泣いてたみたい」

「…?!」



ジュリアンは驚いて、針子に近寄った。



「泣いてたってなんだよ!」

「知らないわよ!!なんだか切羽詰まった顔をしてたわ」

「…」

「あ、あと、なんだか店のお弟子さんが、慌ててどこかに向かっていたし、店の前に辻馬車が用意されていたわよ」

「馬車…?」



ジュリアンは訝しげな顔をした。



「まだいるかもしれないから、行ってみたら?」

「…」

「ところで、あんたなんでこんな朝早くからこんなところにいるの?『お仕事』?元気ねえ、くくく」

「…黙れブス」

「はあ?!」



ぼそっと針子を罵り、ジュリアンは駆けて行った。

針子は腹立ち紛れに地団太踏んで、くるっと背を向けた。













「おはよ、女将さん」



針子はぶっきらぼうに仕立て屋の店主にあいさつした。



「なんだ、今日はえらくご機嫌だね」



店主はわざとそう言って、呆れたように笑った。



「さっき、あそこでくそガキに会ったのよ!」


針子はどすどすと足を地面にたたきつけるように、店の中を歩いた。


「あ?ジュリアンかい?」

「そうよ!ほんと、なんなのあいつ」


針子はエプロンをしながらぶつぶつと悪口を言った。


「前から思ってたんだけどさ…お前、ちょっと前まであいつにお熱じゃなかったかい…?」

「はっ昔の話よ!!とっくに冷めたわ!冷めるどころか今では死ねばいいのにとさえ思ってるわ!!」


そう言い捨てて、針子は奥へと入っていった。

おかしそうに、店主は針子を目で追った。



「あ、そうだわ」



針子はもう一度顔を出して、店主に呼びかけた。



「ジュリアンにも言ったんだけど、角の時計屋さんのところでエリザを見たわよ」

「エリザに?」

「うん、泣きながら時計屋の中に入って行ったわ」

「泣いてたって?!」

「ええ…どうしたのかしらね…」




(角の時計屋…フレモンさんのところかね?)



店主は、妙な胸騒ぎを感じて、顔を曇らせた。




(エリザ…)





店主は、何事もないことを、心の中で祈った。














医者は大伯母を見てすぐ、エリザの方を振り返って悲しそうな顔をした。




「…お嬢さん…君の大伯母さんはもう…旅立たれたよ」




エリザは目を見開いて、黙っている。

フレモンはエリザの肩に手を置いて、沈痛な表情を浮かべた。


するとエリザは、ふらふらと一歩一歩、生まれたての小鹿のように大伯母に歩み寄った。




「お、おばさん…」




大伯母は、今朝エリザが見たときと全く同じ顔をしていた。

時が止まっている。

エリザはもう一度、そう思った。



「返事…して…」



エリザが小さく問いかけても、大伯母は目を閉じたまま、エリザを無視し続けた。




「お医者様…原因は…なんだったのでしょう?」



フレモンが、そっと医者に尋ねた。

医者は、難しい表情をして答えた。



「それが…わからんのですよ」


そう言って、エリザの方を見た。



「お嬢さん、何か…心当たりは…?」

「…」

「…」

「昨夜…突然おう吐して…」



振り返りもせず、エリザはぼそっと答えた。



「ふむ…」



医者は少し考えた。



「他には…?」

「え…?」

「たとえば…すごい衝撃を受けたとか…」

「…衝撃…」




それを聞いて、エリザははっとした。



「何かあったのかい?」



フレモンは遠慮がちに尋ねた。





「頭を…強く…打ちました…先日…」





エリザは、声が震えてうまくしゃべれなかった。

医者は納得したような顔で、エリザを見た。




「もしかしたら、脳内で出血を起こしていたのかもしれないね…そのときから様子はおかしくなかったかい?」

「私…全然気付かなくて…そんなに…そんなに重傷だったなんて…」

「エリザさん…」




がくがくと震えるエリザの肩に、フレモンはそっと手を置いた。




「エリザさん、さあ気を確かに」

「…」

「大伯母さんの葬儀は、私に取り仕切らせてはくれないか」

「…」

「君一人だと、何かと大変だろう…ね?」



フレモンは優しくエリザに語りかけた。

エリザは黙ったまま返事をしない。



「お医者様…ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ…何のお役にも立てず…」



医者にあいさつをし、フレモンはもう一度エリザに話しかけた。



「エリザさん、明日、執り行いましょう。喪服は持っているかい?」


エリザは首を振った。


「明日までに、全てを用意しておくから、君はおばさんと一緒にいてあげておくれ」


フレモンは優しくそう言って、医者を連れて外に出た。

馬車の音がからからと聞こえ、どんどん遠くなっていった。













仕立て屋の扉がぎいと開いて、老紳士が入ってきた。



「いらっしゃい、ああ、フレモンさん」

「こんにちわ、お久しぶりですね」

「ええ、今日はどうしましょう」



(時計屋のフレモンさん…今朝のこと…聞いてもいいのかね…)



店主はそう思ったが、とりあえず様子をうかがうことにした。



「それがですね…ちょっと女性物の喪服を用意して頂きたいのですが…」

「喪服?!」



店主は思わず叫び声をあげた。

フレモンは驚いて店主を見る。



「い、いえすみません。でも、女性物というのは…」

「あ、いや、ちょっと知り合いのご婦人がお亡くなりになりまして…」

「ええ…」

「その、お孫さんと言うわけではないのですが…姪孫さん?の喪服を用意すると、お約束しましてね」

「あ、あの…」



店主は恐る恐る尋ねた。



「それって…あの…エリザでは…」

「おお、エリザさんとお知り合いでしたか!!」



それを聞いて、店主は愕然とした。



(エリザのおばさんが…亡くなられた…?!)




「気丈な娘さんで…本当にお可哀そうです…」

「…」

「私の方で、できるかぎり援助をして差し上げたいと思っているのですが…」

「ええ…」




二人は黙りこんだ。

しかし、フレモンはすぐ話を続けた。




「そういうわけなので、1着用意できませんですかね?」

「ええ、それが…既存の喪服はあるのですが、あの子には少し大きすぎるんですよ」

「なるほど」

「ですから、仕立ててからのお渡しになるんですが…」

「葬儀は、明日なのですが、間に合いますか?」

「ええ、大丈夫です。あの…」

「はい?」



店主は遠慮がちに尋ねた。



「あたしも…連れて行っては頂けませんかね?」

「ええ!もちろんです、馬車を用意させますから、明日、私の時計屋まで来てください」

「ああ、ありがとうございます!喪服を準備して、伺います」




フレモンはお辞儀をして、店を出て行った。

それからすぐ、奥から針子が顔を出した。



「ねえ、どうしたの女将さん?」

「はあ…エリザの大伯母さんが亡くなったんだって」

「え?!じゃあ今朝のってやっぱり…」

「ああ、そうみたいだね」

「そう…」



針子は、普段見せない悲しそうな顔をした。



「あの子は…」

「え?」

「あの子は知ってるのかねえ…」

「あの子って誰よ」

「あんたの大嫌いなくそガキさ」

「ああ」


針子は急に嫌そうな顔つきをした。



「ぷらぷらと客を渡り歩いてるやつなんかが、そんなこと知ってるはずないわ!」

「…」

「今朝だって、エリザのこと何も知らないような感じだったもの」

「…でもさ」

「え?」

「あいつ、最近うちにめっきりこなくなったと思わないかい?」

「まあね」

「前は、何かっていうと大金を持って服を買いに来ていたのに…」

「…」




二人は、ふと考え込んだ。



「まあ、元気でやってるならそれでいいけどさ」

「以前にも増して、感じ悪く成長してるわよ!」

「ははは」



店主は笑ったが、心の中ではジュリアンのことが気がかりで仕方なかった。














暗がりの中、月の光が差し込む窓辺に寝かされた大伯母の前で、エリザは座り込んでいた。






―――他には…?すごい衝撃を受けたとか…

―――頭を…強く…打ちました…先日…







今朝の、医者と自分の会話を思い返した。

そして、そのあと「先日」の光景が、走馬灯のように頭を駆け巡った。







自分を押さえつける少年が、止めようとする大伯母を思い切り払いのけて、大伯母は揺り椅子の手すりに頭をぶつけた。





そして、大伯母は体調を崩し、おう吐して…死んだ。






あの人が、あのとき大伯母を払いのけなければ…



あの人が、私を訪ねなければ…



私が、あの人と出会わなければ…?











きっと、おばさんは死ななかった。









窓から見える月を、エリザはただ静かに眺めていた。

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