表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/33

第18話



「…ねえ…ジュリアン…」





長い髪を体にまとわせて、少女が自分の名前を呼んでいる。





「あたし…こういうことするの…初めてなの…」





一糸まとわぬ姿で、胸元を両腕で隠しながら、少女は頬を染めながら話しだす。





「でもね、体は友達の中でも一番大人っぽいって言われるのよ、見て…」




少女はゆっくりと両腕をはずし、自分の体を見せつけた。

豊満な乳房の先端部分は薄桃色で、まさにけがれを知らない少女そのものであった。




はにかむ少女が、ゆっくりと自分の方へ顔を近づけると、あの何とも言えない匂いが、自分の全身をくすぐった。





「ジュリアン、優しくしてね…」





そばかすの肌のその少女が、目を閉じて自分に口づけをしようとしたそのとき、目の前が真っ暗になった。







「はあっ…!!」






ジュリアンはがばっと上体を起こして、息を切らしながら目が覚めた。




(今…すごく変な夢見たような気がする…)




ジュリアンははあ、とため息をついて、髪をぐしゃぐちゃとかきまわした。

部屋は真っ暗で、朝になるまでまだだいぶ時間があるように思えた。


「ううん…」


すると隣で寝ている裸の少女が、寝ぼけまなこで自分の名を呼んだ。



「ジュリアン…」



そしてごろんと寝がえりをうって、ジュリアンにしがみついた。



「…」



ジュリアンは、そんな幼い少女を冷めた目で見降ろして、もう一度ため息をついた。




(何をやっているんだろう、僕は…)





ニーナを抱いたのは、ニーナに迫られたので仕方なく、という理由だけではなかった。

今までのことに嫌気がさし、半分やけになっていたということのほうが大きかった。

しかし、今ではもうただただ虚しさと後悔しか残っていなかった。




(こんな小さい子を…馬鹿なのか、僕は)




ふっと自虐的に笑って、顔を毛布にうずめた。














大伯母は、おとといの夜にあんなことがあってから、エリザが一度も笑顔を見せないことが気がかりでしょうがなかった。


(この子の周りには、ろくな人間がいないよ…全く)


はあ、とため息をついて、エリザを見る。

自分で作った朝食にはほとんど手をつけず、ただ黙って大伯母が食べ終わるのを待っている。

大伯母は、いつものように全て平らげて、「まずかったよ」と言った。


エリザは困ったような笑顔も、ふくれっ面もせず、ただがたっと席を立って食器を片づけに行った。


(エリザ…)


大伯母は、悲しそうな顔でエリザを目で追った。











エリザは食器を片づけ、日課である庭の掃き掃除をするため、外に出た。

心地いいはずの明るい日差しが、エリザには無数のとげにちくちくと刺されているように思えた。




(もういやよ…)




ほうきの柄にひたいをくっつけて、小刻みに震えた。



(もう、やめてほしいのに…来ないでほしいのに…)



昨夜も、エリザの家にフランクが来て、彼女に文字を教えた。

そして、帰り際、フランクはまたエリザに口づけをしたが、エリザはやはりされるがままになっていた。




(いやなのに…どうして…?)




エリザはフランクに迫られて、抵抗できない自分が嫌でしかたがなかった。

もっと力を入れて振り払えばいいのに、いやだとはっきり言えばいいのに…




(あんなところを…見られるなんて…)




ジュリアンに、フランクとの現場を目撃され、エリザは頭が真っ白になり何も言えなかった。

そもそもあのとき、そう、フランクが訪ねて来たとき、扉を開けなければよかったのに。

断ればわかってもらえると思った自分が、いけなかった。




―――君って…意外とだらしないんだね




ジュリアンの冷たい言葉が、エリザの心臓に突き刺さったまま、離れなかった。

エリザは目をぎゅっとつむって顔を歪ませた。



(ジュリアン…違うのよ、私…私は…)




エリザは目をゆっくり開いた。

そこには、今にも溢れそうなほど涙をたくさん溜めていた。





ふと、川沿いの道を少女が歩いてくるのが、遠くに見えた。

エリザは涙を拭いて、少女の方をじっと見つめた。

どんどん近付く少女は、明らかにニーナであった。



(なぜ…?こんな朝早く、町の方から来るなんて…)



エリザは不思議に思って、ほうきを持ったまま立ちつくしていた。

ニーナはまっすぐエリザの方を向いて、歩いてくる。

いつもなら駆け足で声をかけるのに、今朝は様子がおかしかった。



「ニーナ…おはよう…」

「…」

「どうしたの?元気?」

「…元気よ」

「町の方から来るなんて…どうして?」



エリザは、気になっていたことをそれとなく聞いた。

ニーナは黙っている。

いつもきれいに整われている髪の毛は、少し乱れていた。



「エリザ、あたしね…」

「…どうしたの?」



ニーナが口を開いたので、エリザは聞き返した。





「ジュリアンと、寝たわ」






その言葉に、エリザは一瞬声が出なかった。



(え…?)



「聞こえなかったの?あたし、ジュリアンに抱かれたの。わかる?」



ニーナは、勝ち誇ったような顔で、うすら笑いを浮かべた。

エリザは、何かに頭をがんがんと打ちつけられているような感覚に襲われた。



「あ…えっと…」



エリザは何か言葉を口にしようとしたが、うまく口が動かない。

ただ、目を見開いて一点を見つめるだけであった。



「あたし、お金持ってジュリアンにお願いしたの。そしたら、いいよって」

「で、でも…ジュリアンは…もうそういうことはやめたって…」

「そんなの知らないわ。抱いてくれたのは確かだもの。ほら見て」



そう言って、ニーナは服の襟の部分をぐいっと下に引っ張って、鎖骨の辺りをエリザに見せた。

そこには、ほんのり赤く染まっているあざのようなものが、確かにあった。

エリザは、顔を震わせて、ただそれをじっと見つめるだけであった。

ニーナはそんなエリザを見て、もう一度ふんと笑った。




「ニ、ニーナ…」

「なによ」

「あなた…まだ子供じゃない…そんなことして…だめよ…」



エリザは、平静を装おうと年上らしいことを言って、ニーナをいさめた。

しかし、声は震えて上手に話せなかった。



「は?なんでエリザにそんなこと言われないといけないの?!」

「…」



ニーナはエリザを睨みつけた。

エリザはまだ震えがおさまらない。




「ねーえエリザ、聞いてよ。ジュリアンったらね…」



ふふ、と笑って、ニーナはゆっくり話しだした。




「あんなに普段冷たいのに、ベッドの上では意外と優しいのよ」



やめて…



「それでね、キスがとっても上手なの。それだけでどうかなりそうだったわ」



やめてよ…



「ジュリアン、胸の大きい子が好きみたい。だいぶ長いことあたしの胸をいじくっていたわ、ふふ」



聞きたくない…



「入れられたときは、ちょっと痛かったけど…ジュリアン、何度も大丈夫?って聞いたり、痛くないように舐めてくれたから、平気だったわ」



うそ…



「それからあたしのこと、すっごくかわいいって、抱きしめてくれたの。そのあと…」



うそよ…





「愛してるって、言われたわ」




「うそよ!!」







ぱん、と大きな破裂音が、辺りに鳴り響いた。

ニーナは、頬をぶたれたまま、下を向いている。

エリザは、震えながら自分の手を見つめていた。




「わ、私…ごめ…」

「何するのよ!!」



ニーナは自分の頬をかばいながら、エリザに向かって怒鳴った。

エリザは後ずさりしながら、口を震わせてニーナを見ている。




「悔しいの?!ジュリアンを取られて、悔しいんでしょ?!」

「ち、ちが…」

「何よ!!フランクがいるくせに!!」

「えっ…」

「フランクと仲良くしてるくせに!!ジュリアンも欲しいだなんて!!欲張りよ!大人しそうな顔してさ!!」

「…違うの…」

「そうやって可愛い子ぶって、男の子が自分に気を向けるのが楽しくして仕方ないんでしょ!!」

「ちが…」

「何が違うのよ!!男の子二人も気を引こうとしといていい子ぶってんじゃないわよ!!大っきらい!!」





ニーナは叫んで、頬を押さえたまま、駆け足で去っていった。





エリザは体に力が入らず、思わずほうきを落とした。

からから、と地面に落ちる音がした。





(愛してるなんて…うそよ…)





エリザは震えながら、足を引きずるように一歩進み、そのまま動かなかった。














ジュリアンは、眠そうな顔でその日も出勤した。


「おはよう、ジュリアン!」


先に来ていたシモンとブノワにあいさつされて、ジュリアンも「おはよう」と言った。


「なんだ、眠そうだな」

「まあ…ちょっと」

「あれだな?朝まで寝かせてもらえなかったパターンだな、さては!」


相変わらずの調子で、ブノワは笑いながら冗談を言った。


「…」


ジュリアンは、はあ、とため息をついて奥へと入っていった。


「なんだよ、図星か?」

「やっぱりもてるんだなあ…」


男二人はジュリアンの後ろ姿をぼんやり見つめてつぶやいた。






ジュリアンが着替えて出てくると、今度はジョゼットがジュリアンに声をかけた。



「おはよう。そういえば、昨日お店の前に女の子がいたけど…」

「え?ああ…」

「声をかけたら、ジュリアンを待ってるだけだからって」

「…」

「あんなかわいらしい恋人がいたのね!ふふ」


ジョゼットは楽しそうに笑った。


「ねえ、あの後どうしたの?遅い時間だったけど…」

「いや…」

「もしかして…うふふ!」



くくく、と面白そうに笑いながら、ジョゼットはジュリアンを見た。

ジュリアンは、面倒くさそうな顔でジョゼット見る。


「でも、あんまり小さい子相手にしてると、後で大変な目に会うわよ!」


笑顔でそう言って、ジョゼットは店の外の掃除をしに行った。



(どいつもこいつも…)



ジュリアンは、またため息をついた。



(昨日の夜は…)




ジュリアンは、ふと昨夜のことを思い出そうとした。

ニーナは13歳とは思えないほど、大人びた体格をしていた。

豊かな胸に、くびれた腰、脚はしなやかに伸びてまるで自分より少し年上の女性を抱いているような感覚であった。



(最初は妙に色っぽく誘うようにしてきたわりに…)



ジュリアンはぼんやりそのときのことを思い出す。



(途中から痛い痛いってわめきだして…)



ニーナにとって当然初めての経験だったのだから、痛みが伴うのは仕方のないことである。

しかし、ジュリアンの髪の毛をひっぱったり叩いたり、挙句の果てに腹を蹴り飛ばすなど、暴れ方が普通ではなかった。

思い返してみると、まるで自分が無理やり犯しているような、おかしな光景であった。

ジュリアンは、うんざりした顔をして、思わず腹をさすった。





―――ジュリアン…愛してるわ…






ことが終わった後に、ニーナは自分を抱きしめながら、そう言った。



(愛してるって…馬鹿じゃないの…)



ジュリアンは、嫌そうに思わず舌打ちをした。

しかし、その顔はだんだん悲痛な顔に変化していった。




―――エリザ、今フランクに夢中だから



(エリザも…あいつに愛してるとか…言ったのか…)




あの二人も、見つめ合いながらお互いを…?





「ジュリアン」



自分を呼ぶ声がして、ジュリアンははっとしてそちらの方を見た。



「ねえ、やっぱりあなた…ちょっとおかしいわよ」


外から戻ってきたジョゼットは、遠慮がちにジュリアンに言った。


「言いたくないことなんだろうけど、溜め込むとつらいだけよ」

「…」

「あなたみたいな人でも、何かしら悩みがあるのねえ…」


優しく微笑んで、ジョゼットはジュリアンを見た。

エリザに似ているな、とジュリアンはまた思った。




「…好きな子がいるんだ」




ジュリアンは、ぼそっとつぶやいた。




「え?」

「でも、その子は他のやつが好きみたいで…」

「そう…」

「全部嫌になっちゃって…昨日は…別の子と…」

「そういうことだったのね…」



ジョゼットは、優しく微笑んだ。

ジュリアンは下を向いてうつむいている。



「その子が言ったの?別に好きな子がいるって」

「そうじゃないけど…そいつと…キスしてるのを見た」

「え…」

「…」



ジョゼットは驚いてジュリアンを見た。

ジュリアンは相変わらず下を向いて、そのまま黙ってしまった。



「ジュリアン、大丈夫よ」

「…何が?」



ジョゼットは、自信に満ちた顔で、力強くジュリアンに言った。




「それだけじゃわからないわ。その子が、別の子を好きだなんて」

「どうして」

「その子がどういう子かは知らないけど、その場の雰囲気に流されている可能性もあるわ」

「…」

「特に、相手の男の子が強引だったりすると」



(フランク…)




ジュリアンはふと先日の現場を思い出した。

エリザは、フランクに両手首を強く握られ…少し震えていたような気もする。

やつに無理やり迫られて、怖がっていただけ…?



(…)




「ちゃんとその子から話を聞かないと。あなたが損するわよ」

「…」

「何より、あなた、まだ自分の気持ちを伝えてないんでしょ」

「…」


ジュリアンを見て、ジョゼットはくすっと笑った。



「まだ間に合うわ、きっと。ぐずぐずしてると、本当にその男の子にとられちゃうわよ」


ジュリアンは、ジョゼットを見てうなずいた。


「ていうか、あなた、寂しいからって浮気なんてしちゃだめでしょ!」


おかしそうに笑って、ジョゼットはジュリアンの肩をぽん、と叩いた。

ジュリアンは、思わず気まずそうな顔をした。



「頑張ってね!さあ、仕事!」



そう言って、ジョゼットは慌ただしく厨房の方へ向かって行った。



(でも、どんな顔して会いに行けば…)



そのときジュリアンは、ジョゼットの後ろ姿を眺めながら、はっとあることを思い出した。



(エリザのおばさんが、ランプを…)



あの日、逃げるように立ち去ろうとしたとき、エリザの大伯母が無理やり自分の手にランプをねじ込んだのであった。




―――また、うちへ返しに来るんだ…




多分、あれは自分がまたエリザに会えるように、無理やりきっかけを作ってくれたのだろう。

どんな理由でもいいから、必ずもう一度おいで、と…



(今日…仕事が終わったらランプを持ってエリザに会いに行って…)



ジュリアンはひたすら考えた。



(ちゃんと話を聞いてみよう。それから…)



ジュリアンは、力強く顔を上げて、拳を握った。





(エリザに言うんだ。僕が、君をどう思っているか…)













「エリザ、いいのかい」




大伯母はエリザにぼそっと尋ねた。


「…何が?」


エリザはテーブルの椅子に腰かけて、じっとしている。

ただどこともなく一点を見つめている瞳は、死んだ魚のように淀んでいた。



「あのフランクって子…がっかりしてたじゃないか」

「知らないわ…何も考えたくない」



エリザはそう言って、テーブルに顔を突っ伏した。



(ジュリアンが、ニーナと…うそよ…)






そのとき、扉をノックする音がした。



(…!!)



エリザはがばっと顔を上げて扉の方を見た。

そして、だだっと狭い部屋を駆けて、扉を開けた。



「…」



そこには、ジュリアンがランプを持って立っていた。



「ジュ…」



エリザは、どういうわけか上手に声がでなかった。







私は、フランクとキスなんかしたくなかったの。


本当はあなたに文字を教えてもらいたかったのに。


ニーナと夜を共にしたって本当?


あなたは、ニーナを愛しているの…?


私、私ね…







言いたいことがたくさんあるのに、聞きたいことがたくさんあるのに、エリザは何も話すことができない。



「…ランプ、おばさんに借りてたんだ…」


ジュリアンの方から、話を切り出した。


「そう…だったの」



エリザはジュリアンがランプを持っている方の手に、自分の手を差し伸べた。

ジュリアンはエリザの手にランプを差し出した。

エリザはランプを持ったが、手は震えランプはかたかたと音を立てた。




「…」




二人は黙ってゆらゆらと揺れるランプを見つめていた。





「あ、あのっ…」




エリザは沈黙を破り、声を出した。



「今日…ね、ニーナに会ったの…」

「え…」


それを聞いて、ジュリアンははっと顔を上げた。


「そ、それで…その…ニーナが…あなたと…夜を一緒に過ごしたって…」

「…!」



エリザの言葉に、ジュリアンの表情は明らかに変化していた。



「そ、そうなのね…?」

「…ああ」



(やっぱり…!!)



エリザは、手にしていたランプの取っ手を強く握りしめた。

そのとき、どこからともなく、今まで覚えたことのないどす黒い感情が、エリザの体の中で芽生え始めた。





「ね、ねえ…あのさ」

「あなた…」



ジュリアンが何か言いかけたが、エリザはそれを遮って話を続けた。



「もうそういうことしないって、言ってたじゃない…」

「え…?」

「もう飽きたからって…でもやっぱりだめだったのね」

「…何言ってるの?」





私が言いたいのは、こんなことじゃない…





しかしエリザの口は、その汚らしい感情に操られているかのごとく、心が思っていることとは全く違うことを、勝手にしゃべり続けた。



「あなたはやっぱり誰かと肌を合わせていないとだめな人なんだわ」

「なっ…?!」



ジュリアンはエリザの言葉に顔を歪ませた。

エリザはそれに気付いていたが、口の暴走は止まらなかった。



「しかも、今回はニーナよ。ニーナは、まだ子供なのよ」

「…」

「子供相手にしてまで、そんなにお金が欲しかったのね」




(違う…違うの…何言ってるの私は)




心の中のエリザは必死で暴走を止めようとしていたが、その、どろどろとした醜い感情がどんどん湧き出て、とどまることを知らなかった。






「お金なら、もらってないよ」






突然、ジュリアンは、まっすぐエリザの方を見て話した。




「お金はもらわなかった。あの子、まだ小さいし…それに、本当に僕のこと好きみたいだったからさ…かわいくて」

「え…」



ジュリアンは、口元にうっすら笑みを浮かべていた。

エリザの全身は、完全にそのどろどろの感情に支配されてしまった。




「で、でもまだ13歳の子供にそんなことするなんて…ありえないわ!」

「そんなの関係ないだろ。僕が誰と何していようが」


ジュリアンは、自分を睨みつけてそう言った。

それはいつかの、そう、初めて会ったときの口ぶりと同じであった。



「ていうかさあ…君、あの子のこと子供だって言うけど…」

「え…」

「ニーナの方が、君よりずっと大人だと思うよ」



ジュリアンは、ふっと鼻で笑ってこう言った。




「少なくとも、体は」





エリザはかっと頭に血が上るのがわかった。






「僕ランプ返しに来ただけなんだけど。君に説教されに来たわけじゃないよ」

「…」

「あ、もしかしてちょっとうらやましかった?ニーナが僕に抱かれたって聞いて」

「…!!」

「君、最近そういうことに興味あるみたいだもんね、フランクとも楽しくやってるみたいだし」

「…」

「なんなら、僕ともやってみる?フランクよりはずっといいと思うけどな…」



ジュリアンは、うすら笑いを浮かべたまま、エリザの髪を撫でようと、手を伸ばした。




「触らないで!!」




エリザはぱん、とジュリアンの手を払いのけた。



「…よ」

「え…?」


エリザは体を震わせながら、突然大声で叫んだ。




「いやよ!!体を売ってお金稼いでた人なんかに触られたくない!!けがらわしいわ!!」

「…!!」



目を見開いて、髪を振り乱しながら、エリザは叫び続けた。






「だからあなたは娼婦の息子って言われるのよ!!本当に最低、気持ち悪い!!」






エリザはそう言いきって、はあはあと息を切らした。

しかし、ジュリアンの顔を改めてみた瞬間、我に返った。




「わ、私…」




ジュリアンは、目を大きく見開いて、がたがたと震えていた。

どこを見ているのかわからない、口だけぱくぱくと動かした、人形のようであった。




「ジュ、ジュリ…」



「お前…!!!」



エリザがジュリアンに手を伸ばそうとしたとき、ジュリアンはエリザに飛びかかった。




「…!!」




ジュリアンに飛びつかれ、エリザは後ろにのけぞった。

その拍子に扉がばんと開き、二人は家の中へなだれ込んだ。

エリザは、ジュリアンに思い切り首を締め付けられていた。

大伯母は驚いて、倒れ込んだ二人を見つめた。




「く、くる…」

「お前…今何て言った…!!」



ジュリアンは目を見開いたまま、顔は歪み怒りに震えていた。

エリザはジュリアンの手を振り払おうと、もがいた。



「ごめ…ごめんなさ…」

「お前は…お前は…今までずっとそう思ってきたんだろ!!」



ジュリアンは手の力を緩めることなく、震える声で言い続けた。



「自分は軽蔑しないとかなんだとか言って…本当はずっと汚いもの見るような目で見てたんだろ?!」

「ち、ちがう…」

「自分だけいい人ぶりやがって!!…お前は…お前は偽善者だ!!」

「!!」

「おやめ!!」



大伯母は立ちあがって、ジュリアンを止めようと横から引っ張った。



「どけ!!」



ジュリアンは大伯母をがっと力強く振り払った。

その拍子に、大伯母は後ろに倒れ込み、揺り椅子にがん、と頭をぶつけた。


「うっ…」


大伯母は揺り椅子にもたれかかり、動かなかった。




「ごほっごほっ…」




ジュリアンが大伯母を払いのけた瞬間、エリザの首元は自由になり、とっさにエリザは息をした。

そして、せき込みながらジュリアンを見た。




「ジュ、ジュリアン…」

「…僕がどれだけ汚いか、見せてやるよ…」

「え…?」




その瞬間、ジュリアンはエリザに倒れ込むように覆いかぶさり、それと同時に何かが破れる音がした。



(いや…!!)



ジュリアンは、エリザのぼろぼろの襟元を無理やり引き千切っていた。

そこから薄く白い下着が見えると、ジュリアンは両手でさらに襟元をぐいっと広げ、下着を無理やりまくし上げた。

すると、エリザの白く小さな胸があらわになった。

ジュリアンはエリザのその小さな胸の片方をわしづかみにして、もう片方の先端部分を噛みつくように吸い始めた。




「いや…!!」




エリザは大声を上げじたばたともがいたが、ジュリアンの体重がのしかかり、身動きが取れなかった。

乱暴に扱われる胸は、痛みしか感じられなかった。




「いやよ…やめて…」

「はあっはあっ…」



ジュリアンは、まるで何かにとり憑かれたように目を見開き、激しく息を荒らげてエリザの胸をもてあそんだ。



「どうせ…あいつともこういうことしてるんだろ…」

「…え…?」



ジュリアンは突然エリザの両手首を押さえて、はあはあと荒く息を吐きながらエリザに顔を近づけた。



「いい子ぶりやがって…自分だってこういうことしてるくせに…!!」

「ちがう…!!してない…!!」

「ずっと軽蔑してたくせに…!!」




次の瞬間、獣のような形相だったジュリアンの顔は、悲しみに歪んだ。





「なんで優しくしたんだよ…!!」

「え…」





ジュリアンは叫んだと同時に、エリザのスカートの裾をまくしあげた。


「きゃっ!」


するとエリザの華奢で折れそうな脚がむき出しになった。


「いや…」


エリザは顔を左右に振って拒否した。

しかし、ジュリアンはそんなエリザを無視し、荒っぽい手でスカートの中に手を入れた。





「ジュリアン…!!こわい…!!」





エリザは、震えながら涙を流してジュリアンを見て叫んだ。

すると、ジュリアンははっとエリザの方を見て呆然とした表情になった。

そのとき、ジュリアンの力は緩み、エリザはようやく自由の身となった。



エリザはすぐさまジュリアンを突き飛ばして、胸元を隠し座り込んだまま後ずさりした。

ジュリアンは突き飛ばされた瞬間「うっ」とうめき声をあげて、地面に手をついて動かなかった。




「…あ…あ…」




ジュリアンは乱れた髪を揺らしながら、がたがたと震えていた。




「フ…フランクは…こんな乱暴なことはしなかったわ…」

「…」

「出て行って…」

「…」

「出て行ってよ!!」



エリザはジュリアンに向かって、泣きながら大声で怒鳴った。



「ぼ、僕は…」



ジュリアンは何かを言おうとしたが、エリザは遮った。




「あんたなんか最低よ!!大っきらいだわ!!もう来ないで!!」





エリザはこれ以上ないくらい怒りをにじませて叫んだ。

その振動で、涙が床にぼたぼたと落ちた。

ジュリアンはわなわなと震えながら、別人のように顔を歪ませてエリザを見ている。



「僕は…」

「出て行ってよ!!」




エリザのその言葉に操られるように、ジュリアンは震えたまま立ち上がり、だだだっと外へ飛び出して行った。

そして、部屋の中は一瞬にしてしんと静まり返った。




「う…」

「おばさん?!」




大伯母のうめき声が聞こえエリザははっとして、乱れた恰好のまま、大伯母の方へ四つん這いで駆けよった。



「おばさん、大丈夫?!頭を打ったのね?!」

「大丈夫さ、心配ない…」

「おばさん…なんでこんな…」

「エリザ…」



大伯母は、エリザの頭にゆっくりと手を乗せて、優しく撫でた。




「エリザ…誰も恨んじゃいけないよ…」

「…」

「もう忘れるんだ…誰も、うちには来なかった…」

「ひっ…えっ…」



エリザは大伯母の胸に寄りかかって、すすり泣いた。

大伯母は、エリザを優しく包み込んだ。

しかし、揺り椅子に打ちつけられた後頭部に、激しい痛みを感じずにはいられなかった。





開け放たれた扉の外には、丈夫だったはずのランプが、粉々に砕け散っていた。














真っ暗闇の中を、少年は走った。


前がほとんど見えないのに、ただただ、全速力で走るしかなかった。


しかし途中で足がもつれ、彼は前のめりになって転倒した。



「はあっはあっ」



しんと静まり返る田舎道には、自分の吐く息の音しか聞こえなかった。


もう、自分だけ世界に取り残されているような感覚であった。


少年は地面に膝をついて、かたかたと震える両手を覗きこんだ。


吐きそうなほど息が苦しいのに、なんでもないはずのこの両手が、なぜだかずきずきと痛かった。






この両手で、あの子の首を絞めたんだ。

この両手で、あの子に乱暴したんだ。







「…」






僕が。







「あ…」








なんでこんなことになってしまったんだろう。








「あ…あ…」











僕は、ただあの子のことが好きだっただけなのに。












「ああああああああああああああっ」











少年は、大粒の涙を流して叫んだ。

物心ついたときからずっとためていた分を一気に放出するかのように、とめどなく涙は流れ続けた。




「僕は…僕は…!!」




彼は、少女を汚そうとした両手を地面にだんだんと打ちつけて、傷つけた。

砂に混じって、赤い血がにじんでいた。






両目からあふれ出る幾つもの透明な雫は、自分が犯した罪を、ひたすら洗い流すように流れ落ちる。

しかしそれは、ただあっけなく、地面にしみ込んでは消えていくばかりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ