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第17話

「おい、なんか用か?」


「えっ?」




客のテーブルに料理を置いたあと、ジュリアンはぼうっと突っ立ったままそこを動かなかった。

客は不審そうな目つきをして、ジュリアンに尋ねた。

ジュリアンは慌てて否定した。



「いや…」

「なんだよ、酒でも注いでくれるのかと思ったぜ」



客はへっと笑って自分で酒を注いだ。

ジュリアンは黙ってそこから離れた。

ジョゼットは心配そうな顔で、ジュリアンの様子を見ていた。



「ねえジュリアン、なんだか変よ。気分でも悪いの?」

「え…?」

「顔色も悪いし、目が据わってるわ」

「なんでもないよ」



ジュリアンは無表情で、ジョゼットの前を通り過ぎた。

ジョゼットは振り向きながら、ジュリアンのことを心配そうな目つきで見守った。






(…フランクが好きになったのか…)





ジュリアンは、昨夜目撃した現場が頭からどうしても離れなかった。

とりわけ、エリザがフランクを受け入れているような目つきと口元が衝撃的で、胸をかきむしられる思いがした。



(文字の勉強とか言って、毎晩毎晩、あいつとあんなことして遊んでたんだ…)



ふと、フランクがエリザの唇から離したとき見えた、生々しい唾液の映像が目に浮かんだ。


(あれは、友達同士のキスなんかじゃなかった)


フランクの熱い口づけに快感を覚えたのか、エリザが思わず出した声が脳内に響き渡った。

うぶで純朴なエリザの口から発せられたとは思えないほど、それは艶めかしく聞こえた。


(それなのに、僕が来たときはうそまでついて、いい顔しやがって…)


久しぶりに見たエリザの笑顔が脳裏に映し出された瞬間、ジュリアンはふっと悲しそうな顔をして、拳を握った。

握った拳に、昨夜エリザを撫でたときの感触が蘇った。



(きれいに髪をとかすようになったのは、あいつが来るからなんだね…)



フランクと会う前は、エリザはぼさぼさの髪のまま自分と会っていたのに…

エリザはフランクの前ではきれいでいたいのだろう。




(昨日フランクが来るって、本当は知ってたんだろ?)



毎日フランクが来ていたなら、当然昨夜も来ることになっていただろう。

それなのに、何事もないかのように自分を笑顔で招き入れて…

こうなることは、予想がついていたのではないか?




―――ずっと待ってたのよ




(うそつき)




―――寂しかったの




(うそつき!)





昨夜のエリザの言葉をかき消すように、ジュリアンは心の中で叫んだ。

下を向いた顔は、激しく歪み、小刻みに震えていた。




「ジュリアン」




突然自分の肩をぽん、と叩かれて、ジュリアンははっとした。



「ジュリアン、やっぱり変だわ。奥で休んできて」



ジョゼットが、真剣な顔でジュリアンに言う。



「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないわ。黙って突っ立って…仕事にならないじゃない」

「…」


少し、怒ったようにジョゼットは話す。

ジュリアンは気まずそうに目をそらした。



「大丈夫だよ、悪かった」

「…大丈夫じゃないなら休みなさい、大丈夫なら、仕事しなさい」


諭すようにそう言って、ジョゼットはまた慌ただしく店の中を駆け回った。






「いらっしゃい!」





店員らの声が聞こえ、ジュリアンも出入口の方を見て「いらっしゃい」と言った。

しかし出入口に立っている客を見て、ジュリアンは何かに気付いた。




(あれは…)




客はジュリアンの方をじっと見ている。

しかし、ジュリアンは別の客に呼ばれ、そちらの方へ行った。




「お嬢ちゃん、こんな時間に一人?」

「そうよ」


店員の一人のシモンが、客の少女に話しかけた。


「まいったなあ、うちは酒も出すから、君みたいな子をこんな時間に一人で座らせるわけにはなあ」

「いいの、人に会いに来ただけだから」

「人って?」

「あの人」



そう言って、少女はジュリアンの方を指差した。



「ジュリアンに何か用かい?」

「話があって来たの」

「でも、あいつは今仕事中だぜ」

「少しだけ、ねえお願い」

「まいったな…」


シモンは困って頭をぽりぽりかいた。



「おおい、ジュリアン、ちょっとこっち!」



シモンに呼ばれ、ジュリアンは振り向いた。

隣で、13歳になったばかりの少女がじっとこちらを見つめている。



(…)



ジュリアンは面倒くさそうに、そちらへ向かった。





「なに?」

「このお嬢さんがお前に話があるってさ」

「…」

「じゃあな、さっさと済ませてくれよ!」



そう言って、シモンは仕事に戻った。





「…忙しいんだけど」



ジュリアンは、不機嫌そうに言った。



「ちょっとだけ、外に出て?」


ニーナはジュリアンの手首を掴んで、扉を開けて外に出た。

ジュリアンは仕方なく、ニーナについて行った。




「ねえ、ジュリアン。あの…お仕事やめたって本当?」

「は?今やってるじゃん、仕事」

「違うわ!その…今までやってたこと…」



ニーナは下を向いて、顔を赤くしながらそう言った。

ジュリアンはそんなニーナを無表情で見ている。



「そうだけど?」

「ど、どうして?!」



ジュリアンから確かな返事を聞いて、ニーナは飛びかかるように聞いた。


「そんなの、君に関係ないだろ」

「いやよ、教えてよ!だって、ずっとし続けていたのに突然やめるなんて…」


しつこいニーナに苛立って、ジュリアンは叫んだ。



「だから、なんで君に理由を言わなきゃいけないんだ!」

「エリザでしょ?!」



突如ニーナがエリザの名前を出し、ジュリアンは固まった。



「エリザが好きだから、ああいうお仕事やめたんでしょ?!」

「…何言ってんの」



ジュリアンは顔をそらして、舌打ちした。



「絶対そうだわ!あなた、エリザが好きなのよ!お友達としてじゃなくて!お誕生日会のときだって、ずっとエリザの方を見ていたし…。帰りもエリザを追いかけて行ったんでしょ?!」

「…」

「どうなの?!ねえジュリアン」


ニーナはジュリアンの両手首を掴み、噛みつくように問い詰めた。



「…別にそんなんじゃないよ」



ジュリアンは目をそらしたまま、ぼそっとつぶやいた。

ニーナは、ジュリアンの煮え切らない態度に苛立ち、ぱっと両手首を離して腕を組んだ。





「…まあどっちでもいいけど…でもエリザ、今フランクに夢中だから」




そう言って、ニーナはふん、と笑った。

それを聞いて、ジュリアンは思わぬ衝撃を受けた。



「…」

「学校でね、よくフランクが話すんだあ。昨日の夜もエリザの家へ行って来たって」

「…」

「エリザにキスすると、いつも頬を真っ赤にして、うっとりした顔するんですって!」


きゃはは、とニーナはおかしそうに笑った。


「もうすぐ16歳なのに、子供よねえ!」

「…」


ジュリアンは拳をぎゅっと握って、黙っていた。

ニーナは様子をうかがっている。




「まあそういうことだから、もうエリザはフランクのものなの。あきらめた方がいいわ!」

「…話、終わった?」


上機嫌に見えるニーナをよそに、ジュリアンは冷たくあしらって、無表情で店に戻ろうとした。

それを見たニーナは、とっさにジュリアンの背中に飛びついた。



「離してよ!」

「いやよ!行かないで!」

「仕事なの!」


腹の辺りで結ばれたニーナの両手を力任せにほどこうとするが、ニーナはなかなか離れない。



「お願い、ジュリアン、これを見て…!」

「!?」


そう言って、ニーナはジュリアンに数枚の札束をつきつけた。



「…なにこれ」

「…」


ジュリアンは不審そうにニーナの顔を見た。

ニーナは目をそらし、ぼそっと声を出した。





「このお金であたしの相手…してほしいの…」





思いがけない依頼に、ジュリアンは思わずあっけにとられた。


「は…?」

「だから、お金を払うから、あたしを…その…」


ジュリアンは思わず笑った。



「何言ってんの?もうそういうのやめたって言ったでしょ」

「い、いいじゃない!一回くらいいいでしょ?!」

「だいたいさ、君まだ13歳でしょ?お金で男を買うなんて、ちょっとませすぎじゃない?」


ジュリアンは馬鹿にしたように笑う。

それを聞いたニーナは、顔を真っ赤にして叫んだ。



「だって!だってそうでもしないとジュリアンはあたしを見てくれないじゃない!!」

「…」

「あたし、ジュリアンが好きなの!他の子とは違う!本当に好きなの!!」



ニーナは泣きそうな顔で、ジュリアンに訴えた。

ジュリアンはそれを見て、無表情でこう言った。




「好きだからお金で人の体を買うって、おかしいと思うけど」




吐き捨てるように言って、ジュリアンは店の扉を開け、入っていった。

ニーナの泣き声がかすかに聞こえたような気がしたが、ジュリアンは無視して仕事に戻った。





「おい、あの子、泣いてないか?」

「知らない」

「お前、うまく言えないが…なんかすごいな」



シモンは半分あきれたような、半分面白がるような顔で、そう言った。

ジュリアンは、相変わらず無表情で黙々とテーブルを拭く。




―――エリザ、今フランクに夢中だから




追い打ちをかけるように、ニーナの言葉はジュリアンの心に傷をつけた。




(もう、だめなのか…)





ジュリアンはうつろな目で、何もないテーブルを見つめた。













店じまいの頃、ジョゼットはジュリアンに話しかけた。



「ジュリアン、さっきはきついこと言ってごめんなさい」

「え?いいよ別に」

「ちょっと忙しくて、焦ってたの」

「僕もぼうっとしてたからさ…悪かったよ」


ジュリアンは、素直に自分の非を認めた。

ジョゼットは微笑んで、


「もし、本当に具合悪かったら、ちゃんと言ってね」


と言った。

ジュリアンは「うん」とうなずく。




「ジュリアン、じゃあお疲れ様!」


ジョゼットは笑顔で店を出た。

シモンもジュリアンに手を振って、一緒に出て行った。



(…)




ジュリアンは店の奥に入り、制服から自分の服に着替えた。

そして、まだ厨房に残っているブノワにあいさつし、店を出た。



店の扉を開いて、一歩外に出ると、そこには小さくうずくまったニーナの姿があった。



「…!!」



これにはさすがにジュリアンも驚いて、思わず「ちょっと」と声をかけた。

ニーナは泣きはらしたような顔で、ジュリアンを見上げた。




「…ジュリアン」

「今何時だと思ってるの?!親は?!」

「…今日はジュリアンと会うつもりだったから、お友達のうちに泊まるって…」

「…ちょっと待ってよ…」



ジュリアンはあきれて、ため息をついた。

ニーナは黙りこくっている。



「いいから、ちょっと立って」



ジュリアンはニーナの方に手を伸ばした。

ニーナは差し伸べられた手をぎゅっと握り、ようやく立ち上がった。



「…ジュリアン、あたし…」

「…」

「ジュリアン…」



ニーナはそっとジュリアンに寄り添い、ジュリアンの胸元のシャツをぎゅっと握った。

ジュリアンはそんなニーナをうつろな表情で見下ろしている。






「…今夜だけだから」






ジュリアンは、ぼそっとつぶやいた。




「え…?」

「この先、もう君とは何もないし、何があっても責任取らないから」

「…ジュリアン…?」



ニーナはジュリアンを見上げて、驚いた顔をしている。




「それでもいいって言うんだったら…おいで」




ジュリアンは、まっすぐニーナの方を向いて、そう言った。

ニーナは嬉しさで頬を真っ赤に染め、ジュリアンにぎゅっと抱きついた。








若い二人の影は、町の、暗い暗い一角に、飲み込まれるように消えていった。


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