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第9話

翌日ジュリアンは、いつも通りの時間に起床し、娼婦屋の男の元へ急いだ。



荒れた店内を通った先に、いつものように男は佇んでいる。



「よお、おはようジュリアン」

「ああ」



そっけないが、ジュリアンが珍しく返事をしたので、男は少し驚いた。


「なんだ、今日はご機嫌だな」

「は?」


ジュリアンは男の言動で機嫌をそこねたのか、眉間にしわを寄せた。


「へへ、まあまあ」


男はへらへらと笑った。


「で、今日は?」


ジュリアンは、本日の依頼を聞いた。


「おお、今日はあるぜ。昼に1件だ」


そして続ける。


「昨日一日空いたからたまってるだろ。今日は思いっきりぶちかましてくれよ!」


男はとてつもなく下品なことを元気よく言いのけた。

ジュリアンは返事をせず、白けた顔で男を見るだけであった。


「お、それともあれか、昨日はプライベートでもう済んじゃってたりするのか?」


へへへ、と男は懲りずに話を続けた。


「ばかじゃないの?そんなわけないだろ」


ジュリアンは不快そうな顔つきでそう言った。

すると男は、わざと哀れむような表情でこう言った。


「お前さあ、そんなことばっかやってるくせに、実は彼女とかできたことないだろ?女の子と手をつないだこともないんじゃないのか」


そしてにやにやと意地悪く笑った。


「金もらっておばさんばっか相手してるんじゃ、なあ?こんな悲しい青春ってないよなあ!」


男はおかしそうにははは、と笑った。

ジュリアンはちっと舌打ちをしてそっぽを向いた。


「まあそう怒るなよ、本当のことなんだからさ!」


全く励ましになっていない言葉で、男はジュリアンを励ました。


「お前が本気出せば、いやってほど女の子は寄ってくると思うぜ!頑張れよ!」


男はぽん、とジュリアンの肩をたたいた。


「…頑張るって何を?」


ジュリアンは不愉快そうに聞き返した。

男は、楽しそうに笑った。




「ねえ」




いつもは、本日の依頼を聞いたらさっさと帰ってしまうジュリアンだが、今日は自分から男に話しかけた。


「明日の予定って、もうわかる?」

「なんだなんだ、お前やる気満々だな、ちょっと待ってろ」


男はメモらしき紙をすぐに確かめた。


「ええと、明日はだな…午前に一件、午後に一件だ」


(午後か…微妙だな…)


ジュリアンは、できれば昼ごろにエリザの家にいけるようにしたかった。

午後の依頼が終わった後だと、下手をしたら夕方になってしまって、エリザの家を出る頃にはまたランプが必要になってしまう。



「じゃあさ、その日の夜にもし依頼があったら、もう断っといて」


すると、男は何かぴんと来たような顔をし、次の瞬間にやりと笑った。


「なんだお前、やっぱり青春してるんじゃないかよ」

「は?」


ジュリアンは意味がわからず眉をひそめた。


「あれだろ、明日はお前、女と夜の市に出かけるんだろ?」

「は?何それ」

「え?違うの?て言うかお前、生まれたときから町に住んでるのに夜の市知らないのかよ」



男は先ほどと打って変わって、呆れた顔をした。

ジュリアンは「夜の市」、という言葉を考えた。

そしてしばらくして、ようやくぼんやりとだが思い出した。



夜の市とは、この小さな町で半年に一度くらいの頻度で開催される、お祭りのようなものであった。

通常、町の市場は午前中で終わってしまうが、その日だけは夜から大規模な露店が出店される。

市場だけでなく、中央広場では大道芸なども催され、遅い時間までたくさんの人で賑わうのであった。


ジュリアンも、過去に何度か、一緒に行かないか、と誰かに誘われた覚えがあった。

しかし、興味のないところに興味のない人間と一緒に行くなんて考えられず、その都度断っていたのであった。




「ああ、思い出した。明日だったんだ」

「そうだよ。なんだ違うのか。やっぱりお前は寂しいやつだな」

「…」


ジュリアンはじろりと男を見たが、面倒くさくなって、


「じゃあ、明日は夜から入れないでね。よろしく」


とだけ言って、くるりと背を向けた。

そして、中二階の扉を一瞥し、外へ出て行った。



「まったく、よくわからんよ、あの子は」


男ははあ、とため息をついて、ジュリアンの後ろ姿を見送った。













エリザはその日の朝も、いつものように庭の掃除をしていた。


(明日ジュリアンが来るから…お茶でも用意しておいた方がいいかしら…)


さっさ、とほうきで葉や引っこ抜いた雑草をかき集めながら考えた。


(でもうちにお茶なんて気の利いたもの、あったかしら?)


エリザは貧乏であることを苦に思っているわけではなかったが、こう言うとき困るなあ、とこっそり思った。


(食糧庫の棚を整理して、使えそうなものでできるだけのおもてなしをしよう)


エリザは一人でにこっと笑って、はき掃除を続けた。






ある程度終え、ふうと一息ついたとき、遠くの方から少女が駆けてくるのが見えた。


(ニーナだわ)


エリザはすぐにそれがニーナだと気付き、彼女に向かって手を振った。

向こうもそれに気付いたのか、走ってこちらに向かいながら手を振り返している。




「エリザ!おはよう!」

「おはよう、ニーナ」


ニーナは明るい笑顔でエリザにあいさつをした。

そして開口一番、


「ねえエリザ!昨日、ジュリアンに会ったのよ!」


とはしゃぎながら言った。

エリザはそれを聞いた瞬間、どきっとした。



―――からかってキスしてみたら、固まって動かなくなってた




昨日のジュリアンの話が、脳裏によみがえった。

エリザは、なぜかどんどん動悸が激しくなるのがわかった。



「エリザ、ジュリアンったらね、にこって微笑んで、あたしのこと可愛いって言ったのよ!信じられる?!」


ニーナは興奮気味に話した。


「あたし、ジュリアンが笑ってるの初めてみたわ!すっごく素敵で、どうかなってしまいそうだったわ!」


ニーナは顔を真っ赤にして、甲高い声を上げながら早口でしゃべっている。

エリザは微笑みながら黙って聞いていた。


「他にもお友達がいたのに、あたしだけに笑いかけてくれたのよ!みんなすごく羨ましがっていたわ」


ジュリアンが、ニーナに対してどんなふうに笑いかけたのかわからないが、少なくとも彼が自分に対して、笑顔らしい笑顔を見せたことはなかった。

ニーナの話を聞いて、エリザは次第に悲しい気持ちになった。


「それでね、ジュリアンったらね…あたしに…」


エリザはまたしてもどきっとした。


「なあに?」

「うふふ、教えなあい!」


もったいつけるように、ニーナはしゃべるのをやめた。

エリザは、それ以上聞く気になれなかった。


「ジュリアンとお友達になれたのね、よかったじゃない」

「うん!エリザありがとう!それでね…」



ニーナは話を続けた。



「さ来週のお休みの日に、あたし、お誕生日パーティをやるのよ」

「あらあなた、お誕生日今月だったかしら?」

「ええ、そうよ。お友達をたくさん呼ぶから、エリザ、あなたも来てちょうだいよ!」

「それは楽しそう。でも、私子守のお仕事があるから…多分いけないわ」

「あら、大丈夫よ!夜からなの!遅くなってしまったら、泊まっても大丈夫なのよ!」

「…そう。でもやっぱりおばさんに聞いてからでないと、わからないわ」

「わかったわ!じゃあおばさんに聞いておいてね。また近いうちに返事を聞きに来るわ!」

「ごめんなさいね、ありがとう」

「いいのよ、今日はそれを伝えに来たの。じゃあね!行ってきます!」



そう言って、ニーナは元気よく出かけて行った。



(お誕生日パーティか…)



エリザは小さくなっていくニーナの後ろ姿をぼうっと眺め、寂しそうな顔をした。



ニーナの家は、大富豪というわけではないが、裕福な家庭で、一人っ子の彼女は何不自由なく暮らしていた。

着ている服も生地をたっぷりと使った、きれいなものばかりであった。


この地域のたいていの子供たちは、ニーナのように町にほど近い学校に通っているが、やはりある程度生活水準が標準的でないと、入学は難しいのであった。



(エリザの学校のお友達は、きっときれいな恰好で出かけるのでしょうね)



エリザは自分の着ている服をふと確かめた。

そして悲しそうに笑って、ほうきの柄に顎を乗せてため息をついた。



挿絵(By みてみん)








ジュリアンは、昼の客とおもいっきり「ぶちかまし」て、町に戻ってきた。


(今日だったらよかったのにな…)


思いのほかあっさり終わり、西日をまぶしそうにしながら、今日がエリザの家に行く日だったら、と思った。




町の入口の橋が見えたところで、ジュリアンはあからさまに嫌そうな顔をした。

橋の隅の方に、少女達が群がっている。

その中心に、ニーナと思しき少女がいた。


(なんなの?待ち伏せ?)


ジュリアンは、町へ行くのをためらったが、今さら引き返すところなどないのでしかたなく、橋の方へと向かった。

少女達に気付かないふりをして通り過ぎようとしたそのときときだった。



「ジュリアン!」



案の定、少女達の中から、ニーナの甲高い声が響き渡った。

ジュリアンはなおも気付かないふりをしてすたすたと通り過ぎようとしたが、ニーナはジュリアンの腕にがちっと掴みかかった。

少女達はきゃあ!と歓声を上げた。


「ジュリアン、待ってよう!」

「ちょっと、やめてよ!」


ジュリアンは迷惑そうに振り払おうとする。

ニーナはジュリアンの腕を抱え込み、上目づかいで彼を見た。

橋を渡る大人たちが、横目で彼らを見ている。



「ねえ、ジュリアン。今日ね、渡したいものがあるの。手、離すけど行かないでね!」


そう言ってニーナはジュリアンの腕をいったん離し、持っていた本に挟んであった紙のようなものを取り出して、彼に押し付けた。


「はいこれ。さ来週のお休みにね、あたしのお誕生日パーティをやるんだあ!これ、ジュリアンへの招待状ね!」


ジュリアンは嫌々ながら受け取った。

紙はカードになっていて、かわいらしい模様が施されている。

そこには、ご丁寧にジュリアンの名前が記されてあった。



「ねえ、来てくれるでしょう?!お友達もみんな、ジュリアンに来てほしいと思ってるのよ!」


後ろの方で、前回より多くなっている彼女の友人たちが、恥ずかしそうにこちらを見ている。



「忙しいからいけないよ、悪いけど」



無表情で、ジュリアンはあっさり言い放った。

すると、ニーナはとたんに絶望的な顔をした。

後ろの少女達も同様だった。



「うそ!だってまだずっと先のことなのよ!今から忙しいだなんてありえないわ!」


ニーナは興奮でますます甲高い声になり、ジュリアンは次第に苛立ちを覚え始めていた。


「僕は忙しいの!だいたい、君のパーティに招待されるほど、仲良くなった覚えはないけど?!」


ジュリアンは苛立ちを隠すことなく、怒鳴るように言った。

ニーナは泣きそうな顔になって、こう言った。



「エ、エリザも来るのよ!!」



すると、ジュリアンは一瞬はっとした表情になった。


「エリザにも声をかけたの!エリザとはあたしより仲良しなんでしょ?!だったらエリザと一緒に来てよ」


ニーナは上ずった声で、すがるようにジュリアンに言った。

他の少女達の手前、必死なのだろう。



「知らないよ、そんなの!!」



ジュリアンは吐き捨てるように怒鳴って、駆け足でその場を去って行った。

置き去りにされたニーナと少女達は、その場にぽかんと立ちつくたままであった。














いつものおいしくないスープをすすりながら、大伯母はエリザに尋ねた。



「今朝も、あのうるさいニーナって子が来てなかったかい?」

「ええ、来てたわ。うるさくなんかないわよ、おばさん」


エリザは笑って答えた。


「最近よく来るねえ、外にいるってのにうるさくてかなわないよ」


大伯母は少し不機嫌そうにつぶやく。


「最近ずっと会ってなかったから、こうして会いに来てくれるのは嬉しいわ」


エリザは答えた。


「で、なんだって?金持ちの自慢話でもしに来るのかい?」

「自慢話じゃんかじゃないわ。でも、今度大勢人を呼んで、夜からお誕生日パーティを開くのですって」

「ふうん、で、それにお前も呼ばれたってわけかい?」

「そうよ、でも忙しいから行けないわ」

「忙しいって、お前夜は空いているじゃないか」

「でも…いいのよ、おばさんのご飯の用意をしないといけないわ」

「あたしのことは別にいいんだよ」

「いいの!ニーナには適当に理由をつけて、断っておくわ」



頑なに出席を拒むエリザを見て、大伯母は黙った。


「おばさん、お皿片づけるわね」


エリザはきれいに平らげた皿を見て微笑んで、食器を洗いに席を立った。

大伯母は、はあ、とため息をついた。













夜、ベッドにあおむけになって、ジュリアンはもらった招待状を見た。

表には「cher Julien」とつづられていた。



《来たる9月26日、ニーナ・ボナリー宅にて、誕生パーティーを開催いたします》

《たくさんのごちそうを用意して待っています。ぜひいらしてください》


そのあとに、具体的な日時と時間、そしてニーナの住所が記されていた。

そして最後に、小さい字でこう書いてあった。


《あなたに来てほしくて、パーティを開くことにしたのよ。絶対に来てね》



ジュリアンは面白くなさそうに舌打ちして、ぽいっと招待状を投げ捨てた。

カードはすとん、とむなしく地面に落ちた。




(あの子も来るって本当かな…)




ジュリアンはエリザのことをぼんやりと考えた。

昨日会ったばかりなのに、なぜかもうずいぶん前のことのような気がする。



(明日…聞いてみよう)



ジュリアンはベッドから床の方に腕をのばし、落ちた招待状を拾って、机の上にぽんと置いた。


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