彼女と僕の世界
去年まで男子校であった誠柊高校にとある女子が入学してきた。
僕のクラスメイトでもある千堂 亜美。
腰まで伸ばしたサラサラの髪に大きな瞳、いつも口角の上がっている潤いのある唇。
ぽわぽわとした容姿にあった天然な性格をした守ってあげたくなる系の女の子だ。
こんな男ばかりの場所にいて大丈夫なのかといつも思う。
校内にたった一人の女生徒だと騒がれ、休み時間ごとに彼女の姿を見ようと教室に人が集まっていたのも四月の始めだけで、教師と風紀の呼びかけと生徒会の半ば脅迫めいた注意によりそれはなくなった。
そして、それを切欠に彼女は生徒会に入った。
僕もそれに続いて推薦されて入った。
あれは生徒会最初の活動でもある顔合わせが終わった後のときだった。
皆が帰って誰もいなくなった生徒会室。
彼女が忘れ物をしたと言って教室に戻った後、そういえば僕も携帯電話を忘れたと思い当たり後を追うようにして生徒会室に足進めた。
「あんな人いたっけ?」
部屋の扉を開けようとした時、突然中から可愛らしい声が響いてきた。
千堂だ。
「生徒会は五人だったはずなのに二人増えてる。しかも会長に弟がいるっていう設定なんてあったっけ?」
普通なら理解不能な発言。
『五人だったはず』?
どうして入学したばかりの彼女にそんなことが分かるのだ。
それに『設定』とはなんなのか。
けれど僕はそれを理解することのできる知識をもっていた。
なぜなら、ここ誠柊高校は女性向け恋愛シュミレーションの舞台でもあるからだ。
僕には生まれたときから前世の記憶がある。
だから小さい頃から神童とかと呼ばれていたし、それを持続するための努力も怠らなかった。
前の反省をいかして今まで後悔のない日々を送ってきたつもりだ。
そして、あるとき気づいた。
ここは前世の『私』がハマっていた乙女ゲームの世界だと。
切欠は叔父が理事を務めている私立高校のパンフレットを見たときだ。
その後、自分も登場する物語だと自覚して眩暈がした。
ふざけるな、僕はあんな甘いセリフには耐えられないぞ。
けれど過保護な家族のせいで僕は誠柊に入学させられた。
話を戻すが、つまり『設定』とかを知っている千堂も転生者の可能性があるという事だ。
というか、十中八九そうだろう。
「やっぱりゲームと現実は違うのかな。せっかく生まれ変わったから誠柊の様子を見たくて入学したのに、まさか女子が私だけなんて……」
そうだったらしい。
それにしても大きな独り言だ。
周りに聞かれるという懸念はないのだろうか。
いや、ないから喋っているのだろうな。
「まさか、私が主人公とか?」
だからこういう自意識過剰気味の発言に繋がるのだ。
まぁ、彼女が主人公である事に違いはないのだが。
「…………そんなことないか。調子に乗るなよ、私」
自身にあまり自信がなく、控えめだが天然。
そんな彼女の言動に入学して今までの一ヶ月で何人もの男どもが虜になった。
もちろんそれに僕は含まれないが、彼女は無意識だが着実に逆ハーレムを築きあげていったのだ。
さっきまで僕と一緒にいた奴らがそうだった。
女性恐怖症や腹黒とか濃いキャラが多いが、ここはゲーム世界がベースになっているので仕方がない。
さて、そろそろ中に入るかな。
携帯電話も回収しなければならないし。
「あれ?雉鳥くん、どうしたの?」
「僕もケータイ忘れちゃってねぇ。亜美ちゃんは探し物見つかった?」
「え、あっ……まだなの。見つからなくって……」
「じゃあ僕も探そうか」
自分の机の上に無造作に置かれていた青色の携帯をポケットに突っ込んで、人のいい笑みで彼女に笑いかける。
彼女はほんのりと顔を赤くしながら、ありがとうと言った。
僕の方が背が高いので上目遣いになっていて、とてもかわいい。
もし僕ではなくて他の男にそんな顔をしていたら理性もぐらつくのではないのだろうか。
本当に自分でよかった。
だって、僕が千堂に惹かれる事なんてありえないのだから。
しばらく探していると、主に仮眠用のまくらに利用されているクッションの中に彼女の寮の鍵を発見した。
ここ誠柊高校は今どき珍しく全寮制なのだ。
何故こんなところにあるのか不思議でたまらないが、とりあえず千堂に渡した。
「ありがとうございます、雉鳥くん」
「どうも。あと、呼び方は奏でいいよ。兄さんと一緒にいる時にまぎらわしいから」
「でも」
「僕がいいって言ってるんだからいいの。敬語も禁止」
言いながら生徒会室の鍵を取って外に出る。
慌てて出てきた千堂と窓が閉まっているかを確認した後、部屋に鍵をかけた。
「あー、疲れたぁ」
自分の寮の部屋に帰り、口に出たのはその言葉だった。
放課後での千堂の鍵探しは意外と疲れるものだった。
まさかあんな所にあるとは思わなかったが、いま冷静に考えると犯人が見えてくる。
おそらく双子の片割れである会計の聖が悪戯でしたのだろう。
彼は攻略対象の一人で明るくて人気のあるキャラだったが、実際に接してみるとたいへんウザい人物になった。
気がつくと知らないうちに口がにやけていた。
今日はそれに関していい収穫があったから仕方ない。
彼女もゲームの事を知っている転生者だったのだ。
けれど今回の言動からして彼女は知らないのだろう。
この世界のベースとなったもうひとつのゲームを。
あの乙女ゲームに魅せられた人の数人が集まって作った非公式フリーゲームがあった。
舞台は公式ゲームと同じ学園で同一登場人物も出てきた。
絵はイマイチだったが物語の完成度は高く、正直言ってフリーゲームの方が好きだった記憶がある。
公式の物語の主人公は元男子校に入学してきたたった一人の女生徒。
戸惑いながらも生徒会に入り攻略対象男子と仲良くなっていく、というものだった。
それに対して非公式の物語の主人公も元男子校に入学してきた女生徒。
違う所は彼女が女である事を周りに隠していたからだ。
フリーゲームの主人公は男装して入学した。
攻略対象は公式とは違う新しいキャラクター五人だ。
そう、この世界はこの二つのゲームが土台となっているのだ。
多分、千堂は僕と違って非公式ゲームを知らないのだろう。
生徒会室から回収した携帯電話を開く。
新着メールが二件。
どちらも差し出し人は同じで兄からだった。
「本当にシスコンだなぁ。兄さんは」
僕は知っている。
千堂亜美が主人公であることを。
そして、認めたくないけれど、僕も主人公の一人だということを。
「一年間、楽しませてもらうとしますか」
攻略する気はないけれど。
◉千堂 亜美
せんどう あみ
天然無自覚主人公。
★雉鳥 奏
きじとり かなで
男装で僕っ娘で枯れてる転生者。
兄の祐介は生徒会長で重度のシスコン。
実は主人公は二人いた、という話。




