Re:try
【…次のニュースです。
今日未明、○○県××市のマンションで、男子高校生が遺体で発見されました。警察は自殺として原因の捜査を進めております。……】
- - - - - - - -
ドッ…
鈍い音、それから何かが落ちる音。
「巡ッッ!!」
悲鳴に似た声が俺を呼ぶが、そちらを見ることもできなかった。
飛び散る赤い血飛沫がアスファルトに模様を残していく。騒音がなにかに遮られる。全てがスローモーションのようにさえ、見えた。
火で炙られたような痛みが全身を焼く。
(……あ゛)
開いた口から溢れる鉄の味。そこからは俺が予想した絶叫は聞こえず。
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)
ブレてかすれた視界には閉じることができない口を手で覆って、目を見開いた凛音の姿が微かに見えた。
「り゛…ね…」
途端に、ごほっと、口の端を唾液混じりの赤い泡が伝う。鉄の味が喉にまとわりついた。
トラックがすぐそこに停車する。運転手は真っ青になって携帯を取り出して、なにやら説明している。
「巡ぅッ! 巡ッ!」
顔をぐちゃぐちゃにして駆け寄ってくる凛音。俺を見下ろして、わんわん泣き出した。
凛音がつまづいて、車道に飛び出して。
銀色の車体が輝くトラックが突っ込んで来るのを見て。
凛音を突き飛ばした。
それから、衝撃。
肉体がバラバラに引き千切られたような。
覚えてるのは、それだけ。
「嫌ぁああああッ、巡っ、めぐるぅぅ…っ」
凛音のネックレスには時計の細工が施されていて、それが腕にカチャカチャと当たる感覚だけがまともだった。それ以外は全て鈍痛に塗りつぶされた。
肌が爛れているかのような。
「巡…! やだよぉ、死んじゃうの嫌ぁあああああああ!!!」
私が弾かれれば、だとか、私のせいだ、だとか聞こえたような気がする。足がカクカクして棒のようにしか動かない。
(痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!!!!!!)
手元に赤い水たまりが作られてゆく。指先が痙攣して止まない。
俺は死ぬと悟った。
もう、死んでいるのではないかと錯覚するくらいには。
「…巡、もう、私は、嫌、だった、のに」
途切れ途切れの呟き。
俺はやっとのことで回っている頭でそれを聞いた。
「この前は、マンションから落ちた。その前は、火事で、みんな焼けたんだよね。巡が溺れて沈んでいったことも、鉄骨の下敷きになったことも、みんな、みんな、覚えてる」
凛音はネックレスの細工を片手でぎゅうっと握った。
「なんで、変えられないんだろう…"運命"」
なにを言っているんだ、凛音は。
息が浅く、浅くなっていく。寒い。痛い。
指先からじわじわと熱が失せていくのを感じた。
ちっ、ちっ、と音を立てる小さな時計の針の音はもう聞こえなかった。
「…大好きだよ、巡」
瞬間、薄らいでいたざわめき、人が慌てている靴音、警察を呼ぶ人、それらの全てが消えた。
あまりに急な静寂に、耳を疑う。
(…っな…?)
動揺する心がまだある自分に安心しつつ、誰しも動かないその空間は明らかにおかしかった。
「…神様、どうして変えてくれないの、"巡が消えて亡くなる"っていう近い未来…っ」
噛みすぎた唇に血が滲む凛音。口を開いても、声は出てくれない。
足の感覚は断たれていた。
「…何回も何回も、痛い思いをさせて、ごめんね。巡…」
ごめん、ごめんね、と何度も謝る凛音。何故謝っているのか、俺にはわからない。
とうとう頭の中がぐらついてきた。
ヤバい、もう、限界か…。
「ごめんね…でも、まだ巡を助けたいと思う私を、許して…」
頬にぽたぽたと落ちる雫。凛音はネックレスを握っていない片手で、自分より大きな俺の手を握り締める。
「…何度…この輪廻を繰り返すことになったとしても…絶対に…奇跡を起こすから…」
リンネ? それは、お前の名前だろ…?
ネックレスの時計が、凛音の腕のなかでカタカタと揺れる。力によるものか、ありえないことかなんて、わからないまま。
「私が巡の運命を、変えてみせる…っ…!」
ギチチチッ。
螺子が回る音。意識が飛ぶ寸前、凛音の時計の針が全て反対方向に回っているのを見た気がする。
確かめる時間は、残されていなかった。
「…どれだけ、私の心が壊れても…」
息を深く吐き出した呼吸音に、濡れた声が重なった。
「…リンネ!」
先程の光景からまばたきをすると、巡の声が聞こえた。
たくさんのプリントを抱えた巡が笑っている。
「ランチタイム、無くなるぞ。コレ運んで、早く行こう!」
俺、お腹空いた。
そう零す巡に、張り詰めていた緊張が解ける。まだ微かに震える足は治らないようだが。
(今度こそ、悲劇が起きる前に、巡の運命を変える…)
決意とネックレスを胸に、また私は、"凛音"という"輪廻"を、繰り返す。
巡が死ぬ運命が消え去るまで。
深呼吸して、笑った。
「うん! 私もお腹すいちゃったよ~っ!」
- - - - - - - -
凛音が去った廊下の影。
それは、歌うように語る。
『"かくして哀れな少女は、運命に抗い続けるのであった"…』
『……』
『………馬鹿だなぁ』
はじめまして、心葉梓都です。
ココハシトと読みます。
名前を打つときはココロハですが、読みはココハです。
「これは"運命"の噺。」
…をテーマにした物語。
今は深く語れませんが、
読者の方にはまだお付き合い願いたいと思います。
また、私のミスにより一時短編としてアップしてしまったときに感想を記入してくださった読者様、申し訳ございません。
連載モノとしてよろしくお願いします。
せっかくの感想が…