折り紙が世界を救う?
遊森謡子様企画。
春のファンタジー短編祭『武器っちょ企画』参加作品。
条件は以下の通り。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の3/20の活動報告にて。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
まとめサイトというものがあります。RPG風の画面です。
http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/index.html
────オリガミ王
そう呼ばれた“彼”は今や誰もが知ってる「折り紙」を世界に普及させた人物であるが
それ以上に我らが祖国オルディスト建国の父としての顔がよく知られている。
彼が作った折り紙には不思議な力が宿ったといわれ、大国同士の争いを止めた。
やがてその功績から王となった彼は周囲の力を借りながらも、
今や300年と続く平和な時代の礎を作り上げた救世主とさえいわれている。
それが後世の歴史家たちの誰もが口にする彼への評価。
だがこの意見を当の本人が聞いたらきっとこう返すだろう。
「……はぁ! それ誰の話だよ!?」
この世界を“おおよそ”二分して支配する巨大な国家がある。
教皇が治める神聖国エルディアンと魔王が治める魔国ガイナスト。
神に抗った者を先祖に持つ実力主義の魔国とそんな魔族を認めない宗教国家。
二つの国の間で戦争が起きるのは当然の流れともいえ、
両国の争いは互いに些細ないいがかりにも近い形で始まり、
それからおよそ100年たっても終わる気配がなかった。
───しかし
たいして大きくもなければ小さくもないが特色もない“おおよそ”に入らない街。
位置的にも重要な場所にあるわけでもないそこに大国同士の戦争は関係のない話だった。
とくにそんな街が世界のすべてな子供たちにとっては。
そんな世界の流れとは無関係な街の小さな路地の奥。
清潔さが保たれているわけでも人が寄り付かぬほど汚くもないそこで、
何かの空き箱を机代わりに10歳ぐらいの少年が一人で一心不乱に何やら作業をしている。
「……おぬし、それしかすることがないのか?」
手元にさした小さな影と感情のない尊大な声に少年は顔を上げる。
そこには彼と同い年くらいで黒髪の少女が人形のような無表情で立っている。
一見するだけでわかるほど上等な素材で作られた黒いゴスロリ風の衣服を
慣れた様子で着込みながら少年の手元を覗き込んでいた。
「う、うるさいな。しょうがないだろ、みんなとは遊べないんだから」
多少気にしていることを指摘されたのか。
少年は機嫌を悪くして、手元の作業──色も形も雑多な紙を折る遊び──に戻った。
それも仕方がない。彼は世にも珍しい魔無し子。魔力を持たない子供。
天地創造の時ほど大昔ならともかく現代においてそんな者は生まれない。
何しろ生物どころか万物、石ころにでさえ魔力が宿っているというのに。
この時代では子供の遊び道具にすら魔力を必要とするほどなのに。
そのため魔力を持たない彼は大人より残虐な子供社会において爪弾きにあっていた。
一方彼を怒らせたと気づいた少女は人形のような固い表情を途端に崩しておろおろと動揺し始める。
「あっ、いや……ちが、ヤマト……その……」
視線を助けを求めるようにあちこちに彷徨わせるがここには自分と少年しかいない。
しかし素直に謝ることができるほど彼女は見た目通り大人ではない。
尊大な口調と違って、どうやら中身は普通の女の子だった。
もっとも不機嫌に紙を折っている少年には見えていないし聞こえてもいないが。
「ふふっ相変わらずリタは不要な一言が多いわね」
「っ、やかましいわフィオナ!」
そんな様子をまるで、いや真実“上”から笑う少女の声に
リタと呼ばれた少女は即座に見上げながら怒鳴り返す。
しかし路地を囲むブロック塀の上で器用にあぐらをかいて座る少女はそれすら嘲笑していた。
美しい長い銀髪とフリルがふんだんに飾られた清楚なワンピースが台無しではあったが。
「ふふっ……ヤマト、今日もこのわたくしにオリガミを教える栄誉を与えるわ!」
そしてリタを超える本物の尊大さでブロック塀に立ち上がると当然のように命令する。
黒髪の少女はそれを見て、ふん、と不機嫌さをあらわにして睨みつけるが銀髪の少女は気にもしない。
だが、当の本人。“オリガミ指南役”を命じられた少年はため息を吐きながら彼女を見上げて一言。
「見えてるぞフィオナ」
「へ……あっ、きゃあっ!」
予想していなかった指摘に一瞬呆けたフィオナだが、即座に足元の違和感に気付く。
慌ててめくれあがっていたそれを押さえ込んだ。顔を真っ赤にして。
「見たのですか!?」
「…………ノーコメントで」
「下までフリフリ……ぷッ、似合わんな……」
少年は気にした風もなく、視線を横にずらしながら無難に答えるなか。
リタはこれみよがしに無表情で噴出して、先ほどの仕返しをする。
「な、なななっ、あ、わっ、きゃあっ!」
羞恥心で慌てたせいかバランスを崩してブロック塀から足を踏み外す。
しかしリタもヤマトもその程度では慌てない。何せもうフィオナは手を組む“祈り”の状態。
固い石造りの地面にぶつかるより早く、キラキラと輝く光に包まれて少女は宙に浮いた。
そしてゆっくりと降下して、これまでの醜態を誤魔化すように優雅に降り立つ。
「おおっ、相変わらずの『奇跡』の無駄遣い」
「ちっ、寄るでない! 気色悪くてかなわん!」
三割程度の感心と七割の呆れの顔で申し訳程度に拍手する少年。
顔を庇うように手をかざしてその輝きを鬱陶しそうに避ける少女。
普通の大人なら誰しもが感動し頭を垂れる『奇跡』もこの二人からすればその程度だった。
「こ、こら! 少しは心配しなさい愚民Dに女魔族A!」
「聖女(笑)が何かいっているようだぞ愚民D」
「そうだな、聖女(笑)が何かいってるな女魔族A」
さっきまでの不機嫌と動揺はどこにいったのか。
子供らしい切り替えの早さで息の合った掛け合いをやってのけるふたり。
「(笑)っていわないでよ!!」
さっきまでの羞恥とは別に顔を真っ赤にして叫ぶフィオナにふたりはクスクスと笑った。
それからはいつものようにヤマトがフィオナの機嫌を取って、折り紙で遊びだす三人。
彼らの出会いはなんてことはない偶然で、独り路地で折り紙をするヤマトを
リタやフィオナがそれぞれ別々に興味を示したのが始まり。
少女たちが初遭遇した時は種族や出身国ゆえにそれなりに剣呑な空気になったが、
『………喧嘩するなら、もう一緒に遊ばないぞ』
というヤマトの鶴の一声があっけなく問題を解決した。
当時の少年に知るすべはなかったが少女たちにとってもヤマトが唯一の友だった。
「こうして、こうすると……ほら、お船の完成」
「「おおっ!」」
いろんなものの折り方を知っているが複雑なものは作れないヤマト、
器用だが折り方をすぐに忘れるリタに不器用だが覚えは一番いいフィオナ。
互いの出来栄えに罵り合って睨みあったり怒鳴りあったりするが、
それが彼らのいつもの風景でありこの集まりだけが唯一本音をぶちまけられる相手だった。
だから少年は気付けなかった。少女たちが胸に秘めた決意を。
そして誰が気付けるというのか。これが後に歴史に名を残すほどの大事件の直前。
その当事者たちが過ごした前日となる日の一コマだなどと。
───リーンゴーン、リーンゴーン
「あっ!」
決まった時間ごとになる街の鐘がその時間を知らせる。
少女達はその音色を聞いて、一瞬だけ残念そうに顔を伏せたがすぐにいつもの表情を見せた。
「ねえヤマト、あなたが折ったこれ。もらっていくわ、いいわよね?」
聞きながらも既にそれを手にとって持っていく気満々のフィオナにいいよと頷く。
ヤマトはここで断っても持ってかれる事に変わりがないと解っているのだ。
もっとも断る理由がそもそもないのだから無駄な思考ではあるが。
「けど、なんでそれ?」
しかしいつも持っていく乗り物系の折り紙でないのを不思議がる。
「それはもちろんわたくしに一番合うからですわ。
エルディア教の由緒正しい紋章である十字の星はわたくしのためだけのもの!」
「……………それ、星じゃなくてシュリケンなんだけど……まあいいか」
赤と青の二枚の紙を組み合わせて作られた折り紙の『シュリケン』。
確かに見ようによっては十字の星に見えなくもない。
ヤマトもシュリケンが何の道具か知らないのでその間違いを正す事はなかった。
「それなら妾はこの音が出るやつが欲しいぞ」
リタが手にしたのは黒い紙が三角形に折られた紙。
もちろんただ三角に折ったわけではない。彼女が軽く振るとパンっと調子のいい音がする。
「紙でっぽうだよ、いいよ……ふたりとも次はいつ来れる?」
気前よく──元をただせば彼女達が持ってきた紙なので──渡すと
なんでもないことのように少年は少女達に訊ねた。
「ああ……うん、予定は……微妙ね」
「明日用事があって、それがどう終わるかで色々と面倒になりそうでな」
そっか、と残念そうに肩を落とすがヤマトはしょうがないと自分に言い聞かせる。
少女たちはふたりともこの街に住んでいない。それどころか別の国に住んでいるらしい。
時折ふらっと寄ってはヤマトと遊んでいつもこの時間に帰っていく。
身なりや紙に不自由しないためヤマトもいい所のお嬢様なんだろうな。
程度に思っているが、本人たちが話題にしないので聞かないことにしている。
余計な詮索をして、せっかくできた唯一の友達を失いたくないのだ。
「だが必ずや再び来る。
妾は絶対にヤマトに会いに来るぞ!」
「こらっ、抜けがっ、いいえ!
わたくしもこの十字にかけて絶対にまた来ますわ!」
何か大仰な誓いのような言葉に面食らうが、すぐにヤマトは顔をほころばせた。
「うん、気長に待ってるよ……次はもっと別の思い出しておく」
「ええ楽しみですわ」
「ああ、楽しみにしておく」
それに少女たちは笑顔で答えて、共に並んで去って行った。
ヤマトがそれを“珍しいこともあるものだ”と不思議そうに見送りながら。
いつもなら別々の道から別々に帰るふたりだが、今日だけはその限りではない。
「しくじるでないぞ、フィオナ」
「そちらこそ! 下手をうったら承知しませんわよリタ!」
お互いの顔を決して見ずに前だけ向いて歩く少女たちは言い合いをしながら、
決意を秘めた顔で各々の戦場へと向かっていく。
───ヤマトのためだけに
そのためなら祖国だろうが世界だろうが喧嘩を売る。
強い想いを胸に、彼が折ってくれた折り紙を彼女たちは大事そうに抱えていた。
翌日 魔国ガイナスト 王城・謁見の間
「いま、なんと申したリタシュメリカ?」
巨大な玉座に座る巨漢の男。
肌の色こそヒト族と変わりないが頭部に生える二本の角は高貴な魔族の証。
昼間だというのに薄暗い王城の中で怪しく赤く光る瞳は値踏みするように
謁見の間に踏み込んできた少女を見据えている。
「聞こえなかったのならもう一度いいましょう、魔王さま」
並の魔族ならその視線だけで魔力酔いを起こして気を失う。
強すぎる魔力を持つ魔族は視線だけで相手に魔力をたたきつけてしまうのだ。
そんな視線を平然と受け流す衣服どころか髪も瞳も黒な少女は再度宣言する。
「魔国憲法第一条にのっとり、今ここでお前に決闘を申込む!」
魔国ガイナスト憲法第一条。
それはよくも悪くも実力主義な魔国を表す単純な法律だった。
「ガイナストの民は王に対して不満がある時はいついかなる時も力尽くに訴え、
その王位を簒奪することを許す……まさか建国以来決して破られなかったこの法を、
拒否するとはいいませんよね、第121代・魔王陛下?」
どこか挑発するような文言を混ぜて少女は不敵に笑う。
だがそれに最初に反応したのは魔王本人ではなく周囲の側近たち。
「けけけっ、馬鹿じゃねえのこのガキ。
お前ごときが魔王さまに敵うと思っているのかよ!」
「魔力もろくに使えない半端者めが、恥を知れ!」
「おとなしくしてるだけなら大目に見ておったものを……」
誰もが少女を嘲笑し侮蔑し見下して法律を盾にした叛意に不快感をあらわにした。
それも、仕方がないことではある。現魔王は歴代最強の武を持つとされる魔王。
魔族の決闘となって相手が無事だったことなど一度もない。
片や挑戦者たる少女は王族に連なる者ではあったが、魔力をまったく操れなかった。
魔力が血肉であり武器であり権威となる魔族の中でそれは致命的な“欠陥”である。
「お主ら有象無象の意見など聞いておらん。さて、陛下よ。返答はいかにする?」
しかし少女はそんなものなど知ったことかと。
周囲の嘲る声を無視して、平時から変わらぬ尊大な口調で魔王だけを見据える。
「…………挑戦して負けた者はたとえ生き残ってもすべてを失うと知っての挑戦か?」
そのまっすぐで力強い視線を受けて、しばし目をつむった魔王はそれだけを聞いた。
愚問だといわんばかりに少女は即座にうなずき、一歩踏み出した。
「よかろう、その挑戦受けるぞ先王の落胤、リタシュメリカよ!」
玉座から立ち上がり、押さえ込んでいた魔力を放出する。
空間を塗り替えるようなその濃度に謁見の間に控える親衛隊ですら数名気絶していく。
それをまるでそよ風でも受けたかのように乱れた髪を整える少女の姿に、
さすがに魔王やその側近たちも何かがおかしいと感じ始めていたが、遅かった。
───彼女の手にはもう魔王の死を告げる黒い三角が握られていた
パンっ
文字であらわすならきっとそんな音と共に魔王は爆炎の火柱に包まれ、
座していた玉座もろとも断末魔の声をあげることさなく焼滅していった。
その瞬間、第122代・魔王「リタシュメリカ」が誕生する。
そして前魔王が計画していたエルディアン以外の国への侵略計画は白紙に戻された。
神聖国エルディアン 首都・大聖堂
その国の政を司る大聖堂の一番奥にある円卓に集っているのはこの国の大司教たち。
普段は各々が担当する地域を治める彼らはこの日、次代の教皇を決める会議のその中にあった。
「ここは当然、我が娘ルイスで決まりだろう。候補者の中では一番年長だ」
「馬鹿を申すな、クルッセン。聖女としての力ならティアンナが優れておる!」
「やれやれ、ただのお飾りの教皇に力や知恵を持たれては困る。
ここは幼すぎず、力もほどほどのアンヌがよいだろう」
もっともそこで飛び交う会話に聖職者らしさなど微塵もない。
集まっている彼らはその場が完全防音であるのをいいことに欲丸出しの会話をしていた。
神聖国の事実上トップである教皇となれるのは教会が認めた奇跡を起こせる聖女たちだけ。
ここに集まった大司教たちは全員男で奇跡も使えるが男であるがゆえに教皇にはなれない。
ならば、その聖女には自分の息がかかった者を。
そう考える者が出てくるのは自然といえば自然の流れだった。
そして集まった全員が自分が後援する聖女を真っ正直に推薦しているあたり、
ある意味正直な会議といえなくもないが逆に言えば腹芸や根回しもできない三流ばかり。
権威ある教会の大司教の本当の顔と実力が出てしまっていた。
「あら、みなさん。このわたくしをお忘れではございませんか?」
白熱した議論──という名の罵り合い──が続く中、凛とした声が場を沈めた。
だが、その声の主となった少女を目にした彼らは一笑に付した。
「はっ、誰かと思えばフィーリオナではないか。
おぬしのような出来そこないを誰が教皇に推すものか」
ここまでの流れで誰も名を出さなかった少女。フィーリオナ。
その登場と言葉に誰もが声を出して嘲笑した。出来そこないの名だけの聖女と。
「そうだ、奇跡も“使えず”お情けで聖女でいるような者が……とっとと失せよ!」
「いくら子供とはいえ衛兵どもは何をしていたのだ、誰か! 誰かおらぬか!」
一人が声を張り上げれば、国教エルディアの紋章「十字星」の描かれた鎧で
武装した兵士たちが幾人も集まり武器を構えて、突き出した。
「なっ、何をする!」
「バカモノ、私が誰かわからんのか!」
「狼藉者はその子供ぞ!」
集まったすべての大司教たちに向けて。
誰もが叫んで兵士たちに命令するが誰もその言葉を聞かない。
「我らは聖女、フィーリオナ様の家来。薄汚い貴様ら豚の家来ではない」
「何を!?」
「貴様ら! 大司教にこんなことをして無事ですむと!?」
「これは聖戦だ。フィーリオナ様のためなら命などいらぬ!」
「な、なに?」
おかしい。
大司教たちは徐々に集まった兵士たちの言葉に既視感を覚えた。
“これは、自分たちがよく言わせた”言葉ではなかったか、と。
「お気づきになりました大司教さまがた?
ええ、あなた方がよくおやりになっていた“洗脳”術です」
「……馬鹿、な」
ありえないと誰かがこぼすが目の前の兵士たちの行動を見れば明らか。
間違いなくフィーリオナに洗脳されている。かつて自分たちが行っていたように。
世界最大の宗教であるエルディアの正体はただの洗脳術による支配。
魔力を消費して現象を起こす魔術と違って「支配」する事に長けるのが奇跡の正体。
魔術の炎は魔力を燃料して燃やす現象で奇跡の炎はそこに炎があると世界を洗脳する術。
「小娘、神聖な奇跡をよもや洗脳などと!」
「事実でしょう……これで敵を作り、信者を集め、聖戦を演出する。
まさに薄汚いヒトのエゴと欲が満ち溢れた術……エルディア神を信仰しなくて良かったですわ」
「貴様っ、ひっ!」
うふふと笑いながらその宗教の聖女は神を信じていないと口にする。
さすがに喉元に刃を突き付けられた状況でそれを非難できる猛者など、
そもそもこのエルディア教会にいるわけがない。
「われらをどうするつもりだ?
ここで殺しても別の大司教が選ばれるだけのこと。お前が教皇になれるわけもない!」
だが、一人ある事実から不敵な笑みを浮かべて叫ぶ中年男がいた。
この中では一番の年長者でこの中ではそこそこ腹芸のできる男だった。あくまでこの中で。
「ふっ、さあ兵士のみなさん。この豚さんたちを押さえつけて、両目を開かせてくれませんか?」
「「「「はっ!」」」」
しかし少女はそれに薄く笑うだけで答えず兵士にお願い口調で命令する。
彼女の洗脳下にある彼らにそれを拒否するという思考や選択肢そのものが浮かばない。
「くっ、やめろ!」
「愚か者、その術を使う我らにそれはっ」
「効かない……そう思ってらっしゃるのはあなた方が知る奇跡が下手だからですわ」
洗脳術を使う者たちが他者のそれを警戒するのは当然のこと。
ならばこそその対策は常にある。大司教ともなれば同じ大司教では洗脳する事は不可能。
現時点に存在するすべての聖女たちの中の誰もがそれは不可能。
しかしフィーリオナは大司教たちを並ばせ、手に赤と青でできた十字をかざす。
「そ、それはなんだ?」
「ふふっ、オリガミ……わたくしが唯一信仰する“カミ”ですわ!」
そういって天に掲げられた十字のオリガミに彼女の魔力が注がれる。
十字の星にも似た形のそれから神々しいまでの輝きが放たれ、
無理やり開かされた両目からすべての大司教たちの視界を覆い尽くしていく。
そして。
「…………ねえ大司教さまがた、次の教皇は誰がいいかしら?」
薄く笑いながら聞く少女に大司教たちは満面の笑みで答えた。
「決まっておるフィーリオナさまじゃ!」
「フィーリオナさましかおらん!」
「ああ、他の聖女どもなどくそくらえじゃ!」
「ふふ、どうもみなさんありがとう……」
こうして第98代・教皇「フィーリオナ」が誕生し、
支配地域ではない国や町を強制洗脳して支配下に置く計画は人知れずつぶれた。
魔王も大司教たちも知る由はなかったが魔無し子が長く触れた物からは魔力が抜ける。
魔力が抜けた物体は他者の魔力を通しやすく指向性を持たせ、制御を楽にする性質があった。
何の運命のいたずらか。
多大な魔力を持ちながらも狙って使えなかったリタシュメリカ───リタと、
同じく多大な魔力持ちでありながら制御できなかったフィーリオナ───フィオナが、
生まれるはずのない魔無し子と出会い、出来そこないと蔑まれていた心を満たしてもらえた。
おかげで初の友を得て、それが恋になるのに時間はかからなかった。
だから。
「「さて、あとは……」」
まったく違う場所にいた少女たちはくしくも同時に同じことを呟く。
「ヤマトに妾をもらってもらおうかの」
「ヤマトをわたくしのものとするだけ」
蕩けたような恍惚となった顔で少女たちは愛しい少年を想うのだった。
「っっ!? なに、この悪寒?」
独り、路地で震える少年の呟きは誰にも聞かれなかった。
少女“たち”の狙いが成功するのはこれからおよそ10年後。
周囲を納得させるために神聖国と魔国の力で無理やり“どちら”とも関係ない国の
王にされてしまったヤマトのもとへ和平を結んだ証として魔王と教皇が嫁いだ大事件で叶う。
これがオリガミ王の名を世界に知らしめることとなり、人と魔族の融和のキッカケとなる。
オリガミ王・教皇・魔王の夫婦は歴史家によって仲が悪かったとも良かったともされるが、
それぞれ5人もの子供に恵まれ、魔王も教皇も歴代で最も美しかった事もあり、
折り紙は夫婦円満・子宝の象徴ともなり折り紙が出来る事が男性のステータスにもなった。
結局のところその後の平和な時代を築き、折り紙という文化を作り上げたのが、
幼い少女たちの恋心ゆえだとは高名な歴史家たちでも気付けるわけもないまさかの歴史の真実。
───────げに恐ろしきは乙女の純情であった───────
武器(折り紙)が活躍してねえっ!!??
リタとフィオナがチート過ぎて一瞬で終わったよ!!!
ちなみに描かれてないヤマトの裏設定として。
●2年前に両親失った孤児。
●母親が極東の地から流れてきた流民で折り紙が得意。
●色々教わっていたが幼かったのですべてを完璧に覚えていない。
●独りで折っていたのは母との思い出を少しでも思い出そうとして。
●少女たちの素性を知るのは実はずっと後で王にされてから。
●その頃には二人へは「ううっ、どっちも好きなんて俺はなんて最低な男なんだ」と真剣に悩むぐらい好意を抱いていた。
●結婚後はこれって新しい形のヒモなんじゃないかと悩みながら王をやっていた。
●魔王と教皇の側近からは暴走しがちな二人を一喝できる唯一の存在として尊敬されていたという。