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Give life up

作者: キュウ

某掲示板でお題「書き始め「なんで俺は死ぬことが出来ない」(少し変えても可)」で書いたものです。 ※パロディを多分に含んでおります、ご注意下さい。

 「なんで俺は死ぬことが出来ない」

 「貴方は死なないわ。私が守るもの」

 碓氷才人はその醜い面を更に歪めた。

 「お前は一体何なんだ」

 「あら、忘れたの? 冷たぁい。凄く冷たい」

 才人は思わず舌を打ち、そしてそんな自分の行動に苛立った。俺が、この俺が見ず知らずの他人に苛立たせられているだと?

 しかし才人はすぐに怒りの矛を収める。冷静さを取り戻し、無表情を経ていつもの人を不快にさせずにはおかないへらへらとした笑みを取り戻す。

 「覚えてるぜ、もちろん。山田さんだろ?」

 「西武よ。西武優」

 「そうだったそうだった、山田さんだった。どうもこんにちは山田優さん」

 優は黙る。しかしその表情に苛立ちは見受けられない。余裕の微笑が蝙蝠のように張り付いている。

 そこで――そこで才人は彼女を相手にすることをやめた。認めたくはないが目の前のこいつはちょっとやそっとじゃ苛立たせることが出来ない。なら、無駄なことはしない。

 才人は優から視線を外し、背を向ける。そのまま、夕日に向かって歩きながらポケットに手をつっ込んだ。

 軽い金属音と共に夕陽を反射した熱い光が散らばった。ポケットから出した才人の空の右手の真下――冷たいアスファルトの上に真新しいナイフが転がっている。

 「おっと、何だ? ナイフがこんなところに転がっている……? 誰だこんなことをしたのは。危ないじゃないか。車が踏んだらどうする」

 そう少し大きな声で呟きつつ才人がナイフを拾うと再び金属音がこだました。

 「邪魔をしないでくれるかな」

 「では、手伝ってあげるわ」

 そう彼女が言うや否や、地面に転がるナイフは森の方へ飛んで行った。

 才人は飛んで行ったナイフを見届け、ナイフが見えなくなってもそうしていた。そうしながら、何も考えていないような顔で必死に考えていた。

 一体。一体何なのだ、この現象は。

 先程も、その前も、俺の傍には誰も居なかった筈なのに、あの女が離れた所に立っていたきりだった筈なのに、俺の意に反して二度もナイフは俺の手からこぼれ落ちた。まるで。まるでナイフがひとりでに動いたかのようだった。

 でなければ、見えない力でも働いたかのようだった。

 「俺はそういうの、信じない人生を歩んで来た筈だったんだがな……」

 小さく呟きつつ、才人は己の右手へ視線を落とす。

 「西部警察さん、だったっけ?」

 「そうよ、なにかしら」

 「ちょっとその力で、ひとつ俺を殺してくれないかな」

 「その力?」

 「とぼけるのは止めようぜお互い。さっきの現象、お前の仕業なんだろ?」

 「ああ、そのこと。もちろんそうよ。そりゃそうでしょ、ここには貴方と私しかいないんだから。私の仕業以外の何があるというのよ」

 「その力で俺を殺してくれ」

 「意味が分からないわ。見えにくいワイヤで引っ張っただけの簡単な手品で貴方をどうやって殺すというの? このワイヤに殺傷能力は無いし、さっきのナイフからはもう解いてしまったわ」

 俺が用意し肌身離さずに持っていたナイフに仕掛けを仕込む暇がいつあったんだよ、と、才人は内心で毒づく。

 そして左ポケットから出したナイフも、出した次の瞬間には弾き飛ばされた。

 「何故邪魔をする」

 「殺されたくないからよ」

 「このナイフはお前を殺すためのものじゃない」

 「知ってるわ。私が殺されたくないのは――」

 優は優雅に微笑みながら、その白い端正な指先をナイフを突き付けるようにして才人に向ける。

 「――貴方」

 碓氷才人は再びその醜い面を更に歪めた。 




 11月某日。西武優は覚悟を決めた。

 愛車の赤いスポーツカー――名前は知らない、誰だったかは忘れたけど誰かからもらった誕生日プレゼントだ――をそれなりのスピードで駆り、口紅を塗りながらサングラスを窓から投げ捨てる。車は現在山奥の峠をぐねぐねと昇っていた。

 助手席には練炭の入った箱が3箱。この車でやるのかしら、臭いついちゃうなあ、という思考が微かに優の脳内を過ぎった。すこし可笑しくて笑った。

 私はこれから自殺する。

 そう思うと何故だか無性に腹が立って、アクセルを一気に踏み込んだ。なんで自殺しに安全運転なのよ、馬鹿じゃないの? ここで死ぬならそれでもいいじゃない。ほんの少しだけ予定が早まるだけよ。

 しかしそんな自暴自棄も虚しく、名前は知らないけどお気に入りのスポーツカーは傷一つなく頂上に辿り着いた。

 既に先客たる黒いワンボックスカーが停まっている。その先の展望台の前のベンチに黒い服を着た男がこちらに背を向けて腰を掛けていた。優は少し遠くから男の背を眺める。男が優を見たらどう思うだろう。こんな自分が自殺するのだと知ったら、何を思うだろうか? そう考えて少しだけ愉快になった。

 優が近付くと男はこちらに顔を向けた。酷く醜い面構えの男だった。ただでさえ醜いのににやにやと笑っていて優は吐きそうだった。こんな男と心中するなんて、と少しだけ後悔した。

 「じゃあ、行きましょうか」

 にこっと笑って男は自分の車へ向かう。「もう準備は整ってます」

 「え? ちょっと待――」

 「どうしたんです? さぁ早く。死が逃げてしまいますよ」

 「ちょ、は、離してよ!」

 男は吃驚したような表情で男の手を振り解いた優を見つめていた。しかしすぐに笑顔に戻る。

 「子供じゃないんだから、手なんか引っ張られなくても自分で行けるわ」

 「そう。そりゃよかった」

 男はそそくさと自分の車へ乗り込んだ。優が息を整え、乱れた服を直している間中ずっと、車内から笑顔をこちらへ向けていた。嫌な男だ、そう思った。

 優は、焦っている、戸惑っている。そしてそんな自分が理解できなかった。

 黒い車の黒いドア。その取っ手の前で手が止まる。視界が暗く息が荒くなる。嫌な、嫌な気分だ。頭がずんと重い。胸のあたりが火照っている。黒い車体に自分の姿が映っている。歪んだ像。手を見る。ドアを開けようとする手を見る。震えている手が見えないほど視界がぼやける。あれ? あれ? 私、泣いてる?

 ドアが開いた。男が内側から開けたのだ。開いた隙間から腕が伸びてくる。思わず避けるがコートの袖を掴まれた。

 「い……嫌……」

 袖を引っ張る。強い、男の力だ。腕がもう一本伸びてくる。手首を掴まれた。嫌、嫌だ。引っ張られる。強い。強い力で車内へ容赦なく引っ張られる。嫌だ、嫌だ。もう一方の手で踏ん張り、顔を車外へ出す。息継ぎでもするように。だけど長くはもたない。強い力で引っ張られる。ちらと視界の端に男の顔が映った。血走った眼、三日月状に歪んだ唇、膨らんだ鼻の穴。嫌だ、嫌だ、死にたくない。

 そう思った瞬間、優は吹っ飛ばされた。気が付くと地面へ倒れ込んでいた。

 車の中の男がこちらを見ている。もう男は笑んでいない。死んだような、いや、死んだものでも見るような目。深い虚無と失望に満たされた目。

 車はすぐに去った。優は地面に倒れ込んだまま、夕日が落ちるまでそうしていた。夕日が落ちてもそうしていた。さわさわと森の方で物音がしたとき、逃げるように隠れるように真っ赤なスポーツカーまで走り寄り、乗った。泣きながら峠を降りた。

 



 数日後、優は再びあのサイトを見ていた。男と知り合い、一緒に自殺をする約束をしたあのサイト。男はまた自殺仲間を探していた。しかしなかなか見つからないようだった。

 「そりゃそうよ。今日日流行んないのよ、集団自殺なんて」

 そう呟く優の脳裏にはあの男のあの顔が浮かんでいる。黒いワンボックスの中の、黒い長すぎる髪の下の、曲がった鼻の両脇の、ふたつの、淀んだ、黒い目。

 あの一瞬で、何もかも、征服された気がした。己の全てが隷属した気がした。それは――

 ――それは得も言われぬ快感であった。

 そんな馬鹿な、と何度も思ったけれど、夜ごとあの男の醜い顔が頭から離れなかった。あの日の短い記憶を傍らに朝から晩まで何日も寝ずに過ごした。

 あのサイトで自殺仲間を、道連れを探す男。そのうち見つかるかもしれない道連れ――他の女――を思い浮かべたとき、彼女は立ち上がり――

 12月某日。西武優は覚悟を決めた。 

 



 「まぁ……覚えてないのも無理は無いわよね。ほら……どう? 似合うでしょ? あなた好みの黒髪にしてみたの」

 西武優はサラサラの黒い長髪を見せびらかすように持ち上げ、少しずつ手放していく。さらさらと、髪の流れが出来上がる。

 「貴方が……そう、喜ぶから、化粧をまず止めたわ」

 「全然喜べないんだが」

 「そう? 化粧してた方が良かった?」

 「どうでもいいよ」 

 碓氷才人は戸惑っている。相手が何を考えているのか、全く読めない。

 いや――違う。

 全く読めないというのは、違う。読めはしなくとも、ある程度、想像は――ついてしまっている。が――。

 そんなことありうるのか?

 いや、やめておこう、そんなことを考えている場合ではない。そんなことはどうでもいい。そう、そうだ、この女の事などどうでも良いことなのだ。

 才人は車へ向かう。優を無視して車に乗り込んだ。別に急ぐ必要もない。自殺など何時でもできるんだ。出来る奴にはいつでも出来る。

 ドアが閉まる音がし、助手席には優が乗り込んでいた。

 「音楽何かける? あ、ゲキテイだ、これにしよ」

 「何の用だ」

 「デートですが何か?」

 「お一人でどうぞ」

 才人は車を降りた。その足で優の乗ってきた真っ赤なスポーツカーに乗る。車には詳しくないので何という車なのかは知らないが、随分高そうな車だ、才人はそう思いつつ刺しっぱなしのキーを捻りエンジンをかける。

 「だー! やめてよ、自分の車は他人には運転させない主義なの!」

 そう言って優は強引に運転席を奪い取った。

 凄く、嫌な気分だった。完全に相手に主導権を握られている。しかも、何だこの流れは、糞。

 才人が車から出ようとドアへ手を掛けたときにはもう遅く、車は走り出していた。

 山奥の峠を猛スピードで下るスポーツカーの内側に響くのはカーステレオから流れるゲキテイとそれに合わせる優の歌声。才人はいかにも不機嫌そうな顔で黙りこんでいる。

 そしてそのつまらなそうな表情のまま、才人はドアを開き、車から降りた。

 すぐ後に車が急停車し、ドアが開く。

 「まーたそんなことして、死にたいの?」

 「死にたいんだよ」

 才人は痛みを堪えつつ赤いスポーツカーから離れる方向へとぼとぼと歩き出した。

 その隣に優が並ぶ。

 「車はどうするんだ」

 「さぁ」

 「あんなところに置いてたら迷惑だろ」

 「こんな山奥、誰も来ないわ」

 才人は溜息を吐いた。特大の溜息。そして、溜息を吐き終わるとイキイキとした笑顔を作って見せた。

 「じゃあな」

 才人はガードレールを飛び越えて、切り立った道路の端から落下した。

 不幸にも、あるいは幸運にも、冬の枯れ木の、尖った太い枝が落下してきた才人の身体を突き刺した。

 薄れゆく意識の中で、才人は迸る痛みと溢れ出る血液に満足の笑みをこぼし、死んだ。

  



 頭の上に黄色い輪っかを乗せた白衣の女が窓辺で本を読んでいる。その背と椅子の背もたれの間には器用に翼が折りたたまれている。

 「それ自分で作ったのか」

 「図画工作なんて小学校ぶりだったわ」 

 才人は優の暖かな微笑みに一瞬だけ目を取られ、苦虫を噛み潰したような顔で腹を手探った。それから、肉眼で確認する。

 あの太い枝の刺さっていた筈の己の腹に傷一つ見当たらない。というより――。

 「なんで俺は裸なんだ」

 「うふ、眼福眼福」

 目から下を文庫本で隠して優が笑む。あの本は……零崎双識の人間試験……か。

 「ネタバレしないでね」

 「しねーよ、こう見えて常識人なんだ。それより服はどこだ」

 「燃やしたわ」

 流石の才人も絶句する。

 「馬鹿じゃねーのか、何がしたいんだお前は」

 「さぁ? 死にたくないのは確かね」

 「俺は死にたいよ、今すぐに」

 「無理ね」

 「……そのようだな」

 もう一度腹を見てみても全くの無傷。肋骨の浮いた貧相な馴染み深い身体が見えるばかりだ。

 「なんで俺は死ぬことが出来ない?」

 才人のその問いに、優は応えない。すっと瞼を引き絞り、一転して真剣な眼差しを才人へ向ける。文庫本を窓の縁に置くとすぐに視線を外して立ち上がり、窓辺を離れ才人の背後にあったテーブルの方へとつとつとと歩いて行った。テーブルの上にはどうやら朝食が既に用意されている。優はテーブルの上の朝食の用意を整えながら才人に視線を向けずに言った。

 「そんなに死にたいの?」

 「そうだな」

 「何故?」

 「生きていてもつまらないし、それに、人間どうせいつか死ぬんだ、なら早い方がいいだろ。どうせ何もかも、無に還るならさ」

 「才人くん、あなた……前から思っていたけど性格があまりよくないわね……」

  何を今更、と思いつつも何故この女俺の名前を知っている、と疑いの目を向ける才人。

 「でも安心して…………わたしがついてるわ…これからわたしがあなたを「教育」してりっぱな男にしてあげるわ! そのために連れに来たのよ!」

 才人は黙る。

 山岸、由花子……か。

 「それは何を示したい台詞なんだ? お前が俺の趣味を心得ていることか? お前がヤンデレだってことか? それともお前がスタンドか何かでも持っているってことか? ラヴがデラックスだってことか?」

 「もちろん、全部よ」

 「冗談抜きでか」

 「冗談抜きでよ」

 才人は今しがた発生した頭痛を抱えて立ち上がり、用意の出来たらしい朝食の席に着く。そして、テーブルの上に用意されたナイフを掴み、左手首を切った。

 朦朧とし出す視界を才人は色々な方向へ向ける。手首から流れ出る血。うまそうな朝食。木製の床。暖炉。窓の外の寒そうな景色。時計。白衣。翼。黒髪。にっこりと笑う女。真っ暗な闇。……才人は、死んだ。

 にっこりと笑う女。が目を覚ました才人の目に最初に入った。どうやらあのまま床に倒れたらしい才人を上から覗き込むようにしている。

 「いい夢見れたかしら?」

 「……どんな能力のスタンドなんだ? いやべつにアルターでも念でもなんでもかまわないが」

 「人の心の声を聞く能力よ。リッスン・アンド・カットと名付けてみたわ」

 「13点」

 「あら、そんなに低いの? 貴方の趣味に合わせたつもりだったんだけど」

 「センスが足りない」

 「速さじゃなくて?」

 そんな上等な台詞お前にくれてやるものか、と内心で毒づく。

 「人の心を読むスキルじゃ俺の自殺を止められないだろ」

 「そう。だから進化したの。ACT2でもシェルブリットでも紋露戦苦でもいいけれど、やっぱり私の使う貴方の為に進化したスキルなんだからレクイエムと呼びたいところよね。あ、でも名前はもう考えちゃったの。その名も――ギブ・ライフ・アップ」

 「5点」

 しかし……ギブ・ライフ・アップ、か。その名前からして、またこれまでの現象を考えても十中八九――

 ゲームで一機増やすように相手に生命を与える能力、といったところだろうな。

 「正解」

 そして心を読む能力、か。

 「ちょっと都合が良過ぎないか?」

 「何が?」

 「俺の自殺を止めたいお前が心を読んだり他人に命を与えたりするなんていかにも御誂え向きの能力に目覚めるなんて、どう考えても都合が良過ぎるだろう」

 「そんなことを言われてもどうしようもないわ。なってしまったものはなってしまったものだもの。それに、少し順序が違うわ」

 「順序?」

 「そう。人の心の声を聞く能力は前から持っていたの。生まれたときから、ね」

 才人は一か月ほど前の出来事を思い出す。高そうなコートを羽織った、茶髪の、如何にも高慢そうな顔をした女。そして、赤いスポーツカー。あの赤いスポーツカーに乗ったとき、才人は既に思い出していた。目の前のこの女と自分が、既に出会っていることを。

 「あっひどぉい。べたな自殺理由って思ったでしょ」

 「何よりも酷いのは結局自殺しなかったところだな。稀に見る糞展開だ。作者は死ねばいいのに。ついでにお前も大人しく死んでくれればいいのに」

 「あら、そう? 生まれ持った能力のせいで自殺しかかったところを白馬に乗った王子様に助けられて呪われた自分の運命を乗り越えるなんて、とっても素敵なストーリーだと思うけど」

 「陳腐過ぎる。それに王子様なんて何処にいるんだ? だいたいさ、欺瞞なんだよそういうの。人生に、生きることに意味なんかない。悪いことは言わない、お前も俺と一緒に自殺しろ、そんな能力を抱えて生きても辛いだけだ」

 「そうでも無いわよ。そしてそれを教えてくれたのは他ならぬ貴方。漫画もアニメもライトノベルも今まで触れたことすらなかったけど。貴方に近付くためだけに触れてみて、凄く面白いわ。これだけでも生きる価値がある」

 「そのうち飽きる」

 「少なくとも貴方はまだの様ね」

 口の減らない女だ。まぁそれも当然か、どうせここ数週間は俺にストーカーみたく張り付いて、俺の腐りきった思考をずっと読んでいたのだろう。その他の時間はアニメや漫画やラノベに費やしてきたわけだ。そんなことをしていれば誰だって俺みたく社会の屑のような性格になり果ててしまう。

 「屑だのストーカーだの、好き勝手言ってくれるわね」

 「言ってない」

 「無駄よ」

 床に転がった、俺の血に塗れたナイフを眺めていると優がすぐさま先手を打った。

 「お前が勝手に生きるのは勝手だが、俺のことにまで口出しするな」

 「断るわ」

 「何故だ」

 「貴方が好きだから」

 投げつけたフォークが空中で静止した。しばらくしてから、テーブルの中央に落ちるフォーク。

 「また都合のいい第三の能力か?」

 「いいえ、これはただのスタンド像」

 「愚弄してんじゃねぇよ。進化するにせよ関連が無さ過ぎるんだよ、心を読む能力と命を与える能力じゃあな。お前のそれはスタンドでも何でもねぇ」

 「それはそうでしょうね。スタンドなんて漫画の中だけの話だもの」

 優を睨みつけるが、相手は全く意に介していない様子だ。もう、こんな奴を相手していても仕方が無い。そう思って才人は朝食に手を付け始めた。

 「それで、貴方のことが好きという話だけれど――」

 今度は皿を投げつけた。しかしまたも空中で止まり、そして落ちる。スクランブルエッグとそれにかかっていたケチャップだけが、空中に残留した。

 「あら、いい策ね。見えない敵に印をつけるだなんて、流石私の王子様」

 「別にそんなつもりはないよ」

 「それはどっちの――」

 「どちらともだ」

 「印をつけるつもりは無かったし、印をつけるつもりも無かったのね」

 才人は黙り、テーブルの中央に落ちているフォークをたぐり寄せた。

 「無駄よ。私の能力はカロリーも精神力も一切消費しない。無限に使えるわ。何度自殺を図ったって無駄。エネルギー切れは起こさない」

 「お前を信用するつもりはない」

 才人は、死んだ。

 それから才人は53回死んだ。つまり、53回生き返った。

 「諦めなさい。人生を諦めることを諦めなさい」

 「諦めない。人生を諦めることを絶対に諦めない」

 54回目生き返ってすぐに、才人は優を見つめ、そしてにやりと笑みを浮かべた。

 「私を殺してから死ぬつもりね。でも、どうやって私を殺すのかしら? 心を読めて無限の生命を持つ私に」

 「無限の生命は嘘だな。自分に命は与えられない筈だ。そこまで行ったらバランスが崩れる」

 「漫画じゃないんだから、バランスなんて関係ないわ」

 「能力名の「ギブ」からも明らかだ。与えることしかお前には出来ない」

 「自分に命を与えればいいのよ」

 「まぁ試してみるさ」

 赤いスポーツカーは空へと飛び出した。

 54回死にながら、54回生き返りながら、才人と優はここまで来ていたのだった。

 手作り即席ジェットコースターを経て、岩盤へ激突するかと思われたその時、スポーツカーは空中で停止した。 

 「残念。それなりに力持ちなのよ私の、ギブ・ライフ・アップ」

 「そりゃあよかった。このまま車を持っててくれよ」

 車は乱暴に落とされ、優の座る助手席側の窓ガラスが割れた。才人がナイフを手に襲いかかってきたからだ。辛うじてギブ・ライフ・アップを引き寄せ防御する優。しかしギブ・ライフ・アップの傷付いた場所は優も傷付く。優の腕に血の花が咲く。そして才人は優が防御している間にアクセルを踏んだ。

 「折角自殺する場所だからな、地理は色々調べてあるんだ。そして今――心を読めるお前に今更言うことでもないが――思い出したことがある」

 そう才人が言った次の瞬間、再び車は宙を舞い。そしてその先は枯れ木でも岩盤でもなく、湖だった。

 「さよならだ」

 優が才人の方を見ると、才人は既に首をナイフで掻っ切っていた。割れた窓から水が入り込んでくる中、優は必死にギブ・ライフ・アップに屋根を破壊させる。首に痛みを感じた。手を首にやり、そっと見ると血に染まっていた。運転席に蹲る才人がにやりと笑っていた。

 車の屋根は破壊されたが二人をギブ・ライフ・アップに持ち上げさせる前に優は気を失った。 




 優の死体は浜辺に打ち上げられていた。

 死体は冬の湖に長い間浸かっていたせいで青紫色に変色している。

 死体の指がピクリと動く。ギブ・ライフ・アップによって与えられた生命が発動したのだ。青褪めた顔が、体が、生き生きとした色を取り戻す。

 自分にも生命を与えることが出来る。優の解説は嘘ではなかった。

 優は起き上がり、寒々しい湖面を眺める。まだ昇りきらぬ太陽に照らされて輝いているが、その輝きさえ怖ろしく冷たかった。

 優はそっと湖の端に手を浸す。この湖のどこかに、彼の死体がある。

 既に彼には200個以上の命を与えてある。その発動タイミングは制御可能だ。いくら離れていても好きな時に生き返らせることが出来る。

 しかし、今生き返らせても彼はすぐに死んでしまうだろう。彼の死体は恐らく湖深くに沈んでいるだろうから。

 優は寒々しい湖面を眺める。身体は全くの健康体だが、服が濡れていて凄く寒い。このままでいれば風邪を引いてしまうだろう。だけどどうでもよかった。風邪を引いたところで、一度死んで生き返れば再び健康体だ。

 だけどしばらくして、どうしても寒かったので優は意地を張らずに服を脱いだ。そういえば、彼の死体も裸だろう。結局最後まで裸だったから。優はすこし可笑しくて、笑った。

 「別に」

 べつにどうということもない。この湖だっていつかは干上がるだろう。命はいくらだってあるのだ、いつまでだって待てる。それまで待てなければ他の手立てだっていくらでもある。だけど――

 だけど優にはそれまでにやることがあった。才人の死体を湖から掬い上げ、その魂を死の境界から救い上げるその前にやるべきことがあった。リッスン・アンド・カットによって聞いた才人の自殺の本当の動機。曖昧で漠然としながらも大きな、世界への、社会への、そして人間への絶望。

 過去に何があったのかまでは分からなかったけど、彼を生き返らせ、その後彼と共に幸せな人生を送るためにはあの絶望を払拭しなければならない。

 ギブ・ライフ・アップに熾させた焚火に温まりながら、優は不適に笑む。

 待っていなさい才人、きっと見せてあげるわ。

 漫画やアニメやライトノベルの中の世界のような楽しくて面白くて美しくて刺激に満ちた、そして何より救いのある優しさに満ちた温かな世界を――




 数千年後――。

 一人の男が魔法都市マサドラの中心に位置する城、ハイラル城の寝室で目を覚ました。男の傍らにはアパレルという名で民に親しまれる姫がいた。

 醜い面を更に歪めた男に対し、姫は笑顔で問い掛けた。

 「お目覚めですか? 私の王子様」

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