【勘違い其の六】勘違いは後日の朝食と共に……
衝撃的な出会いを果たした、その翌日の早朝。
清々しい朝の日差しを窓越しに受けながら、リビングで朝食のトーストにバターを塗る俺の隣で、美味そうにイチゴジャムを縫ったトーストを食べる、自称天使見習いが居た……
急な展開で申し訳ないと思うが、取り敢えず先に結果から言っておこう。
どうやら俺の部屋に不法侵入していた、天使見習いを自称していたコスプレイヤーことフィルは、俺の親戚だったらしいのだ。
しかも今日から我が家に住むと言う話が、俺以外の家族が全員納得しているという事態になっていた……
まず最初に、明らかに日本人には見えないフィルが、本当に俺と血縁関係があるのか疑わしいところではあるが、隙有らば俺を罠に嵌めようと企む姉や、自由人な母だけでなく、エイプリルフールの日にすら、冗談の一言も言わない真面目な父が肯定したのだから、きっと真実なのだろう。
その当事者であるフィルは、天使の力で俺以外の家族の記憶を改竄したと、言っていたが、それこそ悪いジョークでしかない。
そんな危ないレベルまでなって欲しくは無いが、そのユーモアを一割だけでも、父に分けてあげてくれと、俺は切に願う。
父のユーモアセンスは置いておいて話を戻すが、元々我が家は、殆どの親戚が遠くに住んでいる為に、今まで疎遠となっていたし、会いに行く時も一部の家を除いては、父と母が出かけて行き、俺と姉が留守番する事が殆どだった。
恐らくはその中の親戚の一人が、北欧系外人と結婚して、生まれた子供がフィルというオチなのだろう。
ここに住む事になった詳しい経緯を、聞きたいとは思うが、人には其々に事情があるものだ。
今までたいして交流の少なかった親戚が、突然尋ねて来て今日から一緒に暮らすなんて、よほどの理由があるのかもしれない。
一見すると可愛い顔をしているのに、現実と創作世界の境目を見失ってしまった、哀れなコスプレイヤーにしか見えないフィルだが、それも何か大きな事件が切欠となって、こうなってしまったのかも知れないという可能性は、充分にある。
本人が語ろうとするまでは、聞かない様にしておくのも、曲がりなりにもこれから一緒に暮らす者の勤めではないかと俺は胸中で思う……
そう考えると、フィルが自身を天使見習いだと自称する、この現象は自らの精神を安定させる為の防衛手段なのかもしれない。
真面目な筈の父も含めて、家族全員が、俺に詳しい説明をしないのも、それは暗に察しろという、無言のメッセージではなかろうか?
俺の隣で、今も楽しそうに食事を続けるフィルは、どうやら俺と同い年な上に、俺が通う高校の女子の制服を着ている。
お世辞にも偏差値の高い、高校とは言い難いが、決してまぐれで合格出来る様な、甘い成績で入学出来る高校ではない。
その学校に今日から転校して来るという事は、フィルはただの痛くて残念な思考回路を持つ女の子ではなく、それなりの学力に加えて、我が高校の教師に、面談において最低限の社交性を有している思われるだけの、対応をしている筈なのだ。
そんな人間社会での常識を持ち合わせた一人の少女が、親戚とは言え初対面の人間に対して、自分は見習い天使ですなんて、戯言を口にするだろうか?
もしかしたらフィルは、他人には言い難い、特別な事情を抱えているのかもしれない……
姉がその理由まで知っているかは分からないが、少なくても父と母は、その事情を知っているのだろう。
生真面目な父と、フリーダムな母が揃って、こんなだいそれた事をしでかしたのが、何よりの証拠である。
詳しい事情をお互いに共有していなければ、本来ならば我が家を揺るがすであろう、この様な事件が平然としたノリで展開される筈が無い。
俺は呑気な顔をして、トーストを頬張るフィルを見ながら、再び思案する。
見習い天使なんぞという戯言は置いておいて、フィルがどういった事情で我が家にやって来たのかは、現状では想像する事しか出来ないが、俺は彼女の力にならなければならないのかもしれない……
これから一緒に暮らしていく新しい家族として、俺はもっとフィルに歩み寄ろう。
それがきっと、フィルの為にもなら筈である。
「……背中の翼はどうしたんだ?」
新たな決意を心に誓った俺は、まずは一歩ずつフィルに歩み寄ろうと思い、例の見習い天使の設定に付き合うべく、昨日の夜は重そうに背中に背負っていた白銀の翼が、何処に行ってしまったのか聞いてみた。
現在のフィルは、翼は生えていない。
まあ、これから学校だというのに、背負われて居ても問題があるのだが、純粋に何処に置いてあるのかも気になった為の質問だ。
「えっと……それはですね。天使の翼は大きな天使力を使う時に、具現化させる能力の一つですんで、普段は無いのが基本なんですよ」
俺の質問にトーストを咀嚼し終えたフィルが、得意満面の笑顔で答える。
「そうか。天使にも色々有るんだな……」
どうやらフィルは、普段は翼が無い、という設定を貫くスタンスでいるらしい。
そうして朝食を天使の設定談義をしながら有意義に過ごした俺達は、朝食により一日の活力を得て、学校へと向かうべく、玄関の扉を開ける。
「おはようございます岸本先輩。今日も良い天気ですね。ところで……その隣に居る害虫は誰なんですか?」
我が家の玄関を出た瞬間に、如月さんの挨拶が俺の耳の鼓膜を、存分に振るわせた……