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the far side of the moon job

作者: 花黒子
掲載日:2026/07/13

 太陽からの宇宙線を避けるために月の裏側に入ることがある。

 宇宙の農家たちや建築業者なんかも避難してくるが、月面政府からすれば、日頃散らばっている宇宙の住民たちが集まってくるので宇宙事業損害保険と言う名の税金回収と仕事の斡旋にはもってこいの時期でもある。


 俺としては、穏便に済ませるため、メールが来ても極力開かずそのままゴミ箱に移動させている。が、その時はなぜか、宇宙海賊なるトンチキな者たちを捕まえて、農協の保険金もたんまり入ってきていたため、メールを見るぐらいならいいだろうと開いてしまった。


『引きこもり支援プログラム』

 

「なっ! えっ!? どういうことだ?」

 思わず声が出てしまった。俺はいつの間にか引きこもりと言われるようになってしまったのか。確かに、ここ半年ほど、ほとんど人と話していないように思う。ただ、税金は払っているし、毎月ちゃんと砂糖も出荷していて、伝票も貰っている。


 ワンッ!


 愛犬のペスは吠えていた。お前は俺としか話していないぞということか。自分の状況が悪くなると、飼い犬の吠え方一つでも勝手な解釈をしてしまう。


 ワンワンッ!


 ペスに注意されて、よくメールを見てみると、月面移住3世の引きこもり率が急増しており、地球にも帰ってもその地方の文化に馴染めず帰ってきて、仕事もせずにのん気に過ごしていると書いてあった。


「俺もそれほど変わらないけど……」


 月面政府としては貴重な労働力なので、引きこもりの彼らに仕事を見せてもらえる事業者を探しているのだとか。特に彼らが直接来るわけでもなく、観測ドローンがやってくるのだとか。どうやら直接見学しに行って揉めたり、搾取構造の中に放り込まれたケースが何件かあるらしい。一時期SNSで話題になっていたとか。俺は引きこもっていたから全く知らんけど。


『カプセル接近中!』


 唐突に宇宙船内に警戒音が鳴り響いた。

 メールを開いてしまったがために、観測ドローンがやってきたらしい。そんな月面政府の横暴もある。そもそもメール自体は二週間前に来ていて、その後、何通か来ていたが、全部無視していたため、生存確認も兼ねて送って寄こしたらしい。俺が死んでたら支払った保険金を回収できるとでも思ったのだろう。仕事ができる人たちって迷惑だよな。


 カプセルを回収後、中を開けてみると、子供くらいの人型ドローンが体育座りをして転がりながら出てきた。


「どうもー! 新人研修支援可能観測ロボットでーす!」

 ドローンは立ち上がってジャンプをしながら起動した。

「そうか。早速で悪いんだけど、帰ってもらうことできるか?」

「ええ? はるばる来たというのに追い返すんですか?」

「うん。そうなるね。そもそもメールに返信もしていないのにドローンを送って寄越すなんて非常識じゃないか? まるで押し売り詐欺業者と変わらないぞ」

「そんな……」

 人型ドローンがショックに打ちひしがれている内に、カプセルに戻そうとしたら、カプセルの電力がエンプティマークになっている。


「君、片道切符しか持ってないのに、来たのか?」

「え? あ、ちょっと漂流していまして近くの宇宙船に助けてもらっていたんです」

「俺は迷惑な上に電力も取られるのか」

「そうなりますね。確か、この船には補助金と保険金が支払われているはずなので、私の電力が溜めるくらいの余裕はあるはずですが……?」

 情報だけは何故か筒抜けだ。

「わかった。とりあえずカプセルには充電していいよ。それから、引きこもり支援のための仕事の観測だっけ?」

「はい。急に意見を変えてどうしたんです!?」

「いや、別に何もしていないから見せても困ることはないって気づいただけだ。早いところ見せて帰ってもらおうと思ってね」

「え? 仕事は休みですか?」

「休みというか、この宇宙船は農業ステーションだぞ。ほとんど調整だけだ」


 俺は施設の図面を見せながら、サトウキビが並ぶ畑の紹介をした。ほとんどどの農業ステーションも同じだろう。


「水温も水の循環も自動で調整される。収穫用ドローンも定期的に動くから、後はジュースにするか固形にするかだけ。すぐ下に工場もあるんだ」

「育成から加工まで全部やってるんですね」

「そう。わかりやすいだろ? あとは価格見ながら出荷するだけさ。宇宙は寒いし、冷蔵する必要もない」

「じゃあ、一日の作業はどういうスケジュールなんですか?」

「朝起きて、ドローンの整備が主な仕事だ。循環パイプが詰まることもあるから、午後はそれの対処とか。加工室の汚れが結構酷いから、そこの清掃は念入りにやっている。見るかい?」

「はい」

 

 サトウキビには無駄がない。搾り滓もすべて燃料や家畜飼料に使うため、冷却保存して小分けにして業者に送る。


「まぁ、でも生育状況によるんだけどな」

「パイプは複雑なコーティングをしてないんですか?」

「しない。むしろ掃除しやすい物を使うといい。コーティングは冷却に弱くて剥がれやすいだろ? だから、掃除主体で考えたほうがいい。どうせ取り替える時は来るから。それが親父の代から続けてることだな。この高圧洗浄機も親父の代からある。壊れても直しやすいものを使ってるよ。それはAIも同じでね。そもそも大手に依存しない構造を使ってる」

「え!? AIに依存してないんですか!?」

「そりゃあ、そうだろ? うちはローカルAIだ。ビジュアルも思考もほとんど親父だけどな」

 笑って、廊下にあるPCを見せた。


「基本的にヘルプボットだったんだ。でも、親父が作り変えたというか……」

「決まっていることはいちいちAIに聞く必要はないからな。相談するためだけに使っていたら、いつの間にか、専用のローカルAIになっていた」

 PCから親父が答えた。


「じゃあ、エラー処理も?」

「ああ、エラー処理RPAを作ってほぼ対処できる。船体に穴が開いても復旧できる」

「ちょっと待ってくださいね」

 人型ドローンが慌て始めた。もしかしてマスクを外したら人間が入っているというオチか。


「具合が悪いのか?」

「いえ、今、農場辺りから配信しているのですが、引きこもりたちがエラーの処理ログを見せてくれって騒いでいるんです。コメントが爆裂的に流れていまして……」

「ログを見せるのは構わないけど、何に使うんだ?」

「ああ、教科書に載せるんですよ。月の教科書です。地球の教科書は文化的背景があるから多少歪みが出るんですよね。宇宙の失敗は経験則だから宗教的も政治も関係ないじゃないですか」

「もしかしてログって売れるのか!?」

 俺はちょっと引いてしまった。

「もちろんです。例えば、現時点でもおそらく排水パイプは教科書に載りますよ。で、パイプ屋は今後、数十年はお客に困りません。新規事業者は教科書で学んだ基本を忠実にやりますから」

 確かに、俺は親父から教えてもらった検索サイトをずっと使っている。


「でもなんで失敗のログが流通するんだ?」

「成功ログなんてタイミングや才能に左右されるけど、失敗は誰でも起きますからね。確率で考えれば失敗ログの方が結局広がるんですよ。そして現実として効く」


 成功ログより失敗ログのほうが目の前の現実には効き目があるというのは、月の裏側だからだろうか。


 失敗ログをまとめて人型ドローンが読み込んだ瞬間に、見ている視聴者がダウンロードして一気に広まったらしい。少なくともこのログはIP、つまり知的財産として得た収入の3%は入ってくるのだとか。

 充電が終わって人型ドローンが帰っていく。


「いい観測になりました」

「いや、こちらこそなんだか銀行残高が増えそうだよ」


 俺と親父はポットの信号が見えなくなるまで、なんだか呆然としていた。

 

 ワンッ!


 ペスが吠えている。


「なんか食うか?」


 いくら入ってくるのか知らないが、副収入があるということは、宇宙では潰しが効くということでもある。


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